(=゚ω゚)ノ レオクラだけどボスピカちゃんがビッチ

 完全に足音が聞こえなくなってから、ベッドから起き上がってシャワールームに入った。

行為の後そのまま短い眠りについた身体はべたついて不快だった。
生臭い口内を歯ブラシで念入りに洗って、白い泡を吐き出す。濡れた身体を拭き、散らばった衣服を身に着ける。
商売女に対するマナーのつもりなのか、頼んでもいないのにサイドテーブルに置かれたチップをいつものようにライターで燃やし、吸い殻の溜まった灰皿にねじ込んだ。私が欲しているのはそんなものじゃないし、けして満たされやしないんだと既に分かっている。

ため息をつき、ホテルをチェックアウトした。
昨夜も私は名前も知らない男性と寝た。ヘヴィスモーカーらしく身体中から煙草の匂いをさせ、ねちっこいキスは変なガムの味がした。シャワーを浴びているにも関わらず汗ばんだ身体が心底気持ち悪いなと思ったけれど、セックスは普通だった。
知り合ってから実際に会い食事をするまでは紳士然とした男性に限って、ホテルに入った途端変態的な行為を求めてくることには辟易する。例えば、がんじがらめに縛ったあと逆さ吊りにして引っ叩いてくれとか。
そんなわけの分からない要求をされなかった分、昨晩の男性とのセックスは幸運だったと言えるかもしれない。
 私が夜な夜な行為に及んでいるということを知っている人間はいない。私がこんなふうな身体にあり、自分ですら制御できないことを誰も知らない。知らなくていい、特に彼は。

 自室に戻り、ぼすんとベッドに身体を預けた。午前九時。いつもならとっくに部屋を出ていなければならない時刻だが、幸い今日は休みだ。昨夜あまり眠っていないせいで、あくびが出る。

瞼を閉じてぼんやりしていると、ポケットに入った携帯が鳴った。それを取り出し、耳に当てる。電話の向こうにいたのは、彼だった。そういえば彼も今日は休みだった気がする。

「今から会えないか」と言うので、
「生憎疲れている。こちらに来てくれるなら会おう」と答えた。

わかった、という声と共に切れた携帯を枕の隣に放り投げて、また瞼を下ろした。

彼は、10分と待たずにやってきた。部屋に招くと、険しい表情で私をじっと見た。
どうかしたか、と首を傾げると、あっという間にベッドに組み敷かれた。驚きのあまり目を見開く。両腕を強く掴まれて、動くことができない。酔ってでもいるのだろうか、と思ったけれどそれは間違いだった。

「お前、昨日どこにいたんだ」

 その低い声からはアルコールの匂いがしない。私は全身からいやな汗が噴き出すのを感じた。思わず視線を彷徨わせる。彼相手には何一つ取り繕うことができない。

「どこって……」
「言えよ」

 今まで聞いたことのない低い声色と鋭い視線に恐怖を感じる。

「お前には関係ない」

 嘘をつきたくないけれど本当のことも言いたくないときの常套句だ。私がいつものように逃げるから、彼は眉間に皺を寄せた。

「ああそう。でも俺はお前が出かけていくところも、行き先も、俺は全部見てるんだよ」
「つけたのか。ご立派な気配の消し方だ」
「悪いか?好きな女が夜な夜などこかへ行くのを見逃せってか」

 指先が震える。たぶんどんな言い訳も通じない。怖い。この場から逃げたくてたまらない。私がいない間の奔放さを槍玉にあげ、お前に言われる筋合いなんかないと口論に持ち込むのは簡単だが、想いを通じ合わせた後なら絶対的に私が悪だ。

「あれ、誰なんだよ」
「知らない」
「はあ? 知らないって」
「知らない。だから、関係ないと言っているんだ」
「お前、知らない男とホテル行ってヤったのかよ」

 唇を噛んだ。事実を否定することはできない。黙っていると、彼はふいに嗜虐的な笑みを浮かべた。

「なあ、そいつにやられたこと、全部言ってみろよ」
「は」
「同じことしてやるからさ。それで、俺とそいつどっちが良いか決めろ」

 彼は左腕を解放して、私の上着に手を掛けた。そして、早く言えよ、と急かす。

「……ホテル入って、シャワー浴びて、それで、……服を脱がされて、それで」
「それで?」

 キスされた。けれど、私はそれを省いた。

「色んなところを触られて、それで……」

 恥ずかしさに顔を覆いたくなった。言葉を一つ発するたびに呼吸がうまく出来なくなって、泣いてしまいそうだった。けれど、少しでもぼかした表現を使ったり誤魔化そうとしたりしたら、何度でも言い直しをさせられた。死んでしまいたいくらいに恥ずかしい。それなのに今までにないほど昂ぶった。胸を舐られただけで下着を汚し、それが取り払われたあともシーツに染みを作った。

エロすぎだろ、と鼻で笑われる。それが更に私の身体を鋭敏にした。全身を弄り回され、愛液が彼の指を濡らした。

もう挿れてほしいと懇願したけれど駄目で、彼のものに対する奉仕を強要される。
十五分間もそれをしてから、やっと挿入してもらえた。昨夜と同じだ。正常位で彼のものに貫かれた瞬間、息が止まった。浅い呼吸を繰り返して、どうにか息を整える。

「ほんっとにエロいな……締めすぎだろ」

 痛くないの、と彼は言ったけれど返事が出来ない。両手でシーツを掴んで、歯を食いしばった。

「その姿勢、つらくないか」
「……」
「背中に腕回していいから」

 私は間近にある彼の顔をじっと見た。額に汗が浮いている。行為が始まってから、ちゃんと彼の顔を見たのは初めてだ。彼の真剣なまなざしは、涙が出るほど優しい。
好きだ、きみが世界でいちばん好き、そう伝えたいのに私は何も言うことができない。ゆっくりした動作で彼の背中に手を回すと、彼は微笑んで、私の唇にキスを落とした。泣いてしまいそうだった。

 ピストンが始まった。息が詰まる。いやだ、やめてくれ、と何度も哀願したのに、その度に焦らされ、熱を持て余した。
やがてピストンが激しくなり、一際強く突かれたときにやっと絶頂を迎えることを許された。彼も同時に達したようで、ぐったりと私に体重を預けた。
私の中で彼のものが波打っている。天井を眺めながら、確か避妊具はつけてもらえなかった、後で掻き出さなくちゃ、とぼんやり考えた。彼のものがずるりと引き抜かれるとき、下腹部がまた熱くなった。

 彼は行為の後、暫く何も言わなかった。お互いに黙りこくったまま、背を向けてベッドに横たわっている。彼は、どっちが良かったか、なんて聞いてこない。ただ一言、

「抱き締めてもいいか」

 と私に尋ねた。

「……私でいいなら」

 背中に答える。

「お前がいいんだよ」

 私は起き上がって、彼を見た。彼は私の腕を引き、自らの胸におさめた。

「なあ、もうどこへも行くなよ」

 切迫したような声は、そばにいてくれ、と繰り返す。私は、彼の胸の中で頷いた。

「わかった」
「絶対、どっかに行ったりするなよ」
「わかってる」
「それじゃあ、約束な」

 私の目の前に小指が差し出された。彼のこういう子どもっぽいところがたまらなく好きだった。
私は微笑んで、彼の小指に自分のそれを絡める。絡めた瞬間、奇妙な違和感が襲った。私は、この約束を本当に守れるのだろうか。

 私は、次の日も、その次の日も、またその次の日も、彼の腕の中にいるのだろうか。その光景を一生懸命思い浮かべようとしても、脳が作り出すのは全く違う映像だ。この約束には全然、リアリティがない。

「約束する、もうきみのそばをはなれたりなんか」

 なにもリアルじゃない。
 なんにも。