「ねえ、貴方はオシャレしないの?」
ボスは気まぐれだ。
買い物に行きたいと言われて車を出せば、突然トランプ大会がしたいだとか、
高級イタリア料理が食べたいと言われて手配をすれば、やっぱり和食だとか。
その気まぐれに付き合わされる者の身になって欲しい。
バショウもスクワラもうんざりしていたが、皆何か想いがあるのだろう。
心の中で悪態はつくものの、いつも彼女のワガママに従っている。
私もボスの機嫌を損ねるようなことはなるべくしたくない。
したくないが・・・
「ねぇ。お化粧しない?」
私は組に与えられた二畳半ほどの私室にいた。
窓とベッドしかないこの部屋にボスがいきなり訪れた。
バショウにショッキングピンクのドレッサーを担がせて。
呆気にとられた私はとりあえず立ち上がった。
「ボス、まだ仕事中だったのでは・・・」
冷静を保っていたが内心気が気でなかった。
今なんと言った!?
お化粧!?
この私が?
いや、それより・・私が女だと知っているのか・・?
「仕事?疲れちゃった。それに、この人が面白いこと教えてくれたしぃ」
この人とはバショウのことだ。
やっぱり父親につけられたボディーガードの名前を覚える気はないらしい。
バショウがうっかり口を滑らしたようだ。
一瞥するとすまなさそうに目を下にそらした。
「いけません、ボスが仕事を終えなければ私たちもボスのお父様も困ります」
いつもの口調でネオンをなだめようとするが
ドレッサーまで運ばせる本気な彼女に何を言っても無駄らしい。
「後でちゃんとするもーんっ」
口をとがらせた彼女の手にはいつの間にか化粧下地とファンデーションが。
「しかし・・・」
「あんまり逆らうと、パパに言っちゃおうかな?貴方が女だって」
何を言うのかと思えば・・・
頭が痛くなってきた・・・。
男だと思っている今でさえ不愉快な嘗め回すような視線を送ってくるあの男に女であることをバラされたら最悪だ。
ボスも分かってて言っている。
「お化粧させてくれたら満足して仕事するよ、てゆーかさせてくれるまで仕事しない!」
追い討ちをかけるお姫様ネオン。
バショウはますます申し訳なさそうにしている。
どうやら私に選択権はないようだ。
「分かりました・・・好きにしてください」
「やったぁ〜!腕がなっちゃう!」
観念すると彼女はやっとドレッサーを床に置かせた。
私がボスの部屋に行くにはライト・ノストラードの許可がいる。
だからわざわざこちらまで来たのか。
私をドレッサーの前の椅子に座らせると髪を触り始めた。
鏡越しにバショウがドアの前に立っているのが見える。
「貴方の髪、サラサラ。いいな、金糸みたい、憧れちゃう」
うっとりとしたネオンが何度も私の髪を掬う。
父親にも同じように髪を掬われたことを思い出す。
『お前の髪は金の糸のようだ』
『そんな細い身体でボディーガードが勤まるのか?』
『戦闘員よりお前はむしろ・・・いや、今はいい・・いずれ・・・』
あの男に言われたことを思い出して寒気がした。
「きゃー!肌綺麗!なんでニキビとかないの?」
はっとするとボスが初めて見た私の額をべたべた触っていた。
「元が綺麗よね。目がこんな大きくて鼻は小さくて、口はツンとしてて・・
初めてみたとき人形みたいって思った。二つの意味でよ。」
私が黙っているとボスが化粧道具を一式取り出した。
「よーし、もっと綺麗になるからね」
エリザを呼ばれなくてつくづくよかったと思う。
隠しているようだがスクワラと二人は恋人同士だろう。
スクワラや他の組員に女だとバレたらこれから都合が悪い。この世界でも動きにくくなる。
そう考えるとなんてタチの悪い相手にバレてしまったんだろう。
これからこれをネタにワガママ放題するかもしれない。
「目つむって、ラインが引けない」
言われるまま目を閉じた。
顎をつかまれて、まぶたにアイラインを引かれる。
そのあと、また彼女の手が私の顔をべたべたと触る。
「ファンデしても吸い付くような肌って素敵。どこの化粧水使ってるの?あ、目開けて。次はマツゲね」
ネオンが嬉々として片手にマスカラを持つ。
「あいにく化粧水は持っておりません」
冷たく答えると「女の子としてありえない!」と騒ぎ立てた。
「恋人とか好きな人とかいないの?」
それから、グロスを塗り始めた。
「そのような者はいません。」
ふと誰かが頭に浮かんだような気がするが誰だか分からない。
「つまんない!でもモテるでしょ?ファミリーの中の人に告白されたことないの?」
「・・・・」
価値観が違いすぎる相手と話すのは心底疲れる。
マフィアの護衛団と学園ドラマをごちゃまぜにするのはやめてほしい。
「・・いえ、ありません。皆真剣に仕事をしておりますので。」
「ふーん、つまんなーい」
皮肉をこめた言い方だったか気づいた様子もなく化粧も仕上げに入っていった。
もう少しで終わりかと思うとほっとする。
鏡に映る私の顔に違和感を感じる。私が私でないみたいで目線をそらした。
「よし!」
ボスの手が止まった。どうやら完成したらしい。うっとりした目で彼女が見ている。
「すっごくイイ。みんなに見てもらいたい。ね、お洋服買いに行こうよ」
何を言い出すのかと思った。女とバラすと脅してこんなことをしたのではないか。
「ボス困ります!済んだら仕事をする約束です!」
「だめよ、そんなボロ服じゃあ顔が浮いちゃうもん、もっとセンスいいの着せなくちゃ」
「なっ・・!」
大切なクルタの民族衣装を貶されてカッとなったがバショウに肩をつかまれた。
「あ。ね、おじさんも可愛いと思うでしょ?」
「え?」
ネオンにそう言われて化粧してから初めてバショウはクラピカと目があった。
いつもよりもさらに白く滑らかな肌、ひそめた整った眉、より大きくなった綺麗なキツめの目、少しかみ締めたぷるぷるの唇、薔薇色になった頬・・・
「え・・ええ・・・」
バショウは自分が恋に落ちたのを感じた。
可愛げねぇ ガキだと思えば ストライク
「ほらぁ、買い物行こうよ。」
「ボス、困ります・・部屋から出れません」
そういうとやっと思い出したようで、
「あ、そっか、バレたら困るんだっけ。忘れてた」
あっけらかんと言うネオン。
「大丈夫よ、ちゃんと変装グッツあるんだから(パパの監視から逃れる用なんだけど)」
「な・・・」
ボスは何を言っているのか。
変装してもこの屋敷出れない。見知らぬ者が屋敷にいる、とダルツォルネに厳しく尋問されるだろう。
それにこれから彼女の父親に呼び出されている。
何の用だかは知らないが、これからのことで確認したいことがあるそうだ。
「部屋にあるからとってきたげる!おじさんも来て!結構あるの!」
すっかり興奮したボスは私の制止の声も無視してバショウを引っ張って出て行ってしまった。
「はぁ・・・」
帰ってきたらなんとかなだめよう・・。
だが、もし買い物に付き合わないとバラすなどと言われたらどうすればいいのか。
私は鏡の中の自分と向き合った。
再びため息が出た。
その時、突然誰かがこちらに近づいてくる気配がした。
「いるの?クラピカ」
私達の私室に鍵などついてはいない。
入ってきたのはヴェーゼだった。
とっさに立ち上がり背を向けた。
「あら、これってボスのドレッサーじゃない。」
ヴェーゼがピンクのドレッサーに気がついて言った。
「ボスが先程までここにいた。」
「そうなの?ドレッサーを連れて?ねぇ」
肩をつかまれ振り向かされる。
「あら!」
私の顔を見て驚いた様子だ。
「まるで女の子みたいよ!ボスにやられたのね。納得、あなた可愛いからね」
ヴェーゼの言葉にほっとした。
私を少年と信じて疑わないようだ。良かった・・
そう安心したのもつかの間、
何の用かと聞こうとするとヴェーゼが襲い掛かってきた。
「な、何をする!?」
不意のことにベッドに横向きに沈むことになった。
「何って・・キスよ。あなたなかなか一人にならないからずっと待ってたのよ」
「やめ・・っ」
初日の面接の時に見た彼女のキスの恐ろしい効果を思い出し抵抗する。
「あなたみたいな美少年が私の下僕になるのってたまんないのよねぇ〜」
そういいつつヴェーゼの手が私の上着をずらし、服の中に手を入れまさぐり始めた。
「あ・・・っ」
「あら可愛い、顔も声も女の子みたい。さあキスするのよ」
ヴェーゼが顔を近づけてくる。
「やめっ・・ろ!」
女性を殴るのは気がひけて本気で抵抗できなかったが
ここまでされるともう我慢できずヴェーゼを突き飛ばした。
「いい加減にしてくれ!」
そういって部屋の外に出た。
(とりあえずセンリツに匿ってもらおう・・)
ため息をはいてセンリツの私室に急ぎ足で向かった。
まさかヴェーゼがまだ私の唇を狙っているとは思っていなかった。
きっと彼女はまた仕掛けてくるだろう。気をつけなくては。
「クラピカ」
ちょうどセンリツの部屋をノックしかけたときだった。
低く重みのある声が私を呼んだ。
ライト・ノストラードだ。
「こんなところで何している。時間通りに来いと言っただろう」
もうそんなに時間が経ったのかと思い振り向く。
「どうしたんだ、その顔は」
驚いた雇い主の言葉に自分が化粧をしたままであることを思い出した。
「これはお嬢さんに・・・」
「ネオンが?仕事は終わったのかアイツは・・」
ぶつぶつと呟くノストラード。
そうだ、もう変装グッツなんかを揃えて戻ってきているかもしれない。
私も一度部屋に戻らなくては・・・
「あの、」
切り出そうとした途端、腕をつかまれた。
「なぜ着衣が乱れている」
厳しい目で私を見ている。
急いでいて服を整えるのを忘れていた。
「あ・・・」
何と言っていいのか分からず困惑した表情で見つめ返した。
誤解をしたノストラードの手の力が強くなる。
「意外に浅はかなんだな」
「違っ・・」
「さあ、用事を済まそう。来るんだ」
振り払うわけにもいかず、腕をつかまれたままノストラードの部屋へと引っ張られた。
「ボス・・っ、違います、これは・・」
腕を無理に引かれて歩きにくい状態のまま雇い主に訴えるが足は止まらない。
「違う?まぁいい、これから確かめるまでだ」
「!」
この男のこれから始めようとしていることが分かり顔が青ざめる。
くそっ、ただ服を整えていなかったばかりに・・、とクラピカは唇を噛んだが
ノストラードは最初から今日その予定で彼女を呼び出したのだ。
これからのことで確認したいことがある、というのはノストラードとクラピカの関係のことを言っていた。
ノストラードの部屋の前にはダルツォルネが立っていた。
「ボス、お戻りですか」
「ああ、これからクラピカに夜伽の相手をさせる。電話はつなぐな」
「なっ・・嫌・・・!」
思わず言葉を失い一層顔が青くなる。
「かしこまりました」
淡々と応対するダルツォルネを見て、より恐怖が増した。
腕を振りほどこうとするとダルツォルネに強く掴まれた。
そして耳元で囁く。
「お前はいずれそうなる予定だった。諦めろ・・」
私はただ目を見開いた。
キィ
ダルツォルネが扉を開け、私はノストラードに中へ押しやられた。