僕は彼らと慣れ合うつもりはありませんよ。
少し前に、そう囁くように呟いた骸様の声が寂しそうに聞こえたのは、気のせいじゃない。
骸様、無理してる。
わかるの。でも、言った所できっと否定されるけど。
チカヅクヒ
「…あれ、クローム? どうしたの?」
並盛中学の校門でボスが来るのを待っていたら、ボスの方から声を掛けてくれた。
近寄ってきたボスは小首を傾げ、少し困ったような顔。
「ボス、話があるの」
回りの声が煩かった。
ボスは少しだけ考えた後、私についてくるように促した。
「うーん、煩いと思うんだけど、うちでいいかな?」
「うん、どこでもいいの。ボスと話せれば」
ボスはやっぱり困った顔をしていたけれど、それでも私を追い返すことはしなかった。
相変わらず太陽みたいに笑う人だった。
骸様が一番気にかけてる人。私もその理由が、ボスといるとよくわかる。
ボスの笑顔を、もっと、ずっと見ていたいような気もするの。
だけどそれはダメ、だって今日は特別な日だから。
犬にも千種にも、私にも出来ない。ボスだけがしてあげられる特別なこと。
ボスの家につくと、ボスは私を自分の部屋にあげて、わたわたと行ったり来たり。
ちょっと前に骸様が見ていて飽きないと言っていた意味が、わかる。
本当にころころと、表情がよく変わるの。
「麦茶で良かったかな?」
「気にしないで、私はすぐに帰るから」
照れたように笑ったボスが、私の言葉に丸い瞳を更に丸くした。
こう言ったら怒られるかもしれないけど、ボス、可愛い。
「…そう、なの?」
「うん、あのね、ボス」
私はボスに、小さくお願いを囁いた。
瞳を見開いたボスに笑う。
「骸様には、秘密」
だから、もう少しだけ待ってて欲しいの。
そう付け足して、私は瞳を閉じる。
ねえ、骸様。
たまには素直になってみるのもいいと思うの。
じゃないとボスにはわからない、伝わらない。
ボスなら大丈夫。私は好き、ボスのこと。骸様も好き。
だから、私…―――
――クフフ、いらぬお節介ですね
今日始めての、骸様からの返答。
「ちょっ、クローム?! えええええっ!?」
ボスの声が遠くに聞こえる。まるで空中に投げだされたような浮遊感。
それでいいと思う、私から何かをあげることはきっとこれが精一杯。
――お節介ですが、上出来ですよ。僕の可愛いクローム――
素直になれない骸様の、精一杯の感謝の言葉。
私は口元に笑みを浮かべて、静かに意識を安息に包まれた闇の中へと落としていく。
次に目が覚めた時、きっと幸せな気持ちに包まれている自分を想像しながら。
部屋の中を白い霧が包み込む。
ああ、多分あれなんだろうなと思いながら、俺は空気の入れ替えをするために窓を開けた。
白い煙が、初夏の青空へ吸い込まれるように溶けていく。
振り返ろうか、やめておこうか。いっそ誰でもいいから来てくれないだろうかと考えながら、俺は溜息をついた。
「クフフ、汚らしい部屋ですね」
「うっさいな! 黒曜よりはマシだろ」
振り返ると、ベッドに腰掛けて足を組む六道骸がいた。
相変わらず厭味な笑みを浮かべる奴だと思いながら、俺は自分の麦茶を煽る。
ほてった体に、冷たい麦茶が心地よい。
「慣れればあそこも良いものですよ、君も一度来てみるといい」
「嫌だね」
「おやおや、すっかりご機嫌ナナメですね」
へんてこな笑い声をあげて、骸はクロームに出した麦茶に口をつける。
一息に飲み干した骸は唇を拭って、コップを元の位置に戻す。
優雅とも言えるその動作に、俺は動くことも出来ぬまま骸を凝視する。
「クフフ、見惚れましたか?」
「バッ!? 何いってんだよ!」
クックと肩を震わせる骸に怒っても、効いているような感じはしない。
今までだって俺がこんな風に怒って、効果のあった相手なんて獄寺君位だったような気がする。
そう考えると、なんだかちょっと情けない。
「で、何の用?」
「そう怒らないで下さい。僕は用はありませんよ、クロームが……」
そこまで言って、骸はしまったとばかりに口元を掌で抑えた。
「……ちょっと、待っててよ」
その先は既に、知っている。
照れたように囁いたクロームの声が、未だに耳を離れない。
それにちょっとだけ、骸の反応も見てみたいような気もしたし。
「母さーん!!」
階下にいる母親に声を掛ける。
ひょっこりと顔を出した母さんに「今日誕生日の友達が来てるんだけど」と、伝えた。
母さんはにっこりと笑って、じゃあお祝いしなくちゃね。と、腕捲りをして見せた。
「ちょっ、君…!!」
「だって、誕生日なんだろ?」
焦ったような骸の顔が、ちょっと面白い。
いつもの馬鹿にするような笑みでもなくて、純粋に驚いている顔。
骸は困ったように視線を彷徨わせて、小さく「ありがとうございます」と口にした。
今まで遠い存在のような気がしていたのに、たったこれだけで凄く親近感が湧いた。
「本当に、お節介な人達だ」
また奇妙な声をあげて、骸が笑った。
掌で顔を覆い隠した骸の表情はイマイチよくわからなかったけど、多分、喜んで貰えた…かな?
「お節介だっていいだろ、めでたいことなんだから」
お前ももっと喜べよ!
笑って見せたら、骸の瞳がまた見開かれた。
「クフフ…本当に、砂糖菓子のように甘い人だ、君は」
「悪いかよ!」
「…えぇ、酔ってしまいそうです」
骸が立ち上がり、近付いてきた。
どぎまぎする俺を射抜く視線はいつもよりも少しだけ、柔らかい。
「そうですね、君の誕生日、期待していていいですよ」
「…へ? あ、あぁ…うん、そう」
にっこりと笑った骸が、俺の頭を撫でた。
手袋越しのそれに、俺の頬に一気に熱が昇る。
「あああ、あの! 俺! 飲物、とってくる!!」
どきどきする心臓は無視して、俺は骸に背中を向けて部屋から逃げるように出てしまった。
ちょっ、あの顔はマジで反則じゃないか!?
早鐘を打つ心臓と熱い頬を持て余し、俺はその場に蹲った。
もう少し、もう少ししたら麦茶を持って部屋に戻ろう。
そう思いながらも、心臓の鼓動は中々治まることはなかった。
それから、骸の誕生日を皆で祝った。
鬱陶しそうな顔をしてはいたけど、なんだかんだとランボの面倒とか見てたし。
案外いい奴なのかもなと思いながらケーキを頬張った。
ランボやイーピンとじゃれている骸を眺めていたら、ふと、目が合う。
「そういえば、君からの言葉をまだ貰っていないのですが?」
一瞬、何を言われたのかわからなくて、俺はケーキを飲み込みながら首を傾げた。
骸の顰められた顔を見て、はたとそこで思い当たる。
あぁ、確かに言ってないかもしれない。
「……誕生日おめでと、骸」
「クフフ、ありがとうございます、綱吉君」
骸が笑った。
なんだかそれだけで、俺も嬉しくなれるような笑みだった。
誕生日おめでと、骸
心の中でまた呟いて、俺は照れ隠しにまたケーキを頬張った。
あとがき
凪の一人称が上手く掴めない。難しいですね…
更に思わぬ位に…は、はずかしい小説が出来ました
恋人未満のお話です。
ここから始まればいい、恋が。
前回の6927の甘さが足りなかったので加糖したら、甘すぎました
砂糖バケツ一杯入れてしまったようです(笑)
とりあえず幸せそうな骸さんが書けたのでこれはこれで…クフフ。
そして下にちょこっとオマケ
「クフフ、なかなか素敵な贈り物でしたよ」
「骸様、良かった。やっと名前、呼べたんだね」
「念願の、ですよ。彼は気付いていないでしょうが、気付いた時の反応が楽しみです」
「ボス、きっと可愛いんだろうな」
「…えぇ、是非、見てみたいものです」
こんな会話。
お粗末さまでした!
この後しっかり顔を真っ赤にする現場を抑えられる悲しい結末が綱吉に待っています(笑)
勿論、監視するのはいつも骸の理不尽を被るあの二人…(酷)
最後になりましたが、骸さん誕生日おめでとうございます!
2009/06/09 Up