5月5日、応接室
休日であるが故に、学校は静まり返っている。
騒がしい喧噪は一切聞こえてこない。
僕はお茶を啜りながら、ソファに腰掛けていた。
その横で、同じようにお茶を啜っている君。
君の服装は私服だったけど、休日だから見逃してあげる。
「このお茶、美味しいですね」
「そう。それは、良かった」
にっこりと笑った君に、僕は湯呑の陰で微かに笑った。
カシワノハ
綱吉が草壁から預かってきたらしい箱の中身をあけてみれば、綱吉の言った通り柏餅が入っていた。
そこから落ちた一枚の紙を拾い上げた綱吉は、少々絶句しているようだった。
「なっ…なっ…!!」
「どうしたの」
みるみる顔を赤くしていく綱吉がおかしくて、僕は横からその紙の内容を覗き見る。
内容としては、沢田綱吉とゆっくり誕生日を過ごすためのセッティングをしたとかいう、そんな内容の報告だった。
わざわざこんな回りくどいやり方で渡した理由を問いただして咬み殺してやろうかと思ってたけど…。
ふうん、気が利くじゃない。
「俺、こんなの聞いてませんよ!!」
「…そう、それは、悪いことをしたね」
うちの委員が。
そう言ってやると、綱吉は何かを言い掛けては口を閉じて、また開くという面白い行動をして見せた。
あんまりにも面白かったから、葉を剥いた柏餅をその開いた口に放り込んでやる。
「もがっ!!」
押しこむと、綱吉は首を振って抵抗する。…面白いよね、君。
口いっぱいに押し込まれた柏餅を咀嚼しながら僕を睨み上げた君は、お茶で口の中の物を流し込むように飲み込んだ。
それから口元を手で押さえて、咽るように咳こんでいる。
「ひどっ…死ぬかと、おも、った!!」
「喉に詰まったら助けてあげるよ」
「人事だと思って!!」
「酷いな、助けてあげるって言ってるのに」
多少苦しかったのか、綱吉の瞳は少しだけ潤んでいる。
不貞腐れたような顔に、僕は笑う。
「ほら、綱吉」
僕は頬を膨らませている綱吉の唇に、また葉を剥いた柏餅を押しつけた。
綱吉は警戒したように眉根を寄せていたけど、無理矢理押し込まれないとわかると大人しく口を開けた。
ワオ、なんか餌付けしてるみたいだね。
齧りついた綱吉を確認して、僕も自分の分の葉を剥いてからそれを齧った。ん、まあまあかな。
「美味しい、ですね」
さっきまでの不機嫌はどこにいったのか、二つ目を食べ終わった綱吉が指先についた餅を舐めとりながら言う。
お茶も気にいったのか、美味しそうに飲み干した。
「僕の誕生日なのに、不味いものを献上するわけがないでしょ」
そんなことしたら、咬み殺してあげるよ。
くっと笑うと、綱吉の笑みがちょっとだけ引き攣った。
僕も残った一欠片を口に放り込んで、お茶を啜る。
「もう一杯、飲む?」
「あ、はい。頂きます」
湯呑を受取って、僕はお茶を注ぐために席を立つ。
その背後で、綱吉が柏の葉を眺めて何やら考え事をしていた。
「何、何か気になることでもある?」
お湯を急須の中に入れながら、僕はその中に茶葉を淹れる。
振り返ってみれば、君はやっぱり葉を見ながら首を傾げていた。
「いえ、柏の葉ってこんなんなんだなあって思って」
「なんだ、そんなこと」
まじまじと観察する君を、僕が観察する。
なんだか面白い構図だと僕は口元を緩めた。それから急須を傾けて、湯呑に注いでいく。
嗅ぎ慣れたお茶の香りが、僕の鼻を擽った。
「正確に言えば、それは柏の葉とは言わないけどね」
「へ? そうなんですか?」
君が振り向いた。
お茶を淹れ終って急須の中の茶葉を捨ててから、僕は湯呑を二つ持って席へと戻る。
湯呑の一つを君へと渡して、自分の分を机の上に置いてから、僕は手近にあった紙に「柏」と書いて見せた。
「うん、柏っていう文字はヒノキ科の針葉樹の植物を示す漢字でね」
「……シンヨウジュ?」
僕は柏と書いた文字の横に、「針葉樹」と書いた。
粗方、こういう授業は寝てそうだものね、君。
「葉が針みたいになっている木、見たことないかい。マツとか、スギとか」
「……あ、わかります」
「それのことだよ」
それから僕は紙に「槲」と書いて見せた。
「で、本来、柏餅に用いるカシワには、この字を使うのが正しいね」
「……難しい漢字ですね…」
「まあ、君には難しいかな」
むっと唇を一文字にした君は、それでも反論はしてこない。
まあ、当然だろうね。僕もかなり噛み砕いて教えてあげているつもりなんだけど。
「こっちの槲はブナ科なんだ。わかった?」
「こっちが針みたいな葉のやつで、こっちが柏餅の葉っぱに使われてるカシワってことですよね?」
「そういうことだね、柏餅はそもそも端午の節句の供物でもある」
「へえ…」
僕の書いた文字を眺めて、綱吉は感心したように吐息を洩らした。
興味のあることは覚える子だから、意外とこれも覚えたかもしれないね。漢字は怪しいだろうけど。
「このカシワは新芽が育つまで古い葉が落ちないことから、子孫繁栄という縁起も担がれているんだよ」
「ヒバリさん、凄いですね!!」
まあ、これ位はね。と、瞳を煌めかせる君の頭を撫でて、僕はお茶を啜った。
「所で君、子孫繁栄ってどういう意味かわかるかい」
「えーっと…」
ちょっと確認のために聞いてみたら、案の定らしい。
君は困ったように、首を傾げるばかりだ。すぐに答えを教えてあげるのもなんだか癪だから、僕は柏餅に手を伸ばした。
葉を剥いて、二つ目の餅に齧りつく。餡子がたっぷり入っているそれを噛みながら、ふと視線を横に向けて、驚いた。
口の中にあったそれを呑みこんで、僕は何がどうしてそうなったのか、イマイチよく理解出来なかった。
「……っ!!」
君の頬は真赤に染まっていて、視線を落としてふるふると震えている。
何事かと思ったけど、ちらりとこちらを見た君と視線があった。すると、君は耳まで赤くして、また俯く。
「ちょっと、どうしたの」
「ヒ、ヒバリさんの、すけべ…っ!」
一体全体、何がどうなってそうなったのかわからない。
君の頭の中で一体どういう結論が出たのかは知らないけど、それは聞き捨てならないな。
僕は食べかけの柏餅を葉に包んで机の上に置くと、君の頬を掴んで視線を無理やり上げさせる。
「や…っ!!」
「ちょっと、僕をすけべ呼ばわりなんて、どういうこと?」
「だ、だって…! し、子孫繁栄って…!!」
子孫繁栄なんて、そんな恥ずかしい言葉には取れないんだけど。
一体この子は、何を勘違いしているんだろうね?
「言ってごらんよ、その意味」
「いやです!! なんでそんな恥ずかしい…っ!」
また君がすけべだなんだと騒いだ。
僕は暴れだしかねない君の手を掴んで、抑え込む。
首まで赤くして、一体何を考えてるんだか。
「恥ずかしいことじゃないでしょう。家系を絶やさないって意味じゃないの」
「ふえ?」
綱吉の動きが止まった。それから更に、もう赤くならないと思っていた頬が赤くなる。
ワオ、茹で蛸状態ってきっとこのことを言うんだろうね。
「何を考えていたの、いやらしい子だね」
「ちょっ…!! そんなんじゃな…っ!!」
煩い唇を塞いで、僕は君の舌を絡め取る。
びくりと震える体も抑え込んで、そのままソファに腕を縫いつけた。
圧し掛かることで更に、君の口腔内を蹂躙する。
「……ぁ…ふ…」
くたりと力の抜けた君の口の中から舌を引き抜くと、銀糸が二人の間を紡ぐ。
足りないとばかりにまた口付けて、君の呼吸さえも奪った。
「ねえ、君の考えた子孫繁栄、今ここで実践してみようか?」
口端をあげて耳元で囁けば、君の体がまた震えた。
「ひ、ど…っ!! 俺はそんな意味で…っ!」
「じゃあ、どういう意味?」
「……う……うう〜〜〜」
唸った君の額にキスを落とした。まあ、あながち間違ってもいないとは思うけど。
睨み上げてきた君の視線を真っ向から受け止める。そんな目をしたって、無駄だよ。
子犬が威嚇しているようなものだと、どうして気付かないかな。
「僕の誕生日なんでしょ。それなのに教えてあげたんだから、授業料くらい欲しいんだけど?」
「ずるい、人ですね」
君の手が肩に置かれて、僕を引き寄せる。
引かれるがまま唇を寄せると、君から噛みつくようなキスをされた。
うん、君にしちゃ上出来かな。
僕は真赤になった君に笑って、その噛みつくようなキスに答えた。
「来年は、もっと楽しませてね」
息も絶え絶えな君の耳元でそう囁いたら、「善処します」という小さな声が聞こえた。
来年も、楽しめそうだね?
あとがき
ヒバリさんがなんかちょっと変態…いや、変態は私か!!(コラ)
とりあえず子孫繁栄を勘違いする綱吉が書きたかったんです。
当たらずとも遠からずな?(笑)
柏っていうは本来 ヒノキ科の針葉樹コノテガシワを指すらしいです。
柏餅で検索すると出てきますので、気になる方は調べてみると面白いかも。
それから花言葉もあるらしいです。「愛国心」なんだとか。
なんか、ヒバリさんらしいですよね。愛並盛心って所でしょうが(笑)
2009/05/08 Up