マチは内心驚いていた。まさかクロロがそこまで落ち込むとは。そんなに自分のことを想ってくれていたなんて…。
しかし約束を反古にすればどんな仕打ちが待っているか分からない。一応形だけでもヒソカと付き合うことにしてみたのだが、昨日の事とは思えぬ程やつれてしまったクロロの事が気になって仕方がない。けれどもう少し様子をみよう。今まで自分の方ばかりがヤキモキしてきたのだから、少しはその気持ちを思い知ればいい。マチは本当の気持ちと葛藤しながらも、あくまで平常心を貫き通した。
そしてマチだけでなく他の仲間達もクロロのその状態は意外だった。
「おい、団長大丈夫かよ。」
「まさかあんなにショックとはねぇ。」
「失ってみて初めて本当の気持ちに気付いた。というところでしょうか。」
ウヴォーギン、パクノダ、シズクがこちらを見て話しているのを感じながら、マチはフフンと微笑した。
「クラピカ…まさか…クラピカが…」
クロロは話題の渦中にいることを全く気にもとめず、ただ呪文の様に繰り返した。
一方こちらでも困惑する男が一人。
「おい、お前正気か!?同情してんのなら大きなお世話だぞ。俺はポジティブな男なんだ。いつまでもウジウジ過去に縛られたりはしねーから、心配すんなよ。」
「そーいう訳では無いのだが…。とりあえずまた好きな子が出来るまで私と付き合っていれば良いではないか!」
「そんな威張って言われても。。お前はそれでいいのかよ。」
「だから良いと言っているだろ!何度も言わせるな。」
「…。そうはいってもなぁ。。おめぇ男じゃねーか。」
「うっ…。まぁ、次の相手が見付かるまでの繋ぎだと思えばいいさ。深く考えることはない。あ、でも変なことするなよ。お前から私に触れるのも無しだ。」
「なんだよそりゃ!」
同情していない、といったら嘘になる。けれどクラピカだってそれだけの気持ちであんな事を言ったのではない。
…ならどんな気持ちで?
クラピカは自問自答したが答えが見付からなかった。
「まぁ、いいじゃないか。お互い文句はいいっこなしだぞ?」
納得がいかずぶつぶつ言っているレオリオの手をとり、笑顔でそう告げた。
「!!」
その不意討ちな行動にドキッとするレオリオ。みるみるうちに赤くなっていく顔をクラピカに見られない様反対に首を傾け、小さく舌打ちをした。
「あ、俺ちょっと用事思い出したわ。」
繋いだ手からドキドキが伝わる前にレオリオはその手を振りほどき、足早に去っていった。この時程、クラピカが女だったらどんなに良いだろうと感じた瞬間はなかった。
そろそろ許してあげようかな。2、3日経って日に日に酷くなっていくクロロを見兼ね、マチがそう思い始めていたその時。
「決めた!!」
クロロが突然立ち上がり、叫んだ。
「ヒソカ!今度は俺と勝負しろ!前と同じボクシングでいい。勝った方はマチを好きに出来る!これでどうだ!」
それを聞いたマチは驚いてすかさず突っ込んだ。
「ちょ、ちょっと!いきなり勝手にそんなこと決めないでよ!ヒソカ、あんたも何とか言いなさいよ。」
「ボクはそれでいいよ♥」
そう、ヒソカの狙いは最初からそこだったのだ。ヒソカの標的はマチではなく、クロロ。元々仲の良かったクロロとマチの間に自分が割り込んでいけば、そのうちこんな日が来るのではないかと期待していた。
待った甲斐があったよ…。でもまさかこんなオイシイ展開になるとはねぇ♦
ヒソカは嬉しさで震える身体を抑えきれなかった。マチと付き合っても、以前のまま進展する兆しもなかった。クロロと戦えるだけでなく、勝った暁にはマチのことも好きに出来るなんて。ヒソカにとってこの申し入れは願ったり叶ったりだった。
又、マチも予期せぬ突然の申し入れに一瞬戸惑ったが、見方を変えれば愛の告白をされた様なものでこちらも願ったり叶ったりだった。
「うーん、まぁ私は最初からどっちでも良かったことだし、好きにすれば?」
こうしてヒソカ対クロロのマチを巡っての死闘が始まろうとしていた。
クロロ宣戦布告の情報は、瞬く間に広まっていき、レオリオの時とは比べものにならない位注目を浴びた。当然クラピカ達の耳にも入ってきたが、もう自分達とは関係の無い世界の話だとクラピカは興味を示さなかった。その一方でレオリオは何やら不満がある様子だった。
「俺の時はなんにもなかったのに何でこいつらの時になったらビラまでまかれてるんだよ。しかも観戦したい奴らが多すぎて整理券まで配ってるらしいじゃねーか!」
この試合は当事者同士だけでなく、他の人物達にも多大なる利益をもたらした。結局レオリオの言う様な整理券では納まらず、クロロの仲間達はここぞとばかりに試合観戦をチケット制にし金儲けをし始めた。
全席指定で前の列になると値段が上がった。それでも観たい人が続出し、立ち見席までが設けられた。
何枚も余分に買い込み、オークション競売にかける輩まで出始め、収拾がつかない状態にまで陥っていた。
「この学校には馬鹿な奴らが多すぎる。」
クラピカはただただ呆れていた。
そこへこんな事態を引き起こした張本人がやってきた。クロロは神妙な面持ちでクラピカに詰め寄る。
「クラピカ!!これが最初で最後のお願いだ!俺の試合を観に来て欲しい!彼と…レオリオと一緒に…。」話していくうちに消え入りそうな声になりながら、それでもチケットを二枚、クラピカの手の中に握らせた。クロロの今にも泣き出しそうな表情に、何かを察し黙って受け取った。
彼は何かを伝えようとしていた。私に。
けれどレオリオを誘うことには抵抗があった。いくら吹っ切ったとはいえ、振られた女性の、しかも一度は自分も同じ土俵に立っているのだ。しかし…。
クロロの鬼気迫る様子が少なからず気になって、ダメ元でレオリオに相談してみた。
「うーん、癪っちゃ癪だが、興味が無いわけでもない。別にいいぜ、行ってみても。」
という訳であまり気は乗らないものの、取り敢えず行ってみることになった。
−そして試合当日。
レオリオの時とは打って変わって会場前には長い行列が出来ていた。さらに中継カメラクルーまでが待機しており、異様な空気を漂わせていた。
観客は会場入りし、ヒソカ、クロロが登場すると熱気は最高潮に高まった。
会場を見渡すがまだクラピカの姿はない。クロロはそれだけが気がかりでゴングが鳴るまでクルクルと目を泳がせていた。
−カーン
「ついに待ちに待った試合が始まりました!両者一歩も譲りません!おぉっとぉ!?ヒソカ選手、不適な笑みを浮かべ、クロロ選手を挑発しております!」
実況席まで設け、かなり本格的である。しかしまだクロロの待ち人は現れない。どんなに大々的な、きらびやかな試合であろうとも、肝心な人が観てくれていないのでは意味が無かった。
敵は前回試合に勝利しているだけあって強かった。感情的なものもあって、試合はクロロ劣勢で進んでいった。
そして最終ラウンド。クロロは折れそうになる心を何とか持ち堪えていた。
その時−
「まったく!トイレに一体いつまで時間を掛けているのだ!!」
「わりぃ、わりぃ。だって久しぶりのビッグウェーブが来ちまったんだもんよ。」
「そんなことを大声で自慢するな!はしたない!」
来た!!
クロロはこれからが本領発揮とばかりに手数を増やしていった。そして二人の試合は延長戦へと持ち越されたのである。
今までの疲労がたたって二人共うまく動けない。フラフラになりながら、それでも気力で踏張った。
「おいおい、あいつら大丈夫かよ!?これ以上やったら死んじまうんじゃねーか?」
(ついこの間お前も同じ状態だったぞ、レオリオ。)
いつものクラピカだったらその位の突っ込みをしただろうが、この時ばかりは二人の試合に釘付けだった。
そして−
「クロロ選手ダウーン!!」
「1、2、3!」
レフェリーがカウントをとり始める。
その時だった。
「おい!クロロ!!情けないぞ!好きな女性を守るんだろ!立て!立ち上がれ!」
いとおしい人の声が耳に響く。クロロは無意識のうちに立ち上がっていた。
そして相手を睨み付けながらブツブツ何か言っている。
「…だ。愛だ…愛してるんだー!」
そう叫んだかと思うと、クロロのパンチヒソカの顎を直撃した。
あたりは静寂した空気に包まれた。
「…。」
「…やりました!!クロロ、クロロ選手勝利です!!一発KO勝ちです!」
「ワーッ!!」
観客は総立ちで興奮している。
マチは感動のあまり目にうっすら涙を浮かべていた。「クロロ!!」
たまらずクロロに駆け寄る。
「ちぇっ。結局2人ののろけを間近で見させられただけじゃねーか。行こうぜ、クラピカ。」
レオリオはふてくされながらも、けれどちょっぴり熱くなってしまっている自分への照れ隠しの為、憎まれ口を叩きながら席を立った。
その時突然、クロロが実況席のマイクを奪い叫んだ。
「待て!!まだ終わっていない。俺は約束した!勝者はマチを好きにできると。そうだろ、マチ。」
「う、うん。」
「ならばそうさせてもらう!マチ、お前はヒソカと別れろ!そしてそこにいるレオリオと付き合え!!」
「は?」
マチ、レオリオ、クラピカ、そこにいた全ての人が耳を疑った。
「な、何言ってんだ、おめぇ。ボコボコにされ過ぎて気でも違ったんじゃねーのか?!」
最初に口を開いたのはレオリオだった。
「いや、俺は至って正気だ!そして本気だ!お前はマチが好きだったんだろ?望みが叶ってよかったな。」
「冗談じゃない!!酷い茶番だ!付き合いきれん!!帰るぞ、レオリオ!!レオ、リオ…?」
クラピカは声を荒げたが、レオリオを見ると目が泳いでいる。
「…ごめん、クラピカ…俺…。」
こいつ…嬉しそうである。クラピカの身体がワナワナと震え出す。
「貴様というやつは…!プライドというものは無いのか!!恥を知れ!!!」
クラピカのパンチにレオリオは遠くまで飛ばされた。それは、ヒソカよりも、クロロよりも、誰よりも力強いパンチだったという。
つづく