長い雨が降り続けるヨークシンシティ。
旅団に捕らえられたゴンとキルアを救出するべく、クラピカたちは動いていた。
今、クラピカは一人、ベーチタクルホテル内で人気の無い、従業員ロッカールームにいる。

クラピカは、ホテルの女性従業員に成り済まし、ロビーに紛れ込むことになった。
敵を、鎖”野郎”として認識している旅団の目を欺くには、最も適した変装と言えよう。
ホテル受付の”女性”として、いかに違和感なくとけ込めるかが、重要になる。

蜘蛛が到着するまでに準備をしなくては。時間は限られている。
クラピカは身に付けている衣服に手を掛け、手早く脱ぎ捨てていく。
雨の中駆け回ったおかげで、水を吸った衣服は肌に密着し、動く度にぽたぽたと水滴が垂れた。

身に付けているものが下着のみになったところで、クラピカは一瞬手を止める。
盛大に降っていた雨のせいで、染み込んだ水は一番下に着込んだ下着までも、ぐっしょりと濡らしていたのだ。
このまま受付の衣装を身に付けては、そちらの布が水を吸収してしまうだろう。
「…ちっ」
仕方がない。小さく舌打ちをし、濡れた下着を脱ぎ捨て、用意した衣装に袖を通す。
素肌の胸をブラウスが、むき出しの尻をタイトスカートが包み込む。

コンコン。ちょうどジャケットのボタンを閉めたところで、ロッカールームが小さくノックされた。
「オレだ。入るぞ」
「ああ」
室内に入ってきたレオリオは、受付嬢姿で立つクラピカを見ると、にっと笑った。
「おーっ、似合うじゃねえか、花形受付嬢!でもよ、スカートちょっと短くねえか?」
緊張を取ろうとしてくれているのだろうか。緊迫した状況にそぐわない、少しおどけた口調で褒める。

しかし、ただでさえ慣れてないスカートなのに、中に何も身に付けていないせいで、余計に違和感がある。
スースーするような、変な感じだ。いや、そんなこと気にしている場合では無い。
平常心を保つことを意識せねば。
「…違和感が無ければ、これで大丈夫だな」
発した声が思ったよりも強ばってた。いつもと違う声の震え。私は緊張しているのか。
ゴンとキルア、私に2人の命が懸かっている。そう思うと、心臓の鼓動がより早く、大きくなった。

「おう。あとは軽く化粧しなきゃな」
レオリオは左手に提げている、ドラックストアのビニール袋を軽く持ち上げた。
「お前化粧慣れてないだろ。時間無いし、オレがやってやるよ。ほら、椅子座って」
お前だって化粧なんてしないだろうが。そんな言葉が頭の中に浮かんだが、正論であるように感じた。
自分が上手く、しかも手早く化粧を施せるとは思えない。素直に椅子に座った。


レオリオはクラピカの前にしゃがみ、開封したての口紅を繰り出す。
顔が近くに寄り、彼の真剣な顔が視界に入る。何となく目を合わせにくい。視線を上にずらして顔を見ないようにした。
「ちょっと口開いて…よし、出来た。次は髪の毛な」
レオリオが背後にまわり、正面にある鏡を見ると、唇が綺麗に彩られていた。手早いのに上手いものだ。

「…なあ、やっぱり気になるんだけどよ」
ブラシと手でクラピカの髪を束ねながら、レオリオが口を開く。
「何だ?作戦で気になる点があるなら、今の内に言ってくれ」
「いや、そうじゃなくて…、やっぱりスカート短すぎねえか?」
自分の脚に目をやると、膝上のスカートは座ったことで更に上に持ち上がり、白い太股の半分程が露になっていた。
普段、露出の少ないクラピカからすると、かなりのサービスショットと言える光景である。

「…すっ、好きで出している訳では無いっ!見るな、この万年発情期が!」
顔を赤くしながら、慌てて持ち上がったスカートを手で無理矢理に下へ引っぱる。
「動くな動くな。せっかく出来たのに崩れるだろ」
パチン、とウィッグを止め、「完成」とクラピカの肩を両手でポンと叩いた。
「スカート慣れて無いだろうけど、絶っ対!座る時に脚開くなよ。うっかり中見せるなんて無いようにな」
「分かっているっ!誰がわざわざ見せるか!!」
そういえば、スカートの下は何も身に付けていない。
それを見透かされたようで、余計に恥ずかしさがこみ上げてくる。カーッと全身が熱くなった。


「…それだけ反論する元気があるなら大丈夫だな」
はっと振り返ると、少しほっとした表情のレオリオは立ち上がった。
「大丈夫だ。ゴンもキルアもきっと無事に助かる。オレとセンリツもついてる。落ち着いて行ってこい」
ああ、そうだ。私は1人で2人の命を背負っているのではない。心強い仲間がいるではないか。
そう思うと、自然と気持ちが落ち着いてきた。固く握りしめた拳から力を抜く。
「ああ、…ありがとう」
ふっと笑ったレオリオは片手を上げ、ドアの方へ歩いて行く。ドアノブに手を掛けたところで、こちらを振り返った。

「あと、ナマ脚の受付嬢はマズいと思うぜ。そんな脚を見せつけてると、客にセクハラ受ける危険度も上がるからな。
 ストッキングも買ってきたから履いとけ。特にオヤジの客には注意し…」
「オヤジはお前だろうがっ!」
レオリオの言葉を遮り、そばに置いてあったブラシをレオリオの方へ投げつける。
さっと部屋の外に出てドアが閉められ、ブラシはカンッと軽い音を立てて床に転がった。


「まったく…」
あれは心遣いなのか、本音なのか。クラピカの顔に苦笑が浮かぶ。
目を閉じて大きく深呼吸をし、立ち上がる。開いた瞳は真っ直ぐと、前を見据えていた。

廊下に出たレオリオは、肩の力が抜けたクラピカの姿を見て安堵の表情を浮かべた。
きっと大丈夫だ、上手く行く。ゴン、キルア、絶対助けてやるからな。

(それにしても似合ってたな…。受付嬢で会ってたら、オレ絶対ナンパしてるわ)
こんなことを考えている場合では無いのだが、一度思い返したクラピカの受付嬢姿が頭から離れない。
(絶対スカート短すぎだよな。ちくしょう、あの綺麗な脚みんなに見られるのはもったいねーなー)
ドアの前に立ったまま、悶々とした思考を巡らせる。

ここでふと、自分のポケットにあるものを入れていたことを思い出す。
(おっと、クラピカに渡すの忘れてたぜ)
ホテルの全従業員が身に付けているスタッフバッジ。些細こととはいえ、どんな僅かな不安でも取り除いておく必要がある。
ちゃんと渡しておかなくては。勢いよくロッカールームのドアを開ける。
「クラピカ、渡し忘れ…て…」
目に入ってきたクラピカの後ろ姿に唖然として、言葉が途切れる。

そこにいたクラピカは、パンティストッキングを履いている途中だった。
ストッキングは太股の途中で止まっており、これからその上に引き上げようとしているため、スカートの裾はたぐり上げられ、
下着を付けていない、真っ白で弾力のありそうな尻が丸出しになっていた。
引き締まった伸びやかな脚から尻の双丘にかけるラインの健康的な美しさと、
脚にまとわりつくストッキングやスカートの乱れ方が相まって、不思議な艶かしさが漂っていた。

振り返ったクラピカ、その姿から目を離せないレオリオ。
2人の思考が止まる。一瞬の沈黙。





その後、眼を真っ赤にしたクラピカがレオリオに制裁を加えたとか、加えないとか。
その制裁が、団長のコーヒーブレイク時に匹敵する程、激しいものであったという話もあるが、確かめる術はない。

数分後、身支度を整えたクラピカは、パンツスーツでロビーに現れる。
レオリオがホテル制服のパンツスーツを急いで用意したのは、自発的なのか、クラピカの命令なのかは不明である。

また、停電後の社員への聞き込みで、スーツで長身の男が腹を痛そうに抑えながら、制服を持って走っていた、という目撃情報がある。
苦痛に顔をゆがめ、しかし時折、何かを思い出したようにニヤケていたらしい。
ぶつぶつと『ノーパンはまずいだろ』『いい眺めだった』などと呟いていた、という話だ。
しばらくの間、ホテルのスタッフミーティングでは、変質者注意の伝達が行われたという。