薄暗い部屋の中、2つの熱い呼吸が絡み合う。
ベッドに横たわる私の身体は、愛しい男と重なり合っていた。
「っ…クラピカ…」
熱をもったレオリオの声が耳に届く。
「んっ…あ…レオ…リオ…っ!!」
私は飛びそうになる意識を必死に保ち、とぎれとぎれの声を発する。
レオリオが私の中で動く度、身体がとろけてしまいそうな感覚が起こる。必死でレオリオにしがみついた。
「レ…オリオ…レオリオ…!!」
「クラピカっ…!!」
身体に押し込められたもどかしい感覚が解放され、絶頂を迎える。
「は、あ、ああっ…!!」
頭の中が真っ白になった。意識が遠のいていく。



私は気づくと、ぼんやりと霞みがかった空間に立っていた。
ここはどこだろう、私はなぜこんなところにいるんだ?

『…ピカ、クラピカ…』
誰かが私の名を呼んでいる。一体誰だろう。
聞き覚えのある、優しくて懐かしい声。
徐々に霞みが晴れてきた。辺りは見覚えのある景色へと変わっていく。
それは私の生まれ故郷、懐かしいクルタの里にそっくりだった。

『クラピカ』
声の主が姿を現す。そこにいたのは、私と同じ金髪を携えて、クルタの民族衣装を身に纏い、
慈愛に満ちた表情をした女性。

私の母だった。幻影旅団に襲われた際、天に召された私の母。
そして母が呼びかける先には、同じ金髪を携える幼い少女がいた。
その少女は「私」だった。5歳くらいの、幼い日の「私」。

『母さま!』
「私」は母の呼びかけに応え、うれしそうにそばへ駆け寄る。
『クラピカ、もう帰らないと。もうすぐ陽が暮れますよ』
『「たんれん」をしていたら、いつのまにか暗くなってしまったのだよ!』

母は「私」の目線へ合わせるためにしゃがみ込み、顔を覗く。
『熱心ね。その中で目指すものは何?あなたは、何のために「たんれん」を重ねるの?』
揺らぎが無く、芯の通った真っ直ぐなまなざし。そうだ、母は子ども相手でも、大人と対等に扱うような人だった。

『わたしは、大切な人を守れるような人になりたい。だから、日々「たんれん」を積むのだよ!』
「私」のキラキラと輝く瞳を見て、母は柔らかく目を細める。
『そう、それは素敵な目的ね』
手を伸ばし、慈しむように「私」の頭を撫でる。

満足そうな表情をする「私」は、逆に質問を返す。
『母さまは、わたしに将来どんな風になってほしい?』
母はゆっくりと一回、瞬きをすると、ふわりと微笑みながら視線を合わせる。

『母さまは、』
その瞬間、強烈な風が吹き突けた。母の身体は砂のようにさらさらと崩れ去り、跡形も無くなる。
辺りは闇に呑まれ、視界は血のような赤に染まった。
幻影旅団の襲来。同胞は皆、命を落とした。しあわせな世界の終焉。

「私」は暗い闇の中で、独りぼっち。
気付くと「私」はいつの間にか、5年前の襲撃当時の姿になっていた。
『…や…いや…いや、いや、いやあああああああああ!!』
心の底からの悲痛な叫び。「私」がその場に崩れ落ちるのを見ながら、呆然と立ちすくむ。

涙で視界が歪む。眩暈がして立っていられない。
苦しい、息ができない。助けて、誰か、助けて。

「…ピカ、クラピカ…」
誰だ?また誰かが私の名を呼んでいる。
この声もまた、優しくて懐かしい。絶望の暗闇に、一筋の光が差し込む。

暖かく、大きな手の感触が頬に触れる。
恐る恐る目を開くと、心配そうなレオリオの顔が視界に入った。
「レ…オ…リオ…」
発した声は震えていた。息切れして胸が上下し、全身には汗が浮かんでいる。
「大丈夫か、クラピカ…眠っていたらいきなり苦しみ出して…
 怖い夢でも見たのか…?」
優しい手付きで頭を撫でられる。
強張っている身体の力が、どんどん抜けていくのを感じた。
「…ああ、底無しの闇に墜ちていくような、怖い夢だった」

でも、もう大丈夫だ。隣りにはお前がいる。闇から引きずり出して、暖かい光を与えてくれる。
私はもう、独りぼっちじゃない。

レオリオの身体に腕を回して、ぎゅっとしがみつくと、彼の方からも力強く抱き返される。
私の呼吸と心音が穏やかに戻った頃、互いに抱き寄せあう腕が緩められた。
どちらからともなく、口付けを交わす。
軽くついばむものから何度も、角度を変え、徐々に深く、長く。

気付くと、レオリオの愛撫によって再び息が上がっていた。
敏感な場所に触れられ、身体が反応する。火照った身体は高みに追いやられ、やがて眠りへと誘われる。

甘くけだるい意識の中、夢の続きを見た。
『母さまは、わたしに将来どんな風になってほしい?』
さっきと同じ夢、同じ台詞。
『母さまは、』
でも、今度はここで途切れたりはしない。

『母さまは、あなたにしあわせになって欲しい』
きっぱりと、しかし優しい口調で母が語りかける。幼い日の懐かしい記憶。

母さま、私は今、しあわせです。
私がそう言うと、母はこちらを向いてやさしく微笑みかけた。
『よかった。これからも、しあわせにね』
母の姿は淡い光となり、周りと馴染んでいく。それは、母から私へ向けた、祝福のように思えた。



目が覚めると、辺りは朝の柔らかな光に包まれていた。
隣りで熟睡するレオリオを見ると、寝相が悪いために変な体勢で眠っている。思わず吹き出した。
愛しい男にそっと口付けをして、小さく微笑む。

「私は今、しあわせです」
かみ締めるように、ゆっくりと呟いた。
大切な人とこれからも、いつまでも。


[ end ]