・乙女クラピカ
・エロはしょんぼり
・グロ描写あり
・設定は捏造妄想にも程がある(レオリオの念は某栄養ドリンクから)
・キルアはそんなこと言わない
<1>
ネオンの力が消え、資金繰りに困り現実から逃げ始めていた雇い主の代わりに、ノストラード
ファミリーを牛耳っていたのはボディーガードのクラピカだった。
今の仕事を辞めるのは簡単だった。他の人体収集家の元へ行けばよい。
しかし、この世界で権力を握るのは悪いことではない。
自分が権力を握ることで緋の目を手に入れる確率が上がるのなら。
一介のボディーガードに過ぎないクラピカは意外な才覚を見せた。
敵討ちよりマネーゲームの方が向いているらしい。
時には株の売買。時には決闘。時に他のファミリー揶揄されようとも、できる手は打っていった。
徐々にだが、クラピカはノストラードファミリーを立ち直らせつつあった。
己の体でノストラードを骨抜きにした。下卑た野次など耳に入れる余裕などなかった。
もっとも、クラピカはそういった心境を表に出しはしなかったが。
そういう理由で今はクラピカはまだ、ノストラード邸にいる。
ふと思い立った時、ゴンやキルア、レオリオの携帯に電話をかけてみた。
どうやらゴンとキルアはグリードアイランドをプレイしているらしい。
いつでも通話ボタンを押してくれるのはレオリオだけだった。
いつ話してもレオリオは変わらない。電話するたび、いつも思うことだった。
『今度試験があるんだぜ』
「早いな」
『早期選抜試験制度というのがあってだな。ま、力試しに受けてみるさ』
「そうか…。受かるといいな」
『受かったら合格祝い、もらっていいか?励みにするからよ』
「何か欲しいものでもあるのか?」
『お前』
「……レオリオ?」
決して耳は悪くないはずだが、珍しく自分の聴力を疑ってしまった。
冗談を言っている口調ではない。
電話で助かった。目の前にレオリオがいなくて助かった。
自分で押さえきれなかった、みっともない姿を見せずにすんだ。
クラピカはもう一度携帯を握り締めた。
『お前』
一呼吸おいてレオリオはもう一度言ってくれた。冗談を言っているわけではないらしい。
女性を口説く時の彼ってこんな感じなのだろうか。
彼ならもっと軟派な言い回しで、明るく朗らかに女性を誘う。そんなイメージを勝手に持っていた。
「レオリオ……っ」
『もしかして、今照れてるか?』
「冗談は顔だけにしろ!」
『こっちだって冗談で言ってねぇぞ』
「なら何故ヨークシンで、私の誘いに…」
乗らなかった。女好きのお前なら……。
最後まで言えず、クラピカはそのまま黙り込んでしまった。
『クラピカ、あのな』
その時、コンコンとクラピカの個室を扉を叩く音がした。
「クラピカ、入ってもいいかしら?」
センリツだ。
「どうぞ。…すまないレオリオ。仕事だ、また連絡する」
『あ、こら!』
電源ボタンを押して電話を切るのと、センリツが扉を開けるのはほぼ同時だった。
「あらごめんなさい。電話中だったのね」
「…いや、大丈夫だ」
クラピカは自分の熱が移りつつある携帯を握り締めた。
……私が逃げた。
「もしかして電話の相手ってレオリオ?」
「!?」
「電話する前と心音が違ってるの。とても穏やかになってる」
「穏やか?正直に言うと、動揺していたのだが」
「本当に動揺しているわね。からかってごめんなさい。貴方の慌てる姿を初めて見たから、
つい……」
センリツにからかわれても不思議と嫌な気持ちにならなかった。
彼女の声は和やかで人を安堵させるとわかっていたからだ。
ただ、自分の顔がどんな顔をしているだろうか。
センリツに見られたのは少しだけ恥ずかしかった。
<2>
クラピカの父はクルタ族一強い男だった。
小さい頃から父にクルタ二刀流を習っていたクラピカも、10を過ぎた頃にはそこそこ
腕が立つようになった。父には適わなかったが、大人顔負けの実力がついていた。
母は心配性だった。「嫁の貰い手はあるのか」と。
「俺より強い男に娘をやる」
父は普段からそう豪語し、母はため息をついていた。
あの日は母の誕生日だった。
だからクラピカはいつも心配させている母に花をプレゼントしたいと思った。
少しは年相応の女の子らしい一面を見せたら母も安心してくれるのではないか。
大人でさえ一人で入って行けないと言われていた森の奥にその花はひっそりと咲いていた。
クラピカも父に連れられ、見せてもらったことがある。
凛々しく咲いていた白い大輪の花はクラピカが今まで見たことがないほど綺麗に見えた。
あの花を母に上げたかったのだ。
大丈夫、子供じゃない。道だって覚えている。一人でも行ける。
朝食を食べた後、母に一声かけてクラピカは一人で出かけた。
「おはよう、クラピカ。どこに行くの?」
途中で友達と出会った。
「母の誕生日プレゼントを取りにね」
「一人で森に入るの?」
「内緒にしていてくれる?」
「いいよ。でも残念、母様の手伝いがなかったらクラピカと一緒に行けたのに」
友達は口を尖らせた。
「今度は一緒に行こう」
「うん、約束だよ。行ってらっしゃい!」
唯一の友達と呼べた少女は黒髪を揺らし、笑顔でクラピカを見送ってくれた。
クラピカも手を振り返し、再び歩き始める。
クラピカの足なら急げば往復3時間で戻って来られるだろう。
可能な限りクラピカは森の中を潜り抜け、その花が咲いている場所を目指した。
やがてその花の群生地に到着した。
咲きかけた白い花を携帯していたナイフで切る。急いで元来た道を戻った。
途中に流れている川でハンカチを水を濡らし、切り口に巻く。
母にこの花を見せたかった。
息を切らしながらクラピカは走った。途中で煙が上がっていることに気づいた。
クラピカが住む方向だ。最初は火事があったのかと思った。煙は複数上がっている。
でも違う。拭いきれない違和感。
煙が立ち込める村の入り口が見えた。クラピカは息を飲んだ。
血の水溜りの中に遺体が転がっていた。うつぶせに倒れている女性。
一体何が起きたのか。クラピカは口元を押さえながら中に入っていった。
燦々と輝く太陽の下に横たわる血に塗れた頭部のない同胞の遺体が転がっている。
頭部のついた遺体もあった。その中に僅かに動く人影がある。
クラピカは駆け寄った。見覚えがあった。父の友人だ。
目のない顔は血に染まっていた。
「しっかり…しっかりしてください!」
クラピカが声をかけた。舌がうまく回らない。
「くも…イレズミの……しゅうだ、ん」
切れ切れにそう言った後、父の友人は事切れた。
遺体に共通しているのは目がなかったことだった。
夜中ではなく朝に襲撃したのは同胞を絶望させ、緋の目にさせるためだろう。
闇に紛れて何が起きたのか見せずにクルタ族を皆殺しにしたら、緋の目の出現率は下がると
踏んだのだ。
腕に抱えていた、咲きかけの花は萎れていた。
……クラピカを知る人は世界から消えた。残ったのは動かぬ抜け殻だけだった。
クラピカに嘆き悲しむ時間はなかった。
早く埋葬しないと同胞の遺体が腐ってしまうに違いない。
焼け残った布で遺体をくるむ。一人では結構な重労働だった。
誰かに助けを求める選択肢はなかった。一人生き延びた自分の義務だと考えた。
遺体を埋葬するためにひたすら穴を掘り続けた。寂しくないよう、皆一緒に埋葬してあげたかった。
食料は焼け残った家から持ち出して食べた。罪を咎める者がこの世にいないのだ。
食欲はなかったが、食べないと力が出ない。穴を掘れない。
硬くなったパンを咀嚼し、いつ汲んだかわからない水を飲む。
ひたすら穴を掘り続けた。
遺体から異臭がし始めても、クラピカは手を止めなかった。
手に豆ができてつぶれてもスコップを握って土をかきあげる。
そのたびにクラピカの中で何かが狂っていったが、大したことはない。瑣末なことだった。
クラピカに泣く暇はなかった。
埋葬は一人生き延びた者の義務だった。遺体が朽ちる前に埋葬をしたかった。
ああ……それと、復讐だ。
奴らは盗賊だ。宝を盗むために人の命も容赦なく奪う連中だ。
ならば、誰かに命を奪われても文句を言うな。
クラピカはやることがあった。それまで泣く暇なんてあるわけがない。
クラピカは同胞が滅亡させられてから数ヶ月、地獄の中を生きていた。
<3>
視界に飛び込んだのは薄汚れた天井だった。
……どうやら夢を見ていたらしい。
「起きたのか」
レオリオの声がした。
あの時から誓った復讐を少しだけ果たせたのだ。
もっと喜びを表現してもいいはずなのに、こんなところで横たわっているのだろう。
一矢報いたのに気持ちが晴れないのだろう。
心臓に打った楔が心を冷やしているようだ。寒かった。
レオリオにいつもの明るさはない。それがクラピカの心を重いものにさせていた。
色々巻き込んでしまったから疲れているのだろう。そう思いたかった。
ゴンとキルアを取り戻した後、極度の疲労で倒れたクラピカを隠れ家に抱きかかえて
運んでくれたのがレオリオだったらしい。
礼を言うと、レオリオは力なくため息をついた。
「まさか女だったとはな」
センリツが見回りを兼ねた買出しに出かけてくれた時にそう呟いた。
「気づかなかったオレって一体……」
いつもの自分に戻ってレオリオに冗談を言えばいい。
”襲うなよ?”
口の端を上げてそう言えばいい。
レオリオなら、頭に血を上らせながら反論してくれるに違いない。
そして軽口を叩き合うのだ。ハンター試験を受けていたあの頃のように。
それらはクラピカの記憶の中で宝石のように光り輝いてる。
「自分ですら男だと思い込もうとしていたんだ」
そう思いながらも、口から出た言葉は違った。
「……」
「でも、今回の件で何かが自分の中でぶつりと切れてしまった。それは否めない」
「……」
「なんだ?」
レオリオが何か言いたそうな顔をしていたから促してみた。
「オレはこの状況を三人の中で一番楽観視してたよ。前向きじゃないが生きる目標、お前
なら強い意志で達成させる。無意味に人の命を奪うことはしないと重々承知していたが、
旅団相手なら躊躇することなく復讐するんじゃないかってな」
「レオリオ…」
「それがなんだよ。なんなんだよ、この様……」
「無様か?笑いたければ、笑うがいい」
「違ぇよ、馬鹿」
こちらに近づいて手を重ねてくれた。温かい。クラピカは目を閉じた。
ああそうだ、認めよう。
弱い自分をさらけ出したらそこで終わり。そう思い込んでいたところは確かにあった。
だけど、認めたくなかった。ハンターになってからは特にそうだった。しかし……。
私は強くて……弱い。
目じりに溜まった涙が一滴、零れた。
「どうしてやればいいんだよ。辛く酷い目を見た相手に復讐止めろって言うのかよ。
死んでも復讐を果たせと応援すればいいのかよ」
嘘偽りのない真っ直ぐな感情。クラピカのいる世界とはあまり縁のないものだった。
クラピカの冷えた心に灯火が点った気がした。
「……」
レオリオは頭を垂れた。
「違うな。オレが言いたかったのはこんなことじゃない」
馬鹿な奴だ。これは私の問題だろうに。
「そんな真面目に受け止めるな。私が死のうと生きようと、お前は自分がするべきことを
してほしい」
それは本心だった。
「クラピカ…」
「だが、もしも…もしもだ。同情してくれるのなら、私に……温もりをくれないか?」
「同情?」
「今だけでいい」
今の自分を忘れることができるなら。
「……わかった」
ギシ、とスプリングが鳴った。クラピカの上にレオリオがのしかかる。
その仕草が牡っぽい。なんだかレオリオが別人に見えた。
レオリオの重みを感じる。クラピカの体にある掛け布団が消えた。クラピカは目を閉じた。
クラピカが寝ていた布団の中に、レオリオが掛け布団の中に潜ってきたのはその時だった。
「添い寝してやるからさっさと寝ろ」
「私はそんなつもりで…」
「うるせえな。とっとと寝て体調戻せよ」
赤子を寝かしつける父親のように不器用な手つきでクラピカの胸元をポンポンと軽く叩き
始めた。レオリオの、消えかけた香水の匂いがした。
<4>
キルアとは一度電話で話すことができた。
ゴンとキルアはグリードアイランドの世界にいるらしい。
ハンター試験を受けるため、キルアはプレイを止めて現実世界に戻ってきたということだ。
キルアは除念師の存在を知らせてくれた。
ゴンとは一度メール交換をした。
”クラピカへ
久しぶり、元気だった?連絡しなくてゴメンね。
グリードアイランド、クリアできたよ。でもね、ジンには会えなかったんだ。
その代わりカイトに会えたよ。カイトってジンのことを教えてくれた人なんだ。
ジンのことすごく尊敬してくれている。
カイトのそういうところ、オレも見習いたいと思うんだ。
カイトはこれからNGLに行くらしいから少し同行してみる。
もちろんキルアも一緒だよ。
NGLは携帯通じないみたい。だから連絡なくても心配しないでね。
今度4人で会おうね!約束だよ!!
ゴン”
……ゴンらしい文面だと思った。
彼が持つ生き生きとしたエネルギーが、メールから伝わってくるようだった。
クラピカは簡潔に返信する。
”便りがないのは元気な証拠だろうから、あまり心配していなかった。
ゴンが父君に会えなかったのは私も残念に思う。
今度会った時にでもグリードアイランドの話を聞かせて欲しい。
その日が来ることを楽しみにしている
クラピカ”
世界が不穏な動きを見せ始めていることにまだ誰も気づいていなかった頃だ。
『奇跡が起きた』
レオリオが国立医科大学に合格したと報告の電話をくれたのはそんな時、だった。
「合格おめでとう、夢に一歩近づいたな」
確かに奇跡かもしれないが、それを引き寄せたのはレオリオ自身だ。
一歩ずつ、着実に夢を実現させる人の姿を見るのは好ましい。
『それでな……』
「そ、そうだな。合格祝いだな」
ところがレオリオは思いがけないことを口にした。
『おかげで時間ができた。これから念の修行に行ってくるぜ。
しばらく連絡取れなくなっても気にするな』
「……へっ?」
『お、電車が来たな。また連絡する』
言いたいことだけ言って切ってくれた。ブツっと電話を切る音が聞こえた。
電話を切った後の電子音がクラピカの耳の中で響く。唖然とした。
同時に腹が立った。センリツに相談してしまおうかと思ったくらいだった。
クルタ族が少数民族なのは女性が妊娠しにくいという体質もあった。
女性の中には子供が欲しいあまり、多夫一妻制を選択する女性もいたくらいだ。
それが更に緋の目の価値を上げさせた。
クルタ族は緋の目が有名だが、文化を知られることはない。
クルタ族の文化を記した文献などほとんど存在しなかったのだ。
ひっそりと生きていたのだ。
常時着用しているクラピカの服を見て、これがクルタ族の民族衣装だと気づく者に出会っ
たこともなかった。
クルタ族を虐殺したことすら、すぐに思い出せなった幻影旅団の団員が覚えていなくて
当然だろう。
現金な話だが、この数ヶ月クラピカの体内で狂っていた生理周期が戻りつつあった。
クラピカの中で確かに起こりつつある変調。依然では考えられないことだった。
自分が蒔いた種だった。
それもこれも慰みが欲しくてレオリオを求めたことに起因する。
振り返って見れば、レオリオが拒むのは当然だった。
それがわからなかったあの時の自分がおかしかったのだ。
なら何故レオリオは自分を求めるのか。意味がわからなかった。
一体、自分はどうしたいのだろうか。
前向きに考えるのなら、レオリオは考える時間をクラピカに与えてくれたのかもしれない。
レオリオがああ言った経緯をクラピカなりに想像してみるが、どれも正解なようで不正解
な気がした。
……世界経済は混乱し始めたのはその頃だった。
異形の化物が人間達を襲い始めていた。彼らはキメラ=アントと呼ばれた。
毎日ニュースはキメラ=アントのことを第一報として流す。人類の脅威だった。
しかしノストラード家の富を増やす。
ある意味チャンスが転がってきたのだとクラピカは考えることにした。
資産運用、ノストラード邸の警備の更なる強化。
やることは目白押しだった。
世界がどうであれ、クラピカを包む世界は相変わらずだったのだ。
ある日のこと、ノストラード邸にグループを組んだキメラアントが襲撃してきた。
クラピカ一人で返り討ちにしたものの、それは容易いことではなかった。
旅団相手ではないからフルパワーは出せない。
緋の目になり、特質系に変化させないと奴らに止めは刺せなかった。
……ネットでネテロ会長の殉職を知った。
キメラ=アントの討伐を指揮していたらしい。
どこか人を食った面もあったが、好々爺の代名詞と言えるネテロ会長が亡くなったことに
哀痛を感じつつも不安にかられた。
……皆は無事だろうか。
ゴンとキルア、レオリオすら連絡が来ることはなかった。
キメラ=アントの絶滅宣言がされた今も、だ。
<5>
キメラ=アントの絶滅宣言後、しばらく様子を見る日々が続いた。
その間に他のボディガードに休日を交替で取るよう指示を出す。
リーダーのクラピカは一番最後のつもりだった。日数だってそんなに必要ない。
尋ねたい相手とは連絡が取れないのだから。
「クラピカ、少し疲れてない?」
「センリツ……」
執務室で黙々と仕事をこなしていた時、センリツが声をかけてきてくれた。
「この数日、ボンヤリしていることが多いわね。今日は休んだらどうかしら?」
「何を言っている。今日から貴女の休日だ。どうか羽根を伸ばしてきてほしい」
「なら、スケジュールを交替してもらえないかしら?」
「そんな理由なら断る。今のは考え事をしていただけだから気にしないでくれ」
「今の貴方の様子を見たらレオリオが心配するわ……って!どうしたの、急に心臓が
跳ね上がったわ」
「……いや。奴もそうだがゴンやキルアとも連絡が取れない。無事でいてくれたら、と
思うが」
「連絡が来るといいわね」
「センリツ、すぐに出かけるか?」
「どうかしら。正直に言うと今の貴方を置いて出かけるのは不安に思っているの」
「わかった。よかったら相談に乗って欲しい。悩んでいることを聞いてもらえたら、
少し頭の中がスッキリするだろう。貴女に不安をかけさせたくない」
「……お茶を持ってきましょうか」
「すまない」
クラピカはセンリツの持ってきてくれた紅茶を二人で飲みながら、悩んでいたことを
なるべく淡々と語り始めた。言えるところだけ拾ってうまく繋いだつもりだ。
レオリオの名前は一切出さなかった。
センリツは口を開く。
「私にしてみたら何をそこまで悩むの、という感じがするわ。結局は両思いなのだし」
「とどのつまり私は困惑しているんだと思う。私の知らない奴の一面を見たようで。
奴の本意がわからなくて」
「その人、誠実だと思うわ。きちんとわかったうえでクラピカの全てを受け入れようと
しているんじゃないかしら」
『どうしてやればいいんだよ。辛く酷い目を見た相手に復讐止めろって言うのかよ。
死んでも復讐を果たせと応援すればいいのかよ』
レオリオはどちらも選ばなかった。クラピカ自身を選んだ。
だから『お前』。
あれは彼なりの告白だった?
……そんなことってあるだろうか。
自分に都合のいいように解釈しすぎていないだろうか。
そうあってほしいと願望が入っていないだろうか。
クラピカはソーサーごとカップを持ち上げ、紅茶を一口飲もうとした。
すっきりした香りが鼻をくすぐった。
「……今度会った時にレオリオに聞いてご覧なさいな」
「そうだな、今度レオリオに……って、センリツ!」
「あら違うの?」
センリツは優しい微笑をみせてくれた。
「私がいつレオリオの名を出した?」
意地悪なセンリツに、クラピカは思わず睨んでいた。
「クラピカ、顔真っ赤。なんだか可愛いわ」
「……」
「貴方からこんな相談してもられるなんて思ってもいなかったの。意地悪言ってごめんなさい」
「センリツ……」
その時テーブルがバイブ音と共に揺れた。
マナーモードになっていたクラピカの携帯が震えている。
センリツに声をかけてから通話ボタンを押した。
『クラピカ?』
高すぎも低すぎもしない、耳になじんだ声がした。
「レオリオ……?」
<6>
クラピカはセンリツを見た。気を使ってくれたのか、センリツが紅茶をすすってくれている。
『今、電話して大丈夫か?』
「ああ……。お前どこからかけているんだ?」
『どこって自宅だよ。さっき戻ってきたから』
「心配したんだぞ」
『心配?しばらく修行するって言ったじゃねーか』
「それはそうだが……。まぁ、キメラ=アントに遭遇しなかったみたいだな」
『あ?ああ、それね。さっき知ったわ。オレが山に篭っている間に一体何が起きたんだ』
「無事ならそれでいい。実は一週間後に……」
見ると、紅茶をすすっていたと思ったセンリツがクラピカの隣に来ていた。
そして少し大きな声を出した。
「お久しぶり、レオリオ」
『センリツ?おお、久しぶりだな!』
「!?」
「今からクラピカがそちらに行くわ。よろしくね」
「へ?」
『そうなのか?』
「話に割り込んでごめんなさい。レオリオの近くの空港って……そうよね、そこよね。
ここからなら飛行艇で4時間くらいで行けるかしら。クラピカ、今日からオフだから
時間があるわよ」
「センリツ!」
『え?クラピカ今日から休みなのか?』
「いや、今から休みなのはセンリツだ。私は…」
『その割に二人でいたみたいだけどよ?』
「それには事情があってだな」
「クラピカ、チケット予約してきたわ。12時発よ。あと1時間もないから急ぎ
なさいな」
満面の笑みを浮かべながら、センリツがプリントアウトしてきた用紙を見せてきた。
部屋の隅にあったパソコンからアクセスしたらしい。
手際の良さに呆然とする暇はなかった。
「センリツ、なんてことを!」
『クラピカ』
「レオリオ、すまない。こちらは少々立て込んでいる。また電話するから」
『来るなら迎えに行くぜ』
「……。これから飛行船に乗船する。到着は16時過ぎになると思う」
『おう!待合室で待ってるぜ』
電源ボタンを切った。
「センリツ……。すまない」
「いいのよ。ゆっくりしてきて頂戴。ボスからは私が報告しておくわ。さぁ、支度して
いらっしゃい」
「今度礼をさせてくれ」
「なら、前にボスと一緒に行ったカフェに行きましょう。そこでケーキセットを
ご馳走してちょうだい。ボスも行きたがるでしょうから、皆で一緒にね」
なかばセンリツに追い出されるような形で執務室を出る。
廊下に出たクラピカはあたりを見渡して誰もいないことを確認すると、自室まで走って
行った。階段も勢いよく駆け上がる。
息継ぐ間もなく、クローゼットにしまっていたカバンを取り出す。
ハンカチなどはあらかじめ入れてある。
中に着替え、洗面用具、携帯の充電器と財布を突っ込んだ。
センリツからもらった飛行船の予約票も忘れなかった。
読みかけの本も迷わず入れた。足りないものは買えばいい。
カバンを背負うと、部屋を出る。下に人の気配はない。クラピカは階段の手すりから
ジャンプして降りた。こんな行儀が悪いことをしたのは久々だった。
クラピカはそのまま従業員用の出入口へまっすぐ向かった。
<7>
日が沈み始め、空はゆっくりと変化していく。
出会いと別れの場、空港は平日にも関わらず賑わっていた。
乗船場を降りてゲートを潜り抜ける。
待合室を探すため、人の波に逆らわずに歩いてみた。
少し歩くと広いフロアに出た。キョロキョロと辺りを見渡し、待合所を探す。
待合所まで行けるなら奴を見つけるのは簡単だと思った。
探し人の格好は別段目立つわけではない。
スーツを着たビジネスマンというのは珍しいわけでもない。
でもレオリオならすぐに見つけられる。妙な自信があった。
本人に向かって直接褒めたことはないが、レオリオはスタイルがいい。
背筋を伸ばし、足を組んで座っていたらスーツ姿でも案外目立つのだ。
……いた。
レオリオは新聞を読んでいた。テーブルの上には新聞紙の束。
クラピカの気配に気づいたようでこちらを見た。
クラピカもレオリオの元まで近づいて行った。
「よぉ」
「久しぶりだな、レオリオ。この新聞の束は一体……」
「山に篭っていた間のバックナンバー。世の中はとんでもないことになってたんだな」
口の端と手を上げて出迎えてくれた。
ヨークシンで別れた時とあまり変わってない印象を受ける。
前に電話で合格祝いにクラピカを求めた男とは思えない。
まるで何事もなく話すその姿に2つ年上だということを思い出させてくれた。
医大に合格したはずなのに、念の修行をしたはずなのに、レオリオはレオリオだった。
「お前は変わらないな」
「失礼な。これでも裏ハンター試験も合格したんだぞ。念の応用は勉強の合間に
こつこつやるけど」
「その割にあまり変化がないように見受けられるが」
「お前の口も相変わらずだな。昼飯は食ったのか?」
「飛行船の中でな」
「なら茶と茶菓子でも買って帰るか。ほら荷物貸せよ……って、少なっ!」
「準備する時間があまりなかったのものでな」
レオリオの部屋には正直驚いた。オレンジ色の夕暮れの日差しが薄く部屋を照らしている。
「修行前に掃除してから行ったからな」
壁に配置された2つの本棚に整理された本がぎっしり詰められていたからだ。
ほとんど医学書らしい。
それ以外は生活感があるものの、案外さっぱりとしていた。
デスクもあるし、広めのベッドもある。
クラピカに縁のないものだったが、学生の部屋とは案外こんな感じなのかもしれない。
邪魔にならないよう部屋の端に荷物を置いて、ダイニングチェアに座った。
いつも座っているほうにはレオリオの脱いだジャケットとネクタイがハンガー代わりに
かけられている。二人分のテーブルとそれ。ここに誰か他に座ったことがあるのだろうか。
台所に立ったレオリオが先ほど買った紅茶をマグカップに淹れてくれた。
クラピカの要望したアールグレイだ。
他愛ない会話をしながら買ってきたケーキを二人で食べた。
「お前の念は何系なんだ?」
「当ててみろ」
「強化系。少なくとも特質系ではないな」
「この野郎」
レオリオの片眉が上がった。
「強化系でもないのか。正解は?」
クラピカはケーキを一口食べる。今度こそレオリオは教えてくれた。
「放出系」
放出系。
「修行次第で強力な武器になる。羨ましいな」
「当たらなければ意味ないけどな、それ」
「お前の念は攻撃が主ではないのか?」
「いまのところは、な」
「なら回復専用か?」
「放出系でそれを極めるのか。ま、やろうと思えばできるかもしれないけどよ」
「歯切れが悪いな」
「うるせーな。まだ不完全なんだよ」
そう言って目線をそらした。
「……ゴンやキルアと連絡が取れないって言ってたな」
これ以上聞いてほしくないのか、レオリオは話題を変えてきた。
「キメラ=アントが発生する前、NGLに向かっているとメールをくれたきりだ」
「!その後連絡は?」
「ない」
「……。あいつら討伐隊にいたりしてな」
腕をテーブルの上に立て顎に手を乗せた。それはクラピカも考えなくはなかったことだ。
「ありそうだから困る。無事でいてくれればいいのだが……」
「無事じゃなかったらニュースに名前が出てくるだろうな。ネテロ会長のように」
確かにそのとおりだ。クラピカは持っていたフォークを皿の上に置いた。
「レオリオ」
「なんだ」
「本当に……心配してたんだ」
「すまなかったな」
何かを察してくれたのか、レオリオは真摯に謝罪してくれた。
「謝ってほしくて言ったわけではない。ふと、ヨークシンで私はお前達にこういう思いを
抱かせていたのか、と思ってな」
「一番お前を心配していたのはゴンで、一番状況を理解していたのはキルアかな」
「そうか…」
ゴンとは話もしていない。最後に別れた頃より背は伸びたのだろうか。
キルアもそうだが、彼らは成長期だ。
いずれクラピカの身長を超える日が来るのかもしれない。そう遠くない未来に。
「正直言って5年後のゴンとかおすすめだと思いますが」
目を見開いた。レオリオが突飛なことを言い出したからだ。
「おすすめ?」
「あいつら、今でも頼もしいからな。あと数年したら女の子達からもてるんじゃないか。
先行投資しておいてもいいんじゃないのか」
「頼もしい仲間なのは同意するが、そういうつもりは」
喉の渇きを癒すために紅茶を飲もうとした。
「ならオレは?」
<8>
不意をつかれた。クラピカの紅茶を持ち上げる腕が止まった。
クラピカは持っていたマグカップを努めて冷静にテーブルの上に置いた。
「合格祝い、本気か?」
「本気だ。お前こそ覚悟はあるのか?」
「覚悟?」
「オレ達が寝たら今の関係が崩れるかもしれないって考えなかったのか?」
「っ!?」
「ま、ならなかったかもしれないけどよ。あの時寝ていても、一夜限りのこと、お前のこと
だから忘れてくれとか言いそうだったんでつい、な」
「……」
反論の余地はなかった。
否定できるだけの材料はクラピカの心の中になく、むしろ説得力があった。
「全く。人を軽く誘いやがって。ばーか、クラピカのばーか」
そう悪態ついているものの、レオリオは笑っていた。
「う、うるさいな!!」
そこまで気づいて拒んでくれたのが、今では嬉しい。
「クラピカ、旅団への復讐を止めるつもりはないんだな?」
「今は緋の目集めに力を注ぐつもりだが……死ぬ間際でしか己のしでかしたことがわからない
連中なら……止めないだろうな」
今はまだいい。だが、団長と呼ばれた男を縛った念が祓われれば、ゴンやキルアやセンリツ、
そして目の前の男が狙われる可能性がある。
クラピカには戦う義務があった。自分のために。
やっぱりな、と言いたげにレオリオはため息をついた。
「ドキドキ2択クイズ。覚えているか?」
「?ああ」
ハンター試験を受ける前の試験だ。結構昔のことに思えた。
「あの答え、今でも納得できないんだよなー。”どちらも選べない、選択しない=沈黙”が
正解なら”なにがなんでも両方とも助ける”もありだと思わねぇか?」
「言いたいことはわからなくもない」
「もちろん、あの問題の本質はわかってるつもりだ。でもオレは強欲だからつい考えるわけだ」
自慢にもならないことを胸を張り、大きく満足げに頷いた。
クラピカの口元には自然と笑みが浮かんでいた。
「お前らしいと言えばお前らしい」
「だろ。お前も真似してみないか?」
「?」
「旅団の復讐、緋の目集めとオレ。どちらとも選ぶ」
「レオリオ……」
「過去に執着する分、未来にも希望を持てよ……なーんてな」
「ありがとう」
レオリオの長い腕が伸びてクラピカの頭を撫でてきた。
「よかった。もう大丈夫そうだな」
「ああ、慰みはもういらない。お前が欲しい」
自分でもそうした理由はわからない…と思った。嘘。
クラピカは席から離れレオリオの横に立つと腕を伸ばして抱きついた。
楔を打った心臓が高鳴ったのがわかった。
「クラピ…」
名前は呼ばせなかった。首に腕を絡ませ、レオリオの唇を塞ぐ。
「合格祝い、受け取れ」
<9>
レオリオの裸体は何度か見たことがある。ハンター試験で見慣れた格好だ。
しかし、自分の裸体を見せたことはなかった。
クラピカのささやかな胸の膨らみなど、ベッドに横たわってしまえばほとんどなくなる。
シャツを脱いだレオリオがクラピカの上にのしかかってきた。
あの時と違う香水のにおいがした。
何度も見たことがあるくせに、今は彼の裸体を正視できない。
ヨークシンのあの時のようにクラピカの胸は休まることなく跳ね上がり続け、鼓動が激しく
なっていた。クラピカの心臓は今にも飛び出しそうだった。
こういうことの始まりに、レオリオの手はほとんどないクラピカの乳房に触れるのだろうか。
ところがレオリオは思いがけない行動に出た。
乳房のやや下、クラピカの上半身のほぼ真ん中にレオリオの大きな手が触れた。
「ここにお前の心臓があるな」
左胸を指さなかったのはさすが医者の卵、と言ったところだろうか。
「楔はまだ打たれているのか」
「ああ」
「だろうな」
レオリオは静かに心臓に口付けてくれた。唇の感触が心地よい。クラピカは目を閉じた。
唇はクラピカの首元に移動している。
手持ち無沙汰な自分の両腕はレオリオの肩に回してみた。その動きはぎこちなかった。
だが、レオリオの背中や肩に抱きついてみるとなんだかしっくりきた。
「う……っ」
レオリオの利き手がクラピカの胸を寄せるようにもみ始める。
クラピカの体が僅かに跳ねた。レオリオの体が跳ねるクラピカの体を押さえてくれた。
「あ、ぁ…」
反応し始めた乳首を押しつぶすように摘んでいる。
どこから生まれてくるわからない刺激はクラピカの中をねっとりと蹂躙し始める。
レオリオが与えてくれるものから逃れようとクラピカは枕に自分の後頭部を強く押し付け、
逃れようとした。
「んっ!」
色素の薄い乳首に彼の舌が這う。そんなところを舐めないでほしい。
思いは言葉にならなかった。クラピカの息が荒く繰り返されるようになっていく。
うっすらと目尻にたまった涙をレオリオが拭い取ってくれた。
レオリオの手や口はゆっくりと下に落ちていく。
「そ、そこは駄目だ!」
クラピカの両足の間にレオリオの足が割って入ってくる。
足を広げられそうになったので咄嗟に閉じた。
「駄目……って。あ、すごい顔真っ赤だ。可愛いな」
「可愛いって言うな!」
笑いながらも、慰撫するようなキスをしてくれた。
少し強引に力を込めたレオリオの手が、クラピカの足を開かせる。
クラピカの性器にレオリオの指が這った。
逃れようと横たわっていたままのクラピカの腰が揺れる。
クラピカは目を頑なに閉じてその場をやり過ごそうとした。
「く…っ、あ……ぁ!」
レオリオの指は存在を主張させ、クラピカの中に進んでいく。
クラピカのそこがレオリオの指を感じている。
「ゆび……、動か…さないで!あっ!」
それ以上いじられたら、逃げたくなりそうだった。
しかし、思いがけない感触がクラピカの体を走り抜けた。
ぬるりとしたものに舐められている。怖くて確かめられないがそれが何かを知りたい。
恐る恐るクラピカが目を開く。見なければよかった。
クラピカの恥ずかしい部分にレオリオの舌が這っている。
思わず髪を掴んで離そうとしたがうまく力が入ってくれない。
「なか……止めろ、や…、やだ!!」
痛くない刺激はすぐさま脳にまで伝達する。
やっていることはこういうことだと思い知らされた。
クラピカの体は本人の意思とは関係なく、段々と男を受け入れるために蜜を溢れさせていく。
切れ切れとした喘ぎ声がクラピカの口から途切れることなく漏れる。
舌が抜かれ、増やした指をクラピカの入り口はくわえ込んでいる。
クラピカの蜜はレオリオの指を濡らしていた。
「そのまま力を抜いてろよ」
脱力していたクラピカの膝を抱えるとレオリオは猛った自身をあてがった。
レオリオがクラピカの中に入っていく瞬間、クラピカが背中を仰け反らせた。
「んっ。あ、あ……っ!」
乳房が揺れる。クラピカを怖がらせないためだろうが、レオリオはそろりと身を進めてくれる。
でもそれが逆に焦らされているようだ。
クラピカの性器は柔軟にレオリオの雄を受け入れていった。
「大丈夫か?」
耳元で囁かれてクラピカは何度も大きく息を吐いてから頷いた。
涙で汚れた頬に口付けをしてくれる。
「レオリオ……」
少しだけ落ち着きを取り戻した。大きく広げられたそこはいつもと違和感があった。
でも、心はどこか満ち足りていた。
クラピカは耳元で囁く。
「動いて」
レオリオは頷くと自分の腰を動かし始めた。クラピカの高い嬌声が部屋中に響き渡った。
こんな時間に寝るのは久々だった。怠惰な時間を過ごしてしまっている。
家族以外の人と隣同士で寝ることも。
最後に寝たのは故郷だろう。……いや、あったかもしれない。
あの時も今も隣にいるレオリオは深い眠りについているようだった。
修行から戻ってきてクラピカを迎えに来てくれたから、休む間もなかったのかもしれない。
閑散とした小部屋で携帯のコール音が響き渡る。クラピカのそれではなかった。
デスクの上に置いてあったレオリオの携帯が薄暗がりの中で光ってる。
少し悩んだが、通路側に寝ていたクラピカは思い切って起きてみた。
何もまとっていなかったが、窓の外に人の気配はない。
裸体のままデスクの上まで歩く。
発光している携帯画面に浮かび上がった着信名が見えた。
……キルア。
クラピカは数秒躊躇したが、悩んだ挙句、携帯を持ってレオリオの体を揺らした。
<10>
キルア=ゾルディック。
最初は寝ぼけていたものの、レオリオはベッドから起き上がって通話ボタンを押した。
「キルア。久しぶりだな、元気にしてたか?」
瞬間、眉を寄せたレオリオに異変を感じた。
掛け布団で裸体を隠しつつ、クラピカも携帯に耳を近づかせた。
「?何だ、どうした?何を謝ってるんだ?」
『オッサンごめん。本当ごめん。試験前だとわかってたけど……』
ノイズと共に鼻を鳴らす音が聞こえてきた。
レオリオの視線はクラピカを、クラピカの視線はレオリオを捉えた。
「安心しろよ、試験はパスした。しかも腕試しで受けた早期選抜試験にだぞ」
『そうだったんだ。おめでとう』
「メール送ったが見てないみたいだな」
『ご、ごめん。そこまで気がまわらなかった』
「いいさ。ゴンは元気か?近くにいるんだろう?」
『ゴンはいないよ……』
「何かあったのか?」
『オッサン、助けて。ゴンを助けて……』
「キルア?」
『オレじゃ駄目なんだ。助けたいのに助けられない……』
「キルア、今どこにいる?」
キルアが告げたのは二人が再会した空港だった。
幸いにもここから車を飛ばせば30分くらいのところにあった。
レオリオは通話したままの状態で起き上がるとクローゼットからシャツを取り出した。
クラピカもベッドから出て、身支度を整え始めた。
……何かあった。
キルアらしくない言動に戸惑いを覚えたのはクラピカも一緒だった。
ネクタイを締めながらもレオリオは肩と耳で携帯を挟みながらも相槌を打っている。
着替えたクラピカも乱れた髪を手で整えた。
同じく着替終えたレオリオは小物入れに締まっていたイヤホンを取り出し、自分の携帯に
プラグを差し込む。クラピカがレオリオからイヤホンを受け取り、自分の耳に差し込んだ。
レオリオが声に出さずに口を開いた。
”タクシー”
クラピカも無言で頷いた。確かにこの状況で運転はできないかもしれない。
二人は互いにぶつからない様、意識して部屋を出た。
レオリオが鍵をかけたのを確認すると、できる限り急ぎつつ、だが足並みを揃えて歩き始
めた。レオリオは自身が持つコンパスをクラピカに合わせてくれている。
苦労しないでクラピカもレオリオの呼吸を意識して歩いた。
ひとつの携帯を二人で聞く、という状況なら、この方法が一番早く歩ける気がした。
縛りなし二人三脚をしながらも、二人はできる限りのスピードで一番近い大通りに出た。
クラピカはタクシーを捕まえるために手を上げる。
レオリオは辛抱強くキルアをなだめ続けていた。
初めて聞くキルアのすすり泣き。何が起こったのかわからなかった。
しばらくしてから、一台のタクシーが車道脇に止まってくれた。
クラピカはドアを開けると耳からイヤホンを抜けないよう、注意深くシートに座り込む。
レオリオが乗ったのを確認してから運転手に行き先を告げた。
「可能な限り急いでください」
そうお願いするのも忘れなかった。
「大丈夫だ、お前は選択を間違えてない。よく電話くれたな、キルア」
『オッサン……』
「実はクラピカも一緒だ。この電話を聞いている。今、そっちに向かっている最中だ。
その間に何があったか話せるか?」
キルアはグリードアイランドをクリアした後の話をポツリポツリと語り始めてくれた。
<11>
「オレがいるとゴンの足手まといだ。ビスケにそう言われたけどその通りだと思う」
そう言ってキルアは鼻を鳴らした。
空港で合流した三人はまだ営業していたティーラウンジに移動していた。
待合室にいたキルアを見て二人は驚愕した。最初の印象は傷ついた子猫だった。
ひざを抱えて座る様は不安げで、見た者には庇護が必要だと思せたに違いない。
よく一人でいられたものだった。
前に別れたときよりはるかに強くなっているはずだ。しかし、どこか脆さを感じた。
目に生気はなく、そこに誰がいようが気にする様子はなさそうだ。
何よりゴンがいないのが不自然に思えた。
空港は出会いと別れの場だが、この時間でも人がいた。
ほどほどの喧騒が今はありがたい。
とりあえず営業していたティーラウンジに入った。
キルアは持ち前の明るさや小生意気さを見せることなく、ずっと俯いたままだった。
レオリオが注文したチョコレートパフェに手をつけることもしない。
ウエイトレスに運ばれてきたそれはキルアの目の前でアイスが溶け始め、頂点に盛られた
赤いサクランボが少し崩れ落ちていた。
白いしずくがグラスを伝ってテーブルに伝わっていく。
「こりゃ重症だ」
向かい側に座っていたレオリオが大仰にため息をついて頭をかいた。
キルアの右隣に座ったクラピカは目線だけ動かし、彼を見る。
「いいかキルア、何度も言わせるなよ。お前とゴンは既に友達なんだから師匠とか関係ない」
「オッサン…」
「しかし、ビスケ…だっけか?師匠の教えを守らないといけないのもわかる。だから……」
そこで切ってリオリオは自分の拳を作った。
「師匠にリベンジして来いよ。ゴンを元に戻す話はそこからだ」
「オッサン……」
「なんだ?」
「オッサンっていつ会っても変わんないな」
「オレはそんなに成長してないように見られているのか」
キルアは口の端を上げて少し笑った。
再会してキルアが初めて見せてくれた笑顔だった。
クラピカは二人に気づかれないように自分の口元を押さえる。
もしも再会したゴンが同じことをレオリオに言ったら、自分は噴出してしまうに違いない。
「……。クラピカ、ちょっと通して」
自分の携帯を握り締めたキルアは席から離れた。
ティーラウンジの端で移動してから携帯電話を操作し始めた。
キルアは数分何かやりとりしたかと思うと、走るようにどこかへ行ってしまった。
十数分後に戻ってきた時には、手に携帯とチケットを握りしめていた。
「ビスケ捕まえることできた。オレ、行ってくる。行ってリベンジしてくる」
「ここから近いのか?」
「隣国。今日の飛行船は全部出てしまったらしいけど、深夜バスの直通便ならあるって」
「何時出発だ?」
「21時発だからあと30分くらいかな」
「早いな」
クラピカは席を立った。
「少し席を離れる。キルアはパフェを食べるんだ」
「クラピカ……」
「レオリオのおごりって、これから先ないぞ」
「クラピカ後で絞める」
セリフは怖いものの口元に怒りの表情は見て取れなかった。
「レオリオはキルアを頼む」
いただきます、とキルアが言うとスプーンを握り締める。ほとんど溶けたアイスをすくって
食べ始めた。
「そうそう、その意気」
テーブルの上に顎を乗せレオリオがキルアが食べる様を見守っていた。
<12>
レオリオのアパートを到着したときはまだ日が沈んでいなかったが、今は闇の中だった。
クラピカが用事を済ませてティーラウンジに戻ると、テーブルの上にあったパフェはキルアの
胃の中へ移動してしまっていた。そのまま会計を済ませ、少し離れたバスターミナルまで歩く。
軽やかに歩く姿を見るといつものキルアに戻ったかのように見えた。
バスターミナルへ到着した。数多くあるバス乗り場には既にちらほらとバスが止まっていた。
キルアが乗るバスも何人かの乗客が座っているようだ。
クラピカとレオリオの前をズンズンと歩いていたが、ピタリと止まってキルアが振り返った。
「レオリオ、クラピカ。……オレ、誰かに背中を押してもらいたかったんだ」
レオリオが笑う。
「そういう時は誰だってあるもんだ」
「本当はビスケの言うことの方が正しい…んだと思う。もっとビスケの言うことを理解しないと
いけないのかもしれない。だけど…オレもゴンを助けたい」
「キルア」
クラピカは抱えていた紙袋をキルアに手渡した。
「栄養バランスが良くて匂わなさそうな弁当と飲み物を買っておいた。バスの中で食べるといい」
紙袋を受け取ったキルアは紙袋の口を覗き込む。すると口の端を上げて笑顔を見せた。
「チョコロボくんも!」
「適当にお菓子を選んでみたが、当たりだったみたいだな」
「よーし。オレからも選別やる」
「レオリオ?」
握った拳に自分の生命エネルギーを集め始めた。膨大なエネルギーにキルアもクラピカも目を
見張る。レオリオの念能力が発動された。
拳に集まるエネルギーがありえない量だった。クラピカは周囲を見渡した。
このエネルギーなら念を習得していない一般人でも気づくのではないか。
だがクラピカの心配は杞憂に終わった。
レオリオは周囲の人に見せないように上手くコントロールしているらしい。
集まったオーラをまとったレオリオの手のひらがキルアの頭に乗せる。
キルアの大きな目がレオリオの手を見ようとしている。
レオリオの発はキルアの頭部を包むと、そのまま下へゆっくり全身を包むように覆っていき、
やがてオーラは消えていった。
「翌朝には着くんだろ。そのまま師匠の所に行ってすぐにバトルしろ。この効力は持って明日の
昼まで、だ」
キルアは手をグーパーさせ、数度瞬きを繰り返した。そして屈伸運動を始めた。
自分の中で起きたことをゆっくり確認するかのようだった。
「オッサンの念って…」
「”二十四時間戦う戦士(イエローゲイン)”。時間制限があるが、オレの念は送った奴の基礎
能力を三割方アップさせることができる。ズルでもなんでも、とにかく勝って来やがれ」
「ああ」
「とりあえず明日電話寄こせよ。そっから作戦考えるぞ」
「わかった。……クラピカ」
こちらをぎこちなく見るキルアと目が合った。
「なんだ」
「クラピカからもパワーもらっていい?」
思いがけないキルアのお願いだった。小首を傾げてそう言う姿は愛らしい。
「私が何かあげられるかな」
「オッサン、ちょっと持ってて」
キルアは持っていた紙袋をレオリオに預けると、勢いよくクラピカの体に抱きついてきた。
クラピカの背中に回したキルアの腕に力がこもる。
こうして見ると、キルアもまだまだ子供だ。
まるで母に甘えるように抱きついてきた少年の体をクラピカの腕が優しく包んだ。
「……クラピカって、やっぱり女だったんだね」
<13>
「キルア?」
「あ。クラピカからオッサンの匂いがする」
そう言い、キルアはクラピカの胸元の匂いを嗅いだ。
クラピカの頬は本人の意思と裏腹に赤く染まった。あの後シャワーを浴びる余裕がなかった。
「そ、そうか。狭い車内にいたからな」
「まぁ、二人が大人な関係でもオレは驚かないけどね」
「このエロガキ」
「クラピカが女だって、オッサンはいつから知ってたの?」
「……ヨークシンシティで看病した時だ。お前は?」
レオリオに尋ねられてキルアは首を少し傾げた。
「何となく…かな。でも今ので確信したって感じ」
「黙っていて悪かったな」
「別にいいよ。大したことじゃないし」
それじゃ、行ってくる!とキルアは踵を返すと跳ねるようにバスの中へ乗り込んだ。
タラップのところでキルアが振り返る。
「もしも……もしもだけさ、二人の間に子供が生まれたらオレとゴンが鍛えてやるよ!
予約したからな!」
キルアは黒い瞳を輝かせながらそう叫んだ。
「先のことはわかっ!」
言い終える前に、後ろから抱きつくようにレオリオの右手がクラピカの口元を塞いだ。
「おう、予約受付けたぜ!飯食ったら寝ろよ。まだ子供なんだからな!」
キルアを乗せたバスはのろのろと出発し始める。窓からキルアが二人に手を振ってきた。
いつものキルアらしくない所作は年相応の少年そのものだった。
クラピカも利き手を軽く振り返す。クラピカの背後から抱きついたままのレオリオも
そうしているに違いなかった。
バスの姿が見えなくなったのとクラピカの左肩が重くなったのは、ほぼ同時だった。
ちらりと見てみると、レオリオの額が肩に乗っている。幾度となく大きな深呼吸を
繰り返していた。
「……念、放出しすぎたんだろう」
「当たり」
レオリオは素直に認めた。
「ありったけの念を送ってやったぜ。そうでないと明日の昼まで持続しないからな。
いずれ24時間持たせるのが当座の目標だ。最終的には時間が短くなっても複数に
同じ効果を与えること」
「道のりは遠そうだな。自分が疲労してどうするんだ。馬鹿な奴め」
「うるせーな」
「だが…」
自分の肩に回していた腕を外すとクラピカは自分の体を半回転させる。
疲労を隠さないレオリオの顔は汗ばんでいた。
「今の私ならお前を支えてやれるな」
そのままレオリオの体に抱きついた。たまには、な。そんな言い訳をしながら。
服を着ている今の背中より剥き出しの背中の方が温かい。
「はたから見るとカップルの抱擁にすぎないわけですが」
生真面目なレオリオの発言はクラピカに冷静さを取り戻させるものだったが、あえて
無視した。
「……いつか旅団と再戦あるんだろうな」
レオリオが呟いた。
「神がきまぐれをおこさない限りは」
クラピカも呟き返した。
ヨークシンでの出来事が遠い昔に思えるような錯覚。
決してそうなってはならない。レオリオを抱きしめる腕の力を込めた。
レオリオが頭部を起こし、クラピカから離れる。レオリオと目があった。
「だが旅団の前にゴンだ。ゴンを元に戻す」
「そうだな」
クラピカはレオリオの胸元に顔を埋めた。疲労困憊のレオリオは頭を撫でてくれた。
大丈夫、必ず元通りになる。
オレンジ色の空の下にある常夏の海岸。
波打ち際ではキルアとゴンがいつものようにはしゃぎ合っている。
クラピカとレオリオはそんな二人を見守っている。
……クラピカはそんな想像をしていた。
思うだけでも、それはとても温かいものだった。
<終>