肩までの金糸の髪、白く滑らかに匂い立つ肌。
その甘やかなくちびる。何処も彼処も愛しい。
この世で、たった一対残された緋の眼を持つ、誰より高潔
な人、クラピカ。
オレを何処までも惹きつけて止まないただ一人の人。

幸せとは、なんと儚くも壊れやすいものなのであろうか。
不安定なものの上に成り立っている陽炎だからこそ人は
みな賢明に其を守ろうとするのであろう。
私はこの幸せを守れるか・・。

たった一本の電話が引き金だった。
漸く手にしたささやかな幸せは、脆くも崩れ去ろうとしている。
電話の主はイタズラめいた声音でゲームを開始した。
この男にとって、これは一時の退屈凌ぎにしかすぎない恰好な
遊戯なのだろう。
『ボクだよ、ヒソカ。元気そうだねぇ、クロロはどうしてるのさ』
「私もクロロも元気だ。で、用件はなんだ」
クロロの名を口にした男に、言いようのない不安を感じ震え
そうになる語尾に力を込めて返した。
『相変わらず辛辣な物言いだねぇ。別に、たいした用じゃないよ。
キミと会ってゆっくり話がしたかったのさ』

私に会って話したいだと?
この男は一体何を考えているのだ!

「私にはお前に会う理由などない!断る」
『フフ・・怒ったキミも可愛いねぇ。
でも、断って後悔するのはキミの方だよ。
イイのかい?』

何が言いたいのだ?
携帯電話を持つ指先に力が入った。

「何が言いたいのだ!はっきり言え」
『クロロだよ』
胸に刺した誓いの楔がズキンと音をたててきしんだ。
押し潰されそうな痛みと、黒い靄が胸に広がっていく。

「貴様、クロロに何をした!」
『今は何も。でも、この先はキミ次第。
明日の午後三時に四季ホテルのロビー奥のラウンジ
で待ってるよ』

半ば強引に待ち合わせ場所と時刻を告げると、
男は電話を切った。
震える指先で携帯の電源を切り、クラピカはその場に崩れ落ちた。


沢山の人を裏切った。
沢山の人を傷付けて殺した。
罪深い私達に、人並みの幸せすら持つ権利はないので
あろうか・・・。

部屋に戻ったクロロがすぐに、クラピカの異変
に気づいた。
「クラピカ?」
力なくソファに凭れたクラピカの頬に触れると
滑るように指先を金糸の髪に差し込み、
「どうしたの?」と問う。
耳元で囁いた吐息に少し、くすぐったそうな仕草。
細い指がクロロの手を、やんわりと剥した。
「クロロか。いや何でもない、少しぼんやりして
いただけだ」
「ぼんやり?ホントに?オレにはクラピカが悩ん
でたように見えるけど・・」
その少し困ったような哀しいようなクロロの顔に
やんわりとした微笑を返すとクラピカの細い腕が
首筋に絡みついた。
薄くくちびるを開けて口付けると、誘われるまま
彼の方からそれを深いものへと変えていく。
愛してる、と囁きが零れる。
どちらの唇が零したのかは、わからない。
どちらでもいい、ふたりの思いは同じだから。
重なり合う二つの陰が、それを証明した。

熱い吐息の合間に繰り返される睦言が、次第にふたり
を巻き込むうねりとなり、いつ脱いだかもわからぬ
うちに互いに生まれたままの姿になっていた。
ぴったりと密着した熱い肌が、心地よくクラピカを
蕩かし大胆にする。
指先をクロロの肌に滑らせて、その跡を唾液を、たっ
ぷりと含んだ熱い舌先で辿ると小さく低い呻きが零れた。
気持ちいいのか?と訊くと、クロロは熱に浮かされた
ような眼で、うん、と答えた。
以前、キルアのものなら口に含んだことはあったが
クロロのものは一度もなかった、というより、こちら
から何かするまえに、責められて登り詰めさせられ
何も出来なかった。
だけど今日は、趣向を変えて。
おずおずとクロロの分身に触れると、彼の肢体がピク
リと反応した。
同時に、その手を掴み「ダメだよ」と言う。
その言葉を無視し彼の分身に手を添え先端の裏筋に濡
れた舌を這わせた。
他の箇所よりも繊細に。
熱く濡れた舌を、ちろちろ時間を掛けて這わせ、たっ
ぷり唾液を含んだ口腔に含むとクロロの秀麗な顔が
苦しそうに歪んだ。
その顔を見詰め舌を使い口で上下し喉の奥まで、それ
を咥えこむと、クラピカの身体の中心がトクンと疼き
熱く潤った。

熱い蜜が太腿を伝い、密着したクロロの肢に落ちると
「オレもクラピカに触りたい」と、髪に指を差し込み
梳かしてくる。
小さく頭を振って「私がする、今日は私が、おまえを
気持ちよくさせてやる」と拒否すると、
「何で?オレもしたい。クラピカを気持ちよくさせたい」
と駄々をこねて体勢を入れ替えてきた。
強く胸を揉み先端を舌先で捏ねまわし、吸い込む。
おもわず零れそうな喘ぎを、口に手の甲をあて堪えた。
今日はこちらから、してあげるつもりだったから。
「我慢しちゃダメだよ」とクロロが促し、唇を甘く
噛み音をたてて吸われた。
舌先を催促されて、少しだけ出すと先端を舐められた。
すぐに絡め捕り深い口付けになったけど。


午前九時
傍らに眠るクロロに口付けを残して、クラピカはヒソカ
との待ち合わせの場所に向かう。
予定時刻よりも、早くアパートメントを出たのはクロロ
にハンターの仕事に出掛けたと思わせるため。

カフェやアウトレットを周り時刻まで潰した。
四季ホテルは街中の、殺伐とした高層ビルの中にひっそ
りと佇む落ち着いた風情で、少しだけクラピカの心を
和ませた。
いかにも格調高い三ツ星ホテルのドアマンが出迎える。
静かなロビーを抜け、最奥のラウンジへ向かうとウエイ
ターに窓際の席へと案内された。
ヒソカが来るまでの僅かな時間を、窓から見えるジャパ
ン風の庭園を見て過ごした。

ノブナガが居たら景色とマッチしてるだろう、と笑みが
零れる。

香り高い玉露で、季節限定の和菓子を摘みながら鳩が
飛び立つ姿に、しばし見入る。
つがいの鳩が、遅れてくる片割れを気遣うように空中を
旋回していた。

「待ったかい?」
背後から知った声が聞こえた。
ヒソカだった。
「いや、時刻までは、まだ間が有る」
男は案内のウエイターに一瞥すると、クラピカの真横に
座った。
金糸の髪に指先を絡めて、密やかにささやく。
「部屋はこの上に取ってあるよ、すぐに向かった方が
イイのかな?それとも・・」
ヒソカが最後まで言葉を繋ぐことはなかった。
クラピカは徐に立ち上がると、キャッシャーへと向か
った。
ムードがないお嬢さんだねえ、と苦笑いしながら男は
その後を辿った。
いくつも有るエレベーターの一つが開くと、ヒソカはクラピカの腰を
引き寄せて乗り込んだ。
二人きりの密室で、激しく唇を貪り、ブラウスの隙間から手を
入れ柔らかな肌の感触を楽しむ。
「獣が!部屋につくまで待てないのか!」
ヒソカの腕を払いのけて、息も絶え絶えにクラピカが罵ると片眉
を上げて「こういうの一度してみたかったんだよ、ボク」と悪びれ
もせずに口付けてきた。

途中から人が乗ってきたらどうするんだ、と抵抗してみたが
ヒソカの強引な腕は蹂躙をやめない。
目的の階に着くまでの数分間が、何時間にも感じられた。
「もう着いちゃったよ、誰も乗ってこなかったねえ」
クラピカの腰を抱いたまま、冷たい舌を彼女の耳に這わせ
残念そうに呟いた。
縺れるように部屋に入ると、抵抗しても離してくれなかった
男の腕が簡単に外れた。
ヒソカは一人掛けのソファに座ると「脱いで」と半ば命令口調で
言い放つ。
クラピカは、屈辱感に全身を震わせながら衣服を脱ぎ始めた。
「これから、色っぽいことするっていうのに、色気のない脱ぎ方だねえ。
クロロの前でもそうなのかい?起つものも起たないよ」
望んでする訳じゃないのに、とクラピカは唇を噛み締めた。
「ボクを、ちゃんとその気にさせておくれよ」
一糸纏わぬ姿のクラピカを引き寄せ、彼女の細い指先を自分
のシャツのボタンに掛け、脱がせろ、と無言の要求をする。
ほら、と急かされ震える指先で、ボタンを一つずつ外した。
露わになった胸の小さな突起に唇を寄せて、甘く噛むと男は
小さく呻いた。
力を入れ過ぎたか、と思い顔を上げると、そのまま続けろ
と目で捉された。
それから思い付く所全てに、口付けを落として舌で辿った。
頬、耳、首筋、胸、脇、横腹から臍まで。
呻きが多い所は、わざと触れぬよう避けて最後に念入りに
愛撫した。その方が、なんとなく良い気がした。
視線を下肢にずらすと、男の中心が大きく膨れ上がって
衣服の下で苦しそうにしていた。それを解放してやる。
掌で握るとピクっ、と屹立した分身が反応した。
そのまま適当な力加減で、上下に擦ると「アっ」とヒソカが
呻いたので口に含んでみた。

手と口を使い男の分身に愛撫を施してから、随分経つ
がヒソカは一向にクラピカに、触れてくる様子はなかった。
覚悟を決めてきたのに拍子抜けする。
だが逆に嫌な予感もした。
行為を続けると、口腔の男の分身が呻きと共に大きく膨張し
飛沫をあげた。
口に広がる苦味と生温かさが気持ち悪い。
吐き出そうと、バスルームに向かうクラピカをヒソカが阻止した。
吐き出せないように、手で口を押さえつけられたのだ。
「ソレ飲込んでみなよ」
クラピカは男を睨みつけると、諦めたように口腔の液体を
ゴクリと飲み干した。
軽い吐き気にクラピカの目尻に薄っすらと涙が浮ぶ。
「いい子だねぇ、その顔、ちょっと感じちゃったよ」
唇から僅かに漏れた液体を、男は舐めとると今度はクラピカ
に自慰を要求してきた。
経験などないから無理だ、と却下したがヒソカは首を振り
クラピカをベットに放り投げた。
「あぁ、経験なくても大丈夫。クロロにされてること思い出して
やってみればイイんだよ」
ソファの肘掛に頬杖をつきながら、薄い笑いを浮かべて
残酷な要求を口にした。
クラピカはどうしたらいいのか、さっぱりわからない。
躊躇いがちに自分の胸に触れてみた。
しばらく揉んでみると、下半身がむず痒くなってきた。
もじもじと、下肢を擦ってると「下の方も触ってみたら」などと言う。
イヤと首を振っても、ほら早くミセロと目で促された。

クラピカは恐る恐る秘所に手を伸ばした。
指先で触れるとピクっと秘所が脈打った。
確かに触れると気持ちいいのかもしれないが、自慰は
初めて、それにヒソカに見られてるから余計落ち着かない。
羞恥心に彼女の全身は熱くなり紅く染まった。
白肌に紅薔薇を浮かべたような、クラピカの美しい肌の
色合いにヒソカは思わず感嘆の溜息を零した。
「クロロとの対決を邪魔された暇潰しだったけど・・
本気でキミが欲しくなっちゃったよ」
いいながら、クラピカの側に近づき彼女の両足を大きく広げた。
「クロロと、やりまくってる割りにまだ綺麗な色なんだねえ」
秘所の上に置かれたクラピカの指を掴むと、男は行為を教える
ように動かした。
自分の指であるのに、先程よりも強い感覚がクラピカの秘所を
襲う。
「あんっ」
耐え切れず女の声が上がり、緋色に変った瞳から涙が零れた。
望まぬ行為に感じてしまう自分が悔しくて恥ずかしくて仕方
なかった。
行為に慣れてきたころ、ヒソカは「自分で動かしてみなよ」
と手を離した。

クラピカは、ヒソカにされるくらいなら自分でした方がマシだ
と、教えられた行為に没頭した。
細い指先で秘裂を上下し、快楽の芽を摘んでみると
全身が震えた。
もう片方の手で胸の先端をくじると、更なる快感が押し寄せてきた。
腰元に居るヒソカは、溢れた蜜を指で掬うとクラピカの口の中に
入れてきた。
促されるまま自分の蜜が付いたその指先を、ぺちゃぺちゃ音を
たてて舐めた。満足そうな顔をヒソカは浮かべていた。
屈辱と快楽に頭の芯が痺れて思考が麻痺する。
どうとでもなるがよい、とさえ思ってしまう。
「そろそろイキそうだねえ、最後まで見ててあげるから
天国まで行っておいでよ」
ヒソカの言葉が音に変ったときクラピカは絶頂を極めた。
初めての自慰に快楽を極めると、ウトついた。
瞼を閉じたら眠ってしまう。それこそヒソカに何をされるか
判らない。
そう思いながらもクラピカは寝込んでしまった。
どのくらい時間が過ぎたのか気づけば外は真っ暗で、ヒソカの
姿も消えていた。
明かりを付け自分の身体を見回す。
何処も傷つけられてないことに安堵した。
眠ってしまった私に呆れて何もせずに帰ったのだろう。
ヒソカの体液を飲込んだ口腔を何度も濯ぎ、熱いシャワー
で身を清めるとクロロに怪しまれないようにヒソカの匂いの
付いた衣服を処分した。
替わりに出掛けに買った真新しい衣服に着替る。
身仕舞を整えると安堵して大粒の涙が零れた。

午後九時にアパートメントに着くと、ドアの前で待ち
構えていたかのようにクロロが、お帰り今日は遅かったね、と抱きしめてきた。
触れるだけの軽い口付けをし、再びシャワーを浴びた。
クロロは多分、何も気づいていない。

「クラピカ、しずく」
いいながら湯上りの濡れた髪を、タオルでごしごし拭取られた。
水気が切れると、いつものようにドライヤー片手に膝の上に座って、と促す。
私の濡れた髪を、乾かすのはクロロの楽しみらしい。
おとなしく、されるままになってやる。
ついでの頭皮マッサージが心地いい。
おとなしい私に、気を良くしたクロロが、身体も揉み解そうとしてきた。
だがそれは避けた。

遅い夕飯を二人で食べる。
夕食のメニューは、クロロ特製のチキンと旬の野菜を
たっぷり使ったホワイトソース煮込み。
数種類のチーズにパスタとパン、デザートは完熟トマトのゼリー。
クロロの作るものは、どれも美味しい。
けれど、あまり口に入ってはいかなかった。
「食欲ないね、クラピカ」
クロロの指先が、私の髪を掻き梳く。いわれて、パスタを数本口に入れた。
少しわざとらしかったか、と不安になる。
「そんなことはない。おまえの料理は最高に美味いからな」
いいながら、チーズを一切れ一番小さくカットされた物を手にした。

私は隠し事が得意な方ではない。
勘の良いこの男なら、すぐにでも私の不審振りを見抜くであろう。
私に出来る事は、一つだけ。いつも通りに振る舞う。

最近のクラピカは、何処かおかしい。
オレが触れると拒む。
口付けと抱きしめることだけは、受け入れてくれるのに・・。

ゆっくりと記憶を辿る。思い当たるのは、あの時からだった。
クラピカが、明かりも付けずに暗い部屋で、何か深く
思い詰めていたとき。
否、決定的に変ったのは、その翌日か?
クラピカが珍しく遅く帰宅した、あの晩。
抱きしめたクラピカからは、強い石鹸の香りがした。
帰宅前に出先でシャワーを浴びたのかと、気にする
こともなかったけど・・。
僅かな抱擁と口付けの後、まだ石鹸の香り、さめやらぬ
彼女は再び、バスルームへ向かった。

考えると、気が狂いそうになる。
彼女がオレの側に居る事実は変らないのに。

「ねえ、クラピカ、オレに隠し事なんかしないでよ。
オレを置いて、何処か遠くに行ったりなんかしないで・・」
傍らで静かな寝息をたてる、クラピカの唇に口付けを一つ
落とした。
無意識に薄く開いた唇に、もう一度深く口付けると、彼女の
口から甘い吐息が零れた。
「殆ど拷問に近いな、コレ」
小さく呟き、彼女の柔らかな身体から身を離し、額に拳を
コツンとあてた。
―――三日後の午後六時、場所はこの間の逢瀬と同じ。

ヒソカからの留守電メッセージだった。
あれで終わった、と思っていた訳ではないが、この状態は苦痛以
外の何物でもない。
今の私は刑が執行されるのを、ひたすら待ち続ける死刑囚のよ
うなものだ。
録音された内容を消去すると、携帯電話を床に叩き付けた。
液晶画面に罅が入ったが、壊れはしなかった。

その日が訪れるまで、どうやってやり過ごすかだけを考えた。
クロロに不信感を抱かせてはならない。
感付かれようものなら、すべてが水の泡となる。
あの男と戦わせてはならない。最後は殺し合いになってしまうだろう。
クラピカは無意識に爪の先を、ぼろぼろになるまで噛み続けていた。
ストレスが引き起こしたものだろう。

「何してるの・・?」
低い声が室内に響いた。
帰宅したクロロが、目の前の光景に眉根を寄せて問う。
クラピカの細く白い指先からは、薄っすらと血液が滲み出ていて痛々しい。
それでも、その指先はクラピカの口元を彷徨い続けていた。
クロロが、それを無理に引き剥がす。
ふっ、と離れる指先をクラピカの視線がついていく。
その先に、愛しいクロロが怪訝そうな顔で自分を見つめていた。
「おまえか・・早かったのだな」
予定時刻よりも早めに帰宅したクロロに、僅かに身じろいだ。
「思ったより簡単な仕事で予想よりも早く済んだ」
「そうか・・」
普通ならば此処で、どんな風に一日を過したか語り合うのだろう。
けれどクラピカの唇が、それ以上の言葉を繋ぐことはなかった。

やっぱり何か隠してる・・。
オレに知られたくない秘密でもあるの、クラピカ?
ずるいよ。何で隠し事なんてするのさ。
いつもオレばっかり、不安になって馬鹿みたいじゃないか。

その晩オレは、力尽くでクラピカを抱いた。
彼女は、小さくイヤ、とかぶりを振っていたけれど。
最後に見たときよりも一層、白い肌。
胸元の薄い皮膚からは、静脈が青く透けて見えた。
一つ一つ確かめるように、皇かな肌上を指先で辿っていく。
胸の脇の密やかな部分に、紅く鬱血した痕が薄っすらと残っていた。
オレが付けたものではない。
それを認めると、身体中の血液が煮えくり返った。
相手の男を殺してしまいかねないほど。
激しい殺意を無理に胸の奥深いところに押し込めて、同じ箇所に
きつく吸い付いた。その男の影を打ち消したかった。
クラピカに彼女の躰に、こんなことして良いのはオレだけだ。
可哀想な彼女は、一晩中オレに責め立てられて泣き続けていた。
彼女の、耳殻に少しだけ力をこめて歯を立てると
あ、とキミのくちびるから小さな声が零れた。
感じてるんだね。
なのにキミときたら、ここ数日オレを拒んでばかりで。
きっと、そいつの所為だね。
ゴメンネ。クラピカ。
キミは、少しも悪くないのにね。
オレがちゃんと、そいつを殺してあげるから。
だから、もう安心していいよ。
そんな奴の為に、キミが悩んだりすることなんてないんだから。
だから、今はふたりで楽しもう。
何もかも忘れて。
後はオレが何とかするから。

「クラピカ、スキだよ。愛してる。だから、もっとオレを感じて」
クラピカを後ろ向きに抱き膝上に乗せて深く穿つと、目の前の
鏡の中の彼女が嬉しそうに小さく微笑んだ。
鏡に映る彼女の反応を、確かめるように敏感な箇所を刺激する。
「あっ…」
熱い吐息と荒い呼吸しか聞こえない室内に、くちゅり、と
彼女から溢れ出た熱い蜜の音が卑猥に響き渡った。
繋がったふたりの身体の中心から流れ出た、と思うだけで酷く
脳の奥が痺れた。
「ん、んん…あ、はぁ…」
一層深く穿つと、彼女の深く濃い緋色の瞳が愉悦の雫に潤んで濡れた。
あぁ、ダメだよクラピカ。そんな瞳で見つめられたら……
またすぐに、達してしまうよ。
すごく辛かったけど、我慢した。
キミを先にイカせてあげたいからね。
それでも、彼女との数日振りのセックスはあまりに甘美で刺激的だった。
だから、一回目はすぐに達してしまったけれど。
でも大丈夫。すぐに、力を取り戻すから。
何度だってキミをイカせてあげられるよ。
だから、ねえ。クラピカ。オレの名を呼んで。

「クラピカ、名前…呼んで。オレの。いつもみたいに」
くちびるを寄せて、耳元に荒い呼吸で低くささやいた。
それから耳朶に首筋に、音を立てて口付けた。
顎を引き寄せて、紅く濡れたくちびるにも。
少しの刺激も、今のクラピカには強すぎるらしい。
白い喉元を震わせて、掠れた声でオレを呼んだ。
「クロロ…クロ、ロ」
「うん」
「あぁっ…クロ」
「クラピカ…」
オレはクラピカとふたり誓いの楔を、胸に差し込んだ夜を
思い出していた。
あの晩、彼女を抱きながら酷い嫉妬心に狂いそうになった。
もしクラピカがオレを裏切ることがあったら、と。
絶対に許せないだろう、とも思った。
百夜この腕に彼女を閉じ込めて抱き潰してしまうだろうと。
今、それが現実になろうとしている。
クラピカの所為じゃないって、ちゃんと判ってるんだ。
でも、許せない。
オレ以外の誰かが、キミの甘い声を、匂いを味わった奴が
いるなんて。もう、キミを一人にしない離さない。
黄金の鎖でキミを繋いで永遠に閉じ込めてあげる。
だから安心していいよ。オレが守ってあげるから。
キミを苦しめるすべてから。 この世のすべての魑魅魍魎から。
金糸の髪が、しっとりと濡れて薄紅色の頬にかかっていた。
指先で梳かして、綺麗な顔をじっくりと見つめる。
彼女は本当に美しい。この世の誰よりも。
「クラピカ…」

あれから幾日過ぎたのであろう……。
ヒソカとの取引は、三日後だった。
もうとうに過ぎているのかも知れない。
あれから幾度か、陽の光が明り取りの小さな窓の隙間から差すのを見た。
息苦しい…。
穢れた身体でクロロに抱かれるのは嫌だった。
クロロはあまりに純粋すぎる。穢れを知らぬ幼子。
無垢の魂。
うしろめたさで、心臓を握り潰されそうな痛みを感じる。
それなのに私は…。
こんなにも苦しくて痛みを感じるのに、この身体はその刺激に
素直に反応してしまう。
いつだって。誰にだって。

早く、早く…。
「…クロロっ」
「あぁ、ここ感じるんだね?」
違う。
くちびるを噛締めて、小さく頭を振った。
もう終わりに……。
こんなのは違う。

クロロの指先も腕の力も、くちびるも優しいのに。
それなのに…。
クロロは私を離さない。片時も離れない。
許さない…。
繋がれた右手が重い。身体の自由がきかない。
「あっ…」
濡れた感触が頬をなぞった。
その淫らさに全身が戦慄いた。
淫らな身体……。
何処までいきつけば。
いつになれば、身体中から迸るような熱が引くのであろう。
「はぁ…あっ、あぁ…っ」
落ちていく。
背徳という名の暗闇に。
それでも孤独でいるよりは…。
一層、良い。
抱締めて。
心が壊れてしまわないように。
もっと。もっと、きつく。
「あぁ、っ…してる。…愛してる…クロ、ロ」

キミのくちびるから零れた言葉。
オレを愛してると。
その言葉に偽りはないって言い切れる?
信じても良いの?
キミのすべては、オレのものだと約束してくれる?


制約と誓約の楔で、繋がった二人の魂。
これ以上はないくらい堅く結ばれているというのに。

「ほら、これ綺麗でしょ。キミに似合うと思ったから」
男はそういうと、クラピカの白い首に、それを巻き付けた。
ヨークシンは基より、世界的に名高いオートクチュール店が最新のコレクションの為に発表した物らしい。
「オレの念を篭めてあるから」
堅剛な黄金細工の鎖に、念を篭めたそれは簡単には外すことなど出来はしないのだろう。
クチュールを象徴する紋章が、鎖の中央で揺らめいていた。
「右手を拘束するだけでは、足りないのか?」
鏡越に視線だけを合わせて挑発する。
男は、そんなつもりじゃないと肩を竦めてベットの上に腰掛けると、
「おいで」と、両手を広げて微笑みを浮かべた。
軽い戦慄き。引いたはずの熱が、再び身体の芯から全身へ広がっていく。
促されるまま、引き寄せられるように男の懐に身を預けた。

「とうとう、あのお嬢ちゃん来なかったねぇ……」
時間潰しに始めたトランプタワーは、この日何度目かの完成を迎えようとしている。
ヒソカは二度目の取引に指定した、ホテルの一室で独りごちた。

もしかして……もう、クロロにばれちゃったのかねぇ。
それならそれで、面白くなってきたよ。
あぁ…、もう考えるだけで、ボクの身体が熱くなっちゃうよ。
ホントにキミたち二人はボクを飽きさせない。
嬉しいくらいにねぇ……。

抜き取ったカードを一舐めし、そのまま部屋を後にした。
向かうべきは、クロロとクラピカのいる場所。
この男は、いったい何を考えているというのであろうか。
不気味な静寂とジョカーだけが一室に残された。

嫌な予感がした。
否、確信といっても過言ではないであろう。
クロロも、きっと感じているはず。
だが、それが何であるかは、まだ気付いてはいないようだ。
それでいい。
知られてはならないのだから。
これは私の問題なのだ。
一人で解決しなければならないのだ。
クロロに抱かれ続けて、危うく己の成すべきことを忘れるところだった。
このまま此処で、二人背徳的な行為に溺れてしまうところだった。
何とか、此処から抜け出さねばならない。
…けれど、今の私には自由がない。
どうやって抜け出す…。
念の篭ったこの首飾り、腕に巻き付けられたこの蔦を、どうやって外すか。
否、考えている余裕などない。
奴が来る前に、私から会いに行かねば。
クロロに会わせてはならないのだから。

「クラピカ、何を考えてるの?」
クロロの声を遠くで聞いているような気がした。
こんなにも傍にいるというのに、今のクラピカにはクロロの声すら届かない。
肌蹴た肩口に、口付けを落とされ初めて気付いた。

ぞくり、と響いた…。

すべての思考回路が遮断される。
何も考えられなかった。
余裕すらなかった。

出来たのは、ただ一つだけ。
その戦慄きを受け入れることだけだった。

男のくちびるが、肩口から首筋を伝いあがってくる。
言葉の代わりに、口付けで問うてくる。
リズムを持たぬ言葉の代わりに、小さく音をたてて。
煽られ熱を持った肌上を、慈しむように滑る濡れた舌先。
あまく歯をたてられ、全身に痺れを感じた。
鼓膜に直接響く、淫らな音。
視界に入る、卑猥な舌の動き。
鏡に映った己の瞳…。
蒼から紫掛かった紅。
そこから緋色に変るまで時間はいらなかった。
どこか他人ごとのように、それを見つめていた……。

濡れた瞳。
緋の眼に変る一瞬に見た幻影。
闇色の中でも、はっきりと認めた。
美しいと思った。
それは本当に、ほんの刹那に見えた色。
蒼と緋の交じあう瞬間にだけ見せる色彩。
生ける最後の緋の眼の一族、クラピカだけが持つ至上の宝石。

囚われたのはオレの方。
クラピカの放った制約と誓約の楔、念の篭った黄金の首飾り、そして腕に絡みついた念樹の蔦。
なにより、こうして今も二人は深く繋がっているというのに……。
いつかオレのもとからすり抜けていってしまうのではないか、と怯え続ける日々。
彼女の魅せる一瞬の色のように、この手に留めておくことなど出来ぬのかも知れないと……。
産まれて初めて、恐怖を感じた……。

快楽の中でも感ずる恐怖の念。
何も考えられないというのに、この脅威だけは何処までも私を追い詰めて離さない。
私はまた大切な人を失うのかもしれない。
否、クロロのことは何が有っても、守り抜く自信はある。
だが、……真実を知られれば決して許してはくれないであろう。

どちらにしろ、失う。
だが、一層良い。
大切な人をまた死せる苦痛を味わうよりは。
喩、もう二度とは生きては再び逢えぬとしても。




ああ、そうだとも、…
その方が、一層良い、……。



すべてが、吹っ切れた。
一層、清々しいまでに。

笑みが零れた。
紅く濡れた唇から、……。
みたこともないような嫣然とした微笑。

ああ、本当に……
ため息がでそうなほど嫣然と。

頭の血管が今にも、はちきれんばかりに脈打つ。
鼓動が早まる。
どうしていいか分らないほど。
絡みついた白い腕を引き寄せ、より深く穿ち繋がった。
胎内の奥深いところまで己を埋め込めば、この昂ぶりもおさまると思った。
けれどそれは単なる思い込みで、意思には従ってはくれない。
いつの間にか、主導権はクラピカの手に渡っていた。
唇の隙間から僅かに見える濡れた紅い舌先に呼気が乱される。
たどたどしいまでの、その愛撫に身体中が戦慄いた。
堪え切れず、主導権を取り戻そうと足掻いた。
けれど、クラピカはそれを許さない。
堅く屹立した幹に、あまく歯をたてられ舌先で弄ばれた。
深く浅く強弱をつけて分身をくわえ込まれ、あっけないほど簡単に達した。

けれど彼女の挑みかからんばかりに挑発的で射貫くようなその視線。
口端から伝い落ちる、己自身の白濁した体液を見せつけられ果てたばかりの
分身は驚くほど素早く力を取り戻していく。
それほどクラピカのその姿は煽情的だった。

音が聴こえる。
触れられ震えるたびに聴こえる金属のすり合う音色。
規則正しいリズムに乗って、……
シャラリ、シャラリ
シャラリ、シャラリ
心地よい響きに耳を傾けた。

もう少し。
あと少しだけ……。

「クロロ、この蔦と首飾りを外して欲しい。約束する。お前の下から離れたりはしないから」
「駄目だよ、クラピカ…」
困ったような笑みで、男は左右に首を振った。
仕方がない。
クロロがこれを外さぬ以上、自力でせねば。
心はもう既に決まっている。
隙をみせたその時、ここから遠ざかる。
お前の為に。
違う、これは自分自身の為なのだ。

最後であろう。
顎の線をなぞりあげた。
掌に吸いつくような美しい肌。
一つ一つ確かめるように、指先に記憶させていった。
忘れないように。
これがきっと最後の契りであろうから。

愛してる。


小さく呟いた。


眠るクロロの唇に、口を重ねて、


最後の口付けを落とし、念樹の蔦を、黄金の鎖を……




互いの胸に刺した誓約と制約の楔を、静かに……

……引き抜いた。