Very Very Sweet Kiss
「何か・・・歪んでるよな。」
眞魔国−血盟城の一室。
俺−渋谷有利原宿不利・・・−は「ソレ」を見つめて溜息をつく。
「でも、もう時間もないし・・・」
そう呟くと俺はGショックを見る。
時刻は2月13日の残りがあと少しであることを知らせていた。
−数日前−
カッカッカッ・・・
その日の朝、水月沙耶は中庭に面した廊下を1人で歩いていた。
「寒っ・・・」
不意に感じたひんやりとした空気に、思わず体を震わせる。
「この分だと、今日は雪かもしれないわね・・・」
そんな独り言をいいながらうっすらと曇っている空を見上げていると、後ろからいきなりがばっと掌で口を塞がれた。
「んっ・・・!?」
とっさに腰に差している剣に手が伸び・・・そうになってふっと手を止めた。
後ろから自らの口を塞いでいる腕。
その腕には見事なまでの筋肉がついている。
・・・ということは。
「ヨザック!!」
ぐいっと力任せにその腕を外させると、そのままの勢いでバッと後ろを振り向いた。
「おっとぉ。さすが師範ですね」
そこには、予想通りオレンジ色の髪に空色の瞳を持つ青年がつかみ所のない笑みを浮かべてたっていた。
「どういうつもり?手合わせならいつでも受けて立つわよ?」
剣の柄に触れながら告げるとヨザックは軽く首を振る。
「めっそうもない。そうじゃありません。−坊っちゃ・・いえ、ユーリ陛下がお呼びですよ?」
「陛下が・・・?」
その言葉に思わず沙耶はきょとんとしてしまう。
「・・・コンラッドじゃなくて?」
「えぇ。隊長じゃなくてサヤ師範をお呼びです。あぁ、それから」
そこまでいうとヨザックは沙耶の方へぐいっと顔を近づけ、人差し指を立て自らの唇に当てた。
「このことは『内密』にだそうですぜ?」
「え?」
その言葉に沙耶はより深く首をかしげた。
「バレンタインのチョコ・・・ですか?」
「う、うん」
いつもならば決して静かとは言えない執務室。
今、そこにいるのはこの国の第27代目魔王である俺とサヤさんの2人だけだった。
そう、もうすぐバレンタイン。
去年は、コンラッドが俺の家の湯船から日本へきて、そのままバレンタインデーを迎えた。
あの時のバレンタインは、コンラッド曰く『俺自身がプレゼントです』ってことだったけど・・・。
「そっか。もうそんな季節でしたね。」
そういうサヤさんはどこか遠いところを見ている。
「それで?私を呼んだって事は私に頼みたいことがあるんですね?」
そう尋ねられ、俺は少し考えてから口を開いた。
「うん。・・・その、去年は俺が・・もらったからさ。今年は・・俺がコンラッドにあげたいな・・って思ってさ」
話しているうちに頬がかぁあああっと熱くなるのを感じる。
あ〜・・・俺、絶対今真っ赤なんだろうな・・・。サヤさんもこっちをみてくすくすと笑ってるし!
「だ、だっていつも、コンラッド俺のこと助けてくれるし!そばにいてくれるし!・・・俺はコンラッドに色々なものもらっているのに俺は全然返してないからさ・・・」
慌てて付け足すように言葉を紡ぐとサヤさんは俺を見た。
「そんなことないと思いますよ?少なくともコンラッドはそんな風には思ってないと思いますよ。」
「そ・・そうかな?」
「えぇ。それで・・・ユーリ陛下は私に何を頼みたいんですか?」
サヤさんは俺にそう言うといたずらっ子のような微笑を浮かべた。
それが数日前のこと。
そして、今俺の前には少しいびつなハート形の一口サイズのチョコが5つ銀のトレーの上に並べられている。
あの日、俺はサヤさんに「地球に行って、一緒にチョコを選んでくれないか」と頼んだのだ。
今までお袋以外にチョコをもらったことがない俺は、どのチョコが美味しいとか、人気があるとかそういうのが全然分からなかった。
それを言ったら、眞魔国の住人であるサヤさんも同じなんだけど・・・。
サヤさんは前に3年間日本にいたこともあるっていってたし・・・。
そんな俺を見てサヤさんが言ったのは俺の予想に反した言葉だった。
「いいですけど・・・。どうせ買うなら、作ってみませんか?チョコレート。地球に行けば手作りチョコレートの材料売ってますし。」
「え!?で、でも俺チョコレートなんて作ったことないし!」
っていうか俺自慢じゃないけど料理へたなんだって!前、グレタのために焼いたクッキーもこげこげだったし・・・。
そんなことを考えていると、サヤさんは微笑んで自らの胸を軽く叩いた。
「大丈夫ですよ。私、地球にいた頃作ったことありますし。手順とかは覚えてますから」
そして、俺は血盟城の空き室を1つ使ってチョコレートづくりに挑戦することになった。
ちなみにこのことはヴォルフラムを始め、グウェンダル、ギュンター、ツェリ様、アニシナさん、ギーゼラ、ダカスコスはもちろん当の本人−俺の名付け親兼護衛兼保護者兼・・・恋人でもあるウェラー卿コンラートにも秘密にしている。
だって、もし失敗したら別のプレゼントを考えなくちゃいけないし・・・。
「それにしても・・・やっぱり歪んでるよな」
5つのハート形の型に入っているチョコレートは左右に入れるチョコが均等でなかったためか、少しだけ不格好になっている。
でも、これが今までで一番いい出来だよな。
今回、初めてチョコレートを作ってみて、俺は女の子がいかに苦労しているかということを実感した。
チョコレート作りってこんなに苦労するもんなんだ。
チョコは湯煎で溶かさなくちゃいけないし、その時の温度まで決まってるし・・・。
コンコン−。
その時、部屋の扉がノックされた。
「っ・・・!」
『陛下、私です。サヤです』
一瞬、びくっと体をこわばらせるが、聞こえてきた声にほっと息を吐く。
その声は、今回のことを唯一知っている人物−サヤさんの声だったからだ。
「サヤさん、ちょうどよかった。今、完成したところなんだ!」
『そ・・・そうなんですか』
そう答えるもののサヤさんは扉を開けようとしない。
「・・・サヤさん?」
よく聞くとその声も微かに震えている。
怪訝に思った俺は扉をガチャッと開けた。
廊下にはサヤさんと・・・もう1人立っていた。
「コ・・・・−!?」
「ごめんなさい、ユーリ陛下・・・バレちゃいました」
その人物を見たままぽかんとしている俺を見ながらサヤさんが申し訳なさそうに言う。
そして、その人物−ウェラー卿コンラートは俺にいつも通りの好青年風の笑みを見せた。
「すみません、ユーリ。『サヤ師範とユーリ陛下が逢い引きしている』という噂を聞いたので・・・」
そうにっこりと笑うコンラッドだが、目は笑っていない。
・・・こ・・・怖い、怖いってコンラッド!
・・・ってか・・・
「あ、逢い引き!?」
「はい」
下手すれば語尾にハートマークが付きそうな勢いでウェラー卿は頷く。
ふとサヤさんを見るとサヤさんはどこまでも遠い目をしていた。
「・・・この、腹黒・・」
サヤさんがぼそっと呟いた言葉にコンラッドはよりにっこりと笑みを深くした。
なんかコンラッドの後ろに黒いオーラが見えるんだけど・・・っ・・・!?
「・・・サヤ?」
「・・ひっ!?」
そのオーラにサヤさんの顔も引きつっていく。
サヤさん、ごめんっ!
「コ、コンラッド、俺達逢い引きなんてしてないって!ただ、サヤさんに手伝ってもらってただけで・・・」
「手伝い・・・?水くさいですね、陛下。言って下されば俺が手伝ったのに」
それじゃあ意味ないんだってば!
これ以上、ここで言い争っても埒があかない。
俺はそう考えると、コンラッドの軍服の袖を掴みぐいぐいと部屋に引っ張り込んだ。
「ユ・・・ユーリ?」
俺のその行動に少しばかり驚きながらもコンラッドが声をかけてくる。
「あーもう、いいから来いって!」
「これは・・・」
銀のトレーの上にあるものをみてコンラッドは目を丸くしている。
しかし、それも一瞬ですぐに銀の光彩を散りばめた薄茶の瞳を細め、嬉しそうに微笑んだ。
−っ・・・!
その表情に不覚にも俺はドキンと胸が高鳴った。
「お、俺、チョコなんて作ったことなかったから・・・それでサヤさんに教えてもらってただけなんだって!」
「・・・そうでしたか。すみません、ユーリ。変なことをいってしまって」
少しだけ恥ずかしくて顔を背けていた俺をコンラッドはそっと抱きしめる。
「コンラッド・・・。ううん、誤解されるような行動を取った俺にも原因はあるんだし・・・。ごめんな、コンラッド」
その広い背中に腕を回して自分からもそっと抱きつくような体制になると俺の耳元でコンラッドがくすり、と笑った気がした。
「いえ。ところで、ユーリ?このチョコは俺がもらっていいんですか?」
やがて、俺をそっと離すとコンラッドがトレーを指さす。
「う、うん。あ、でもまだ飾り付けとか!ラッピングとか・・・。それにまだ固まってないかもしれないし!・・・何か歪んでて不格好だし・・・」
慌てて言いながらも段々と空しくなってくる。
どうせなら、綺麗なチョコあげたかったよな、やっぱり・・・。
しかしコンラッドは、そんな俺の様子を見ながら型からチョコを取りだした。
コンッ・・・という微かな音が聞こえる。
「ごめんな、コンラッド・・・。こんなチョコで」
「いえ。ユーリが作ってくれたものだったらなんでも嬉しいですよ」
コンラッドはそう言うとチョコをつまみ上げ、そのまま口に入れた。
まだ完全には固まっていなかったのか、コンラッドの指がチョコで汚れている。
「・・・すごく美味しい。ありがとう、ユーリ」
その指さえもぺろっと舐めながら微笑んでくるコンラッドを見て、よけいに頬が熱くなるのを感じる。
「う、うん・・・」
顔を俯かせながら頷くと、コンラッドの手がそっと俺の頬に触れた。
「あ・・・」
反射的に顔を上げると、すぐそばに彼の顔があった。
「コンラッ・・・」
「ユーリ・・・」
そのまま、コンラッドの唇が俺の唇に重なった。
・・・っ・・・甘い・・・
「んっ・・・」
無意識に彼の軍服の胸元の記事を握りしめる。
ちゅっ・・・と音を立てて唇を離されるとコンラッドは俺をそっと抱きしめながらまたくすりと笑った。
「ユーリ、顔、真っ赤ですよ?」
「・・・っ・・あ・・・あんたのせいだろ!?」
そう答える俺の額にコンラッドは口付けると俺の耳元で「そうですね、すみません」と囁き、再び俺に口付けてきた。
「こんな素敵なバレンタインのチョコをもらえるなんて思ってもいなかったので・・・。愛しています、ユーリ」
そのまま、何度も啄むように口付けられ、俺はその甘さに酔いそうになる。
甘い甘いチョコレートよりも甘いキス。
恥ずかしくて、頬は熱いままだけど、少しだけ離れた唇に今度は自分から唇を重ねる。
「俺も愛してる・・・」
俺はそのままコンラッドの手を取ると、まだ微かにチョコレートの香りがするその指をぺろっと舐めた。
「甘い・・・よな」
「えぇ、溶けてしまうくらいに・・・」
俺たちはくすくすと笑うともう何度目か分からない口付けをした。
−そして、次の日から数日間、サヤさんはコンラッドを見ると、「腹黒」と呟いたあと、まるでアニシナさんに追いかけられるグウェンダルのようにものすごい勢いで逃げるようになっていて、周りには「ウェラー卿コンラート腹黒説」が静かに広まっていった−
<Fin>
〜あとがき〜
何とか間に合った(ヲィ)コンユバレンタイン小説です。
ってか、これコンユ+沙耶って感じですよね;
しかも、久しぶりのまるマ!
ん〜・・・リハビリ的な作品になってしまいましたがいかがでしたでしょうか?
本当はフリー小説にしようかと思ったんですが、沙耶が出しゃばり過ぎなんで断念(汗)
もし、「下さい!」という奇特な方がいらっしゃれば、フリー小説にします(ヲィ)
コンユバレンタイン小説、少しでも楽しんで頂ければ幸いですv
ここまで読んで頂きありがとうございましたv