013 光
鉢屋三郎が不破雷蔵、竹谷八左ヱ門と初めて会話してから数日が経った。
その間に、八左ヱ門の紹介で一年い組の久々知兵助とも知り合い、三郎は自分も含めたその四人でいることが多くなった。
そんなある日。
「三郎、危ないっ!」
「え…?うわっ!!」
「三郎!!」
忍術学園医務室。
左肩に包帯を巻いてもらいながらも三郎はむすっとした顔をしていた。
「鉢屋…だったよね。災難だったね、授業中に手裏剣が当たるなんて」
最後に包帯が緩まないようにしっかり縛り、「はい、これでいいよ」と笑いかけたのは二年は組保健委員の善法寺伊作だ。
「どうも」
無愛想にそういうと三郎は治療の為は脱いでいた上着を着直した。
しかし善法寺伊作はにこにこと三郎の顔を見続けている。
「…なんですか?」
「あ、ごめん。鉢屋って本当にいつも不破の顔してるんだなって。不破と仲良いみたいだし」
確かに手裏剣が当たり出血しているにもかかわらずこれくらい大丈夫、と言い張る三郎を「何言ってるんだよ!」と一喝し、彼の手を掴みここまで連れてきたのは雷蔵だった。
「…先輩、俺と不破、仲良いように見えますか?」
「え?」
三郎の問いに消毒液などを片付けていた伊作がきょとんとして首を傾げる。
「仲良くないの?だってほら、鉢屋いつも不破と一緒にいるだろ?あと生物委員会の竹谷と火薬委員会の久々知だっけ?その四人でいるのよく見るからさ、仲良いのかなって思ってたんだけど」
「…分からないんです」
三郎はそう言うと上着の端をぎゅっと握りしめた。
「俺、今まで友達とかいたことなかったから。不破達がそうなのかって言われても分からなくて…」
「鉢屋」
一緒にいると楽しいと思う。
時間が経つのがあっという間で…もっと一緒にいたいと思う。
でも…
相手もそう思っているとは限らない。
−俺が不破達を『友達』だと思っていても、不破達が俺を『友達』だって思ってくれてるかなんて分からない。だから…−
雷蔵達が三郎を『三郎』と名前で呼んでいても三郎は彼らを名前で呼ぶことが出来なかった。
「…」
悶々と考え込む三郎の肩を伊作がぽんと叩く。
「先輩。」
「鉢屋、複雑に考えすぎだよ。友達ってそんなに難しいものじゃないんだからさ」
救急箱をパタンと閉じ、伊作が言葉を続けた。
「…とはいってもなかなか難しいけどね。僕もつい最近、友人になった奴がいるんだけどさ。彼が僕のこと本当に友人と思ってくれてるなんかなんて分からない。でも…」
−僕は友達だと思ってるから−
伊作はそういうと柔らかく微笑みを浮かべる。
「だから僕は彼と一緒にいたいと思うし、もし彼が助けを必要とする時があったら僕は全力で助けようと思うよ。…それが友達っていうものだと思うから」
伊作の言葉が三郎の胸を打つ。
…そうか。そんなに単純でいいのか。
ただ彼らと一緒にいたくて…
彼らの笑顔が見たくて…
−彼らに名前を呼んで欲しい。
「…先輩。友達ってこんなに単純な気持ちでやっていけるんですね」
「…単純だからこそ、なにより大切だと思えるんだよ」
−まただ。胸が熱い−
左胸の奥に何かが灯ったような温かさを感じ、三郎は無意識に左胸のあたりの上着を掴んだ。
「…ありがとうございます、先輩。俺もう行きますね」
そう言って立ち上がると三郎は踵を返す。
今は一刻も早く雷蔵達に会いたかった。
「うん。早く不破達のところいってあげな?僕が見た限りでは不破、ものすごく心配していたからさ」
「はい!」
しっかりと頷き、医務室から出ていく鉢屋を見送る。
「さてと…僕も行こうかな」
小さく息をつき、救急箱を元あった場所に戻すと先ほどとはうってかわり、険しい顔をして伊作は呟いた。
医務室を出ると三郎はまっすぐに一年ろ組の教室へと向かった。
すでに授業は終わっている。
雷蔵と八左ヱ門はまだ教室にいるだろう。
もしかしたら兵助もろ組に遊びに来ているかもしれない。
はやる気持ちを抑えて、廊下の曲がり角まで来た時−。
「ああ、お前らか。鉢屋三郎といつも一緒にいるっていう一年生って」
不意に聞こえてきた声に三郎の足が止まった。
今の声…誰だ?
柱に体を隠しながら声のした方を覗いた。
−教室から離れているためかこの時間はあまり人通りのない廊下。
そこに若草色の制服を着た生徒が二人立っている。
あの制服は三年生のものだ。
そして、三年生と向き合っているためこちらに背を向けている井桁模様の三人の一年生。
不破、竹谷、久々知!
後ろ姿だけで一年生が誰か把握した三郎は思わず三人に駆け寄りそうになった。
その場に流れている空気はあまり良い空気とはいえない。
「そうですけど…それより!今言った言葉は本当なんですか?」
雷蔵の固い声音が耳を打つ。
「今言った言葉?何のことだ?」
三年生の一人がそんな雷蔵をせせら笑った。
何だ…何の話をしてるんだよ、不破!?
ドクンと胸が嫌な音を立てて鳴り、三郎は手をついた柱に爪を立てた。
「とぼけるな!今お前らが『鉢屋三郎にわざと手裏剣を投げつけるよう下級生に言った』っていうのは本当なのかって、聞いてるんだ!」
八左ヱ門が怒鳴る。
確かにあの手裏剣は妙なほど正確に三郎へ飛んできていた。
…やっぱりわざとだったのか。
「ああ、本当だぜ?鉢屋の奴、ちょっとくらい術が上手いからって調子に乗ってるからな。お灸を据えてやったんだ」
全く悪気がない三年生の態度に三郎の中にふつふつと怒りが湧いてくる。
今ここで飛び出して、あいつらを殴り倒したら少しはすっきりするだろうか。
「…そんな理由で三郎に怪我させたんですか!?」
雷蔵が拳を握りしめ三年生を睨み付けた。
「…不破」
今まで見たこともない雷蔵の姿に飛び出そうとしていた三郎は息を飲んだ。
怒ってる−。
俺なんかのために不破が怒ってくれている。
「うっせぇな。怪我っていってもかすり傷だろ?大袈裟に言うなよ」
「そう言う問題じゃないだろ!俺たちが怒っているのは…先輩達がそんなくだらない理由で俺たちの友達を傷つけたってことだ!」
今にも三年生に飛びかかろうとしている八左ヱ門を兵助が「はっちゃん」と手で制し押さえている。
「友達ぃ?よくお前らあいつの友達なんかやってるよな」
「なぁ?あんな気味悪い奴と…あいつ絶対妖だぜ?」
「…っ!」
ぎりっと柱に指が食い込ませた。
もうそろそろ出ていってぶっ飛ばしても許されるだろうか。
そんな物騒なことを三郎が考え始めた時、今まで黙っていた兵助が口を開いた。
「三郎は妖じゃありません」
「何だと!?」
「三郎は俺たちの大切な友達です。」
静かに、それでも強く放たれた言葉。
「久々知…」
その言葉に三郎は目を見開いた。
−三郎と兵助はまだ出会って日も浅い。
そのせいかあまり喋ったことはなかった。
その兵助が三郎を『友達』と呼んだのだ。
その瞬間、三郎の中で『何か』がパァンと音を立てて弾けたように感じた。
「…!」
三人の元に駆け寄ろうと三郎が隠れていた柱から体を離す。
しかし…。
「うるせぇ!」
逆上した三年生が兵助の胸元を掴み頬を殴りつけた。
ガツ、という鈍い音が響く。
「っ…!」
「兵助!」
「…っ何するんだ!」
雷蔵の焦った声と八左ヱ門がその三年生に掴みかかっていったのは同時だった。
「生意気なんだよ、お前ら!」
さらに三年生が八左ヱ門を投げ飛ばす。
「…っ!い…」
だぁんと音を立て八左ヱ門の体が壁にぶち当たる。
「ハチっ!」
「はっちゃん!」
そう叫んだ兵助の口元も殴られた際切れたのか血が滲んでいる。
「…−−!!」
それをみた瞬間、三郎の怒りは頂点に達した。
ダァン!!と力任せに壁を蹴り上げる。
「「「「「「!!」」」」」」
その音に全員がこちらを振り向き三年生二人が息を飲む。
三郎は一年生とは思えないほど強い『殺気』を放っていた。
「三郎…」
「…なかなか趣味の悪い事してくれましたね、先輩方。」
口元にだけ笑みを浮かべ三郎が口を開く。
「…っ!!」
「鉢屋っ!」
「あんたらが俺を気に入らないだろうが、俺を何と呼ぼうが俺には関係のないことです。でも…」
一歩ずつ確実に三年生に近付きながら淀むことなく三郎が言葉を紡ぐ。
「友人達を傷つけられて、許すほど俺は心広くもないんですよ!」
次の瞬間、三郎は地を蹴り三年生の顔面に容赦なく拳を叩き込んだ。
「ぐっ…!」
それをまともに喰らい三年生がその場に倒れる。
「う…うわぁあ!!」
もう一人の三年生が悲鳴を上げ、三郎の横をすり抜けて逃げ出した。
「よっ…」
その足を投げ飛ばされた八左ヱ門がひっかける。
「うわぁ!!」
まさかそんなことをされるとは思っていなかった三年生が見事に転び顔面を強打した。
ぴくりとも動かないことをみると勝手に伸びたようだ。
「ナイス、ハチ」
「おう、まぁな。…え?」
三郎の言葉に笑顔で返した八左ヱ門が目を見開く。
今…
「雷蔵、大丈夫?」
「う、うん…」
三郎のその言葉に雷蔵も目を見開いた。
今、三郎…
「兵助」
「…大丈夫だ、三郎」
兵助はそういうと口元を上着の袖で拭いにこりと笑いかける。
「…さ、三郎?」
「ん、どうした?雷蔵」
やっぱり!!
雷蔵と八左ヱ門は顔を見合わせるがすぐに嬉しそうに破顔した。
「三郎!!」
雷蔵が三郎の傍によりその手を握る。
「初めてだね!」
「え…?」
「初めて僕たちのこと名前で呼んでくれたね、三郎!」
嬉しそうに笑って言う雷蔵に三郎は微かに照れくさそうにしている。
「あまりに簡単に兵助が流すもんで俺たちまで流しそうになっちまったじゃんか」
八左ヱ門がそう言って三郎の背中を思い切りバシンと叩いた。
「い…っ!!ハチ、お前な…!」
この馬鹿力がっ!と八左ヱ門を睨み付けると八左ヱ門が三郎の首に腕を回す。
「でも、すごく嬉しいぜ三郎!」
その笑みに三郎が「…おう」と小さく答える。
「三郎」
「兵助」
「はっちゃん、雷蔵。…行こうか」
兵助のその言葉に三人は頷いて歩き出した。
四人が去った後の廊下。
トッと微かな音を立て青色の制服を着た善法寺伊作。
そして、二年い組立花仙蔵が天井から降りてきた。
「…一時はどうなることかと思ったがどうやらうまくいったようだな」
「そうだね」
伊作は三郎の傷を手当てした時、違和感を感じ、それを仙蔵に相談しに行ったのだ。
その結果三年生の一部が妙な動きをしていることを知り、いざとなれば自分たちが手助けするつもりでここへ駆けつけた、というわけだ。
「僕らの出番はなかったけどね」
そう言う伊作に仙蔵はまだ伸びている三年生二人に視線を向けた。
「いや。そうでもないぞ?この二人に下級生にあんな事をした罰を受けてもらわないとな」
そういう仙蔵からは先輩への敬意など微塵も感じられない。
「あ〜あまりひどくしないでよ?治療するのは僕なんだからさ」
苦笑しながらいう伊作も同様だ。
「努力しよう」
恐ろしいことをさらりといいながら仙蔵は一年生四人が去っていった方向を見つめた。
「−いい友人達を持ったじゃないか、鉢屋」
これで、私が言っていたことが分かっただろう?
仙蔵は小さく呟くとその顔に笑みを浮かべた。
「−−−…」
空が少しずつ明るくなってきた明け方近く。
夢から覚めた三郎はぼんやりと天井をみつめていた。
「夢…−?」
なんかすごく懐かしい夢見たな、と体を起こしぐるりと部屋の中を見回す。
そこら中に転がっている空の銚子と盃。
そして自分のすぐ傍で布団も引かずに眠っている友人達。
まだぼぅっとしている頭を掻きながら夕べ、皆で酒盛りをしたことを思い出した。
「あ〜…そのまま寝ちゃったのか」
はだけた寝間着を整えながらも三郎は小さく息をつく。
あの時−
パァンと音を立てて弾けたものは三郎が籠もっていた『殻』だった。
他人を拒絶し、自分だけの世界に閉じこもっていた。
『他人になど理解されなくても構わない』といいながらも本当は人に受け入れてもらいたくて仕方がなかった。
『鉢屋ともっと仲良くなりたいんだ−!』
そんな俺の殻にヒビを入れてくれたのは雷蔵だった。
『本当に鉢屋の変装の術ってすごいよな!』
そのヒビを広げてくれたのはハチだった。
そして…
『三郎は俺たちの大切な友達です』
それを割る力を俺にくれたのは兵助だった。
三人が…俺に世界を−光を与えてくれたんだ。
「…」
三人はまだ目覚める気配はなく微かな寝息を立てている。
その寝顔を見て三郎は微笑んだ。
−胸が温かい−
「…ありがとうな、雷蔵。ハチ。兵助」
−俺に「友達」という光を与えてくれて。
−…ありがとう−
あとがきという名の言い訳(反転)
五年生学年操作第二弾です!
「032 友達」の続きです。
兵助、登場です!(笑)
そして何げに「握った手の温もり」ともリンクしています(ぇ)
…鉢久々連載に比べると平和すぎて泣けてくる(ぇ)
五年生は全員仲良いってイメージが強いです。
三郎にとって、雷蔵達が特別な存在であればいい。
その中でもきっと雷蔵は格別なんだろうけど(ヲィ)
2008.5.24