「…やっぱり凄い人でしたね〜……」

君は疲れたように、項垂れた。
疲れたのは僕の方だと小突きたいのを堪え、僕はそっと息を吐いた。

「本当にね。よくああやって群れるものだよ。咬み殺してやりたい…」

二人で迎えた元日の朝。初詣に行こうと言いだしたのは綱吉だった。
嫌な顔をしてやったけど、何故だか綱吉はどうしても行きたいといって聞かなかったから、仕方無く僕が折れた。
ここら辺が甘い所というか、なんというか。
結果なんか見なくてもわかるでしょ。
隣で群れている奴らを咬み殺せなかったのが、心残りだ。

君と僕の描く場所




「本当に、君が止めなければあそこにいる全員咬み殺してやっていた所なのに。」
「だ、だめですよ!!そんなことしちゃあ…」
「僕の前で群れるあいつらが悪い。いっそ神社ごと潰してやりたくなるね、この時期は。」
「ちょっ…!怖いこと言わないで下さいよ…!」

結局、参拝後に我慢ならなくなった僕が咬み殺してやろうと取り出したトンファーを見た綱吉が慌てて僕の手を掴んで、そのまま帰り路につくことになった。
参拝は終わってはいたけど、本当に、よくあそこまで持ったと思うよ。
不満も露わな僕と、疲れたような君。

「すみません…ヒバリさんと初詣に行きたいな…と、思って…」

しゅんと項垂れる君に、少しだけ罪悪感とかいうものが僕の心に沸いた。

「……別に。僕も少し大人げなかったかもね。」

ふいと綱吉から視線を外して、自分の吐息が白くなって宙に舞うのを見た。
どうしてこうも、小動物のような仕草にどきりと心臓が高鳴るのか。
咬み殺してやりたくてしょうがない草食動物の筈なのに、こんなにも君だけ違う。

「今度はもう少し早く言ってくれる。準備するから。」
「…じゅ、準備?」
「何か問題でも?」
「い、いいえ!!ありがとうございます、ヒバリさん!!」

それでいいとばかりに、僕は口端をあげた。
困ったように、けれどにっこりと笑った君が可愛らしくて、たまにはいいかと彼の小さな手に手を伸ばしてみた。

「ッ!!」
「いてっ!?」

二人して僅かにあがった声と、バチリとした音。
呆然とする君は、小さな声でぽつりと呟いた。

「……静電気、ですね。」

はははと照れたように笑う君に、流石の僕も毒気を削がれた。
今度は君から、仕切り直しとでもいうように僕の手を取ろうと…

「いてえ!?」
「…ッ…!」

綱吉の手が僕の指先に触れる間近にピリリと痛む、指先。
また小さくバチリと、音がした。

「うわあ…」

綱吉は自分の手を見て、僕を見て、それから申し訳なさそうに俯いた。
別にそんなことで怒るわけないのにね。
流石に僕もちょっと痛いんだけど、綱吉みたいに涙を浮かべる程痛いというわけでもない。
けれど続けて二回も起これば流石に触れるのを躊躇うようで、綱吉は恐る恐る僕の手に手を伸ばしてきた。

またバチリ、と音がした。本当に、邪魔くさい。
今度ははっきりと、青白い閃光が見えた。

「ギャ!?」
「そんな声あげる程じゃないでしょ…」

呆れたように言うと、君はさも恨みがましそうな瞳で僕を見上げた。

「その上着がいけないんだ、忌々しいね。」
「へ?ちょっ、えええーーーー!?」

彼が着てるのはダウンジャケット。
きっとこれがいけない。これが擦れて電気が溜まっていくんだ、君に。
苛々と彼の上着を脱がせ、僕はそれを無理矢理没収した。

「…さむッ!!何すんですか!!」

ぶるりと震えた彼を見て、僕は暫し考える。
確かに、パーカーの下にシャツ一枚という格好では流石に寒そうだった。

「……仕方ないね。」

そう言って彼の首に、マフラーを巻いた。
驚いたようにきょとんとした彼の手を取って、歩きだす。ぽかぽかした手は、カイロ変り。
ほらね、これなら忌々しい静電気も起こらない。

「いや、あの…?」
「それ、つけてれば少しは違うだろう。」

呆然としたように僕のあとをとてとてとついてきた彼は、僕のその言葉に破顔した。
少し早い足取りで、君の手が冷え切らぬように包みこんでいる筈の僕の手は、君の熱のお陰で温かい。
僕のマフラーを巻いた君は少し嬉しそうな表情のまま、僕の手を握り返す。
その握り返された力の心地良さに、僕の体も心も、少しだけ温かくなったような気さえした。

「ヒバリさん、寒くないですか?」
「寒くないよ、君がいるから丁度いい。」

腕を引いて、にやりと笑って見せると、君は頬を真っ赤に染め上げて俯いた。
その表情に思わず笑った僕を睨みつけるように見上げた瞳を無視して、僕は彼を自宅へと連れ帰った。

それから家につくと、流石の君も疲れたような表情を見せた。
差し出された手に自分と彼の上着を任せ、僕はお茶を淹れにキッチンへと入る。
最初はこの部屋にいることに戸惑う仕草を見せていた君は、もう今では第二の家のように寛ぐようになっている。
僕のコートは、きっと今頃クローゼットの中に仕舞われている筈だ。
この家のどこに何があるかなんて、君は既にもう殆ど把握しているに違いない。
群れを嫌う僕だった筈なのに、なんだかそれがとても不思議なことのように思えてならなかった。

「お茶、入ったよ。」
「あ、はい!ありがとうございます。」

にっこりと笑みを浮かべ、外の寒さで赤くなった頬のまま君は僕の隣に腰を降ろした。
君が隣に来るのは嫌じゃない。近くにいることも、この家に入れるのも、ちっとも嫌じゃない。
同じソファの上、少しだけ離れた所に座る君に、僕は少し気分を悪くした。

「…ねえ、どうしてそんなに離れるの。」
「は?えーっと…なんとなく、です。」

問われて始めて気付いたかのように、君は困ったようにそう返した。

「じゃあ、ここにくれば。」
「…はい、失礼します。」

遠慮がちに隣に座った君は僕の淹れたお茶に口をつけて、ほっと息を吐いた。
まだ少し遠いような気もしたけど、まあいいや。僕も同じように湯呑に口をつけた。
香るお茶の香りに、瞳を伏せる。
静かな元旦。うん、やっぱりあんな煩い場所よりも、こっちのがいい。

「ところで、ヒバリさんは何をお願いしたんですか?」
「何が?」
「参拝したじゃないですか。神様に何をお願いしたのかなと思って。」

きらきらとした瞳で君が僕に問いかける。
照れたように笑う君から視線を逸らし、僕はまたお茶を飲んだ。
僕が机の上に置いた湯呑が、ことりと音を立てた。

「言ったら願い事にならないんじゃないの。」
「…あ、そう、ですよね。」

君は残念そうにそう言った。頬なんか掻いて、困ったような顔。
僕がその顔に甘いってこと、もしかして知りながらやってるんじゃないだろうね…?
でも、ダメ。教えてなんかあげない。

「そういう君は、何をお願いしたの。」
「言ったら願い事にならないんじゃないんですか?」

視線が合うと、君は悪戯っぽく笑って見せた。

「……生意気。」
「痛い!!い、痛いですって!!ちょっ、本気で痛い…!!!」
「痛くしているんだから当然だよ。」

むかついたから、その柔らかそうな頬を思いっきり抓ってやった。
餅みたいに伸びるその感触が面白くて、暫くふにふにと弄ってみる。
右へ左へ、上へ下へ、君は涙目になって抗議をしてくるけど、そんなの聞いてあげない。
僕に口応えした罰だよ。

「で、なんてお願いしたの?」
「言ったら叶わないってあんたさっき…!!」

ぐっと指先に力を籠めると、慌てたように口ごもる。
少し頬が赤くなっていたけど、気にしない。だって、悪い口にはお仕置きしないといけないからね。

「ヒ…!!」
「…ひ?」

ぐにぐにと頬を掴んだ力を更に籠めてやると、ぽろりと涙を零しながら君が叫ぶように言った。
正月の静けさを、ぶち壊すような声量で。


「ヒバリさんと、こんな風にずっと過ごせればいいなって!!」


それははっきり言って、予想外の言葉だった。
君のことだからどうせ、あの群れている連中とずっと仲良しでいられますようにとか、そんなような願い事だと思っていた。
痛いとまだ言うその頬から手を離し、顎を掴んで上向かせた。

「…ヒバリさ…わぷッ?!」

ぽろりと零れ落ちた涙を、唇で掬った。
それすらも甘いような気がしてくるものだから、本当にどうかしている。

「色気も何もないね、もう少し甘ったるい声で啼きなよ。」
「啼くって…!!」
「…黙って?」

新年早々嬉しいことをしてくれるよ、この草食動物は。
僕はその喉元に、食らいつくように口をあけて甘噛みしてやった。ぴくりと震える体を抑えこんで、キスを落とす。

「……ヒバ、さんの…願いごと、は?」

息切れしながらも、また同じ問いを投げかけてくる君。
煩い口を塞いで、その髪に触れる。柔らかい髪に指を埋め、その頭を引きよせた。

「…君と、同じ。」
「え?」

くつりと笑って、耳元に囁いた。
真っ赤になった君の耳にまたキスを落として、僕らは吐息も触れあいそうな距離で見つめあう。

「言ったら、叶わないんじゃないんですか。」

訝しげに眉を寄せた君が、別にそんな必要もないのに声を少しだけ潜めて言う。
問いかけてきたくせに、僕があっさりと答えたことに疑問を抱いているらしい。

「叶えて貰おうなんて端から思ってない。本当に叶えたいものは、自分でやらないと気が済まない。」
「…ははっ、ヒバリさん、らしいです。」
「だから、叶うよ、それ。変更は許さないからね。」
「……えと、それって…?」

間抜け面。
至近距離で見つめた君の顔には、なんとも言えない笑みが広がっていった。

「それって、俺とずっと一緒にいてくれるってことですか?」

照れたような、遠慮しているような、なんだか微妙な笑み。
何、もっと喜んでもいいと思うんだけど。

「ワオ、それ以外の願いがあったの、君。」
「な、ないです!!それだけ、ですよ…!」

視線を逸らした君は、詰めていたのか、息を吐き出した。
信じていいのかと、不安に揺れるその瞳に笑う。本当に、君は小動物みたいだ。
額に掛かる髪を払って、そこに唇を落とした。

「信じていいよ。僕が嘘ついたこと、ある?」

綱吉は言葉に出さず、首を左右に振った。
僕を真っ直ぐに射抜いた視線が、少しだけ揺れていた。
それから君は本当に、花が綻ぶかのように笑って見せた。

「ヒバリさんが言うのなら、どんな神様よりも頼もしい、です。」
「当然だよ、僕だからね。」
「……ですね…。」

そうして首にまわされた腕が合図になったかのように、僕らは唇を重ね合わせた。

神様なんていらない。
僕は僕の力で、未来を掴み取るから。
見せてあげる。君と描くその未来を、確かなものにするために。






あとがき

お年賀ヒバツナ。
そして思いのほかプロポーズ臭い…きっと草壁さんがどこかでガッツポーズしてます(怖
相変わらず甘ったるい二人でお届けしています。
今年もきっとこんな感じ(笑

2009/01/04 Up