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……指が触れる。指が離れる。
また指が触れ、今度は絡ませ合い、再び離れようとするクラピカの手のひらをレオリオは強く握った。クラピカは自分の心拍数が上がるのを感じた。ためいきが熱を持つ。レオリオが何も言わないことは彼女にとって安堵でもあり、恐怖でもあった。全てをさらけ出して楽になりたい、自分が楽になったのを彼のせいにしたい。クラピカは自らの卑怯な心を恥じた。
真夜中に手をつないだまま、二人で川辺を歩いている。誰もいない公園を探して、ベンチに座って長いキスをした。クラピカは少し目を伏せ、やや照れ臭そうにしているレオリオを見つめた。すぐ隣にいる愛しい男の全てを、少しも見逃すまいとしている。
「何か話してくれないか」
力を抜いて、肩にもたれかかる。レオリオはすぐに彼女の手を握った。
「何かって何だよ」
「なんでもいい。きみの声が聞きたい」
「……なんか前もこういうやりとりなかったか?」
クラピカは顔を上げた。
「記憶にないな。だが過去の私が同じことを言った可能性は大いにある。私はきみの声が好きだから」
彼女は愛を表現することに躊躇いがなかった。レオリオは頬をかく。出会ってもう何年も経つのに、未だに彼女のことが分からない。天然なのか、計算なのか、まわりくどいのか、直球なのか、読めなかった。
クラピカがレオリオを好きだと彼が知ったのだってつい先週のことだ。キスをしたのが昨日。身体を重ねたのが二時間前。情熱的に求められた時間が終わった後、急にアンニュイになった彼女に「外の空気を吸わないか」と誘われたのが三十分前。
先週の今頃、夕食を終え、「じゃーな、おやすみ」と言ったレオリオをクラピカが引き留めなかったら、「まだ私のそばにいてくれ」とクラピカが消え入りそうな声で呟かなければ、彼らは永遠にすれ違い続けたかもしれない。
伏し目がちな横顔はレオリオの言葉を待っている。癖のある髪を撫でてやりながらレオリオは言った。
「三歳くらいの娘をあやす父親ってこんな感じかな」
「私が三歳だと言いたいのか」
「ちげーよ」
クラピカは微笑む。
「やはりきみは何も聞かないんだな、レオリオ」
「なんだ?」
「私は初めてじゃなかったよ」
……そんなこと、どうだっていい。処女かどうかなんて寝たら分かる。性に潔癖そうに見えるからあるいはとは思ったが、初めて寝る男にあれほど淫らになる処女はおそらくいないだろう。
「きみと寝たら、ふしだらな女だと幻滅されるだろうと思っていた」
「そんなん気にしてたのかよ? オレは気にしてねー」
「きみも行きずりの女と寝るからか?」
「うっわ、きたねーぞクラピカ」
心底惚れている女に、自分以外の男の足跡が残されているのは確かに悔しかった。
とはいえ彼女の過去を全て束縛するのは不可能だ。彼女の表情から察するにおそらくワケありなのだろう。それを理解できないほどレオリオは狭量ではない。
私は愛していない男に進んで抱かれたんだよレオリオ。私はそういう女なんだよ。言ってしまいたかったが、これ以上聞かないという彼の優しさを踏みにじることはクラピカには出来なかった。言わないことも優しさだ。
初めてはきみがよかった、ぼやく彼女のまっすぐさは二十歳を過ぎたばかりの男には強烈すぎる。なんと答えたらいいのか戸惑っているうちに、クラピカの憂鬱そうな表情は不安に変わり、「私は重いだろうか」とレオリオに問う。
「急にこんなこと言われたら負担ではないか?」
「いや、まあ、どうでもいい女に言われたら確かにビビるけどよ、お前だから別に負担じゃねーっつーか」
「釈然としないな。きちんと話せ」
「お前に言われたら嬉しい」
「……そうか」
ならいい。クラピカはレオリオに身体を寄せた。シャワーを浴びたから香水の匂いがせず、クラピカは内心肩を落とした。あの匂いがクラピカは好きだった。
「あのよ」
「ん?なんだ?」
ばつが悪そうに視線を彷徨わせ、レオリオは言う。
「さっきから胸当たってんだけど、当ててんのか?」
「……私はそんなつもりでは」
「オメーのせいで勃ってきたんだけど。すげーいい匂いするし」
左手で二の腕をがっちりと掴み、シャツをたくし上げて素肌に触れた。
「こ、こんな場所で……痴れ者が!悲しいことでも考えて元通りにしろ!」
「無理」
じたばたと暴れたが、数時間前の彼女を知ったレオリオにはあまり説得力のない抵抗だった。レオリオはクラピカの軽い身体を抱き上げ、自分の上に座らせた。下着を外して乳房に触れる。身体がびくんと震えて、いつの間にか真っ赤になった瞳がレオリオを睨みつけた。
「嫌だ。触るな」
「黙ってろって」
「馬鹿者!そんなところを揉むよりも先にすることがあるだろう!」
クラピカはぎゅっと目を閉じて顔を近づけた。キスしろってことか。
「歯ぁ食いしばってたらキスできねーよ」
耳を触った。あ、と声を漏らし力を抜いたクラピカの唇に思い切り噛み付く。キスをしている間に着衣を乱し、ショーツの中に指を入れた。もうぐちゃぐちゃだ。混ざり合った唾液が彼女の唇から垂れた。すっかり呼吸が荒くなっている。「恥ずかしい……」と涙を浮かべ、クラピカは呟いた。
「恥ずくねーよ、誰も見てねーから」
「そうじゃない、なぜきみは私の考えていることが分かるんだ?」
指でクリトリスと膣口を刺激するとクラピカは信じられないような可愛い声で喘いだ。自分の声を恥ずかしがって彼女は唇を噛む。
「考えてること?」
「私はきみの大きな手に触られたいとずっと考えていたんだ、きみのことを考えて、いやらしいことをしたよ、きみと電話しているときも、した」
「え、マジ?」
「まじだ……きみは全然気付いていないようだったが、私はあのとき自分を慰めて……あぁっ」
充分に濡れた膣に指を挿入して膣壁を優しく擦った。朦朧とした様子のクラピカは、レオリオ、レオリオ、と繰り返している。指を三本受け入れた頃には、熱病に罹った瞳に涙が浮かび、今日もこぼれ落ちそうになっていた。こんな顔を見せられて我慢なんて出来るはずがない。
一応「いれるからな」と声をかけ、下から一気に挿入した。クラピカの手がそっとレオリオの両肩に乗る。クラピカは悩ましい表情のまま彼の顔を覗き込む。
「レオリオ」
「どうした?」
「きみは、気持ちいいのか?」
「すげーよ」
「そうか……」
「体勢つらくないか?」
「平気だ」
完全に力を抜き、首の後ろに腕を絡めて快楽に身を委ねた。ピストンを繰り返しているうち、クラピカの感じる部分がなんとなく分かってくる。そこだけを責めたてられた彼女はレオリオを非難するような目で見たが、それだけだった。
「あっ」
やがて彼女は身体を反らしてイッた。愛液で満たされた膣内がきゅうっと締まる。
オーガズムを迎えたクラピカは、繋がった場所をぼんやり意識した。レオリオとひとつになることをずっと夢見ていた。頭がぼうっとして、彼のことしか考えられない。レオリオが大好きだ。馬鹿で下品でだらしがないくせに力強く優しいこの男をどうして愛さずにいられようか。
こちらがイッてから落ち着くまで、彼はピストンを中断していたことに気付きまた下腹部がきゅんとする。
「な、オレもそろそろイッていいか?」
「駄目だ」
「なんでだよ!拷問か!」
「きみが射精したら私の中から出て行ってしまうから嫌だ」
「それって、オレと少しも離れていたくないってこと?」
「そうだ」
「……。あー、うん。オレ、クラピカのそーゆーとこすげえカワイイって思ってるぜ。そんなふうに思われてすげー嬉しい。でもごめんな。ほんとに」
「?」
「イッた」
「……」
クラピカは真顔でレオリオの頬を引っ叩き、理不尽な怒りをぶつけられた彼の文句やぼやきをしばらく無視した。抱きついたままいて、外の空気で鳥肌が立っていることをレオリオに指摘されるまで離れなかった。
ふらついているクラピカをどうにかホテルに連れ帰ると、彼女はすぐに眠りに落ちた。いつも数時間おきに目を覚ましてしまう彼女が、今夜は次の朝まで起きなかった。