「べたべた」
「うぅ…」
床に散らばったアイス。既に溶けて、ぐちゃぐちゃだ。
二人で同じソファの上に座り、机を隔てた向こうにある溶けたアイスへと視線を向けていた。
「部屋が汚れた」
「………うぅぅ…」
じっと見つめてにやりと意地悪い笑みを浮かべてやれば、横にいる君は俯いた。
呻くような声と共に、段々と足元へと向けられる視線。
沢田に見られないことをいいことに、僕は笑った。
こんなに穏やかに笑うことが出来るなんて、知らなかった。
説教
「Yシャツもぐちゃぐちゃ」
「す、すいません…!」
今にも泣き出しそうな顔で、君は自分で持っていたらしいハンカチを僕の濡れたシャツの肩口に押し付けた。
沢田は、さっきから僕と視線を合わそうともしない。
だから、僕の腕の行く先に気付けなかったのは、当然だった。
「ひゃあ!?」
「変な声」
くつくつと笑うと、沢田は不貞腐れたようにむっとして見せた。
「ヒバリさんがいきなりこんなことするから…!」
「仕返しだよ。さっき、散々言われたからね」
「……う…」
気まずそうにまた綱吉の視線が右へ左へと彷徨った。
ちゃんと自分が何を言ったのかは、覚えているようだね。
「なんだっけ?一方的で、自己中で、人の意見も聞かなくて?」
「……ヒバ……ッ!!」
何かを言おうとした君の口を掌で塞ぎ、僕は続ける。
「強くて、かっこよくて、不器用で、優しい?」
一言一言繰り返していく度に、君の頬が赤く染まっていくようだった。
面白くて、その様をじっと見つめた。
「勝手にキスして、告白して?」
「や、やめて下さい!!」
口に当てられた僕の手を払い除け、沢田は僕に抗議する。
ふうん?
「意見出来る立場?」
「え?」
「僕に、意見出来る、立場?」
沢田はその僕の言葉に、ぐっと詰まった。
本当に、見ていて飽きないね、君は。
じりじりとソファの上で詰め寄ると、君もじりじりと後ろに後ずさった。
「こんなの、恥ずかしいです」
「だって、仕返しだもの」
「俺が何しましたか!」
「したじゃない。僕を振り回した」
沢田が瞳を見開いた。多分、心外だとでも言いたかったんだろう。
「それだけで、十分だと思わない?」
固まった沢田を、僕はやっと追い詰めた。
ソファの上に、もう沢田の逃げ道はなかった。
そっと肩を押し、どさりと革張りのソファの上に押し倒す。不安そうな瞳が、僕を見上げた。
「あの…ごめんなさい」
くしゃりと君の顔が歪む。
あぁ、全く…冗談の通じない子だね。
「許してあげても、いいよ」
「ほんと…ですか?」
恐る恐る見上げてくる瞳に、口付ける。
甘いどころか、ちょっとしょっぱい。
「うん、条件付きでね」
沢田が、やっぱりなという顔をした。
身じろいだ沢田は、僕が上から退く気がないことを知って、落ち着かなさそうに視線を左右に這わした。
本当に、小動物みたいな仕草だったから、僕は沢田に知られないように笑う。
「なんだか、不思議な気分だね」
「……?」
大人しくされるがままの君の瞳は、相変わらず不安そうに揺れていた。
「君が隣にいる」
もう君は、僕のもの。逃しはしない。そんなこと、許さない。
そっと額に掛かる髪を払い除けた。合図のように不安そうな瞳が、瞼の奥に消える。
現れた額に口付け、抱きしめる。沢田の体は、温かかった。
「たったそれだけのことなのに、たったそれだけで、穏やかな気分になれる気がする」
恐る恐る伸ばされた手が、僕の背にまわされた。その体温を、心地良いと思う。
籠められた力と比例して胸の中に膨らんでいくこの気持ちは、錯覚なんかじゃない。
これが嘘だというのなら、世界の何もかもが嘘になるに違いない。
「あの、ヒバリ、さん」
「何?」
「どうしたら、許して貰えます…か?」
囁かれた言葉は、甘美な響きを伴っているような気がした。
震える手は、恐怖からなのだろうか。
「正直に答えて」
耳元で囁き返すように言えば、沢田の体が震えた。
背中にまわされた手が、僕の学ランを握り締める。
ずるりと落ちかけたそれを気にかけることもしないまま、僕は沢田の瞳を覗き込んだ。
よくわからない色が、そこに浮かんでいた。
「僕のこと、まだ怖い?」
頬に手をあてれば、沢田は瞳を閉じてすり寄ってきた。
どこぞの鳥のようだと、思った。
「どうでしょうか」
返ってきた答えは、なんとも曖昧なもの。
この子は本当に、僕を焦らすのが好きらしい。
「正直まだ、ちょっと怖いです。トンファーで殴られると痛いし、やだし」
それは君が風紀を乱すからだろう。
そう口を挟もうとした僕を、開かれた沢田の瞳が制す。
その瞳に浮かぶのは、なんだかとても穏やかな光だった。
「でも」
しっかりと見返してくるその瞳に、恐怖はなかった。
沢田の光は、しっかりと彼の中で真実として色付いているのかもしれない。
強くなっていくその光を、僕を瞳を細めて見ていた。
「それ以上に、ヒバリさんの傍にいたいなって、思うんです」
それじゃ、ダメですか?
困ったように笑う、そんな君の表情を僕はじっと見詰めた。
「どうして傍にいたいと思うの」
僕は貪欲に、言葉を求める。
確証が欲しかった。君からの、言葉が。
「そんなの…!好き、だからに、決まってるじゃないですか」
小さな声で囁かれた声と、甘い言葉。
君は僕の胸に顔を埋めるようにしてその頬を隠したけど、君の耳が赤かったから、多分頬はもっと赤いのだろうという予測は簡単についた。
「まあ、君にしちゃ上出来かな。いいよ、許してあげる」
ありがとうございます。本当に、蚊の鳴くような声で沢田は言った。
真っ直ぐな言葉は本当に、君らしかった。
僕は笑って、君の髪に顔を埋める。困ったように身じろぐ君の言うことなんか、聞いてあげない。
だってこれは、僕だけの特権だから。
あとがき
随分遅れました。
しかも一話完結っぽくどこから見てもわかるようにしていたのに、続きモノになりました(汗)
とりあえず再確認してみるバリ様と、説教してツナを追い詰めるバリ様を書いてみたかったんです(笑)
2007/03/01 Up