しとめた――そう、思った。
自分の鎖が、彼を確実に捉えたと、そう、思ったのに。
「残念だったね」
男は邪気のない笑顔でにこりと笑うと、全く動けないクラピカにゆっくりと歩み寄った。
「・・・・・・!!」
唯一自由な、真っ赤に変色した瞳でおもいきりにらみつけるがそんなことで動じる男ではないことは
今まで戦っていた自分がよくわかっていた。
シャルナークはクラピカのあごに手をかけた。そのまま軽く持ち上げ、瞳を覗きこんだ。
「怖い?」
「誰が・・・!!私は死など最初から恐れていない・・・私の負けだ、殺せ」
「死ぬのが怖いかなんて訊いてないよ、勘違いしないでもらえるかな?」
「・・・!?」
意図の全く掴めない彼の態度に、クラピカはいぶかしげに形の良い眉をひそめる。
不信もあらわなクラピカを気にするそぶりも見せずシャルナークはクラピカの右腕を掴むと、
それをクラピカの目の前まで持ち上げた。
「ほら、ここ」
ある一点に突き刺さった、アンテナのようなもの・・・それを、指し示す。
クラピカが小さく息を呑んだのを感じて、満足そうに微笑んだ。
「わかったみたいだね、これがなんだか。動けないのは、これのせい」
「毒かなんかで麻痺させられたとでも思った?俺の能力を教えてあげるよ・・・操作系なんだ」
言って、携帯電話を取り出す。
「今まで動けなかったのは、俺が何の命令も打ちこんでなかったから。どういうことか、わかるよね?」
クラピカの顔色が変わっていく。
「・・・私に何をさせる気だ・・・!?」
「死ぬよりもっと苦しくて残酷なことなんて、世の中にいくらでもあるってことを身をもって知ってもらおうと思ってね」
その笑顔を見たとき、クラピカは心の底からぞっとした。
シャルナークは考え込むように腕を組み、クラピカを遠慮なく眺めた。
見られている、ただそれだけ。
それだけだ。
だから弱みを見せる必要などないのだ。
怯えているなんて思いたくなくて、クラピカは必死に自分に言い聞かせた。
ふいにシャルナークが腕を解く。
それだけで、クラピカの心臓は跳ねた。
もし体が動ける状態にあったなら、肩をびくりと反応させてしまっていたに違いない。
シャルナークの口が開くのを、クラピカはただ見つめることしかできなかった。
「そうだなあ・・・、ここには拷問道具もそろってないから、アジトの方に行こうか?」
拷問・・・その単語で、変な話だがクラピカは少しほっとしてしまった。
身体の苦痛になら、彼女にとって耐えることは難しいことではなかったから。
加えて彼女が考えた最悪の事態が、それよりもっと彼女を傷めつけるものであったのも理由の一つだろう。
もし、目の前の”蜘蛛”が自分を操って、仲間を手にかけさせようとしたら?
自分の痛みにはいくらでも耐えられる。耐えてみせる。
けれど、これ以上仲間を失うことは耐えがたかった。
しかも自分の手でそれがなされたら・・・
「おいで」
シャルナークのその言葉で、クラピカは思考の深海から引き戻された。
彼が手もとの携帯のボタンをいじると、クラピカの足は1歩前に踏み出す。
「・・・・っっ!」
自分の身体のはずなのに、意思とは関係なく勝手に動く手足に戦慄を覚える。
それは奇妙な感覚をクラピカにもたらした。
まるで自分が機械、もしくは操り人形にでもなってしまったかのような。
それでも今の状況をどうにかするすべは彼女にはなく、まっすぐ前を見てシャルナークの横を歩いた。
人ごみの中をゆっくりと二人は進んでいた。
「ねえ」
並んで歩く自分達が敵どうしだなどと、往来を歩く幸せそうな人間達は夢にも思わないだろう。
「どんな気分?」
「・・・・・・最悪だな」
「へえ、まだそんな口がきけるんだね。楽しみだよ」
「何がだ」
語尾が少し上ずってしまったかもしれない。
シャルナークは軽く振り返ってその笑顔をこちらに向けた。
はたからは恋人どうしに見えたりするのだが、クラピカにはわかった――
それが、獲物に対する瞳であることが。
「あのさ、おれ、誰かを操るときは意識も奪ってから操るんだけどさ」
「・・・!?」
「君はまだ自分の意識がある。なんでだと思う?」
クラピカは答えない。
答えたら、声が震えてしまうかもしれないから。
けれど頭のいい彼女には理解できる、彼が何故自分の意識を奪わないのか、その、理由が。
「苦痛ってのはさ、自我があるから認識できるんだよね。罪悪感とか、屈辱とか、羞恥とか、自我がなければ何も感じないものだから」
罪悪感・・・、
屈辱・・・、
羞恥・・・、
・・・・・・苦痛。
何をされるのだろう?
クラピカは思い当たった・・・
彼は『拷問道具』と言っただけでそれが肉体的なものか精神的なものであるのかなんてわからない。
たとえば、クラピカの心が痛みを感じるものは、それだけですでに一種の拷問に成り得るという事。
「まさか・・・ゴンたちに何かしたのか・・・!?」
返ってきたのは、それを肯定するかのような笑顔だった。
目の前にある、蜘蛛のアジト。
それは廃墟としかいいようのないビル群だった。
「ご感想は?」
「・・・ゲスにはお似合いの建物だ」
「あはは、元気良いねー。ま、それもいつまでもつかな」
怯えてしまう心を奮い立たせるようにして、クラピカはシャルナークの念にうながされるまま足を踏み入れた。
5年間ずっと、殺したいと切に願ってきた蜘蛛・・・あの男。
彼も、ここにいるのだろうか。
その顔を思い出すだけで、クラピカの心は憎悪と、そしてそれとは正反対の感情に燃えた。
「何考えてるの?」
「・・・別に」
物思いにふけっていても、足は勝手に彼の後をついていく。
薄暗く、あちこちに亀裂が入り、今にも崩れ落ちそうな長い廊下の壁。
そして、重く閉ざされたいくつかの扉。
その、一番端の扉を、シャルナークがゆっくりと開けた。
薄闇の中、浮かび上がる人影にクラピカは息を呑んだ。
覚悟はしていたものの、いざ現実としてつきつけられてみるとその衝撃は半端ではなかった。
駆け寄って無事を確かめたいのに、身体は動かない。
「ゴン・・・!!キルア、レオリオ・・・!!」
クラピカの狼狽ぶりをシャルナークは楽しそうに見つめていた。
「大丈夫か!?返事をしてくれ、みんな・・・っっ!!」
そばに行けない自分がもどかしい。
せめて声だけはと精一杯叫ぶが、暗い部屋に反響するのは自分の声だけ。
部屋の隅に折り重なった3つの身体はぴくりとも反応してくれなかった。
「う・・・嘘だ・・・!こん、なの・・・」
「残念だけど、嘘じゃないよ」
シャルナークは後ろから肩越しにクラピカの耳元へと甘く残酷な単語を吐いた。
そうしてあっさりとクラピカの希望を打ち砕く。
美しいものの壊れていく過程、それを見ること、そしてそれを壊すのが自分であるということにおける快感。
蝶は、ピンで壁に留められた。
・・・もう、動けない。
呆然と、かつて自分の大切な仲間であったはずのものをみつめる。
私のせいだ、私のせいだ、私の・・・っっ!!
私は・・・誰も・・・ たく、なん・・・て、・・・かった・・・の、に・・・。
もう、抵抗する気もおきなかった。
先程シャルナークが予言したとおり、罪悪感が身をさいなむ。
「そう、君のせいだよ・・・。君に協力しようとしたばっかりに、彼らは死んだ。
君さえいなければ、彼らは幸せに生きていられたかもしれないのにね?」
クラピカの身体が、シャルナークの正面へと向きを変える。
「彼らに見ていてもらおう、君が堕ちていくさまをね」
シャルナークは壁際の床に座った。
右手には念能力の媒体である携帯電話を握ったまま。
「まずはオーソドックスなところからいこうか」
その言葉とともに、クラピカの身体がかしぐ。
「あ・・・」
冷たい床に両膝をつけて、まるでひざまづいて祈りを捧げるかのようにシャルナークを見据える。
そのまま、顔を持ち上げ、だんだんと近づけていく。
息がこすれる位置まで来たとき、クラピカはぎゅっと目を閉じた。
「ん・・・っ」
重ねられる柔らかな感触。
今は意識があり声が出せるのみで、身体のほかのどの部分も自分のものとして機能しなかった。
かすかに開いたクラピカの唇を抉じ開けるようにして、シャルナークは舌をさし入れた。
「んっ!」
侵入してきたそれを噛み切ってやりたかった。
自分の舌を噛み切っても良かった。
念能力の真の恐ろしさを知った気がした。
自分は思いあがっていたのだろうか。
「ふ・・・ぅっ」
執拗に続く責め苦に声があがる。
徐々に自分の舌も反応していることに少女は気づいていた。
身体が支配されていく。
重ねているのは自分のほう。
吸い上げ、絡め、なぞり、いたぶるのは――優位にあるのは、彼。
自分は、虐げられるものでしかない。
ひとしきりクラピカの口内を犯し尽くしてからシャルナークはようやくクラピカを解放した。
息苦しさを感じて肺は酸素を追い求める。
内臓まではオート操作ではないようで、必死に呼吸をするクラピカに、シャルナークは次の命令をした。
「脱いで」
拒めたらどんなにか良いだろう。
焼けるように彼女は願ったが、奇跡が起きるはずもない。
身体は忠実に主人の命令に従い、厚手の民族衣装に右手がかかる。
「・・・っっ!」
ぱさ、と床に積もった多少の埃を舞い上がらせて、上着が落ちた。
そしてその下に着ていたものも脱いでしまうと、胸に巻きつけたさらしが現れた。
あまり胸がない彼女でも、念には念をということでいちおう巻いておいたもの。
それもしゅるしゅるとはずしていく。
上半身は何も身につけていない状態になると、その身体は闇の中でぼうっとほのかに白く浮かび上がる。
年頃にしてはやや小さめの、けれど美しい胸、そしてその先の・・・。
直視できなくて、ぎゅっと目をつぶった。
「綺麗だよ?なんで目つぶっちゃうのさ」
言うがはやいか、シャルナークは胸元に唇をよせた。
「あっ!?」
じらすように唇と舌はまわりから円を描き、なかなか先端には触れない。
両方終わると、今度は首筋に顔を埋めた。
耳の下から、喉のあたりまでをていねいになぞる。
鎖骨のくぼみに口付けを落とす。
またもどって、耳元で囁いてやる。
「ちゃんと声出しなよ?彼らにも聞かせてあげなくちゃ」
そして耳朶を甘噛みすると、今度は集中的に胸を責めた。
思いきり噛み締めたクラピカの唇からは、血がこぼれて一筋紅い線をひく。
「強情だなあ・・・、まあ、鳴かせがいがあって良いけど」
シャルナークは唇の端を歪めると、クラピカの右胸を掴んだ。
「っいっ・・・た」
痛みに思わず声をあげてしまい、あっと思ったときには遅かった。
先程までは触れようとしなかった、桜色を帯びた突起を口に含んで、舌で刺激する。
「うあっ」
開いた唇から声が漏れる。
不可抗力とはいえ、嬌声をあげてしまったことに、クラピカは自己嫌悪に陥った。
すぐに口を閉じようとしたところを、シャルナークの唇が阻む。
「むぅ・・・っ」
舌でほぐし、唇の端からこぼれる血をすくう。
「ん!」
その間にも左手は少女のふくらみを弄び、重ねた隙間から苦しげな息が漏れる。
「・・・っはぁ・・・」
「そう・・・いいこだね」
シャルナークはクラピカのはだけた部分すべてに、自分の獲物である刻印を刻んでいく。
「う、っん・・・ふうっ・・・」
首筋。
肩。
右胸。
心臓の辺り。
上半身をすべて征服してしまうと、次の行為は当然のように。
クラピカの腰から下を覆う衣装が、クラピカ自身の手によって、剥がされていく。
体を覆うものが何一つない、目の前の憎悪の対象であるはずの男に
自分をさらけ出しているという今の状況は屈辱以外の何物でもなかった。
愛ゆえの行為ではなくて、ただ欲望を満たすため。
「・・・無様だね」
侮蔑の響きをはっきり感じ取り、クラピカは悔しさに狂いそうになる。
いいようにされるしかない自分を憎み、呪った。
シャルナークは手を伸ばしてクラピカの金髪を鷲づかみにすると力任せに後ろへ引き倒した。
「!!」
脱ぎ捨てた服を褥代わりに、床に仰向けにされる。
のしかかってくる重みが怖くて、怖くて――
嫌で嫌でたまらないのに拒むことのできないという、ある意味諧謔的な行為に身を委ねること。
頭の中で何度も繰り返す呵責とあいまって、いつしかそれはクラピカにとっての最も耐えがたい拷問へと昇華した。
心臓ははりさけんばかりに自分の意思を主張しているというのに、
その主であるクラピカ自身は顔を背けることすら、自分の意思では行えないのだ。
紅い宝石の左端で3つの肉の塊をとらえ、クラピカはふと泣きたいという衝動に駆られた。
もう何年も涙なんか流していないことに気づく。
あの日を最後に、自分は強くなろうとした。
あの男にもう一度遭って、
敵を絶対に討って、
仲間の眼を取り戻して、
そう、できるように、強くあるために、涙すら見せず、5年間という決して短くない月日、張り詰めてきた結果が――これか。
本当に、こいつの言うとおり、今の私は無様だ。
同胞の無念を晴らしてやるどころか、また自分のせいで仲間を死なせてしまった。
床の冷たさが、敷いた服の上から伝わってくる。
母親の庇護の下にいたころの幼い子供のように、クラピカは・・・今だけ泣くことを自分に許した。
「ふ・・・ぅあ・・・うっ・・・う・・・」
喉からこぼれる嗚咽はもうこらえようがなかった。
シャルナークはクラピカを見て感銘を受けたようだった。
しかしそれは憐憫によるものではない。
彼はそういう感情など持ち合わせていないのだから。
彼に感嘆のため息をつかせたもの、それは水滴を滲ませて闇の中でなお輝く一対の宝玉だった。
「すごい・・・」
シャルナークは素直に敬意の言葉を口にした。
少女の緋の眼は、彼をそうさせるに足りる魔力があった。
「いいね・・・もっと見せてよ」
左手を白い足に這わせた。
感触が大理石の滑らかさを思わせる。
慟哭する振動すら楽しみながら、シャルナークは手のひらを移動していく。
次の行為が頭に浮かび、クラピカはもはや恐慌状態にあった。
「嫌だっ・・・やめ・・・い・・・ああっ!」
初めて拒絶の言葉を叫び、けれどそれが聞き入られるはずもなく
男の指がクラピカの女性へ沈んでいく。
「あ、そういえば初めてじゃないんだよね?」
「・・・・・・!!」
クラピカの両目が赤みを増した。
「うあっ!!」
与えられる苦痛。
そう、それはクラピカにとっては苦痛でしかない。
少なくとも、精神的には。
足を開かされ、奥まで暴かれ、泣きじゃくり。
翻弄され、嬲られ、その眼を深紅にして。
それでも、されるがままの、私――
「ん・・・っんぁ」
『また、仲間の骸の目の前で?』
気が、狂いそうになる。
同時に、頭の片隅にそっと忍び込んで囁く魔物の存在も否めなかった。
こんなの嫌だ。
理性の糸がきしきしときしむ音がする。
シャルナークが指を蠢かした。
指し入れた指を、かき回すようにする。
「くっ!」
薄汚れた壁に響く水音が、羞恥心を煽る。
「ひあ・・・っん」
少女の弱い場所を捜し当てると、執拗にそこへと刺激を加えた。
ひくつく内壁に指を押し当てては弾力を確かめるように。
「あ・・・ああああっ・・・あ!」
いっそう高くなった声を合図に、シャルナークが粘液をまとわりつかせた指を2本、引き抜く。
「・・・!!」
押し当てられたものを感じて、クラピカがぎゅっと唇を噛み締め、目をつぶる。
衝撃を覚悟した。
・・・のに、
しばらく何も起きない。
「・・・?」
おそるおそるその宝石箱を開けると、男の眼が、至近距離にあった。
まるで、クラピカがそれを見るのを待ちわびていたかのように――
「うああっ!!」
そして、打ち込まれる衝撃がきた。
シャルナークを見つめる赤と、クラピカを見つめる淡緑。
二つの視線が交錯したとき、そこに刹那あったもの。
理解したとき、クラピカの中で、何かの箍が外れたのだ。
足は水藻のように絡まりあい溶けて。
最奥に達しては、抜けそうなほど引き抜いたり。
入り口に浅く入れるのを繰り返しては不意打ちで動きを変えたり。
繰り返される律動に、少女は絶えず悲鳴を上げつづけた。
それすらも、男にとっては自身を煽情するもの。
自分のためだけに色をなす緋色の瞳。
心が
イタイ。
イタイ。
イタイよ・・・!
「助・・・けて」
とぎれとぎれの息の間から、呟いたのは誰の名だったか。
締めつける自分を感じ、また脈打つ雄を感じた。
「ああああっ!!」
ひときわ艶やかな声で鳴く。
そして、それきり意識は闇に飲まれた。
暗い暗い部屋の中に、少女の身体がひとつ、横たわっている。
まわりには、誰かの影すらもなくて。
天井に、古ぼけた蜘蛛の巣が、食い散らかした蝶の羽の残骸を絡めたままで。
ただ、それだけが。
「・・・壊したのか?」
「・・・団長」
終わった後何処からか現れたクロロに驚いたふうでもなく、シャルナークは笑って見せた。
「さあね。全ては目を覚ましてからだよ」
蜘蛛の傀儡となるか。
仲間ともども死を選ぶか。
「あの子たちの死体が偽者だって教えてあげなよ、団長。効果抜群だよ、きっと」
切り札は、とっておくものだよ・・・『鎖野郎』
糸を束ねる指が無かったとしても操り人形はやはり人形でしかなくて
人間には戻れずに
動きたいのなら新しい糸を
血にまみれた蜘蛛の糸を
そしてまた仮面をつけて観客のために
踊り狂って見せて?
ゆっくりとドアを開けて、男が、横たわる少女の背中を――
END?