「じゃあ、行くよ。」
「……はい?」

そんな言葉と共に、腕を引かれた。
わけもわからず、綱吉は雲雀の手に引かれるがまま引きずられるように歩き出す。
そのあまりの唐突さに、当然ながら綱吉は反応が遅れた。

「うわっ、ちょっ、え、どこにいくんです!?俺、仕事がたまっ…!!」
「…そんなの、知らない。」

必死に抵抗した綱吉だったが、彼愛用の武器であるトンファーを見せられては敵わない。
仕方ないとばかりに、綱吉は大人しく彼に従った。

オタガイサマ




「あの…!!」
「嫌だ。」
「ヒバリさん!」
「聞かない。」

いつも以上に簡潔に、容赦なく一刀両断される。
骸と何か一悶着でもあったのかと眉根を寄せてみたが、それらしい報告はきていなかった筈だと綱吉は首を傾げる。

「何か、あったんですか。」
「……別に。」

何かあったことには、あったらしい。それだけは綱吉にもわかった。
例え超直感がなくてもそれくらいのことがわかる位には、彼らが過ごした10年という年月は長かった。
それでも不機嫌な彼のその理由までもわかる筈もない。綱吉は益々わからないと首を傾げた。
繋がれた手は相変わらず強く握られたまま、グイグイと引っ張られていく。

「ヒバリさん、痛い…です。」
「…そう。」
「ヒド!!もうちょっとこう、力を緩めてくれたりとか…。」
「しない。君は逃げるからね。」
「逃げません!」
「……どうだか。」

こりゃあダメだ。綱吉はがっくりと項垂れた。
グイグイと引っ張りながら、雲雀は大股で歩いていく。
足の長い彼の歩調に合わせるように歩くと、綱吉はどうしても小走りになった。

「急いでます?」

問いかけてみても、答えが返ることはない。
ボスになった今でも、日頃修行と称してスパルタな元家庭教師に教育という苛めを受ける毎日。
お陰で多少小走りをしようが、息が切れることはない。
昔のダメツナと呼ばれていた時のことを思えば、随分と成長したものだった。
雲雀の向う先を考えた綱吉は、恐らく彼のプライベートルームに行くのだろうと予測する。
案の定、歩いて行くルートは綱吉の予測通り、まさにそこだった。

「一体、なんだっていうんです?」

雲雀の領地に入ってから、綱吉は恐る恐る口にしてみた。
彼はちらりと綱吉を一瞥しただけで、何も言わない。ただ、ずんずんと先へと進んでいく。

「ヒバリさん?」

綱吉の手は、未だに掴まれたままだった。
呼びかけた声に、雲雀の手に力が籠る。綱吉はまた、首を傾げることしかできなかった。
ただ、目の前を歩いて行く広い背中が、少しだけ寂しそうに見える。
広い畳の部屋へと続く襖を開けようと伸ばされた彼の手が、ぴたりと動きを止めた。

「……ヒバリ、さん。」

気付けば綱吉はぎゅっと後ろから抱きつくようにして、その両手を雲雀の腰に回していた。
手を握っていた雲雀の手の力が、少しだけ緩められる。
それでも、綱吉はその手を振り払って逃げることもせず、雲雀にぎゅっとしがみついたままだった。

「……なんの真似?」
「いえ、なんか抱きついてみたくなったもので。」
「珍しいね。」
「そういう貴方だって、今日はらしくないです。」

首だけ振り向いた雲雀に、綱吉ははにかむように笑って見せた。
その言葉と表情に目を眇めた雲雀は、綱吉の手を腰から外させて襖を開き、先に入るようにと綱吉に目線で促した。

「…失礼します。」

頬笑み、先に足を踏み入れた綱吉の後ろで襖が閉まる音がした。
そうかと思えば、今度は綱吉の体に長い腕が巻きつけられた。

「ヒバリさん?」
「うん、さっきのも良かったけど、やっぱりこっちのが落ち着くね。」

綱吉の匂いを嗅ぐように、雲雀は綱吉の肩口に額を乗せて瞳を閉じた。
子供のようなそんな仕草に、綱吉は気付かれないように笑うとそっと彼へと体重を掛けた。
雲雀の手に力が籠り、体が更に密着する。

「どうしたんです?」

さらりと頬に当たる髪に瞳を細めながら、綱吉は雲雀の温もりを感じる。
拘束する腕はそれ程強いわけでもなく、緩く腰にまわされている程度のもの。
そっと腕に手を乗せてみても、これといった反応もない。

「ヒバリさん?」
「不愉快だ。」
「え、えええええ!?」

ギリギリと力が籠められていく腕の力に冷や汗を流しつつ、綱吉は何かしたかと頭を巡らせる。
その間にもギリギリと籠められていく力に、綱吉は覚悟を決めて彼の腕に置いた手をぎゅっと握りしめた。

「…ねえ。」
「は、はい?」
「赤ん坊から、君が一度倒れたと聞いたんだけど。」
「………へ?あ、あぁ。」

綱吉は必死に力を緩めて欲しいと腕に置いた手をぎゅうぎゅうと引き剥がそうと心見ていたが、それ以上の力で雲雀が抱き寄せるせいでびくともしない。
体が密着する。
ドクドクと鳴るこの心臓の音すらも雲雀に伝えてしまうのではないかと、綱吉は別の冷や汗も出てくるのを感じた。

「……それが何、過労だって?馬鹿じゃないの。」
「…………仰る通りで…。もう、ぐうの音も出ません…。」

その苦い失態となった件については、綱吉も散々だった。
獄寺に怒られ、山本に心配され、リボーンに貶され、骸に馬鹿にされ…
その他色々な人々に心配やらお叱りのお言葉なるものを貰っていた綱吉は、ここでもまた怒られるのかと項垂れた。
腕に籠められていた力は、いつの間にか緩められて元の心地良い位の力に戻っていたが、綱吉はそれに気付くことはできなかった。

「で、なんでそうなったの。」
「…はあ、面倒臭くて食事とかを抜いたり、睡眠削ったりしていたのがいけなかったみたいで…」
「ふうん…それを一週間以上続けたんだって?ホント、馬鹿だね。」

どうやら情報は既に持っていたらしい。ここで嘘をついていたら…そう思うだけで綱吉は身震いする。
まるでガンガンと、言葉という鈍器で殴られている気分だった。
今回は食事方面などでいつも気を遣っている獄寺や山本がいなかったのもあったかもしれない。
いい大人になって、自分の面倒すら見れないのかと言われてしまいそうだが、あの時は忙しくて気付けば抜いてしまっていたのだから仕方ない。と、綱吉は心の中で言い訳した。

「ねえ。別に君が馬鹿なのは今に始まったことじゃないけど」
「馬鹿馬鹿言わないで下さいよ…」

これでも昔よりは頭良くなってますよと反論する綱吉の言葉は、華麗にスルーされた。
雲雀は綱吉を腕の中で反転させると、その頤を掴んで上向かせた。

「どうしてその情報が、僕に最後にまわってくるの。」
「………え、と…」
「僕を除いて、他の奴らには真っ先に伝えられたんだってね?」

綱吉の視線が、右へ左へと泳いだ。

「しかも、僕が聞いた時にはもう君は療養を終えていただなんて、そんなふざけた話がある?」
「だって、ヒバリさん、俺が倒れただなんて聞いたら、来てくれます…よね?」
「何その言い方。来て欲しくないわけ。」

むっと雲雀の眉間に不機嫌そうな皺が寄った。
瞳には物騒な色が宿り、綱吉は慌てて両手を振って見せた。

「やっ!!来て欲しくないわけじゃなくって!!」
「自意識過剰だね。言われなくても行かないよ、誰が君なんかのために。」

綱吉の手が止まり、ぐっと口が一文字に引き結ばれる。瞳には確かに、傷ついたような色が一瞬見えた。
雲雀は瞳を眇め、彼の反応に呆れたように息をついて見せた。
ぴくりと反応するかのように肩を怯えたように震わせた綱吉は、俯くことができない変わりに視線を伏せた。 次に視線が雲雀に合わせられた時には、乾いたような笑みがそこに浮かんでいた。

「そ、ですよね。ははっ、何、自惚れちゃってんだか…」
「そう。行くわけなんかないでしょ。僕に何も言わない、君なんかの所に。」
「ヒバ…?」

ぎゅうと回した腕に力を籠めて、雲雀は綱吉を包むように抱きしめた。

「ちょっ、苦し…です!」
「どうして僕に何も言わないの。ねえ、真っ先に僕に、言うべきことだったんじゃないの?」

綱吉の耳元で、雲雀が声を荒げた。綱吉の体が硬直し、やがてゆっくりと弛緩していく。
ぎゅうぎゅうと抱きしめてくる腕は、力強いそれ。痛いくらいのそれに、流石の綱吉も眉を寄せた。
けれど、どうして痛いと言えようか。

(だってヒバリさんのが、痛いにきまってる…)

大事にされている…と、自惚れるくらいはいいのだろうかと綱吉は瞳を閉じた。
折れそうな位に抱きしめてくれる腕が与える、痛み。
頬に掛かる彼の黒い髪、肩に乗せられた、彼の頭の重み。
それらがきっと、何よりの証拠なんだろうと思った彼は、いつの間にか優しく微笑んでしまっていた。

「…ヒバリさん」

穏やかな声に、ヒバリは顔を顰めたまま綱吉の声に耳を傾ける。
お互いの表情は、見えない。

「ごめんなさい。心配、させたくなかったんです。」
「他の奴らにはかけてもいいっていうの?」
「……そういうわけじゃなくって…ヒバリさん、忙しそうだったし、あの時、大事な調査があるって…」
「君より大事な調査って、何?」

その言葉に、綱吉は瞳を見開いた。
顔をあげようとしても、彼が頭の後ろに手を置いて抑えつけているため、胸元に顔を埋めている形になってしまった。

「なんのために僕がいるの。この10年、何してたの、僕ら。おまけに僕は、君の心配をさせても貰えない?」 「ヒバ…リ、さん」
「君は馬鹿だ。僕に気を遣う必要がどこにある。そういう時、君は僕に傍に居て欲しいと、思わないの?」

感情など見せない口調で、雲雀は綱吉に問う。
それは綱吉にすれば、甘い責苦だった。真っ直ぐな瞳が自分を見ているのだと、見えないながらも綱吉は感じることが出来た。
雲雀は相変わらず綱吉の頭に手を置いて、抱え込むように彼の頭を自分の胸に押し付ける。

「ごめ、なさ…!でも俺、貴方にだけは、どうしても、知らせたくなかった…。」

ぎゅっと背中にまわされた綱吉の手が、雲雀の背広を握り締めた。

「どうしてそんなことを、思ったの?」
「………う……怒りません?」

頭の後ろに添えられていた手の力が緩み、綱吉が雲雀をやっとの思いで見上げた。
雲雀の眉間には皺がより、返答次第だという答えがくるであろうことは聞かなくても明らかだった。

「言わないと、咬み殺すよ。」
「ギャッ!勘弁して下さいよ!この前暴れたせいでどんだけリボーンに叱られたか!!」
「知らない。それなら、はやく言えば?」

雲雀がにたりと笑う。
抱き寄せている腕とは反対の手が、トンファーを握り締めている。雲雀はやるといったらやる。
付き合い始める前から身に染みて実感しているそれは、当然今も健在だ。

「あのっ、か、カッコワルイ…じゃないですか?」
「…………は?」

雲雀にしては珍しい、なんとも気の抜けた声だった。
その呆れたような声音に、綱吉は慌てて言葉を付け加えた。

「す、好きな人、には…格好よく見られたい…じゃない、ですか?」
「それだけ?」

綱吉は二の句も告げず、顔を真っ赤にして雲雀からバツが悪そうに視線を逸らした。

「たったそれだけのことで、僕に言わなかったわけ?」
「だってそれくらい、言わなくても問題ないでしょう?ただの過労だったし…」
「…そう。」
「うぅ……」

たったそれだけ。
雲雀は興味をなくしたように、視線を一度伏せた。

「別に僕は、それでも構わないよ。」
「あの…?」

雲雀は馬鹿らしいとでも言うように、綱吉から体を離した。
そのままくるりと背を向けて、部屋の奥へと消えようとする。
恐らく、着替えにいくのだろうと推測は出来たが、綱吉は慌てたようにぎゅっと雲雀の背に後ろから抱きついた。

「綱吉?」
「……ヒバリ、さん」

ぎゅうと、離さないとでもいうように綱吉の手に力が籠った。
雲雀は縋るように己の手を掴む、綱吉の細い腕を掴んだ。

「最後のチャンスだよ。」
「はい?」
「君が倒れた原因。本当の理由は、何。」
「え?」

びくと綱吉の肩が震えた。

「まだ、僕に嘘を吐くつもり?僕を騙そうなんて、考える方がどうかしてる。」
「……ッ!!」
「まあ、君にしては上々な嘘だったんじゃない。」

あの忠犬や野球馬鹿なら、もしかしたら騙されてくれたかもしれないね。と、雲雀は皮肉気に笑って見せた。 けれど雲雀は、綱吉を見ようとはしない。ただ前を向いて、淡々と言うだけだった。

「何、言ってるんですか。俺は」
「言った筈だよ。最後のチャンスだって。」

掴んだ腕を引きはがし、無理やり向き直ると雲雀は黒い瞳で真っ直ぐに綱吉を見詰めた。
全てを見透かすかのような雲雀の視線に、綱吉はたじろぐ。
唇を噛みしめて、綱吉は悔しそうに雲雀の顔を見上げた。

「綱吉」

責めるような口調で雲雀が名前を呼んだ。
その大きな掌で綱吉の頬を挟み、顔を覗き込む。
まるで聞き分けの悪い子供に言い聞かせるようなゆっくりとした口調で、名前を呼ぶ。

「綱吉」
「………ッ!!」

綱吉が耐えかねたように視線を逸らした。

「俺も、よくわからないんです。」

ぽそりと綱吉が、観念したように呟き始める。
雲雀は視線を逸らすこともせず、ただじっと綱吉を見据えるだけ。

「最近煮詰まってたのもあるかもしれないんですけど、なんだかもやもやして。」

いつも頭に思い浮かんでいたのは、貴方のことばかりだったと綱吉は悔しそうに言う。
その言葉に雲雀の口端が微かに持ちあがった。

「ふとした瞬間に貴方が」
「僕に、会いたかったんだ?」

雲雀がにたりと呟くと、綱吉は言葉に詰まったように言葉を呑みこんだ。

「…いっつも、俺ばっかり…」

からかうような雲雀の口調に、綱吉は拗ねたように俯きながら言う。
その言葉に、雲雀は若干不機嫌そうに瞳を細めた。

「本当に、そう思うの?」
「……ヒバリさん?」

頬を掴んでいた手がするりと首裏へとまわる。冷たい指先が、綱吉の体温を奪っていった。
ぴくりと反応する綱吉に、雲雀は笑う。

「それってどういう?」
「正しい答えを出せたら、答えてあげてもいい。」

くつくつと不敵に笑う彼の端正な顔が近づく。
綱吉が信じられないというような顔で、雲雀の顔を凝視した。
答えを既に持っているのだろう表情を浮かべる綱吉の額にキスを、一つ。

(僕だって君に、触れたいと思わない日はないのだから。)

だからこの気持ちはきっと、オタガイサマ。





あとがき

10万ヒットだから10年後ヒバツナで!
と、勝手に思い立って書いてみました。かなりの捏造(笑
なんだかんだでやっぱり綱吉には甘いヒバリさんです。

2008/12/4 Up