032 友達


俺に友など必要ない。

ずっとそう思ってた。いや、思い込んでたのかもしれない。



「三郎って変だよなー、いつも俺たちの誰かの姿でさ。絶対自分の姿にならないんだぜ?」

「そうだよな。三郎って本当に人か?気味悪いよな」

「人じゃないんじゃないか?もしかして妖の化身とか」

「妖ってなんだよ」

「そりゃ」


『狐だろ』


−「三郎は狐」−

それが俺の村での俺の認識だった。
もちろん『狐』などと呼ばれる俺と遊んでくれるやつなんていない。
それでも「寂しい」と感じた事はない。
ただ胸の奥に小さな痛みが走るくらいだった。




それは忍術学園に入ってからも同じで、入学して一ヶ月で俺は見事にろ組の教室で浮いていた。
級友達は皆俺を気味悪がるような視線を向け、その原因が俺の変装だということを分かりながら俺は態度を改めるつもりはなかった。

「忍者に友達なんて必要ない」

それがいつも心の中にあった。
だから、俺と同じ考えの立花仙蔵先輩といる時は楽だった。

でも…

「仙蔵!」

立花先輩には「友」と呼べる存在がいた。

「伊作」

友人の名を呼ぶときの立花先輩は本当に優しい顔になる。
それで一度だけ立花先輩に『友など必要ないんじゃないですか?』と尋ねた。
立花先輩はいつも通りの不敵な笑みを浮かべ口を開く。

『私もそう思っていた。だがいざ友ができるとこんなにもかけがえのないものなのか、と実感するのさ。そして、友といる時。ここが温かくてそれがとても幸福だと感じるんだ。』

そう言って立花先輩は自らの左胸に手を添える。

いまいち分からないという俺の心を読んだかのように立花先輩が言葉を続けた。

『お前にも分かるときがくるさ』



そんな日は来るはずないと思い込んでいたある日の朝。

「鉢屋、鉢屋起きて。鉢屋!」

少しだけ戸惑いを含んだ声で名を呼ばれ、うっすらと瞳を開けると同室の生徒が困ったような顔で俺の顔を覗き込んでいる。

こいつ名前なんだっけ…。

まだ寝起きの頭でそんなことを考えながら彼に背を向ける形で寝返りを打つ。

あ…思い出した。

不破雷蔵―

確かそんな名前だった。

「鉢屋…ねぇ」

不破はまだ俺の背に声をかけている。

うるさいな…

心の中で悪態をつきながら先ほどみた彼の顔に寝ながら変装する。

「…何だよ、不破」

変装が終わると同時に体を起こし相手の方へ振り返った。
不破は突如現れた自分の顔に息を飲み目を見開いて驚いている。
このあとの流れは大体分かる。

始めは皆驚くが、すぐに気味の悪いものを見る表情へと変わる。

いつもそうだったせいかそうされることに俺は馴れていた。

だから、次に不破から放たれた言葉は完全に予想外だった。

「びっくりした〜、驚かせないでよ、鉢屋。あ、それより…やっと起きたね、早くしないと朝ごはんなくなっちゃうよ?」

「う…うん」

にこにこと顔に笑みを浮かべながらいう不破に俺は内心で動揺する。

なんだ、こいつ。

何で…

「…何で」

「え?」

「何で俺に笑いかけられるんだ?」

無意識に口をついて出た言葉に不破はきょとんとして俺を見た。

「何でって…鉢屋が目の前にいるからだよ?」

何でそんなことを聞くんだと不破の目が言っている。

しかし俺は答えることができなかった。
だって変装した俺を見て気味悪がることも嘲笑を浮かべることもただ笑いかけてくれたのは今、目の前にいる相手が初めてだったから。

「鉢屋?」

「…何でもない。早く行かないと朝食なくなるんだろ?不破こそ早く行かなくていいのか?」

気まずさを覚え、相手から視線を逸らし寝間着を脱ごうと手をかける。
すると不破は一瞬迷うように瞳を泳がせるが、やがて何かを決心したのか俺をじっとみつめる。

「あ…あのさ、鉢屋。一緒に食べようよ、朝ごはん!」

拳を握りよほど緊張しているのか震える声で言われ俺は今度こそ完全に動きを止めた。
ゆっくりと不破へ視線を向けると彼が眉を八の字に下げている。

「あ、ごめん!嫌ならいいんだ。ただ鉢屋いつも一人でご飯食べてるから。それに折角同室なんだから僕もっと鉢屋と仲良くなりたくて…」

必死に言葉を紡ぐ不破に俺は小さく息をついた。

「いいよ、別に」

「本当!?」

嬉しそうに顔を輝かせて聞き返す不破を見ながら俺は小さく頷いた。

−…変な奴−

心の中でそう呟いてから自嘲する。

いや、変なのは俺もだよな。
なんかペース乱されてるっていうか…。
とにかくいつもの俺なら絶対「いいよ」なんていうはずがないのに…。



井桁模様の制服に着替えてから食堂に行く時になっても、俺は不破の顔のままでいた。
不破は少し不思議そうな顔をしただけで何も言わず、俺の隣を歩いている。

「不破。」

「何?」

「…」

嫌じゃないのか、と尋ねようとした。
赤の他人がお前の顔を勝手に使ってるんだぞ、と。

でも、こちらを見る不破の顔に俺に対する不快感などは浮かんでいない。

「鉢屋?」

「…な」

「雷蔵、はよー!!」

ドンッ!!

何でもない、と言おうとした瞬間後ろからいきなり体当たりのように抱きつかれた。

「うわっ!?」

おい、誰だよ!っていうか、重っ!

しかも今こいつ俺のこと「雷蔵」って呼ばなかったか!?

突然のことに対処しきれず頭の中をいくつもの言葉が駆けめぐる。

「おはよう、ハチ」

不破は苦笑を浮かべながら俺の背後にいる人物に話しかけている。
ハチと呼ばれて俺の頭に一人の人物が浮かんだ。

同じクラスの竹谷八左ヱ門−

そう言えば、不破は竹谷と一緒にいることが多かったよな。

「あれ?お前が雷蔵か?じゃあこっちは?」

竹谷は俺の背に全体重を預けたまま話を続けている。
ってか人違いに気が付いたら離れろって!

「鉢屋だよ」

不破が竹谷の問いに答える。

しかし…。

「あ、鉢屋なのか。」

竹谷はさらりとそう言って俺の首に回した腕を解こうとはしなかった。
それどころか俺の顔を覗き込み「はよ、鉢屋」と挨拶までしてくる。

「…よぉ。」

しょうがなく挨拶し返すが、こいつも不破と同様に変わってるよな。
俺が不破の格好してるのさらりと受け入れたし。

「ハチも今から朝ご飯?」

「おう。一緒に食おうぜ?」

和やかに話す二人に俺は少しだけいらつき、声を低くした。

「おい、竹谷。」

「八左ヱ門でいいぞ?なんだ、鉢屋」

「いい加減離れろって。お前が抱きつきたいのは不破じゃないのかよ?」

俺のその言葉に竹谷がきょとんとする雰囲気が伝わってくるが、それはすぐに消えた。

「何言ってるんだよ、鉢屋!」

それどころか俺の首から手を離すと竹谷がおかしそうにばしばしと俺の背中を叩く。

「いっ!」

こいつどんなけ力あるんだよ!

「でも最初は、変だなーとは思ったんだよ。雷蔵、いつも俺が後ろから抱きつくとよろめくからさ。」

「だってハチいきなりくるんだもん」

不破の言葉に竹谷が「悪い悪い」と謝っている。

「…それにしても」

竹谷はそういうと俺をじっと見遣った。

「…なんだよ」

明らかに「不機嫌です」という顔で答える俺に構わず鉢屋はにかっと笑みを浮かべる。

「本当に鉢屋は変装の術上手いよな。俺、全然分からなかったぜ。本当にすごいよな」

…え?

竹谷の言葉に俺は息を飲んだ。

上手い…?俺の変装の術が…?

そんなこと、今まで言われたことなかった。

いつもいつも「薄気味悪い」と言われて…褒められたことなんかなかった。

「うん、僕もそう思う。変装の術の授業の時には鉢屋に色々教えてもらわないとね」

竹谷の言葉に不破も同意する。

「おう、その時はよろしくな、鉢屋」

「よろしくね、鉢屋」

竹谷と不破に続けて話しかけられるが俺は小さく頷くのが精一杯だった。

何だ、この気持ち。
泣きそうなのに、とても嬉しくて−ここが温かい。

いや、熱い。

俺は無意識に制服の左胸あたりの布地をぎゅっと握りしめていた。



−その時、俺は初めて思った。友達が欲しいと。こいつらと友達になりたい、と−




あとがきという名の言い訳(反転)

五年生年齢操作話です。
しかも三郎の過去まで捏造しています(ひー!)

三郎はあまり他人に心を開かない子だといい。
それを初めて開かせたのがろ組の二人だったらいいな、と(汗)

そしてさらっと久々知が出ていない。
いや、彼はい組なのでこの時にはまだ出会ってないです(ぇ)

ではここまで読んで頂きありがとうございました!

作成日:2008.5.11
UPした日:2008.5.12