時折ノストラードの所用で街へと外出すると、決まって誰かの視線を感じる。
それは所謂ストーカー的な視線とも違って、懐かしい知人の優しげなそれ。
その視線を感じると私は決まって、あの晩へと思いを馳せる。
思い出すのは高みへと上り詰めるあの瞬間ではなく私を見詰める、あの男の
黒い瞳と抱きしめるその力強い両腕。
胸焦がすのは上り詰めるその刹那、私の緋の眼の中に何かを探すような
男の視線。
雑務や仕事仲間から解放さるこうした自由な時間に、もう二度と逢う事もない
男の幻に、私は翻弄され続けている。

何故だ。
何故、お前は私を未だに苦しめるのだ。
お前は私から全てを奪った。
私はその復讐を遂げて、お前の呪縛から解放されるはずだったのだ。
なのにどうして・・・。

この思いに名前があるのならば教えて欲しい。
私の胸に広がった、この感情は何なのだ。



あの晩、飛行船から降りた時、俺はネオン=ノストラードの占い通りに東へと
向かうはずだった。
だが俺は今もこうして彼女の側にいる。
話し掛けることも抱きしめることもせずに、こうして見詰めるだけしか出来ない
けれど・・・。
こうして彼女の側を離れられない理由は俺にも判らない。

ただ最初は欲しかっただけ・・・。

そして一番欲しかったものを手に入れた。
それで満足したはずだった。なのに俺は、まだ彼女の側から離れられずにいる。

時折見せる彼女の寂しげな瞳が俺を縛り付ける。
胸に撃たれた戒めの杭よりも強い力で俺を雁字搦めにする。
心臓を貫かれるより辛い痛み。

この胸の痛みに名前があるならば、教えて欲しい。
俺は何も知らないから・・・。



暗い私室のベットに、倒れこみ眠りにつく日々が続いている。
日中、忙しさに感けていれば、この胸に広がる痛みを忘れられる。
くたくたになるまで身体を動かして、泥のように眠りにつけば痛みを感じる
こともなくやがて朝がくる。
そうして日々が足早に過ぎれば、何時かはこの胸の痛みも風化して
いくのであろうか?

―――それは、恋というものじゃないかしら。
私の笛の音色で、何処まで貴女を癒すことが出来るかしら。

そう答えると彼女は笛の音を私に聴かせ心を癒してくれた。
しかしセンリツの笛の音も、もう効かない。
痛みは日々増すばかり。

―――ねえ、クラピカ。貴女、本当はその彼にとっても逢いたいのじゃなくて?

私があの男に逢いたい・・・?
この痛みが恋というものだという事さえ信じられずにいるのに。
そんなはずはない。

―――私は、貴女の思い人が誰かは知らない。
でも一つだけ判ることがあるわ。

それは何?

―――自分の気持ちに正直になることも時には必要よ。

自分の気持ちに正直になる?


―――ええ。貴女は今まで十分苦しんだわ。
そろそろ自分を解放してあげてはどうかしら。
私には判らない。
蜘蛛を倒す。それだけが私の望み、悲願であったのだから。
私は自身の心の命ずるままに生きてきた。そして、それを半分は成就させた。
あとは奪われた同朋の緋の眼を探し取り戻す。
それ以外に私に望みなどない―――。



         ◇◇     ◇◇◇    ◇◇


―――クロロ、キミもよくやるねぇ。
A級賞金首の幻影旅団の団長ともあろうものが、いまや恋するつまらない男に
成り下がるとはねぇ。

俺が恋してるだと?

―――そう、キミは恋してるんだよ。キミを仇と憎む、あの綺麗なお嬢ちゃんに。

鎖野郎に・・?


―――何だ気づいてなかったの?僕の勘はよく当たるんだよ。
僕としては、キミには、あのお嬢ちゃんを奪うなり諦めるなりさっさと決着を
付けてもらえると有り難いんだけどねぇ。
除念後のキミと一刻も早く戦いたいんだよ。

俺が恋だと?
ヒソカの馬鹿げた妄想に過ぎない。
ただ彼女は俺から念能力を奪った唯一の念能力者。
だから少しだけ気になって側から離れられないにすぎない。
それ以外に何がある?

―――信じるも信じないもキミ次第だよ。
ハートのクイーン。キミにあげるよ。お守り位にはなるだろ?

永遠に叶うことのない―――不毛の恋。
この胸の痛みが恋というものならば、そんな恋が俺には合ってるのかも
しれないな。

ヒソカの残していったハートのクイーンを胸ポケットにしまう自分の情けない
姿に自嘲の笑みが零れた。



近頃の私は、食べる物もあまり喉を通らない。
センリツの言葉が私の頭でグルグルと回り続ける。
胸を抉るような痛みは日増しに強くなる。
私は漸く、この思いと痛みが何であるか自覚し受け入れた。

最近は雇用主の雑務で外出の機会も増え、仕事仲間から離れることが多い。
同朋の緋の眼を探し出す為にも自己の健康管理を、しっかりとせねばならぬのに
近頃体調がおもわしくなく僅かに足取りがふらつく。
溜息をつく回数も増えている。

「ゴメン。何処か怪我しなかった?」
ぼんやり、と歩行していた所為で、往来で人にぶつかってしまったようだ。
私を抱きとめた、その手の主に謝罪の言葉を述べようと顔を上げた。

・・これは夢か?

「そんなに、呆けた顔して・・やっぱり何処か痛くした?」

本当に貴方なのか?それとも私は、やはり夢を見ているのか?

「どうして何も言ってくれないの?」
困ったような表情で、私を抱く腕の力を少し弱めると彼は視線を合わせるように
屈んで私の顔を覗き込んだ。
「何か言って・・じゃないと俺、いつまでも、この腕から君を離せないよ」
彼の黒い瞳が僅かに悲しみにゆらめく。

私は腹の底から力を振り絞った。
そして・・
「・・とうに除念でもしに行ったと思っていた。まだ、お前の胸には私の
放った制約の鎖が刺さったままのようだが・・」
私の唇は、そんな言葉しか言えないのか・・。



「除念はしない・・君の側に居たいよ」
彼の腕の力が強まる。
艶やかな黒髪を私の頬へと摺り寄せて耳元で囁いた。
ずっと聞きたかった彼の声が私の耳元に甘く響き、痛んだ心を癒すように
胸に沁みこんだ。
その刹那、あたたかな雫が私の頬を伝った。
あぁ・・喜びの涙は何とあたたかいのであろう。

「私の側にいたら、またいつ命を狙われるか知れないぞ」
「うん。それでもいいよ」
彼の唇が私の涙を拭い、そっと私の唇に口付けた。
もう私の耳には彼の声しか入らない。
彼の姿しか眼に入らない。
往来の雑踏や車の流れも全て消えてしまった。

この思いが恋であることは受け入れた。
だが貴方は私にとってこの世で、ただ一人の愛しい人であると同時に
憎い同朋の仇であることは、変えようのない事実である。
そして私も、貴方にとって貴方の仲間の命を奪った憎い敵であるのも確かだ。
この思いは抱いてはいけないもの。
許されざる禁断の恋。
それは互いの仲間を裏切ることになるのであるから。
否、もう既に裏切りは始まっているのであろう・・・。
この恋に落ちた瞬間から。
共に、この罪を生涯掛けて償っていく覚悟はあるか?
ならば私をもう一度抱いて欲しい。


「もう一度、訊く。新たな制約の楔を、お前の胸に刺す。
それに対し後悔はしないのだな?やめるのならば今の内だぞ」
私は今一度、制約の誓いを守れるか問うた。

課した制約は二つ。
復活した念能力を善意の業にのみ使用し、他人を傷つけたり殺したりしないこと。
どちらかが死する時、共に冥府へと旅立つこと。
二つ目の制約は私が何らかの事情により先に逝った場合この男が再び世に仇なす
魔物と化さぬように。
・・否、それ以上に私は、もう二度と一人になりたくはないのであろう。

「絶対、後悔なんてしない。誓うよ、何でも君のいう通りにする」
彼は子供のように無邪気な笑顔を浮かべると、私の手を己の頬に引き寄せると
体温を感じるように、それに頬を摺り寄せ手の甲へと口付けた。

「質問を終わりにする」
私はジャッジメントチェーンを具現化させると、素早く互いの心臓へとその楔を
刺した。
これで、先に為すべきことは全てした。
私は安堵と共に、満ち足りた幸福感を感じていた。

「クラピカ、愛してる」
私を抱き寄せ髪を掻き梳くと何度いわれたか分からない、愛を告げる科白と共に
そっとベットへと横たえた。



俺の胸に新たな制約の楔が刺された。
彼女と建てた誓いの楔。
この楔が二人の胸から消えることは、もうないだろう。
俺は二度と彼女の側から離れるつもりはない。
もう何処へも行かせない。
愛してる、愛してるよクラピカ。
愛してる、何度、言っても足りないくらいだ。
彼女を抱き寄せ髪を梳きあげると彼女の、その甘い匂いに意識が眩みそうになる。
もう二度と触れられない、と思っていた不可触の女神を再びこの腕に抱きしめた時
幸福感に目眩がした。

「クラピカ、愛してる」
愛の囁きと共に、彼女をベットへと横たえた。

彼女の唇に何度も口付け生まれたままの姿にすると、頬を仄かに紅色に染め
白く細い腕で柔らかな胸の膨らみを覆い隠す。
「クラピカ、とっても綺麗だよ。だから隠したりしないで・・
クラピカの全部見せて」
彼女は僅かに躊躇い、そっと視線をずらすと再び俺の視線を捉えた。
「わかった」
そういうと彼女は自らの覆った手を外した。
俺は互いの胸に手を当てて、もう一度訊いた。
「俺とクラピカ二人の胸に、この楔がある限りずっと一緒に居られるね。
もう離れないで」
彼女は少しキョトンとした顔で、それから真撃な眼差しを俺に向けた。
「お前は女の私よりも考え方が女性らしいな。少し女々しいぞ。
私はお前を選んだ、そして、お前はもう私のものだ誰にも渡さないし何処へも
行かせはしない」
相変わらず辛辣だな・・でも、後半のはかなり嬉しい。
「そうだね俺は君のもの、そして君は俺のものだ」
俺はクラピカの華奢な躰を強く抱きしめた。



もう一度、甘い彼女の甘い唇に口付けを落とし、上唇をゆるく吸い上げると小さな
吐息が零れた。
そこから深い口付けに変えていく。
弱々しく逃げ惑う柔らかな舌を絡め捕えては何度も吸い上げた。
彼女の全てが愛おしい。
その白く細い首筋に熱くなった俺の舌を這わせると彼女の唇から喘ぎが零れ
濡れた緋色の瞳で俺を見詰めた。
「はぁ・・あぁ・・ん、ん」
途端、俺は所有心に駆られ、その弱い首筋に強く吸い付くと紅い印を残した。

クラピカは俺のもの誰にも渡さない。
・・もしも彼女が俺を裏切ったら・・俺はどうなるだろう。
百夜この腕に閉じ込めて彼女を抱き潰してしまうかもしれない。
泣いて悲鳴をあげても許さないかもしれない・・。



身勝手な独占欲に、噛み付くように唇を貪り、徐々に下降すると瑞々しい果実に
行きあたった。
それを先端に触れぬ、ぎりぎりのところまで絞るように揉みしだいた。
「・・っつ」
力を入れすぎた愛撫に彼女の顔が僅かに歪んだ。
生来より美しいその顔は苦痛に歪んでも尚一層、麗しい。
おもわず見惚れる。
僅かな恐怖心の中に期待を込めた緋色の瞳が俺を見上げる。
俺は夢中になって彼女の胸を手で包み込むと先端に口付け、口に含み舌で転がした。
もう一方の胸も押し包むように揉み先端を指先でなぞった。
その愛撫に彼女の雪のように真っ白な肌が紅く色付き、苦しそうな息使いが
聞こえてきた。
じんわり、と汗ばんだ躰の全てに口付けを降らし、その後を辿るように舌を這わせる。
「あぁ・・ああん」
高い声が上がる箇所は時間を掛けて、丁寧に愛撫した。
「あああっ・・だめぇ・・そこ・・だめ」
いやいや、と頭を小さく振り快楽から逃れようと身を捩るクラピカを、しっかりと
腕に捕え愛撫を続けると彼女のすすり泣きにも似た、愛らしい喘ぎ声がその唇から
絶え間なく漏れた



もっとその声が聞きたいよクラピカ。
もっと俺を感じてよ。
その白い肌に俺を焼き付けて。
彼女の中に入りたい。

指先で熱く潤った場所を確認すると、彼女の裏膝を持ち上げて大きく足を広げた。
露わになった其処は彼女の髪と同じ金糸で薄っすらと覆われている。
その秘裂からは堅く尖った芽が顔を覗かせてる。
そっと唇で啄むと甘い蜜が零れてきた。
蜜を一滴も逃さぬように舌先で掬うように舐めとり、そのまま敏感な芽をなぞる。
「あああっ・・はぁん・・ああっ」
止め処なく湧き出る甘い蜜を名残惜しげに残して、俺は彼女の秘めた部分に
男の欲望の塊をあてがった。
触れた俺の先端が蕩けるように熱い潤いを感じ、まだ彼女の胎内に入り込まぬ
うちから眩みそうな絶頂感を感じた。
一呼吸置いて俺は熱い泥濘の中へと屹立した分身を沈みこませた。
柔らかな彼女の熱い胎内が俺をしっかりと包む、ぬるぬるした蜜が律動する度に
卑猥な音を立てて俺を煽る。
「クラピカ・・俺に、しっかり掴まって」



眩みそうな意識でクラピカのシーツをしっかり握った手を捕えて俺の背へと
その腕をまわした。
何度も角度を変えて、最奥を突くと彼女の俺を抱く腕の力が篭った。
「あああっ・・そこ・・・もっとぉ」
肌を合わす淫靡な音が大きく室内に響くと、彼女の息が荒くなり、もっともっと、
と濡れた緋色の瞳と唇で俺をねだる。
「もっとクラピカの可愛い声聞きたい。もっと俺を求めて欲しがってよ」
泣きそうな顔で彼女は、うんうん、と頷くと俺を引き寄せて自ら、その唇で
俺に深く口付けた。
俺は狂ったように、それに応え腰を大きく上下させた。
段々と限界が近づき互いを強く抱きしめて高みへと駆け上る。
その刹那、彼女の声が聞こえた。
「ク、クロロ・・あああああああんんっ」
俺は今まで味わった事のない幸福感と絶頂感の中でクラピカの中へ
全てを解き放った。
俺の腕の中ですやすや、と眠る天使を俺は生涯離さないだろう。
愛してるよクラピカ。
そっと呟き柔らかな頬に口付け、深い眠りへと落ちた。
ねえ、クラピカ夢の中でも俺を夢見てよ。

END