ソファの上で船を漕ぐ君の上を、黄色い鳥が物色するように旋回していた。
小さな羽音を響かせて、着地した場所は彼の頭の上。
それにも気付かない君は、随分と深く、眠っているらしかった。
やがて鳥が、君の髪の毛をつついて遊び始める。
僕の方をちらりと見た鳥は、不思議そうに首を傾げた。

「……呑気なものだね」

付き合い始めてから、一か月。僕たちは未だ、清きお付き合いとかいうものをしている。
…本当に、よく我慢している方だと思う。
君と付き合い始めてから、僕は色々と我慢することが増えたように思う。
僕にここまでさせるのだから、やっぱりそれなりの褒美くらいは貰いたいものだけど。
こう無防備に目の前で幸せそうに寝られたのでは、手を出す気にもなれない。

欠伸を一つ零して、僕は椅子に深く腰掛けて目を閉じた。
春の暖かい日差しが窓から部屋に差し込んでいる。
僕は眠気に逆らうことなどせずに、瞼を閉じて、心地よいそれに身を任した。

07:キス




それからふと、小さな笑い声で僕の意識は浮上する。
一体僕の眠りを妨げる愚か者はどこの誰だと、薄らと瞳を開けた。

「…ははっ、可愛いな〜、お前」

掌の上に黄色くて丸い何かを乗せた綱吉が、その丸い物体を優しく突く。
春の風が窓から入り込んで、僕の頬を撫でていく。綱吉が窓を開けたのだろう。
爽やかな風は、眠りから目覚めたばかりの体には心地よかった。

「ツナヨシ、ツナヨシ」

綱吉の掌の上で懐いていたのは、どうやらあの鳥らしい。
突く指に、まるで頬擦りするかのようにその毛並みを寄せている。
擽ったそうに、綱吉がまた小さく笑った。

「ヒバリさんが起きちゃうから、静かに、な?」

僕に視線を投げた綱吉が、綻ぶように笑った。薄目を開けている僕には、どうやら気付かなかったらしい。
鳥の視線が、じっと僕に突き刺さる。それもすぐに逸らされ、綱吉の突く指先にちょこんと乗った。
きっとあれは僕が起きているということに気付いているんだろう。
伺うようにちらちらと僕に視線を寄越してくるのが、嫌でもわかる。
鳥は小さく鳴いて見せた。僕に起きろといったのか、綱吉の言い付けに対する答えだったのか。

「うん、いい子だな」

満足そうに綱吉はそう言った。どうやら、鳥が自分の言いつけに答えたように聞こえたらしい。
けれども、鳥はこちらを見て鳴いていたのだから、やはり僕に向けたものに違いない。
その証拠に、起きようとしない僕に、鳥は少しむっとしたようだった。
小さな羽を広げ、僕が頬杖をつく机の上に降り立った。
綱吉が慌てたように立ち上がるのを視界の端に確認し、僕は僅かに開けていた目を閉じた。

「ヒバリ、ヒバリ!」
「わわわわっ、ダメだって! 木の葉が落ちる音で起きる人なんだから〜〜!」

木の葉の音に比べてしまえば、君の声なんかもう論外なのだけど。
鳥は伸ばされた綱吉の手から逃れ、僕の頭に着地する。

「ヒバリ!」

髪が引っ張られた。チクチクと少しだけ、痛い。

「コラ、駄目だって!!」

そこで鳥は、どうやら綱吉に捕獲されたらしい。
頭の上で鳥が抗議をあげる声が聞こえて、頭の上に少しだけ感じていた重みが消えた。
振り向くことはしない。もう少し、何か面白いものが見れそうな気がして、僕は狸寝入りを続けることにした。

「全く…ヒバリさんを起こしたら、可哀想だろ?」

綱吉が叱りつけるような声音で鳥に言い聞かせている。
思わず肩が震えそうになるのを止めるので、僕は精一杯だ。
本当に、面白い子。
それっきり、綱吉は口を噤んでしまった。すぐに鳥が羽ばたく音がして、僕の頭にまた着地する。

「お前、本当にヒバリさんが好きなんだなあ」

くすくすと笑う声が、部屋に響いた。穏やかな気分になるには、それだけで十分な効力を持った笑い声。

「ツナヨシ、スキ」
「ん、ありがと。俺も、ヒバードが好きだよ」

綱吉の指先が僕の髪の毛を掠めた。鳥を撫でてやっているのだろう。
鳥が擽ったそうに身動ぎした。

「…これでも起きないや。疲れてるんだろうなあ、ヒバリさん」

嬉しそうな声音は、次には不安気な声音に変わっていた。
すぐ横から聞こえてくる声。瞳を僅かにまた開ければ、少し落ち込んだような綱吉の顔が見えた。

「俺に、何か出来ればいいんだけど」

苦笑を浮かべていた綱吉の肩に、僕の頭から僅かな距離を飛んで行った鳥が乗っかった。
励ますようにその首筋に身を寄せている。その黒くて丸い瞳は、未だ僕に注がれていたけど。
綱吉の指が動いて、その躊躇うように宙に浮かんでいた指先が僕の前髪に触れる。

「………さらさらしてる」

一房捕まえた君は、少し嬉しそうに笑いながら僕の髪に触れていた。
やがて少し戸惑うような仕草をして、それから僕の前髪を掻きあげてきた。
どれだけ深く眠っていたとしても、ここまでされると流石に誰でも起きると思うんだけど、綱吉はそれに気づいていないらしい。
綱吉の顔が近付いてくる気配がして、僕はまた目を閉じた。
ここまで至近距離に、綱吉のことを感じたことは今思えばあまりなかったかもしれない。
何も知らないと思っていたから、少しずつ距離を詰めていこうと思っていたのに。
吐息が唇に掛かった。ぴくりと動きそうになる手を押しとどめ、また微かに開けた視界には瞳を閉じた綱吉がいた。
少しの距離が、どうにも焦れったい。
緊張しているのか、綱吉が肘掛を掴む手は白くなっている。
瞳を閉じている綱吉には見えないだろうと、瞳を開いて、手を伸ばした。
その瞬間に、唇が触れる。

「……ッ!?」

首裏に手を廻して引き寄せれば、驚いて綱吉が顔を引こうとする。
抵抗を捩じ伏せて深く口付けてやれば、瞼の奥から零れ落ちそうなくらいに大きな瞳が現れた。

「ヒバ……っん!」

いい加減、煽っているという自覚くらいは持ってもらわなければ困る。
僕だって抑えるのに色々と苦労しているのに、君ときたら…。
色んな言葉を言ってやりたかったけど、変わりのように全て唇から流し込むようにして口付けてやった。
舌を差し入れてやれば綱吉の体が震えて、僕の肩に掛けられていた学ランを掴んでいた手が、肩からずり落ちた。
黒い学ランは、綱吉によって床の上に落とされてしまう。

「…ワオ、積極的なお誘いかい」

ぐったりと力の抜けた綱吉を膝の上に座らせて、僕は彼の頤を掴んで覗き込む。
上気した頬を撫でて、額に掛かる髪の毛を掻きあげて、そこにキスを落とす。

「……おきて、た、ですか」

まだ整わない息を必死に整えようとしながら、綱吉が恨めしげに視線を寄越した。

「勿論。木の葉が落ちる音で、起きてしまうからね、僕は」

耳元で囁いてやったら、綱吉の体がまた震えた。
僕は笑みを浮かべて、綱吉の背をそっと撫でた。

「……ずるい…! なんか俺だけ、ヒバリさんに触りたいって思ってるみたいじゃないですか…」
「違わないだろう?」

そう言うと、君は不貞腐れたように俯いた。見えた旋毛に、またキスを落とす。
今まで出来なかった分を取り返すように、僕は君の至る所に口付けを落としていく。

「ねえ。自覚あるのか知らないけど、あんまりそういうことばかり言っていると、手加減しないよ」
「手加減するような人だったんですか?」

少し刺のある言い方に、僕の眉があがる。
失言をしたと後悔するような色が綱吉の顔に浮かんだのがわかったけど、許すつもりはない。

「……そう。じゃあ、もう我慢するのはやめるよ」
「…あの…」

不安気な綱吉が、弁解しようと開いた唇を塞いだ。

「覚悟はいいかい」

綱吉の唇を舐めて、囁くように聞く。今ならまだ、逃げられるのだと逃げ道を示してやるように。
息を吐き出した綱吉が、怯えたように僕を見詰めた。
それから、諦めたように僅かに頷いて、僕の肩口に顔を埋めた。

「そんなもの、最初から出来てます」

精一杯の君の強がり。
僕は笑って、生意気を言う君の唇をまた塞いだ。

君の手を机に縫い付けて、貪るように君に口付けた。
黄色い鳥が驚いたのか、気を利かせたのか、慌てたように窓から外へと飛び出して行った。

あの鳥のように、もう逃がしてやることなんか、出来ない。
綱吉の腕が首に回されるのを感じながら、僕は舌舐めずりをした。

「……もう、逃がさないよ」

首筋に顔を埋めながら言えば、君は今度はしっかりと、確かに頷いた。
僕は笑い、君の首筋に歯を立てて、咬み痕を残す。

後はただ、君を貪ることに集中するだけ。





あとがき

思ったより卑猥な雰囲気に…
ほのぼのいちゃらぶ目指したら怪しい雰囲気になっちゃいました
綱吉が我慢ならなくなっちゃったみたいです。
狸寝入りだったとはいえ、肉食動物を襲う草食動物(笑)

2009/03/30 Up