それはきっと、永遠に。


その夜、物の怪は丑の刻を過ぎてもなかなか寝付く事が出来ず、寝床で何度も寝返りを打っていた。

「…何でだ」

今日も朝から昌浩と共に陰陽寮へ出仕し、日が暮れたら暮れたで、いつも通りの夜警へ向かった。

体は疲れている。疲れているのだが…。

「…」

物の怪は小さく溜息すると、寝返りをうつ。

「ん…」

するとまるでタイミングを計ったかのようにすぐそばから微かな寝息と布ずれの音が聞こえてきた。
少しだけ顔をあげるとそこには幼い頃から変わらない寝顔で安倍晴明の末孫―安倍昌浩が眠っている。

「…昌浩」

小さな声で呼び掛けるが、ぐっすりと眠っているのか目覚める気配はない。
それを確かめるとゆっくりと体を起こし彼の顔のそばまで歩みを進める。
そして、昌浩の顔を覗きこむと再び嘆息した。

いつから、なんて詳しい時期は覚えていない。
しかし、昌浩に対して決して抱いてはならない思いを抱いている自分がいることを物の怪は嫌というほど知っていた。

「…昌浩」

何より大切な存在だ。
闇の中にいた物の怪―紅蓮に光をくれた少年。
彼が望むならそばにいると誓った。
彼のためならいくらでも心を砕こうと―。

「…―くそっ」

自らを責めるように小さく呟いた声は静かに闇へと溶けていく。

「…ん」

昌浩が小さく身動ぎをする。
起こしてしまっただろうか。

「昌浩?」

「ん〜…」

微かにうめき声があがるが、その瞼は閉じたままだ。
その様子を見ると物の怪は知らず力をいれていた肩の力を抜いた。

「おい、晴明の孫よ」

返事がないことを確信した上でいつも彼をからかう時に使う言葉をかけると昌浩は微かに眉を寄せ「孫…いうなぁ」と寝言で答える。

もうこれは条件反射としかいえない。

「!…ったく仕方ねぇな」

少しだけ呆れた声色で呟いた物の怪だったが、ふいに動きを止めた。
夕焼け色の瞳にうつったもの―それは微かに開いて寝息を立てている昌浩の唇だった。

闇の中でぼんやりと見える薄い紅色の唇。
それを見つめながら物の怪の喉がこくっと動く。

不意にその唇に触れてみたいと強く感じたのだ。

「…」

それは許されないと頭の中に警鐘が鳴り響く。
しかし、物の怪は瞬きひとつで本性である夕暮れより濃色の肩に付かないざんばらの髪に金色の瞳、そして褐色の肌の青年―十二神将紅蓮へと姿を変え、そのまま未だ眠っている昌浩へと覆い被さるようにして顔を寄せる。

駄目だ駄目だと警鐘が鳴り響き続ける。

「ッ…」

あと少しで唇が重なる距離で紅蓮は一瞬躊躇するように動きを止めたが、顔をあげることなくそのまま昌浩の唇に自らの唇を重ねる。

―…甘い、と感じたのは一瞬。

自らの唇に己のではない体温を感じ、知らず紅蓮はその金の瞳を細める。

「昌浩…」

もっとその柔らかさと甘さを感じたくて、微かに開いている唇の隙間に自らの舌を這わせる。

「…ッ…」

その瞬間、昌浩の体が大きく震えた。
目覚めるのかもしれない。

「…!」

離れがたいぬくもりから無理やり体を引き離すと紅蓮は自らの口元を手のひらで覆った。
まだ唇にはあのぬくもりが残っている。

…してはならないと何度も思った。
自分が昌浩にこんな感情を抱くのは間違っていると何度も頭の中で自分を戒めていた。

それなのに…―!

ぎりっと奥歯を噛み締める。

その時―

「―…紅蓮?」

己の至宝の名を呼ぶ静かな声が耳朶に響く。

「…!」

ハッとして茵に視線を向けるといつの間に起きたのか昌浩が茵に横たわったまま紅蓮を見つめていた。

「…昌浩…。悪い、起こしたか?まだ夜が明けるにはだいぶある。寝てろ」

先ほどまで渦巻いていた気持ちを心の奥底に押しやり、昌浩に笑いかける。

すると、昌浩は眠るどころかいきなりがばりと起き上がった。

「―…ま、昌浩…?」

さすがに瞠目した声をあげるが返ってくる言葉はない。

しかもその顔は少し怒っているようにも見える。

「…ま―」

「痛い顔してる」

紅蓮の声を遮り、昌浩ははっきりとした声で告げた。
紅蓮がぐっと押し黙ると腕を伸ばしそっと彼の頬に触れる。
紅蓮の目がハッと見開かれた。

温かい…。

「…痛い時はいってくれないと分からないよ。そりゃ、俺はまだまだ半人前で、俺じゃ頼りにならないかもしれないけど。紅蓮のこと心配する気持ちはじい様にも負けないから!だから…」

真っ直ぐに自分を見つめながら必死に言い募ってくる彼に紅蓮は堪らず、その腕を引き寄せ昌浩を腕に閉じ込めるように抱き締めた。

「うわっ…ぐれ…」

「―昌浩っ…!」

自分の腕に収まってしまう幼い体。
しかし、この子の―昌浩の存在が、言葉一つが自分にどれだけ光を与えられてきたか、どれだけ自分を救ってきたか。紅蓮は痛いほどに改めて実感した。
昌浩の肩口に顔を埋めしっかりと抱き締める。

「―…紅蓮?」

いきなり抱き締められた昌浩は驚きの声をあげるが、決して紅蓮を突き放したりはしない。
最もそんなことしたいとも思わない。
紅蓮の肩越しにみえる天井に視線を向けながらもそろそろと昌浩の腕が動き、やがて紅蓮の逞しい背中に回された。

「…!」

その動きに微かに息を飲んだ紅蓮がそっと顔をあげるとすぐそばにきょとんとしている昌浩の顔がある。

「…紅蓮?」

「昌浩…これは夢だ」

「…え?」

唐突な言葉に一瞬目を瞠る。

しかし、どういう意味だ、とは尋ねることはできなかった。
尋ねる前に紅蓮の唇によって自分の唇が塞がれたのだ。

「…ッ紅蓮!?」

「…夢だ、昌浩。夢だから、朝になったら」

―全て忘れていい―

ちゅっと啄むように何度も口付けられ、昌浩の体から力が抜けていく。

「ん…ッ…ぐれ…」

形のいい後頭部を固定し、微かに開いた唇の間から自らの舌を口内に侵入させると昌浩の体が大きく跳ね上がった。

「…れ…ッ」

中で縮こまっている舌を絡めとられると頭の芯がじんっと痺れるような刺激が走り、紅蓮に強くしがみつく。
飲み込めきれなかった唾液が唇の端から顎を伝い、瞳は生理的な涙で潤んでいる。

「…ッ紅蓮…」

「いいな、昌浩。忘れるんだ」

優しく言い聞かせるような声が微かに震えを帯びている。
その言葉が悔しくて、昌浩の眦から涙が一粒零れ落ちた。




「お〜い、昌浩。昌浩、起きろ。朝だぞ」

子供のような甲高い声が叫んでいる。

「ん〜」

微かに唸り声をあげ、瞳を開けると夕焼けをそのままとかしこんだ色の瞳が顔を覗きこんでいた。

「…もっくん…」

「お、やっと起きたな。もう朝餉だとさ。ほらほら、さっさと起きろ、晴明の孫」

「孫いうなっ!!」

勢い良く起き上がった昌浩をみて、物の怪はその長い尻尾をひょんひょんと振る。

「やっと起きたな」

そんな物の怪をしばらくじっとねめつけていた昌浩だが、やがてハッと思い出したように物の怪を見遣る。

「…ねぇ、もっくん。夕べのことなんだけどさ」

「夕べ…?夕べ何かあったのか?」

「…え?」

物の怪のその言葉に昌浩は目を見開いた。
しかし、物の怪はそんな昌浩に背を向け、肩越しに彼を見てにやりと笑う。

「なんだなんだ?夕べはお前ぐっすり寝てただろ?何か夢でもみたのか?」

―夢―

その言葉に昌浩は言葉を失った。
あれが夢ではないことぐらい、いくらなんでも分かっている。

「とにかく早く準備しないと遅れるぞ、昌浩や」

それだけ言い残すと物の怪は妻戸からするりと出て行く。

「あ、もっくん…」

慌てて手を伸ばすがその手は届かない。

『―全て忘れていい―』

低い声が耳の奥で甦った。

「…」

昌浩は片手で額を覆うと肺が空になるほど深く息を吐く。

「…何が忘れろ、だよ。ばか紅蓮…」

忘れられるはずがない、忘れてなんかやるもんか。

「…ずっと覚えててやる」

昌浩は呟くと、拳をぎゅっと握り締めた。
そうだ、ずっと覚えててやる。

俺の名を呼んだあの声も、抱き締められた腕の力も、辛そうに歪んだ金の瞳も。
そして―重なった唇の熱さもすべて。

あの時確かに感じた感情と共に―

この世で一番大切な人との始めての口吸いを忘れることなんてできないのだから。

そう結論づけると昌浩はそっと自らの唇に触れてから笑みを浮かべた。


そしてまた、いつも通りの1日が始まる。







                                         Fin



〜あとがき〜

初少年陰陽師CP小説!
初紅昌小説です!(ぐっ)

紅昌では、紅蓮はへたれと確信している氷月です(ヲィ)

なかなか手を出してこない紅蓮にもどかしさを感じる昌浩。
一方自らの思いさえうまく伝えることが出来ない紅蓮。

両思いなのに、お互いが大切なあまりすれ違う2人がいいと思う(ヲィヲィ)

ちなみに「それはきっと、永遠に。」は窮奇編と風音編の間−外伝の後ぐらいの話という時間設定です。
(アニメでいうと12話と13話の間ぐらいです)


拙い駄文ですが少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

ここまで読んで頂きありがとうございました。