「ヒバリが倒れたらしい」
「へ?」

ある日、学校から帰ってきた俺にリボーンがそう言った。

「…え? 今、なんて…?」
「ヒバリが倒れた。かなりの重症らしいぞ」

帽子を深く被って、リボーンは俯いた。
俺はその言葉を上手く飲みこむことができなくて、暫くそのまま立ち尽くした。

だって、さっきまで応接室で、普通にヒバリさんと話していたのに…

惑わす唇




「ど、どういうことだよ、リボーン!!」
「さあな、詳しいことはわからねえ。子分が拾ってきた情報はそれだけだったからな」

いつもよりも低い声で、リボーンはそう告げた。
外を見ればまだ明るい。今ならまだ、間に合うかもしれない。

「どこ、どこにいるんだよ!?」

今にもリボーンに掴み掛かりたい気持ちを押し殺して、俺は聞いた。
居ても立ってもいられない。だって、俺と別れた時は普通だった筈だ。
いつもは家の前まで送ってくれていたけど、今日は仕事があるから…って

「応接室なんじゃねえか」

なんでもないことのようにリボーンが言うから、俺はいよいよ頭に来て鞄を放り出した。
仮にもヒバリさんは守護者だろ! 少しくらい、心配とかしないのかよ!
憤りを感じても、そんなことで口喧嘩する時間さえも今は惜しかった。
とにかく、一刻も早くヒバリさんの元へ…―

「母さん! 俺、今から忘れもの取りに学校に行ってくる!」

母さんの返事も聞かないまま、俺はスニーカーを引っ掛けて家を飛び出した。
チビ達が遊ぶ約束をしたのにと怒るのにも構わず、ひたすらこけそうになりながらも学校を目指す。
あの普通通りの態度が、嘘だったとしたら。
仕事があるというあの言葉が、嘘だったとしたら。

俺はなんて、間抜けなんだろう…!

仮にも恋人の、毎日会っている筈のヒバリさんのそんな変化にも気付けないなんて。
本当に、ダメなやつだ。と、滲む涙を振り払いながら走った。
途中でついにこけて、足を擦りむいたけど、そんなのはどうでもいい。

ヒバリさん、ヒバリさん…!

どうか無事で。どうか、どうか…
ばたばたと走りながら思うのは当然、恋人の彼のことばかりだ。
息があがる。全速力で走っているせいか、呼吸が侭ならない。
やっと校門が見えた時には、足もガクガクになってしまっていたけど、それでも足を踏み出すことはやめない。
応接室には明かりがついていた。もしかしたら、あそこに倒れているヒバリさんがいるのかも。
その光景がリアルに脳裏に浮かびあがって、俺は慌ててそれを消した。

「……ヒバリ、さん」

応接室までの道のりを一気に駆け上がって、明かりが零れる部屋の扉を乱暴に開けた。

「ヒバリさん……!!」
「……やあ」

扉を開けた先には、ヒバリさんがいた。
机に腰掛けて、優雅に紅茶を飲んでいた。

「…………へ?」

口端がひくりと持ちあがる。一体どういうことか、と混乱する俺に、ヒバリさんが小さく笑った。

「君にしては、早かったのかな」
「……あの?」

意味がわからない。
一体どういうことだ。俺の頭の中では既に大混乱が起きている。
そのわけのからない光景に、俺の表情は固まったまま。
情報量がありすぎて、俺の頭は真っ白になる。

「まんまと、騙されたみたいだね」
「は?」

突如言われた言葉に、俺は目を見開いた。
ヒバリさんはその手に「ツナ ドッキリ大作戦」とか書かれたプレートを持っている。

「赤ん坊に、これを君に見せろと言われているんだけど」
「ちょっ、え、何、ええええーーー!?」

そのプレートとヒバリさんの顔を見比べて、俺は本当に、脱力した。
腰から下に全く力が入らない。そりゃ、ここまで全力で走ってきたし。
深く溜息をついて、俺はがっくりと項垂れた。
かちゃりとヒバリさんがカップを置く音がした。ついで、ヒバリさんが近くまで寄ってくる気配。

「君、大丈夫?」

くすくすと笑う雲雀さんが俺の前に屈みこんだ。
それから少し、ぎょっとしたように言う。

「何、泣いてるの?」
「泣いてません…!」

安堵しすぎて、今この胸の中にある感情がなんなのかよくわからない。
俺の頭を撫でたヒバリさんが、そのままするりと頬を撫でた。

「エイプリルフールだから」
「これはやり過ぎです! 一体どんだけ俺が心配したと…!!」

その抗議は赤ん坊に言って欲しいな。と、ヒバリさんが笑った。
確かに、そうなんだけど。それに加担したヒバリさんも同罪のような気がする。

「ヒバリさんなんか、嫌いです」
「ワオ、僕は君のことが好きなんだけどね?」

それは嘘なのか、ホントなのか。
むっとしたように見返すと、ヒバリさんが勝ち誇ったように笑っていた。

「俺のは、嘘ですから」
「知ってるよ」

首裏に回された指先が、宥めるように首筋を撫でた。
それでようやく落ち着けたような気がして、俺はぽつりぽつりと言葉を吐き出す。

「本当に、心配したんですから。ヒバリさんが倒れたって聞いて、俺、居ても立ってもいられなくて」
「うん」
「不安で不安で、仕方無かったんですからね!」

だからもう、こんなことはしないで下さいね。
と、睨み上げてみたけど、ヒバリさんはそれには頷かなかった。

「君の小さい頭の中が、僕のことでいっぱいになるのは楽しいから、やめないかもしれない」

そんな意地悪な言葉を言ってくるもんだから、俺は項垂れた。
この人には何を言っても勝てない気がするよ…俺

「いつだって俺の頭の中は、ヒバリさんでいっぱいですよ」

ぽつりと、何気なく呟いた言葉にヒバリさんは笑みを潜めた。
何かしたかと慌てる俺に、苦笑のようなものを浮かべたヒバリさんが俺の首裏にまわした手に力を籠める。

「うん、それなら、いいよ」

何が。と、問う前に、俺の唇は塞がれた。
色々と不安にさせられたけど、ヒバリさんがいつになく優しかったから、なんだかもうどうでもよくなってしまった。
降りてくる唇に自分から重ね合わせて、俺はヒバリさんの首に腕を回すことでそれに答えた。

「今度は、覚悟しておいて下さいね」

仕返ししてやると固く心に誓った俺のその言葉に、ヒバリさんは「覚えておく」と言って笑った。
うん、いつか絶対仕返ししてやる…!





あとがき

ツナはいつか仕返しができるの…かな…
骸辺りに援助をお願いしたりしそうです。
さあどうする、ヒバリさん!(笑)

今更ながらエイプリルフールネタです。
リボーンの策略ですけど。
きっとセリフを言いながら帽子の陰でくすくす笑ってたに違いないです。
あのニヒルな笑みを浮かべて…!
哀れ綱吉(笑)

2009/04/05 Up