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《しばらく寝てろ!》

こいつが押しかけて来て、それだけでもやっかいだってのにブッ倒れやがった…
ハンター受験合格者。
裏試験をしないわけにはいかない。
義務だ。

弟子を選ぶ権利は一応はあるのだが、断るやつは少ない。教えを乞われれば拒まない者がたいていだ。
試験後に受験生の通りそうなルートを調べて自分から教えに行く奇特なやつは例外としても
《それで星を取った奴もいたな…》
俺は真っ平ごめんだ
ここ何年も受験生は来なかった。ここがそうそう人がやって来るような場所ではないからだ。
山奥の世捨て人の庵。
選りにもよって何でこいつが来る?
《ああくそっ!》
バリバリと頭を掻き毟りながら、1人ごちる

《どこへ行く?》
入り口のドアから出ようとしていたところに声を掛けられて焦った
先ほどの言葉を口にのぼらせないで良かった。
《麓の街だよ。そろそろ買い出しに行かなきゃならなかったんでね。》
大仰に、だが振り向かず答えた。コイツは気付いていないのか?
なら、都合がいい。
《それは弟子の役目だ。》
言いながら起き上がろうとするコイツに、まだ弟子にするとは決めてない。
そう答えると、飛び起きて一瞬で間をつめ俺の胸倉を引っつかみ
《弟子にしろ!》
凄みやがった…
一瞬妙な表情をしたのは気の所為か?小奇麗な顔を至近距離に迫らせての恫喝に焦り
《解った弟子にする》反射的に答えてた
《…解ったから…寝てろって!……まだふらついてるじゃねえか》
弟子にすると言った途端、現金なこの弟子は踵を返して俺の寝台にもどりやがった
部屋に1つかしかない寝台を占領しても気にするそぶりは無い
《弟子が師匠を床に寝かすのかね?》
思わず呟いた俺の言葉が聞こえなかったのか反応が無い
ひょいと振り向くと、気を失ったかのように眠っている難儀な弟子の姿があった。
《ホント、都合の悪いことは聞こえない耳だこと》

誰が訪ねる事もない山奥。
正体無く眠る年頃の小娘を1人残していったところで大した問題はないだろう
突如始まった厄介事に溜息を付きながら、麓の街まで予定外の買出しに走った。

急いでも俺の脚で3時間は掛かる、帰りは深夜になるだろう。そもそも今日は二度目の買出しなのだ。
たまたま買出しに降りた街でこいつに見つかった。
俺の風体を見て顔を背けやがったこいつに引っかかるものがあってちょっと長く見てしまったのがいけなかったのか
通りすがりの俺に何を感じたものか、後を付けてきやがった。
気配を消してるつもりだったんだろうが、とても褒められない尾行に付いては来れないだろうと高をくくっていたが、意外に粘られ気付いた時には街から離れ山の中腹まで来ていた。
流石にこれ以上は困る。
庵について来られても迷惑だし、この先で撒いたとして帰れなくなって遭難されても厄介だ。
本気を出して逃走する事に決めた。
《あっ!》
一瞬でスピードを上げて、気配断ちをして姿を隠した俺にヤツは対応しきれなかったらしい。非難めいた声を上げて棒立ちになってそのまま俺の視界から遠くなった。…しばらくしてもヤツの気配は無い。どうやら撒いたらしいと、安心して帰った俺は2時間後、庵のドアを叩く訪問者に心底びっくりした。
そこにはコイツが立っていた。
なぜ?と俺が問う前に
《撒かれてしまったので、地形を考えどの当たりに隠れ家があるか見当を付けて探した。思ったより単純な場所にあったな》
と得意げに返された。あげく、
《私を撒いたあたりなかなか。これなら師匠に申し分ないだろう》
お前、何様?という感想まで述べてくださりやがった…つくづくとんでもない弟子だ。

街に付いた俺は今から買う物に大きく溜息を吐く羽目になるのだった。