「…なんだって僕が、こんな…」
僕は既に消灯している見慣れた窓を眺め、溜息をついた。
ふと、見ていた部屋のカーテンが揺れたと思えば、そこに寝巻姿の赤ん坊が姿を現す。
厭味な笑みを浮かべて、人差指で来るように合図してみせた彼は静かに笑った。
暗に貸し一つな。と、言っているのがその目を見ただけでわかる。
…言われなくたって、わかっているよ。
全てを見透かしたような赤ん坊に不敵な笑みを浮かべて答えると、僕は塀に手を掛けて跳びあがった。
赤ん坊とまた目が合う。夜空色の瞳は悪戯じみた笑みを浮かべ、その手は鍵に伸ばされていた。
なんとも無機質で、それでいて静かな音が僕の耳まで届く。
赤ん坊は口端を上げると、そのまま暗い部屋の奥へと消えた。
後は上手くやれよ。
背中越しに、彼にそう言われたような気がした。
Secret Birthday
「ヒバリさん、俺、今日誕生日なんですよ!」
放課後の応接室、いつもの定位置に座った君がそう言ってにっこりと笑った。
その言葉には、他に他意なんてなかったのかもしれない。
なんとなく思い出したに過ぎなかったんだろうと思う。
「…そう、それは…良かったね」
その時咄嗟に僕から出た言葉はそれくらいで、君は苦笑を浮かべてそれに頷いた。
僕は口下手だから、どうしたって想いを上手く言葉として表すことは出来ない。
君もそれは、わかっていたんでしょ?
「それじゃあ、今日は帰りますね。また…」
少しだけ心残りがあるような顔をして、綱吉は応接室の扉を静かに閉めた。
部屋の外で躊躇うような間があった後、諦めたように小さな足音が遠退いていった。
「……ちっ…」
舌打ちをして、読んでいた書類を机の上に放り捨てた。
彼が何を望んでいたのかはわかっている。言葉だけでも、欲しかったんだろう。
らしくない。そんなことはもう、わかっている。
最近、いつも僕は彼に振り回されてばかりだ。正直腹立たしい。
どうにも僕ばかりが、彼のペースに巻き込まれてしまってばかりいる。
腹立たしいと思うのに、それをしているのが彼だと思えば、それも良いかと思えてくる。
そこまで思い返して、はたと回想から我に返った。
闇を映し出した硝子が室内ではなく、僕の顔を浮かび上がらせていた。
その顔は、やっぱり情けない表情をしているようにしか見えない。
鏡の中の僕が、自嘲気味に口端をあげる。
らしくない。
その言葉こそ、らしくないのかもしれない。僕は僕の、やりたいようにしかやらない。そのスタイルは変わっていない。
僕はただ、ただ彼を愛しいと感じている。
喜ぶ顔も泣き顔も、怒った顔でさえ一人占めしてやりたい。
それを我慢してるのは、他ならない彼のためだ。
彼のため。
そう、これだ。これが、らしくない原因でもある。
けれど、そうしたいと思っているからこそ、こうして我慢もしている。
ここまで僕にさせるなんてね、本当に大したもんだと思うよ。
そして僕は、そんな彼にどう接すればいいのか、わからない。だってこんな思いは始めてだったから。
おめでとうと、一言言えば彼は喜んだのだろう。
けれど、そういった類の言葉を言ったことがなかった僕は、途中で言葉がつかえて出てこなかった。
……情けない。
僕は今度は自分の不甲斐なさに溜息をついて、窓硝子に移った僕を押しのけた。
赤ん坊が鍵を開けた窓は引っかかることもなく、事もなげに開く。
降り立った室内は暗く、小さな寝息が一つ分聞こえるだけだった。
テレビも電気もついていない。月からの明かりと、規則正しい間を置いて置かれている街灯だけが今ある明かりだった。
部屋の構造はもう何度も来ているから熟知している。
闇に慣れた目を凝らし、静かに彼の寝ているベッド脇に立った。
僕と共に窓から入り込んだ秋の風が寒かったのか、君はもぞりと動いて布団の中で縮こまる。
「綱吉」
するりと彼の頬に、なんの躊躇いもなく触れた。
彼の体温は、暖かかった。
暫く眺めていたが、あまり長居する気はない。早々に用事を済ませようと口を開きかけて、また閉じる。
その言葉を口にするのは、少し気恥ずかしく、そしてそれ以上に躊躇いが生まれた。
こんな言葉、誰かに言ったこともなければ、思ったこともない。
それでも、この思いはきっと誰よりも強い筈だ。その確信だけは、胸の中にあった。
だからここにきた。君だからこそ、ここまでしている。
間抜けな寝顔を見ながら、口元を緩めた。
どうせ君には届かないのかもしれない。けれど、せめて夢の中にいる君にくらいは、届けばいい。
彼の耳元に口を寄せた。
くすぐったそうに彼が身を捩るのを抑え込んで、吐息と共に囁いた。
「誕生日、おめでとう」
額にキスを落とし、ささやかな贈り物を枕元に置いて、僕は当初の予定通り早々に部屋を静かに飛び出した。
窓は開けたままだったけど、そんなの気にしていられない。
全く君には、手を焼かせられてばかりだ。
そう思いながらも、この鼓動と、口元に浮かんだ笑みは暫く消えそうになかった。
「……さっむ…」
ぶるりと震えて、俺は体を起こした。
半分だけ開いてしまったカーテンに身を隠すように窓の外を眺める。
丁度バイクに乗って走り去る彼の後姿が、ほんのちょっぴりだけ見えた。
闇の中に消えた彼を見送り、窓を閉める。
秋の少し肌寒い風が気にならない位に、体中の体温があがっていくのを自覚する。
「恥ずかしい人だな、ほんっと…」
笑って俺は、額にそっと触れた。
ちょっと冷たいヒバリさんの体温は、眠っていた所為で体温が高くなっていた体には心地よかった。
窓の鍵を閉めようか閉めまいか悩んで、結局閉めることはしなかった。
もう、今日は来ないだろうけれど。
きっとヒバリさんはヒバリさんなりに、今日のことを気にかけてくれていたのかもしれない。
そう思うだけで、俺は嬉しくなった。
物どころか、言葉すらも貰えなかったと落ち込んでいたのに、彼はその両方をくれた。
いつだって、俺はヒバリさんに適う筈がない。
枕元に置かれたプレゼントを眺めて、静かに、恐る恐るそれを手に取ってみた。
「う、わあ……すご……ん?」
中にあったのは懐中時計。それと共に、小さなメモ用紙が落ちてきた。
四つ折りで丁寧に折られたそのメモ書きを読んでいく内に、段々と俺の頬は熱くなっていく。
「……ずる、い…」
懐中時計と共にそれを胸に抱きこむように握りしめると、胸の中までもが暖かくなっていった。
そのメモにあった達筆な文字の一つ一つから、ヒバリさんの想いが溢れているような気がしてしまう。
俺ばっかり振り回されてばっかりだ。
ずるずるとその場に座り込み、俺は赤くなった頬を既に冷えてしまっていたシーツに押し当てた。
暑すぎる頬には、これくらいが丁度良い。
「明日、お礼言いにいかなくちゃいけないのに…」
こんな手紙を見せられては、顔をまともに見れる気がしない。
「……どうしよ…」
明日のことを思い、俺は苦笑を浮かべた。
幸せ過ぎて、どうしたら良いのかわからない。
生まれてきて良かったと、こんなにも思ったことは今までなかったかもしれない。
彼と居れて良かった。願わくは、これから先もずっと一緒にいれますように、と。
「ありがと、ヒバリさん」
大好きですと心の中で呟きメモに小さくキスを送ると、俺は静かに僅かな温もりの残っていた布団の中に入った。
あとがき
ツナ誕です。
ツナ誕生日おめでとう〜〜!
ヒバリさんが夜這いするかと思ったら意外とぴゅあなヒバリさんでした。
まるでサンタクロース。いや、どう見てもサンタクロース。
正直12月のお話でも良かったんじゃないのと思えるくらいのサンタクロースっぷり。
10月のサンタクロースとかいう題名にしようかと思ったんですが、明らかに内容ばればれなのでやめました。
とにもかくにも、ヒバリさん四苦八苦物語。綱吉とのことで悩むヒバリさんが書きたかったんです。
あ、でもプレゼントはすでに決めていたようですよ(笑)
どう言って渡せばいいのか、いまいちよくわからなかったようです。
男らしいヒバリさんもいいですが、こういう可愛らしいヒバリさんも良いかなと!
そしてもうなんでもお見通しのリボーン。流石先生です、生徒のことをよおく把握してらっしゃる(笑)
更に更に、なんと久々の小説更新です。原稿一段落!よかった!
と、思っていたら次の原稿やらなきゃいけないことに気付いてあわあわしてる最中だったりして(笑)
漫画ばかりに打ち込んでいたせいか、どんな風に書いていたのか忘れてしまいました…
な、なんたることだ…っ!
2009/10/14 Up