また性懲りもなくキルクラ書きました
エロはぬるいですが不健全な話なので何でもありな人だけどぞ
※レオクラ前提、数年後描写有



その頃俺は十二歳で、男と女のことなんてほとんどわかっていなかった。
ただ、クラピカと目が合うと緊張してすぐ逸らしてしまったり、レオリオと顔を近づけて話しているのを見ると、それが原因とは知らぬままにいらいらしたりしていた。
そのうち、クラピカが気になっていることには気付いたけど、それは彼女が初めて接した家族と執事以外の女性だったからなのだと思い込んでいた。
ハンター試験の最中には、クラピカが女性であることは他の三人の中で暗黙の了解みたいになっていた。一度も口に出して確認したことはなかったけど、男だと隠し通せていると思っている本人に気付かれないように、三人ともさりげなく気を遣ったりしていた。
だから、レオリオがクラピカに気があるなんてことはなんとなく気付いていたけど、特に何が起こるわけでもないと思っていた。クラピカは、俺たち三人の共有物みたいな認識があって、誰かひとりのものになるなんて考えられなかった。


あれはいつだったか忘れたけれど、4人で同じホテルに泊まった時があった。暇をもてあました夜中、アダルトチャンネルでも見せてもらおうかなと思ってレオリオの部屋を訪れた。安いホテルだったからオートロックなんてものはなくて、施錠タイプの鍵が申し訳程度についているだけだった。レオリオと言う男はガサツで、神経質の正反対みたいなやつだから、クラピカが何度注意してもいつも鍵をかけ忘れる。その癖を知っていた俺は、軽くノックをすると、たいして間も置かずにドアを開けた。足を踏み入れようとして、すぐに固まった。部屋の奥から、話し声ともいえないような音がしていた。
たいしたことないホテルだったけど、初めて見たらしいハンターライセンスに敬意を払ってか、最上級の部屋を与えられていたおかげで、ずいぶんと広く奥行きのある部屋だった。奥に居る人は見えないが、侵入者に気付いていないらしく、声は止まない。心臓が急にドクドクと脈を早めだした。奥から聞こえるそれは、女の喘ぎ声だった。
足が床に張り付いたように動かない。頭は、この女性がクラピカである可能性はどれくらいだろうかとやけに冷静に考えていた。50%。いや、60%くらいはあるかもしれない。AVの可能性だってあるな、と考えているうちに、レオリオ、と呼ぶ声が聞こえた。
――クラピカだ。
俺は今すぐ逃げ出したい衝動を必死に抑えていた。手が震えた。確信はないのに、その女性がクラピカだという絶対的な予感がしていた。いつもの低音からは考えられないその声に胸が締めつけられた。このまま確信を得られないまま戻ったら、この先ずっと思い悩む気がして、重い足を引き摺りながらゆっくりと部屋の奥へ進んだ。ベッドが見える位置まで来たとき、俺はぎりぎり崖の上で保っていた精神がガラガラと谷底へ崩れていく感覚を経験した。
白いシーツに散らばった金色の髪。レオリオの下で乱れていたのは、紛れもなくクラピカだった。
二人は一糸纏わぬ姿で絡み合っていて、俺は足もとから座り込んでしまいそうになるのを近くの壁に体重を預けて耐えた。夢中になっているのか俺に気付く様子はまったくない。クラピカの艶を含んだ喘ぎ声が、耳から浸食して頭の中に反響する。俺は、いつも男だと偽って、色恋なんてまったく興味がないといったふうなクラピカが、友人の男に抱かれて、こんなだらしない姿態を見せていることに苛立ちを覚えた。
(そんな、女みたいな顔するなよ)
クラピカの前まで出ていって問い詰めたい衝動を必死に抑え、気付かれないよう静かにレオリオの部屋を後にした。


「キルア?どうしたの?」
ゴンはドアの前に立ち尽くしている俺を見ると、口ほどには疑問も持たずに部屋に入れてくれた。二人部屋のことも多いし、一人部屋の時もよく行ったり来たりしているから、ごく自然のことではあった。けれど、俺の表情に違和感を覚えたらしく、何かあったの、ともう一度聞いた。俺は努めて明るい調子を心がけながら、部屋のシャワーが出ないから貸してくれ、と頼んだ。ゴンは納得して承諾し、その日は結局ゴンの部屋で一夜を過ごした。二人で話をしたりテレビゲームをしたりするうちに気持ちは随分と落ち着いたけど、ときどきゴンの口から出るクラピカという響きにいちいち胸を掻き乱された。
今もあの部屋で二人は一緒にいるんだろうか。そう思って、その夜は眠りにつくことができなかった。


次の日は、ホテルのレストランで四人揃って朝食を食べた。クラピカとレオリオはまったくいつもと同じ様子で、二人一緒に来ることもなかった。俺たちに隠しているということに対する苛立ちと、昨夜が初めてではなかったらしいということへの驚きで、しばらく黙らざるを得なかった。本当はクラピカの顔を見たくもなくて、なるべく離れて目を合わせないようにしていた。けれど、バイキングの料理が所狭しに並べられたテーブルにお代わりを取りに席を立った時に、いつの間にか付いてきていたクラピカに話しかけられた。
「昨夜はよく眠れたか?」
クラピカは色づいたフルーツを器に盛りながら尋ねた。自分がセックスしていた夜のことをよく聞けるもんだな、と思いながら、まあまあかな、とぶっきらぼうに答えた。
「そうか、少し顔色が悪いようだが…大丈夫か?」
ちょっといいか、と断ってから、クラピカは俺の額に手を添えた。驚いて反射的に後ろへ引く。
「おっと、すまない。熱はないみたいだな」
クラピカが少し心配そうな表情で俺の顔を覗き込んだ。こういう、他人の小さな変化を捉えて勝手に心配してくるところが女みたいだといらいらした。昨日の夜までは、そういう彼女にかまってほしくて、わざと気にさせるような態度をとったりしていたのに。
別に大丈夫だよ、心配してくれなくても。そう言って、クラピカをバイキングテーブルに残して席に戻った。


あれから何年たったのかは覚えていない。
クラピカやレオリオとは、四人とも自分の目的に忙しくて、なかなか会う機会がなかったけど、俺にとっては好都合だった。俺たちのものだと思っていたクラピカを一人だけ自分のものにしていたレオリオには裏切られたような気持ちを勝手に抱いていたし、それ以上にクラピカに対し様々な感情が渦巻いていて、とても会って仲良く話したりできるような状態ではなかった。それでも、やはり元々は初めて親しくなった友人だったから、何年か後に一同に会せるとなったときはそれなりに嬉しかった。その時はハンターとしての仕事が楽しくて、仲間も増えていたから、クラピカに対する感情もかなり落ち着いてきていたというのもあった。

「久々だね!」
俺とずっと一緒に行動してきたゴンも二人に会うのは久しぶりで、声が弾んでいた。クラピカは、明らかに昔よりも女っぽくなっていた。それが成長によるものなのか、レオリオによるものなのかはわからない。なんとなく後者のような気がして、まだ付き合っているのだろうかと思うと、忘れていた胸の傷が痛みだした。
四人でホテルのレストランで食事をとり、近況を報告し合う。クラピカは、相変わらず緋の目を探しているらしく、マフィア界で仕事をしているみたいだった。俺は斜め前に座るクラピカの話の内容よりも、サラダをつつくフォークを持つ細い指や、カットされたトマトを運んだ先の唇に目を奪われていた。会わなかった時間を取り戻すように、クラピカの体を目に映した。クラピカと目があったとき、隣に座るんだったな、と後悔した。

ホテルはオートロック付きの、それなりに高級感のあるところだった。四人ばらばらに分かれて自分の部屋に入ると、あのときと同じ状況に凄まじい既視感が襲ってきた。
今夜もクラピカはレオリオに抱かれるんだろうか。俺たちと一緒に泊まっているこのホテルで。
俺は、ラジオをつけて、しばらく部屋の窓から夜景を見下ろしていたが、その小さな無数の灯りをぼんやりと見ているうちに、自分がこの数年色々と思い悩んできたことがどうでもいいことのような気がしてきた。ほんの数分前にラジオの天気予報が言っていた通り、夜の街を軽い雨が覆いだした。窓にぽつりぽつりと打ち付ける雨音を胸に感じながら、俺はラジオを消して部屋を出た。

クラピカは三度目のノックでドアを開けた。そこにいたのが俺であったことに驚いたらしく、目を丸めて、どうした、と聞いてきた。クラピカの金色の髪は濡れて光っていて、その毛先から雫がぽたぽたと落ちている。服も着てはいるがいつもより少しラフだから、シャワーを浴びていたんだろう。俺は部屋のシャワーが壊れているから貸してほしいと言った。
「構わないが…」
クラピカはいつになく歯切れが悪かった。自分が使ったばかりの浴室を男だと思わせている奴に貸すのが嫌なのか、それとも今から部屋に来る人物を気にしてか。両方だろうなと俺は思った。
部屋に入ると、シャワーを浴びた後のクラピカの匂いが充満していた。クラピカは、髪を乾かしたいからから少し待ってほしい、と言うと浴室に消えた。俺は、部屋の奥まで進んで、ベッドの端に腰を下ろした。こんなふうにやすやすと男を部屋に入れるのは、俺を男としてみていないからなんだろう。
「待たせたな」
浴室から出てきたクラピカは、そう言っても俺がすぐには動かないことを見ると、部屋に備え付けられたポットでお茶を淹れた。二人分のカップを持ってきてこちらに一つを渡すと、化粧台の椅子をひいて座る。俺の表情を見て、何か相談事があるのかと思ったらしい。
「四人でホテルに泊まるのは本当に久々だな」
前回はいつだったろう、とカップに口づけながらクラピカが記憶を辿る。俺がクラピカとレオリオの情事を見たあのホテルを思い出し、あそこの朝食はよかったな、と言った。
クラピカの口からそれを聞くと、記憶が鮮明にフラッシュバックしてきた。あの朝食の味なんてろくに覚えていない。
「クラピカとレオリオがセックスしてたホテルだね」
この部屋にも、窓を打ち付ける雨の音がしていた。クラピカは、この世のものとは思えないものを見るような顔をして、俺を見た。
「俺、見ちゃったんだよね。あの夜、レオリオの部屋に行ったから」
そう言っても、クラピカは何も言葉にすることが出来ないみたいだった。カップを持つ手が微かに震えていて、固まったままの表情で俺を見ていた。
「もちろん、クラピカが女だってのはその前から知ってたけど」
そこまで言うと、クラピカは、そうか、とだけ絞り出すようにして呟いた。
「…それは、ひどいものを見せたな」
しばらくの沈黙の後、クラピカがやっとのことでそれだけ言ったが、俺の顔は見れていなかった。
「男のふりしてるくせに、セックスとかはしっかり楽しんでるんだね」
鋭利なナイフで突き刺すようにその言葉を落とした。クラピカの頬にカッと赤みが差す。俺はベッドから立ち上がって化粧台までの数歩の距離を詰めた。顔を上げたクラピカの唇は震えていた。
「俺にも見せてよ、女のクラピカ」
クラピカの腕をとって引くのは容易かった。彼女の手にあったカップが絨毯にごとりと音を立てて落ちる。そのままベッドに放り投げ、上から覆いかぶさるようにして四肢をシーツに縫い付けた。
「キルアっ…!」
クラピカは俺の下でもがきながら叫んだ。その目には咎めるような色が滲んでいる。俺は暴れようとする脚の太ももに体重をかけて動きを封じたまま、クラピカの首に唇を這わせた。ひっ、と空気を吸う音がした。耳の後ろまで撫で上げるように唇を這わせた。
「キルア…」
泣き出しそうな声が俺の名を呼んだ。先ほどよりも随分小声になっている。俺はクラピカの顔を見ないように首に顔を埋めたまま、着衣の下に手を忍ばせた。くびれを撫でると思っていたよりも随分薄い体で、こんな華奢でどうやって男にも勝る力が出せるのかと驚いた。
一体どんな努力をすれば――。
いまさら男と女の差を感じ、哀れみのような気持ちを覚えた。俺もずいぶん家で扱かれてきたけど、それはもともと親父や爺ちゃんを認めさせるだけのものを持っていたことを前提に計算されていたのだと思う。けれど、クラピカは違う。頭は抜群にいいけど、体はただの女でしかない。そこから旅団を捕える力を得るためにどんな犠牲を払ってきたのか。知っている部分もあるものの、それ以外は想像もできなかった。俺はブラジャーのホックをはずしていた手を止め、首に埋めていた顔を上げた。ゆっくりと体から手を離し、乱した着衣を軽く直した。
「冗談だよ」
いまさら言葉通りになるとは思わないが、口にすると楽になった気がした。こんな時まで嘘つきだな、と内心自嘲していたが、どうせクラピカは俺が考えていることなんてわかっているんだろうと思うと訂正する気も起きなかった。
「ちょっとからかってみたかっただけ。早くブラジャーつけなよ」
クラピカに背を向けて言った。自分で外しておいて何言ってるんだ、と苦笑しそうになる。後ろで衣擦れの音がした。
「まったくお前は…」
しばらくして音が止み、向き直るとクラピカは伏せ目がちに呟いた。それを見て、気付かないふりをしてくれてるんだな、と理解した。瞬時にクラピカに対して抱いていた想いが蘇る。こういうところが好きだったんだ。
「クラピカ、俺あんたの事好きだった」
俺は言った。クラピカは俺に目線をやり、一瞬の沈黙の後、そうか、とだけ言った。細い指が手持ち無沙汰を誤魔化すように衣類の端を弄んでいる。
「レオリオにとられた気がしてくやしかったんだ。ごめん」
俺にしては正直に胸の内を打ち明けていた。クラピカは俺のほうを見ることができないでいるらしい。頬に少し紅が差していた。何か言いたそうに口が開いたと同時に、電話が鳴った。クラピカの携帯電話。レオリオからだった。
クラピカは俺に目で合図してから電話を取った。
「…レオリオか?ああ、私だ」
俺はクラピカの横顔をぼんやりと見ていた。こんな時まで邪魔するのかよ、と捨てたはずの嫉妬心がじわじわと湧き上がってきた。だけど、もうどうすることもできない。
「…いや、すまないが今日はこのまま休むよ。ここのところ仕事が立て込んでいて今にも寝そうなんだ」
クラピカはいくつかの言い訳を並べたあと、電話を切った。俺を見て、ため息をつく。
「今日だけだぞ」
ぐずる子どもをあやすような言い方だった。表情には少しだけ笑みが戻っている。唇が自然と緩んだ。
「それって最後までやっちゃっていいってこと?」
「…いいわけがないだろう。もう一度触ったら即帰室だ」
それって生殺しだろ。言いたいのを呑み込む。クラピカは小さく欠伸をすると、サイドボードの置時計に目をやった。案外レオリオへの言い訳も嘘ではないのかもしれない。
「一緒の布団で寝るくらいならいいぞ」
そう言ってシーツの皺を伸ばし、枕を整える。
だから、生殺しだっての。
レオリオにもこんな感じで、我慢できなくなって頂かれちまったんじゃないだろうか。想像に難くないな、とおかしさが込みあげてきた。
「寝ないのか?」
ベッドに潜り込んだクラピカが俺を呼んだ。大きめのベッドなのに、随分端に寄っている。多分、この人は男として生きてきてしまったばかりに、女として備えておくべき男に対する警戒心みたいなものが決定的に欠けている。レオリオに同情したくなったが、今日のところはお言葉に甘えておこうと思った。レオリオなんかより紳士だってことを証明してやるいい機会だから。…多分、だけど。