次の日クラピカは憂鬱な気分でゴン、レオリオに誘われるがまま、カフェテリアに行った。
無論二人の友人に昨日の出来事を話すことも相談することも出来ず、なんとかマチの気が変わらないかと思いあぐねるしかなかった。

そこへ事の張本人でもある男がやってきた。
クロロだ。
「クラピカ、こないだのことなんだけど…」

そう言いかけたところで待ち構えていたかのように最悪なタイミングでマチが現れた。

「あらみなさん、おそろいで。」
「マチ、ちょっと二人で話さないか。」
そう言うクラピカの手を振りほどき、囁くような格好でしかし皆に聞こえるはっきりした声で応えた。

「丁度いいわ、ねえクラピカ、私たちが付き合ってるって事みんなにも報告しましょうよ。」




「う、うそだろ、おい。」
「本当のことなんだ、レオリオ。」
マチに言わされているかのようにクラピカが答える。

ところが
「そんなの変だよ。だって、クラピカちっとも嬉しそうじゃないし、それに、なんか、全然合わないかんじだよ。」
正直な気持ちを素直に表現したゴンの言葉が、マチの心に火をつけた。

「そんなことないわよ、ねえクラピカ。」
マチは静かにクラピカの頬を両手でおさえると自分の唇に近付けた。


――ちゅ


シーンと静まり返った空気の中で、周りの反応を楽しむかの様にマチは微笑んだ。そして

「じゃクラピカ、またあとでね。」
告げた後去っていった。

周囲かパニック状態になる中、クロロは頭の中が真っ黒になっていた。



バン!!!――
「おい!どーいうことだよ!?クラピカ!!」
教室に戻りレオリオが詰め寄る。
「そんな怖い顔をしてお前こそどーしたんだ。」
「どーしたもこーしたもあるか!!なんでお前がマチと付き合ってんだよ!それに…ちっすまで…」

「すぐにお前に話さなかったのは申し訳なかったと思ってる。すまなかったな。」
「そーいうことを聞きたいんじゃねー!どーいう成り行きでこうなったかってことだよ!」
「…好きだから付き合うことになった、それだけだ。もうあまりあれこれ詮索してくれるな。じゃあな。」
「好きだからってお前全然そんな風には見えねーぞ。っておい待てよ。っあー行っちまった。。」


「なんだかな〜。」
両手を頭の後ろで組み腑に落ちない様子で中庭まで歩いてきたレオリオはある気配に気づいた。
ひときわ暗いオーラをまとった空気に、すぐに誰だか察しがつき、隣に座った。

「…おい、生きてるか。」
「…。」

返事はない。

「ったく、そんなにへこむ位だったら何でもっと早くつなぎとめておかなかったんだよ。」
「言ったさ、好きだって。けど、駄目だった。ふられたよ。わかってた事だけど。」
「んなわけねーだろ。みてりゃわかるよ、お前のこと本気で好きだったんだぜ、マチは。」
「?…マチ?いや、俺が告白したのはクラピカで。」
「おーそっちか!なるほどね。」

「っておい!!クラピカ??!冗談だろ!だってあいつは男だぜ!?」
「男だってクラピカは可愛い。」
「んー確かに!!ってそーいう問題じゃねーだろ!」
「そーいう君だって一時はクラピカと付き合ってたじゃないか。」
「あぁそういやそういうこともあったな。」

「…。」

一瞬気まずい空気が流れ、クロロはあることに気付く。

「…てゆうかマチって俺のこと好きだったの?」
「は?なんだよお前本当に全然気づいてなかったのか?」
「いや、確かにそういうふしはあったけど、お互い遊びだと思ってたから。」
「てめぇ、俺の前でよくもぬけぬけと…。まあいいや。今までの罰が当たったと思ってせいぜい悩め。」


一人になりクロロは、今までマチに対しどれだけ無神経な態度をとってきたか、彼女の心を傷つけてしまったか、マチの気持ちに気づき改めてとりかえしのつかないことをしてしまった事を実感した。
そしてそのことでクラピカを巻き込んでしまった。
もうこれ以上自分のせいで愛しい人を困らせることは出来ないと思った。



クラピカは屋上にいた。その隣にはマチがいる。
「ねぇマチ。さっきのことだけど。」
「さっきのことって?」
「キス…しただろ。人前でああういことはもう…」
「二人だけの時はいいのね。」
そう言って目を瞑り、クラピカの顔に近づく。

「もうやめよう、こんなことは。マチのことは好きだ。でもやっぱり付き合えない。」
「は?なんでよ。好きなのに付き合えないって意味わかんないんだけど。」
「恋人としては見れないんだ。」
「はは。ばっかじゃないの?恋愛もしたことないくせに!偉そうなこと言わないでよ!」

マチはそう言い放ち走っていってしまった。

マチを傷つけたくはなかった。けれどこんな状態をいつまでも続けていくことはできないし、何よりマチに嘘をついている事が申し訳なくて仕方なかった。

それにマチの言う通りだった。恋愛について自分は何も知らない。こんなことになるまで考えたこともなかったし、これからだって…

「男だろうと関係ない!クラピカはクラピカだろ?俺はクラピカが好きなんだ!」

突然クロロの言葉が蘇ってきてクラピカはひどく困惑した。
なぜ今彼の顔が浮かんでくるのか。気付きたくなかったし、知りたくなかった。
クラピカはクロロに対する思いを必死でかき消そうと努めた。


次の日、マチからのアプローチはなく時間は経っていき、そのまた次の日、話があるといって屋上に呼び出された。
いつもと違うマチの表情にクラピカは戸惑いを隠せなかった。

「私クロロと付き合うことになったの。昨日告白されて。だからクラピカ、私と別れてくれる?」
「…そうか。それは良かった、おめでとう。」
「うん。それじゃあ、またね。」

なぜだろう…ホッとするはずなのになぜこんなに胸が苦しいのか。マチの本当の恋が実って祝福すべきなのに。胸が苦しくて苦しくてつぶされそうだった。

一方マチも複雑だった。
昨晩突然クロロに呼び出され愛の告白を受けた。これは自分の為でもクロロ自身の為でもなく、クラピカの為だということを瞬時に悟った。
ふざけないで!
そう言って頬の一つでもひっぱたいてやりたかった。けれどそれ以上にマチもまた、クロロのことが好きだった。
こんな形で恋人になることを望んだ訳ではなかったが、彼女のプライドよりも何よりも愛が勝ったのだった。



「おーい、クラピカ一緒に帰ろうぜ。」
「ねぇ、聞いてよクラピカ、レオリオったらさあ!」

いつも通りの帰り道、いつも通りの会話、いつも通りの顔ぶれ…
いつもと違うのはクラピカだけだった。

「おい、なんだよ、途中で立ち止まって。何か忘れ物でもしたのか?」

「すまない、ゴン、レオリオ、用事を思い出したんで先に帰っててくれ。」
返事も聞かずクラピカは来た道を全速力で走った。

確かめたい。本当の気持ちを。しっかり本人の口から聞きたかった。


相手も丁度帰るところだった。仲間の何人かで親しそうに会話をしている。
廊下で立ち止まって息を切らしているクラピカに気付き、一瞬驚いたような顔をしたが、そのまま通りすぎようとした。

そしてすれ違いざまにクラピカは思い切った。

「それが、それがお前のだした答えか。」

「…ああ。」

「そうか。ならばもう、何も言うまい。」

それっきりだった。これ以上なにも聞けなかった。そして傷つきたくなかった。




時は否応なしに過ぎていく。
一日が終わり、一週間が過ぎ、一か月が経ったある日のこと。
「おーーーーい!!クラピカ!レオリオ!!大大大ビックりニュースだよ!!」
「んだよゴン大声だして、俺は昼食は静かに淑やかに食べたい派なんだからよ。」
「ラーメンをすすりながら戯言をぬかすな、馬鹿め。」
「なんだとぉぉ!」
「あ”ーあーいいから!ちょっと聞いてよ!帰ってくるんだよ!!キルアが!!」

―キルア…


「えええーーーマジかよ!!すっげーーーかなりの特大ニュースだそりゃ!でかしたぞゴン!!」

―キルア・ゾルディック…

「…クラピカ?大丈夫?なんかすんごく顔色悪いけど。」

ゴンに顔をのぞかれやっと我に返るクラピカ。

「あ、あぁ、大丈夫だ。ちょっと気分が優れないので先に失礼する。」

「何だぁあいつ、せっかくキルアが帰ってくるって言うのによぉ。ノリの悪い奴だぜ。」
「そーいえばクラピカってあんまりキルアと仲良くなかったっけ。」
「いやぁ、むしろ逆だろ。あいつらやたら親密そうなところあったぞ。」


―キルア・ゾルディック。
私の人生を狂わせた男。
もう二度と会うことはないと思っていた。

この名前を聞いた瞬間、辛い記憶が走馬灯のようにクラピカの頭の中を駆け巡った。クラピカにとってこの少年は恐怖でしかなかった。

謎の転校生の噂は瞬く間に広まり、あちらこちらで囁かれた。
「ねーねー今度くる転校生めっちゃかっこいいらしいよー。」
「何か有名な家の坊っちゃんって聞いたよ。」



「おいおいすげーな、どこいってもあいつの噂でもちきりだぜ。」
「でも噂ばっかで、キルア本人からは何の連絡もないんだよね。」
「まったく。あんなに仲良くしてやってたのにつれねー野郎だ、あの坊主はよ。」

クラピカはあの噂はデマであって欲しいと切に願った。
が―


「何が仲良くしてやっただよ、こっちのセリフだっつーの。それにもう坊主なんて言われる柄じゃねーよ。」

「キルア!!!!」
「おんめぇ、おっせーよ!!随分と待たせてくれるじゃねーか!」
「キルア背ー伸びたね。前は殆ど変んなかったのにな、くっそー。」
「ゴンもおっさんも相変わらずだなー。」
「おめーも口のきき方だけは変ってねーな。」
「レオリオは相変わらずキルアに言い負かさせちゃうね。」
「あ。ゴン言ったな、このヤロー。」

はしゃぐ二人を見つめ戸惑い気味のクラピカだったが、キルアと目が合い、やさしく微笑む姿にホッとする。

―やはり私の取り越し苦労だったか。きっとキルアも昔の事などわすれて…

そう思ったことを一瞬で後悔することとなる。

キルアはじゃれあう二人には聞き取れない声でそっとクラピカの耳元でささやいた。

「しばらく見ないうちに随分色っぽくなったじゃん。これからが楽しみだわ。」


その言葉にクラピカの意識は白く濁っていくようだった。


―つづく。