「クラピカ……?」
自分の顔を、見知らぬ男が凝視していた。
ここはヨークシンシティ。その中でも、闇の世界の住人だけが参加で
きる地下競売会場内である。
仲間の緋の眼を取り戻す、そのために……
その真なる目的を心の内に深く隠し、ここで行われる下卑た欲望の渦
巻く狂宴に、クラピカはノストラードファミリーの一員として参加し
ていた。
そこでの、思いも寄らぬ出来事であった。
自分を射抜くように見つめながら、男が近づいてくる。黒い瞳、それ
からクラピカと同じ金色の髪をした男だった。
男はまるで、言葉で言い表すことができない、とばかりに口元を手で
押さえ、ただただ驚愕するばかりであった。
クラピカは怪訝な表情でその男を見返す。
「何か」
「クラピカ……クラピカ、なのかい?」
「何故、私の名を?」
男の、自分を知っている風な口ぶりに、クラピカはますますわけがわ
からず目を瞬かせる。その反応に、相手は穏やかに笑った。
そうして、彼はクラピカの手をとり、一目のつかない端の方まで移動
する。男は、そっと自分の片目の眼球を摘む。
クラピカは一瞬ぎょっとするが、それがコンタクトをはずす動作であ
ったということに、すぐさま気付いた。
しかし、それからさらに驚くこととなる。
男のコンタクトをはずした片眼は、美しく、緋色に輝いていた。
「まさか、とは思ったけど……。奇跡だね。まるで、夢を見ているよ
うだ」
男はその眼から、一粒の涙をこぼしていた。それをスーツの袖で拭い
去ると、彼はまた小さく微笑んだ。
「あなたは……クルタ、族……?」
男が感激するのと同じように、クラピカもまた驚嘆の声をもらしてい
た。
男は紛れもなくクルタ族だった。クラピカは、自分以外の生きた緋色
の眼を見たのは何年ぶりだろうか、と悦びを隠せなかった。
何より、生き残りが自分一人だけでなかったことが、心底救われた気
がした。
話を聞くと、その男もクラピカと同じ目的で、この地下競売に参加し
たのだという。
仲間の緋の眼の奪還。そして、その繋がりを利用し、幻影旅団への復
習をその胸に誓って――――――――
男の名はシャロン。
クラピカは彼のことを全くと言って良いほど知らなかったが、シャロ
ンの方はクラピカを良く知っている素振りだった。
クラピカの父は、クルタ族族長であった。そのため、シャロンは、族
長の娘であったクラピカの顔と名だけは知っていたのだ。
二人は心からこの場で出会えたことを歓喜した。
ふと、シャロンが問う。
「たしか、族長には一人娘だけだったと記憶していたのだけど?」
「あ……あぁ。それは……」
そうして、クラピカは自分が男の振りをしている理由をシャロンに話
していた。
自分のような少女が一人で生きていくのは、物騒なこの世の中、決し
て楽ではない。そして、他人に男と思わせておいた方が、自分の身を
守れる要素が増す。
それと同時に、男として生きることで、自分の邪念を取り去ろうと考
えていたことも打ち明けた。
恋に現を抜かしている暇など自分にはない。同胞の敵を討つまでは、
平凡な若い娘のように恋愛に身を焦がすことも、自ら法度とし、律し
ていた。
しかし、そんなクラピカにシャロンは語りかけていた。
「これからは、男になる必要はないよ。僕が君を守るから。一人で背
負い込むことなんて、何もないんだ」
クラピカはその時初めて、張り詰めていた心に、ほんの少しのゆとり
を得たような気がした。
それから、二人は一緒に行動することが多くなった。
クラピカは、初めて同じ目的を持つ者に出会えて、肩の荷が僅かに軽
くなる感覚を覚えていた。
クラピカは、ノストラードファミリーの所有物件であるホテルに滞在
している。その彼女の部屋の窓から、シャロンが来訪してきた。
夜も更けた、深夜のことである。
「シャロン……?こんな時間に」
シャロンは、いつになく何か思いつめたような表情をしていた。
「クラピカ……。驚かないで、聞いてくれるかい?」
「どうした?」
クラピカは、彼の焦燥に駆られるようなその様子に、何か違和感を感
じていた。震えるように息を吐いたシャロンが、クラピカの薄い肩を
掴む。
彼女をまっすぐに見つめて彼はこう言った。
「僕の子を、生んではくれないだろうか?」
クラピカは、初め何を言われたのかわからなかった。
彼の言葉を聞いたものの、それは頭には入らずに、まるでそのまま脳
内を素通りしてしまったようだ、と感じていた。
それだけシャロンの発言が、信じ難いものだったのだ。
「……何?」
「僕の子を生んでほしい」
そう言った直後、シャロンはクラピカの腕を強く掴み、そのままベッ
ドに押し倒していた。
クラピカが、これでもか、というほどに眼を見開く。
「何をッ……!」
「クルタ族の生き残りは、僕たちたった二人だけだ」
シャロンは、黒いコンタクトの内側で燃え盛る瞳を隠しながら、半ば
思いつめたように、けれども淡々と語る。
「クルタは、滅亡させやしない。生き残った者が僕とクラピカ……君
のたった二人ならば、それにはきっと意味があったんだよ。『男』と
『女』の二人が生き残った意味が」
クラピカは、ただ信じられないようなものを見る目で、ずっとシャロ
ンの黒い瞳を見つめていた。
微かに緋の光を放つ、その燃えるような黒い瞳。
「僕たちは、生き残った者として、子孫を残す義務がある」
シャロンは、クラピカの服に手をかける。
「や…やめろッ」
彼女が必死で抵抗しているにも関わらず、シャロンはあっさりと上着
を脱がせ、床に無造作に投げた。彼女が着ていた服は、クルタ族の民
族衣装だった。
クラピカは動揺を隠せない。
「いやだぁっ…」
「クラピカ。後生だから、大人しくして」
「涼しい顔で、よくもそんなことが言えたものだなっ…。私に触れる
な!」
「冷静に考えて。君は、長いクルタの歴史を絶ちたいと願うのか?」
シャロンの強い意志の宿った瞳が、クラピカを捕らえて離さない。
クラピカは、そんな彼を見ると言葉を失ってしまった。
「僕も君も、幻影旅団を追っている。あんな連中なんだ。僕たちは、
いつ命を落としてもおかしくはない。だから、今生きているうちにも
子供をもうけるべきなんだ」
「そんな……」
クラピカが何か反論しようにも、その隙を与えるものかと言わんばか
りに、シャロンが彼女の首筋に舌を這わせる。
ねっとりとからみつくその舌が、項から鎖骨にかけてを何度も何度も
這い回り、そしてその白い肌には薄い唇が吸い付く。
身体がぞくぞくと打ち震える。
悪寒によって身の毛が弥立つような感覚と少し似てはいるものの、そ
の刺激の強度は、それとは比較にならないほど強く、甘美なものだっ
た。
「ふ……ぁ」
声をもらすまいとしても、与えられるその刺激に耐えられずに、女と
しての感覚が誘発される。
それだけでは飽き足らず、シャロンは耳元で息を吹きかけるように、
そっと囁く。
「クラピカ、好きだ……」
同時に、柔らかい耳たぶを、ざらつく舌が掠る。小さく悲鳴をあげて
も、相手は容赦しない。
「愛してる」
心とは裏腹に、クラピカの身体の力は急激に抜けていく。ただ、わけ
もわからずに身を打ち震わせ、生理的な涙を浮かべた。
「お願いだから、僕を受け入れて……」