ちょっとした勘違い
唇を噛み締めて、嗚咽を堪えた。
なんだかどうしようもなく、孤独になってしまったような気がした。
そんなことなんて、全然ないのに。
騒がしくていつも傍で笑ってくれるけれど、いつどこでも、どこからかダイナマイトを取り出す彼、や。
親友と呼ぶべき、野球が大好きな彼が離れたわけでもない。
彼らは相変わらずこんな俺に構ってくれるし、心配とかもしてくれる。
今日だって、顔色の悪い俺のことを凄く心配してくれたっけ。
『大丈夫ですか、10代目』
『大丈夫なのか?ツナ。』
二人の声音は酷く、優しい。
リボーンがきてから、いろいろなことがあった。死ぬ気弾を打たれてパンツだけの姿で戦った。
あれのお陰で、自分のまわりは目まぐるしく変わっていった。
今まで誰も振り向いてくれやしなかった俺に、友達ができた。いつも賑やかな所に自分はいる、のに。
それでも、なんだかどうしようもなく孤独な気がしてしまう。
「何してるの。」
「なんでも、ないです。」
屋上から見える空は澄み切っていて、今の自分には疎ましいくらいに青かった。
「泣いてるの。」
目の前にいるのは恐怖の委員長。元、恋人だった。
たった今朝、まだ振られたばかりの。
「また下らないことばかり考えているんじゃないの。」
「ほっといてください!」
俯いていた顔をあげて睨みつけると、彼が俺のことを上から見下ろしていた。
その眼光の鋭さに、思わずたじろぐ。
所詮は草食動物な俺。
「凄い不愉快だよ。ここは僕のは場所で、気持ちよく寝ようとしたらこんな辛気臭いのがきた。」
「じゃあ、出てきますから!」
むっとして立ち上がろうとした俺は、しかし彼が俺の肩を掴んで壁に押し付けたために叶わなかった。
打ちつけられた背中が、痛い。
「一体、なん、ですか!」
こんな気持ちにさせたのは貴方だというのに。
混乱する。本当に彼は、俺をなんだと思っているのだろう。
精一杯、涙を浮かべた瞳で睨みつける。彼にすればこれも、草食動物の威嚇程度なのだろうけど。
「そんな顔をしてる原因って、僕?今朝の言葉を、気にしてる?」
口端を皮肉気にあげた彼は、そんな今さらな質問を投げかけてきた。
彼が言ったのではなかったか。恋人であった自分に『もう離れてくれない。』と、冷たい声音で。
鬱陶しかったのではないのか、別れの言葉ではなかったのか。
そんなことが頭をぐるぐるしているうちに、また一旦引いていた悲しみが戻ってきた。
じわり、じわりと目に浮かぶ涙。泣いてはいけない、そうは思うのに止まらない。
「気にしてるもなに、も!あなたが別れようって…!!」
「別れようとは言ってない、離れてとは言ったけど。」
穏やかな声で彼が告げる、さも可笑しそうに。
さらりと頬を撫でられて、びくりと肩が強張る。眉間に皺を寄せたのは、ヒバリさんだった。
「……ふえ?」
たっぷり間を置いて、そんな間抜けな声と共に顔をあげた。
別れの言葉は言っていない?
「あの時は群れを噛み殺しにいこうとしたから、巻き込まないように離れてと言ったつもりだったけど?」
「だってあそこに群れなんていなかったじゃないですか。」
「馬鹿だね、数百メートル先にいただろ、塊が。」
それを思い出したのか、残虐な色を瞳に浮かべてぺろりと舌舐めずりをした彼はまさしく猛禽類だった。
「す、数百メートル先、なんて…」
見てませんでしたというと、彼はそうだろうねと呟いて、俺に顔を近づける。
驚きに瞳を閉じると、温かくてぬるぬるしたものが俺の目もとと頬を辿る。
「じゃ、俺、勝手に…」
「…そう、君が勝手に勘違いして僕から離れた。」
恥ずかしくて両手で顔を覆う。彼の唾液で、頬と目元が濡れていた。
あまりの恥ずかしさにどこも見れなかった俺は、だから気付けなかったのだ。
彼の瞳が浮かべた色、に。
「許さないよ。」
いつも言っているじゃない。
呟いて、俺のことをその肩に担ぎあげた。
「ひゃあ!?ちょっ、ヒバリ、さん!?」
「再教育だね。君が、もっと自信を持てるようにしてあげる。」
くすくすと楽しそうに笑う彼に、俺はこの後の自分の身に起こるであろうことを考えて顔を青くした。
「だ、だめです!まだだって月曜日…!」
「知らない。君がいけない、僕から離れようとするから。」
否定権も、拒否権も、この人相手には意味をなさない。
彼はやるといったらやる。
俺は明日の自分の身を嘆いて、がっくりと彼の肩の上で力を抜いた。
今後こんなことがないように、明日からは彼の言葉をじっくりと吟味しようと固く誓った俺がそこにいた。
あとがき
拍手ログにしていくつもりです。
2009/03/03 Up