「あの……ヒバリさん…」

勉強を見て貰いながら、俺は言い難いそれをやっとの思いで切り出した。
ヒバリさんの視線がテキストから俺に移され、首を傾げる。
緊張で震える体をなんとか抑え込んで、俺は首元に手をやった。

「あの、それ、このッ!?」

でも、上手く言えない。
どう、説明すればいいのだろう。
言葉が出てこなくて、喉元に絡むそれを俺は必死に言葉にしようと頭をフル回転させた。

「うん、とりあえずその手をどけてみなよ」

にたり、そんな表現がぴったりだと思われる笑みが、ヒバリさんの顔に広がった。

見せつけ




「い、いやです!」

ヒバリさんは俺の横に座っていて、優雅に自分のカップに口をつける。
長い足を組む姿は、正直格好いい……じゃなくて! 今はそれじゃなくて!

「どうして?」
「…どうしてって…!」

俺は未だに胸元のシャツを掻き合わせる手を離せないでいた。
ご、獄寺君が変なこと言うから、余計に、なんか……ッ!!
顔が赤くなるのを自覚しつつも、俺はどうする事も出来ずに眉間に皺を寄せる。
うーとか、あーとか、そんな言葉しか出てこない…。
するとふっとヒバリさんの瞳が和らいだ。思わず俺は、その表情に見惚れてしまった。
ヒバリさんの手がカップを置いて、そのまま俺の耳に掛かる髪を撫でつける。

「……ぁ…」

――キス、される…

自然と顔が近付いて、唇が触れた。今までは頭の中が真っ白になってた俺だけど、最近はちょっと、余裕が出てきた。
啄ばむように口付けられて、少しだけ出来た唇の隙間にヒバリさんの舌が捻じ込まれた。
ぬるりとした感触に、俺は体を震わせて逃げようとしてしまったけど、ヒバリさんの手がいつの間にか腰にまわされていて、逃げることは叶わなかった。

「…ヒバ…ッ、んぅ…んッ!!」
「…黙って」

吐息が口に当たる。熱いそれに、ぞくりと腰のあたりを何かが駆け抜けていく。
その手が俺の腰を撫でる度に、その感覚が強く、なっていく。
ヒバリさんの手が俺の首筋を撫でて、頑なに外せずにいた手に触れた。
力の抜けた手は、あっという間に引き剥がされる。

「…っ、あ…っ!」
「あぁ…これか」

くっと、ヒバリさんが笑った。
それを辿るように、ヒバリさんの指先がシャツの上を撫で上げ、俺の首筋を撫でて行く。

「…っ、ん…」
「感じる?」

くつりと意地悪く、またヒバリさんが笑った。
俺の首筋に今度は顔を埋め、その痕を機嫌良さそうに舐めて行く。

「ひ、ぃ…あっ…!」
「これね、キスマークって言うんだよ、知ってた?」
「また、増やした…っ?」
「うん。僕のものっていう、シルシ」

悪くないでしょ?
悪びれもせずに、ヒバリさんが笑った。

「ギャッ! なんっつーこと言うんですか、あんたっ!」
「だって、あいつらにわからせるのに、いい機会じゃない?」

ねえ?
そう言ったヒバリさんが、不敵な笑みを浮かべて俺の背後を見詰めていた。
何事だと振り返った俺は、思わず硬直する。

「てめえ! 十代目を拘束して、なんのつもりだ!!」
「ごっ、獄寺君っ!」

煩い奴が来たね。と、ヒバリさんが呟いたのが聞こえた。
う…さっきのは見られてないみたいだけど、それでもなんか、やっぱり恥ずかしい…

「十代目に汚ねえ手で触りやがって! もう我慢ならねえ!」
「ふうん。それは丁度よかった。僕も今、君を咬み殺そうと思った所だよ」

俺のことなんか眼中にないという感じで、獄寺君とヒバリさんが睨みあう。
ヒバリさんがどこからかトンファーを出して、俺の横を通り過ぎた。
どうすればいいのかわからない俺は、とりあえず胸元を握りしめて息を思い切り吸い込んだ。

「ダメッ! ヒバリさん!」

俺の目線の数歩先、ヒバリさんは俺の声に驚いたように振り向いた。
獄寺君がぽかんと口を開けたまま固まったのが、ヒバリさんの肩越しに見えた。

「ご、獄寺君も、俺、大丈夫だから。ただ、その、目に入ったゴミを取って貰ってて…! ヒバリさんは何にも悪くないんだよ」

咄嗟に出た嘘に、ヒバリさんの瞳が益々見開かれた。
俺は頼むから何も言わないでくれよと願いつつ、獄寺君に近づく。

「し、しかし…! その首の赤い痕は…ヒバリのヤローに無理強いでもされているのかと…」
「だから! これは虫刺されだって言ったろ! へ、変な勘違いしないでよ!!」

困惑する獄寺君の背中を押して、応接室の外に押し出す。

「もうっ、駄目だろ! 今日はヒバリさんに勉強を教えて貰う日だって、言ったよ?」
「いや、でもですね、十代目! 勉強位俺が…っ!」
「獄寺君は俺に甘すぎるから駄目だって、リボーンにこの前言われたばかりじゃんか」

俺の言葉に、獄寺君がぐっと口籠る。

「心配してくれるのは嬉しいけど、ヒバリさんだって忙しい中見てくれてるんだよ。ね?」
「十代目ぇええぇ…」
「う…そんな目で見ないでよ! じゃあ今度、数学の証明がよくわからなかったから、それを教えてくれる?」

獄寺君は背筋を伸ばして元気よく俺の言葉に「任せて下さい!」と、返事をすると、そのまま大人しく帰ってくれた。
なんだか悪いことしたみたいだ。
獄寺君の真っ直ぐな瞳は本当に純粋といってもいいのかも…だからか知らないけど、嘘をつくのが少し、後ろめたい。
ほっと息をついて扉を閉めてから、俺ははたと、後ろから漂ってくる不吉なオーラに身を硬直させた。

「………あ、あの…」

振り向いた俺の視線の先、ソファに足を組んで腰掛けたヒバリさんが俺を睨みつけてくる。
うぅ……例え恋人といえども、これには耐えられない…

「どういうつもり」
「や、あの、ですね…二人の喧嘩なんか見たくなかったんで、その…」
「僕に命令するなんていい度胸じゃないか」

ヒバリさんが立ち上がった。ゆっくりと、大股で俺に近づいてくる。
視線は真っ直ぐに俺を貫いていて、俺はその鋭い視線に耐えられなくて、足元に視線を落とした。
だって、気まず過ぎる…
なんだってもう、こうなるんだよ…!

「あんな奴、わからせてやればいいだろ。君が誰のものなのか」

ヒバリさんの手が、逃さないとばかりに俺の顔の両横に置かれた。
掌を握りしめ、落ちた影の威圧に耐える。

「そんなこと、する必要ないじゃないですか」
「………君には自覚が足りないみたいだね」
「そんなこと…っ!」

顔をあげた瞬間に、ヒバリさんの少し、苦しそうな顔が見えた。
息も言葉も詰まって、俺はヒバリさんの顔を凝視してしまう。
だってこんな表情、知らない…

「あのっ、ヒバリさん?」

顔の両横に置かれた腕がいつの間にか体に絡められて、引き寄せられた。
痛いくらいの力で抱きしめられて、俺は息苦しさに瞳を細める。

「俺が横にいたいと思うの、ヒバリさんしかいないって言う答えじゃ、駄目、ですか?」

ヒバリさんの黒い髪が、頬を擽った。
身じろいだ俺を、離さないとばかりに強い力が締め付けてくる。
試しに抱き返してみたら、その力がちょっとだけ緩んだ。
なんだか凄く、可愛い人のように思えて、俺は思わず口元に笑みを浮かべる。

「ヒバリさん」

しっかりと、彼の胸に抱きついた。

「大好きなんですよ、俺、貴方のことが」
「知ってる、そんなこと」
「本当に、何されてもきっと、この気持ちは変わらないです」

ぎゅうっと抱き返すと、耳元でヒバリさんが笑う声が聞こえた。

「綱吉」
「はい?」

体を引き剥がされて、俺はヒバリさんの顔を見上げた。
その顔には見たこともないくらいに、綺麗な笑みが浮かんでいた。
なんだか今日はいろんなヒバリさんが見れるなあと思って、にこりと笑い返す。

「じゃあ、今度朝礼で君は僕のものだと、公言してもいいよね?」
「はあ!?」
「だってそれくらいしないと、あいつらは理解しないでしょ?」

君も横にいてよね。
と、それはそれは綺麗な笑みを浮かべたヒバリさんに、俺は冷や汗を流した。
だって、目が本気だ。
それから俺は、死ぬ気でヒバリさんを説得して止めた。


なんだか今日は酷く疲れた…早く帰って寝よう…。





あとがき

どちらかといえば、9番の話っぽいですね。
うまい具合に綱吉は嵌められちゃってます。
そして獄氏が文字の上ではやっぱり書きやすい。
彼も可愛いな〜。5927もちょっと書いてみたいこの頃です。

2009/05/20 Up