俺の上に跨って腰を振るクラピカの眼は黒いコンタクトで覆われている。その向こう側にどんな色があるのか、俺が知ることはたぶん一生ないだろう。汗ばんだ彼女の腰を掴んで下から突き上げると、クラピカの唇から女の声が漏れた。中性的な清潔さを捨て去り、ただの淫乱になり下がった彼女は、俺にどう思われようと関係ないと思っている。何もかもさらけ出しているのは心を開いているからだ、と勘違いできるほど馬鹿だったら楽だったのに。俺たちは、「後で」と言われ「わかった」と返すだけの乾燥した関係だ。
びくびく痙攣する膣に締め上げられ、ああイッたんだな、と他人事のように思った。こいつの中はひどく熱いが、それでも頭は冷やされている。自分がイッたからって、さっさと引き抜こうとする彼女の動作を遮り、そのまま突き上げ自分のオーガスムを待つ。責めるような眼で俺を見たが、それはすぐ快楽に上書きされた。手を伸ばし、普段サラシで潰されている胸をわし掴みにする。それなりにあるくせに、彼女は痛々しいまでに女を隠そうとするのをやめなかった。
クラピカが達してから、こっちの意思で継続されるセックスはオナニーのようなものなので、彼女に施しているものは愛撫とは違う。自分の性的興奮を高めるためだけに彼女の身体を蹂躙する。俺の自慰の副作用でしかない快楽にほだされている自分を、クラピカは隠そうともしなかった。愛液が溢れ出している膣内は擦られるたびにぐちゃぐちゃと音を立てた。それほど時間をかけず彼女の中に全て出し終えると、また膣は痙攣した。精液をぶちまけられ達してしまうような女には、俺だってどう思われようと関係がない。何も期待せず、ただ都合のいい時に抱いたり抱かれたりする存在に感情は乗らない。そうやって割り切っているつもりでも俺たちは互いに絶望し合っているし、傷を重ねては抉り出すことを繰り返している。
「外に出せないならつけてくれないか。後が面倒だ」
シャワールームから出てきたクラピカは、部下の瑣末なミスを咎めるような手軽さで俺に言った。
「孕むからじゃないんだな」
ベッドの上に置いたノートパソコンから視線を外さず返事をする。彼女は視界の隅で、床に散らばった衣服を拾い、また身につけていた。
「それは問題ない。知っているだろう」
「でもお前、中に出してほしがるときもあるだろ」
俺の言葉で彼女が屈辱を覚えたのは明白だった。人差し指でメールを振り分けるカチカチという音がやけに大きく聞こえる。彼女は感情を抑えた低い声で俺に言葉を投げつけた。
「これからは忘れずにつけてくれ」
「はいはい、分かったよボス」
「人を馬鹿にするのはよさないか。……私はこれで失礼する。きみも早く寝て明日に備えてくれ」
返事も待たず部屋を出ていく彼女の背中を見ても、少しだって名残惜しくはない。どうせ明日も顔を合わせるのだ。そして俺の部屋に来て、慰めてほしいと言って自ら裸になるのだろう。
何があったのかは知らないが、ここのところ毎日だ。月に一回か週に一回くらいベッドを共にすることはあったが、いまでは完全にそれありきになっている。あっという間に俺を追い抜いていった有能な彼女が、ここまで性に奔放だとは思ってもみなかった。雇い主のジジイにちょくちょく呼び出されていたのだって、あくまで職務の範囲内で上司にかわいがられる部下くらいに思っていたのに。
マゾじみた関係に喜びを見いだせるほど歪んでいたらよかったのだが、生憎そういう趣味はない。ベッドでの彼女は快楽に絶対服従しているけれど、服従させているのは俺ではなく俺の向こうにいる誰かだ。憶測の真偽に興味はないが、いつも彼女の携帯を鳴らしている人間だろうと勝手に思っている。クラピカはいつも、携帯の画面に映し出された名前を見て、一瞬嬉しそうな顔になるがすぐ唇を噛み、一度も電話に出たことはない。何も知らなくても、彼女と寝れば寝るほどそいつの存在の具体性が増していく気がして気持ちが悪かった。
もういい、すべて忘れてしまおう、考えたって何も解決しないのだから、思考を強制終了させるためにウイスキーを飲み、眠った。
朝、昨日よりずっと憔悴した様子のクラピカは、俺たちに二言三言指示を出してからすぐ地下に籠った。何かあったのは明白だが、自分からじゃないと何一つ話そうとしない。大体想像はつくけれど、俺たちは地下に何があるのか、彼女が地下で何をしているのか知ろうとしてはいけないことになっている。不可侵の領域に籠った彼女を引きずり出すことは殆ど不可能に近かった。普段働きすぎているくらいだから、一日くらい何もしなくたってかまわないし、こういうとき彼女が一番喜ぶのは干渉されないことだから俺は何もしないことにした。
すっかり日が暮れてから、彼女は地下から戻り、弱ったボスから俺にはお呼び出しがあった。
俺の部屋にクラピカが来ることは多くあっても、俺がクラピカの部屋に行くことは滅多になかった。彼女の部屋は驚くほど生活感が無く思わず観察したくなるけれど、女の部屋をじろじろ眺めるのも失礼だろうと、必然的にクラピカばかり見る羽目になる。
クラピカは化粧をしないが、シャワーの後、入念にスキンクリームを塗るのを欠かさなかった。青い瓶に入った、ラベンダーの匂いのするクリーム。それを顔に塗るのは単純に女としての身だしなみなのか、商品としての自分が劣化するのを防ぐためなのか、俺の知るところではない。しかし、そうやって一層美しさに磨きをかけたクラピカは最早生きていること自体に違和感を覚える。人は死をもって完璧となると言った偉人がいたが、彼女は生きながらにして完璧で、美しく、蟲惑的だった。
彼女の横を通り過ぎシャワールームに入ろうとすると、クラピカは俺の腕を引き、不思議そうな顔で、どこへ行く? と小さく言った。
「見れば分かるだろ」
親指でシャワールームをさすと、必要ない、などと言い身体をすり寄せてきた。俺は彼女の腰を引き寄せ、バスローブの隙間から太ももを這わせ陰部に指を這わせた。ぴったり閉じたそこからはすでに愛液が染み出しており、指を差し入れて陰核を刺激してやると控えめに鳴いた。膣口はすんなりと指を受け入れて、ぎゅうぎゅうと絡みつき、更に愛液を溢れさせた。いやらしい水音がし始め、彼女が俺にしがみつき体重を預けようとしたとき、俺は指を引き抜いた。
「シャワー浴びてくるから」
真っ赤な瞳が見開かれたと思うと、すぐに俺を非難する目つきに変わった。が、どうでもいい。シャワールームに入り、内側から鍵をかけた。湯で汗を流しながら、あいつは自分の指で慰めたりしているだろうかと考えた。あんな淫乱、一日に百回オナニーしていたって驚かない。壁を隔てたすぐ傍に俺がいるのに、行き場を失った性欲に怯えているのかと思うと俺自身も熱を持つのが分かった。
身体を拭いてシャワールームを出る。彼女はベッドに座っておとなしく俺を待っていたようだった。従順な彼女を見ると、少しはかわいいと思える。照明を落とし、俺の方を見ない彼女の腕を引いてベッドに縫い付ける。右の太ももを持ち上げながら言った。
「自分でしなかったのか」
彼女は返事をしないが、別に構わない。コミュニケーションを取る気などないのだから。
「我慢出来た?」
さっきと同じように指を挿入してやる。濡れすぎ、思わず笑うと彼女は唇を噛んだ。
「喋るな。早く入れてくれ」
「まだ立ってないんだけど」
彼女は身体を起こし、俺のものを口に含んだ。どこかの娼館で働いた方がいいんじゃないかと思うくらいこいつのフェラチオは上手い。舌の這わせ方も吸い方も音の立て方すらも全てが欲望を煽る。この娼婦のような技術を誰に教わったのかは、聞かないでも分かる。熱い口腔内で勃起したそれから口を離させ、身体を裏返してうつ伏せにし、一気に挿入した。彼女の口から、ひっ、と声がした。
熱い。動かさなくても締め付けてくる。尻を掴み、ゆっくり引き抜いては一気に挿入する。それを繰り返しているうち、あふれ出た愛液がシーツに零れて染みを作った。彼女が達して全身から力を抜いたとき、俺はゴムをつけていないことを思い出したが、知らないふりをして彼女の中に精液を吐き出した。引き抜いたとき、彼女の膣から精液が溢れ出し、シーツに新しい染みを作るのを俺はただ眺めていた。
疲れていたのだろう。俺はシャワーを浴びてさっさと部屋に戻らなくてはならなかったのに、彼女のベッドでうつらうつらし、殆ど眠りの中にいた。クラピカの、お前がそばにいると落ち着くよ、と言う言葉で目を覚ました。どういう意味なのか理解ができず、え? と聞き返す。クラピカは俺に背を向けていた。裸の肩甲骨が見える。
「お前は何も聞かないし私を人間扱いしない。私を大事にする人とは一緒にいて疲れてしまうんだよ。私にそんな価値はないから」
遠まわしに責められているような気がしたが、こんなとき皮肉を言える彼女ではないだろうし、だからといって怒ることを許された俺ではない。
「痛めつけられたいのか」
「そうかもしれない」
そんなわけないだろ。俺は彼女ほど庇護を必要とする人間を知らない。これ以上ないくらい大事にされたいと願っているくせに。そう思ったが黙っていた。
彼女だって愛されたいはずだった。愛されたくない人間などいやしないが、愛されたい対象はおしなべて自分の愛した人間に、だ。そして、自分の愛さない人間に愛されることほど不気味なことはない。身体しか求めない人間に愛を返すことはできないし、そういった人間に憎しみを抱き続けてもどうにもならない。
普段自分が身体を開いている男たちのことも殺してやりたいくらい憎いのに、そんなこと出来やしない、そういった男たちがいないと生きていない自分すら憎くてたまらない。
だから、お前にとっては細胞の塊でしかない俺と毎晩寝ている。人間扱いしてもらえなかった悲しみも絶望も復讐心に変えて、それを俺に向けているに過ぎないんだろう。
しかし俺はそれで構わなかった。裏稼業に手を染めながら夢と希望を信じるほど殊勝じゃないからだ。俺が一番恐れていたのは、彼女との間に腐ったセンチメンタリズムが介入することだ。そんなものが生まれたら、俺はクラピカのことをマフィアの高慢なボスではなく、一人の女の子として見なくてはいけなくなる。寂しがりやで、脆い女の子になる。俺に背を向けながら肩を震わせているのは恐怖でしかなかった。その恐怖すら上回る何かが胸の奥に湧き上がり、たまらなくなる。クラピカは何か言ってほしそうにしていたが、何も言わなかった。言葉で誤魔化すのは不誠実な気がしたからだ。けれど、そういった誠実さを持って彼女に接することこそ別れなのだとすぐに気付いた。肩を引きよせてこちらを向かせ、抱きしめたのは別れの挨拶だ。
「私は」
クラピカは何か言いかけたが、言葉の続きはどこにもありはしなかった。たぶん二度と彼女に求められることはないだろう。そうであったらいいのにと思っていた。