誰から聞いたか、なんて忘れてしまったけど。
「ヒバリさん、5月5日が誕生日なんですね」
確か、クラスの女子が騒いでいたのを聞いたんじゃなかったかな。
その時の俺は、なんだか少しむっとしてしまった。だって俺が知らないのに、その誰かは知っていたなんて。
それを、ちょっぴり悔しいと思ってしまったのも確かだったし
そんな風に騒がれてしまう位、ヒバリさんが元からモテる部類の人間だってことも重々知ってた。
怖いから表に出てこないだけで、隠れながらにして好きだという人も、きっといるに違いない。
「うん、それが?」
「……いえ、凄いなあ…と、思って…」
「これは献上品であって、誕生日プレゼントではないよ?」
「……は、はあ…そうなん、ですか」
会話はそこで途切れてしまって、後はいつも通りの他愛のない話に戻っていった。
俺の意識はどちらかというと、目の前に積み上げられたプレゼントについつい向けられる。
献上品というには明か過ぎる包装のプレゼントを見た俺は、ついに鞄に入れていたプレゼントを渡すことが出来なかった。
Congratulation
「うーーー……」
5月5日、子供の日、時刻午前10時過ぎ。
俺は応接室の前で、小さく呻き声をあげた。
空は俺の気持ちを代弁するように雲が立ち込めていて、どんよりとしている。
ノックをするべきか、それともこのまま立ち去るべきか。
俺の左手はあがったりさがったり、迷いと共に上下する。
右手には柏餅。ちょっと前に風紀委員の人が俺の家を訪ねて来て、手渡されたものだ。
『沢田…いえ、沢田さん! 是非これをもって委員長の元へ訪ねて欲しい!』
玄関一杯に入ってきた風紀委員の人々に、90度の角度でお辞儀をされた。
体躯のいいあの人達がくれば当然玄関はいっぱいいっぱいで、扉を開けたままそんなことをされたからたまったものじゃない。
ただでさえランボやリボーンやビアンキのせいでご近所に迷惑を掛けているのに、この上またあの家か。と、思われたら困る。
しかも今回は、並盛の秩序の象徴ともいえる風紀委員の人々。
頭を抱え、ひたすら帰って欲しいと願った俺の取る行動は、当然一つだった。
「……うぅぅ…なんで、俺…」
自分で渡せばいいと言っても、彼等は俺が頷くまで動くつもりはないらしかったし。
俺じゃなきゃダメってどういうことだよ!!
「何してるの」
「はあ…ヒバリさんに柏餅を…」
届けにきたんです。
そう言って振り向こうとした俺の目の前に、ヒバリさんがいた。
驚きの余り行動を停止した俺に構わず、ヒバリさんはすぐに俺の目の前まで近づいてきた。
「……僕に?」
「…ヒッ…ヒ、ひばっ…!!」
呼吸が上手く出来ない。ちょっと、びっくりしすぎたらしい。
カチコチと固まる俺を見て、ヒバリさんがむっとしたように眉を寄せた。
「ねえ、ちょっと、大丈夫?」
大丈夫なわけあるか!! そう言ってやりたかったけど、俺に言えるわけもない。
言葉の代わりに、俺は手に持っていたそれをヒバリさんに差し出した。
「これ、風紀委員の人達から…です」
「……へえ。わざわざ君に届けさせたの」
箱詰めされている柏餅を受取り、ヒバリさんがその箱をまじまじと眺めた。
それからヒバリさんは瞳に物騒な色を一瞬だけ浮かべたけど、すぐにそれも消えて、俺の手を取って応接室の扉を開けた。
「ん。お茶、淹れてあげるよ」
「……は、はあ…」
俺は手を引かれるがまま応接室の中へと足を踏み入れる。
「適当に座ってて」と、言ったヒバリさんは俺の手を離し、備え付けの給湯室へと向かう。
応接室の執務机の上には何かの書類が山積みにされていたけれど、この前見たプレゼントは綺麗になくなっていた。
「あれ、この前のプレゼント、もう片付けたんですか?」
「何言ってるの。献上品だったから、適当に処分させたよ」
なんでもないことのように、俺に背を向けてヒバリさんがお茶を淹れ始める。
いつもの定位置に腰を下ろしかけた俺は、ヒバリさんの言葉にまた腰をあげた。
「へ? ちょ、そんな…あれはヒバリさんのためにっ!」
「興味ないよ、そもそもあれだって、取っておかずにすぐ処分しても良かったんだ」
カタン、と音がした。急須を片づけた音みたいだった。
二つのカップを手に持ったヒバリさんが振り返り、俺の元へと歩いてくる。
その優美とも言える仕草は慣れたものだったけど、その口では残酷とも言える言葉を口にする。
「押し付けられる好意なんて、邪魔なだけだ」
「……ッ!!」
その言葉に、体が震えた。ぎゅっとズボンを握り締めて、俯く。
「顔も名前も知らない、どうでもいい奴から貰ったものなんて、いらないよ」
机の上に、カップが二つ。温かそうな湯気が立ち上る。
「でも…っ!」
「僕も愚かだったかもね」
くつり、と横に座ったヒバリさんが笑った。
ヒバリさんに手を引かれ、大人しくソファの上に腰を降ろした俺を、ヒバリさんが引き寄せる。
「うあ…!?」
「君が自分よりも、他人に対して優しすぎることを考慮してなかった」
「……どういう?」
さらりと頭を撫でられて、俺は首を傾げた。
だって、ヒバリさんの言っている意味がわからない。
「ねえ、君からのプレゼントはないの?」
「……へ?」
覗き込んでくるヒバリさんの瞳は、ふざけているとはとても言えない視線で。
どんどん変わっていく話題に、俺の頭はついていけなかった。
「ないの?」
「………えっと…?」
「なくても、いいよ。君を貰うから」
その言葉に瞳を見開く。俺の視界いっぱいに、ヒバリさんの顔が度アップで映る。
口の中にいつの間にか舌が差し入れられて、絡め取られる。
黒い瞳が細められるのが見えた。パーカーの裾からヒバリさんの冷たい手が入り込んで来て、俺の体ががぴくりと震えた。
「んんっ…ちょ、まって…!!」
「…何」
手を掴んで、唇を無理やり引き剥がした俺を、ヒバリさんが不機嫌そうに見つめてくる。
俺はポケットに手を突っ込んで、くしゃくしゃになってしまった包みを取り出し、それをヒバリさんの胸元に押し付ける。
きょとんとした風なヒバリさんは、その胸元に押し付けられたそれを暫し眺めていた。
その視線の意味がよくわからなくて、俺は困惑したようにヒバリさんを見つめる。
「…………あの…っ?」
「これ…」
ゆっくりとした動作で、ヒバリさんの手が俺の手ごとそれを包みこんだ。
「誕生日、プレゼント……の、つもり、です……」
ヒバリさんにはこれがいいと思って、なけなしのお小遣いを貯めて頑張って買ったそれ。
あんなに沢山、豪華そうなプレゼントを見てしまった後では、どうにも気恥しい。
「……あったの」
「一応は…」
意外だ。とでも言いたげなヒバリさんの視線。
どこか呆然としたようなその視線に、俺は苦笑しか浮かべられなかった。
「大したものじゃなくて、ごめ…っ!?」
また引き寄せられて、俺はまたヒバリさんの腕の中に戻った。
力強く抱きしめられて息苦しかったけど、ヒバリさんの背になんとか手を回してみた。
「ありがと」
「…へ?」
耳元で、微かに囁かれた声に、俺は思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
「貰えないと思ってたよ、君からは」
「ひ、ひど…っ! 俺だってちゃんと…!」
「うん…。だから、せめてね。嫉妬くらいはして貰おうかなって」
「……は?」
くっとヒバリさんが笑った。
体が離されて、ヒバリさんの手が俺の頬を撫でる。
「君の目に付きそうな所にプレゼントを置いておけば、君も少しは嫉妬でもしてくれるかなと思ってね?」
いつも僕ばっかりだから。
そう言ったヒバリさんに、俺はむっとした。
だってそうじゃないか。自分がどれだけもててるか、この人はきっと知らない。
「そんなの、いつもしてます! 誕生日だって俺は知らなかったのに、他の人は知ってるし!」
ヒバリさん、もててるんですよ、知ってますか。
ヒバリさんに憧れてる人だっていっぱいいるんですよ。
俺よりもヒバリさんのことを知ってる人だって、いるかもしれない。
それなのに、そんな憧れも、恋心も、貴方は何一つ、気付いていないんだ。
「……本当に?」
「いつだって!! いつだって不安なんですよ、俺。こんなダメダメな俺なんか、すぐに…っ!!」
唇をその大きな手で防がれた。
ヒバリさんの目元が、優しく和らいだのが見える。
「それは、悪いことをしたね」
ヒバリさんが意地悪く笑った。
むすっと不貞腐れた俺の額に掛かる髪を掻きあげて、そこにキスをしてくる。
「君が嫉妬してるだなんて、思いもよらなかった」
「教室とか、廊下とか、貴方の事を噂してる人なんて、いっぱいいるんです!」
色んな噂や話を思い出して、俺の胸の中にもやもやとした何かが沸き起こる。
いやだ、こんなの。ヒバリさんの、誕生日なのに。
俺はヒバリさんの胸に顔を埋めて、ぎゅっと抱きついた。
ヒバリさんの心臓の音がトクトクと、聞こえた。
「こんな…みっともない…」
恋人の、折角の誕生日なのに。下らない嫉妬でなんか台無しにしたくない。
収まればいいのに。はやく、はやく…。
「僕は嬉しいけどね? 君、滅多にそういうこと、言わないから」
ヒバリさんの手が俺の頬を撫でて、しがみつく俺を優しく引き剥がそうとする。
俺は嫌だとばかりに力を込めて、ヒバリさんの胸に頭を押しつけた。
ヒバリさんが笑う気配がしたけど、頬に熱が集中してきてしまって、それ所じゃない。
「どうでもいい奴から貰うプレゼントなんかより、君から貰えるプレゼントのが嬉しいに決まってるじゃない」
どうしよう、どうしよう。
こんなこと、いけないのに。思っては、いけないのに。
ヒバリさんの言葉が胸に沁み込んでいく。嬉しい、と、思ってしまう。
最低だ、嫌な奴だ。そう思うのに、どうしても喜びの方が勝ってしまう。
「ねえ、綱吉。僕、お祝いの言葉、聞いてないんだけど?」
その言葉に、俺はしまったとばかりに身を固くする。
恐る恐る顔をあげると、ヒバリさんがそれでいいとばかりに微笑んだ。
綺麗なその顔に、更に熱が顔に集中する。
もう穴でも掘って隠れたい気分になったけど、それも我慢した。
「あ、のっ、お誕生日、おめでとう、ございます……」
「ん、ありがと」
そうして、唇に軽いキスをされた。
俺は、そのせいで耳まで赤くなったであろう顔で、頷いた。
あとがき
遅くなってごめんなさい、遅刻のヒバ誕です。
カッ、咬み殺さないで〜〜!!(涙)
ギリギリ一日遅れです。
綱吉のお祝いを心待ちにしていたけれども貰えなくてガックリだったヒバリさんの図です(酷)
おまけに嫉妬して貰っちゃって、きっとヒバリさんは大喜びです。
遅くなったお詫びにもう一話書かないと咬み殺されるような気がするので、もうちょっと続きます。
2009/05/06 Up