言の葉にできない思い
―帰ろうよ。もっくんがいなきゃ、駄目なんだ・・・・・・・・・・―
たまらなくなって目を閉じている物の怪に昌浩はそっと手を伸ばした。
体はまだ少し辛い。
辛いけどそれどころではない。
これが夢ではないと確認したかった。
現実なんだと。
物の怪が隣にいてくれるんだと・・・信じたかった。
昌浩の手が物の怪の白い体に触れる。
その瞬間、物の怪は驚いたように瞳を開け、体をびくっと強張らせるがその場から動こうとはしない。
2、3度物の怪の肌触りの言い毛を優しく撫でると昌浩は小さく息を吐き出した。
「ああ・・・もっくんだ」
震える声でそう告げる昌浩の眦からは新たな涙が零れ落ちていく。
「昌浩・・・ッ・・・」
「もっくん・・・もっくん・・・ッ!」
物の怪の体を撫でる手が止まった。
何よりも大切な存在だった。
いつもそばにいるのが当たり前だった。
一度は失いかけた存在が今こうしてそばにいる。
そばにいてくれる。
「も・・・っくん・・・」
それが本当に嬉しくて。
笑いたいのに、涙は次から次へと溢れ、止まらない。
涙声で何度も彼の名を呼ぶと物の怪は強張りそうになる体を叱咤し、立ち上がると一歩昌浩の方へ踏み出した。
「・・・もっくん、言うな」
震える声で告げると、昌浩ががばっと上半身を起こし叫ぶようにその名を呼んだ。
「・・・ッ・・・紅蓮!!」
「昌浩!?馬鹿!寝て・・・っ・・・!」
いきなり起き上がった彼に慌てて物の怪が言うが、その言葉は最後まで紡がれなかった。
昌浩が物の怪を抱き上げぎゅっと抱き締める。
「昌・・・浩・・・」
「紅蓮・・・ッ・・・俺・・・」
物の怪の背中にいくつも温かい滴が落ちてくる。
「俺・・・ッ・・・会いたかった。紅蓮に会いたかったんだ。すごく我が儘だって、分かってても俺・・・」
彼の記憶を封じたのは昌浩自身だ。
紅蓮が苦しまないように・・・傷つかないように、と。
それでいいと思った。
彼の中から自分が永遠に消えてしまっても。
彼に抱いてる思いをもう2度と告げることが出来なくなっても・・・
この優しい神将が傷つくよりかはずっといいと思っていた。
でも・・・
「俺・・・俺・・・会いたくて・・・ッ」
涙で言葉が詰まり、うまく話せない。
せっかく、会えたのに。
肩を震わせながら話す昌浩に物の怪は瞬きひとつで本性に戻る。
「・・・え?」
その途端現れる神気に昌浩は目を見開いた。
いつのまにか自分が抱き締めていたはずの物の怪は消え、反対に褐色の胸に閉じ込められるようにして抱き締められている。
「ぐ・・・れん!」
顔をあげれば夕暮れより濃色のざんばら髪に縁取られた精悍な顔が辛そうに歪められていた。
金色の瞳が揺れている。
「・・・泣くな・・・昌浩」
紅蓮は手を伸ばすと昌浩の眦の涙を指で掬った。
指はすぐに涙で濡れていく。
それでも紅蓮は根気良く涙を拭う。
その指が温かくて、昌浩がそっと掴むと紅蓮が小さく息を飲んだ。
「・・・ッ俺は・・・」
紅蓮の声が震える。
「・・・」
その声に昌浩は腕を伸ばし、紅蓮の頭を自らの胸へと抱き寄せた。
「昌浩・・・?」
「・・・紅蓮・・・」
苦しまなくていい、と伝えたかった。
自分を責めなくていいんだと。
「・・・」
言葉に出来ない思いの代わりに昌浩は紅蓮の額にそっと口付けを落とす。
「・・・ッ・・・ま・・・さひろ!?」
目を大きく見開き、顔をあげた紅蓮の頬を包むように手を添えると彼は優しく微笑みを浮かべた。
「・・・ッ・・・」
「紅蓮・・・ッ・・・」
―『 』―
吐息に近い形で吐き出された事の葉が静かに闇へと溶けていく。
そして・・・。
昌浩の唇が紅蓮の唇に重なった。
「・・・!」
紅蓮の瞳がこれ以上ないほど見開かれ、すぐに細められる。
そっと彼の背中に腕を回し優しく抱き締めた。
「・・・ッ」
息継ぎのために互いの唇がほんの少しだけ離れる。
「紅蓮・・・」
互いの吐息がかかるほど近い位置で見つめ合う。
俺にはお前にこんなことを言える資格などない。
また過ちを犯し、・・・誰よりも大切なお前を傷つけた。
しかし・・・。
「昌浩・・・」
『 』
囁くように祈るように震える声で伝えると昌浩の目がこれ以上ないほど見開かれ、瞳が大きく揺れた。
今度は紅蓮の方から昌浩のそれに唇を寄せる。
重なった場所から互いの体温が伝わってくる。
それをもっと感じたくてより強く抱き締めて体を密着させた。
昌浩もまた同じように紅蓮の背に腕を回している。
もうどちらの体温なのかさえ分からないくらいきつく抱き締めあう2人の間からクチュ・・・という音が微かに響き、唇を離すと銀の糸が2人を繋ぎ、消えた。
「・・・」
その糸を見て頬を赤く染めている昌浩の額に紅蓮がそっと唇を落とす。
「紅蓮・・・」
「ほら、そろそろ横になれ。まだ体辛いだろう?」
腕の力を抜き、尋ねると昌浩も体をそろそろと離す。
「うん・・・。・・・明日には元気になってないと皆に心配かけちゃうもんね」
まだ名残惜しそうに紅蓮を見つめる昌浩に彼は再び口付け、その形のいい頭を優しく撫でた。
「・・・ああ、そうだな」
「・・・分かった、おやすみ、紅蓮」
昌浩は再び横になると、手を伸ばして紅蓮の指をそっと掴んだ。
「・・・ッ・・・昌浩?」
「あのさ、紅蓮。・・・俺が眠るまででいいからこうしててよ」
少しだけ不安そうな顔をして昌浩は囁く。
不安だった。
まだ夢みたいで・・・。
夢じゃないと分かっているのに、目が覚めたら紅蓮が消えてしまっているんじゃないかと怖かった。
その様子をみて彼は昌浩の側で胡座をかき、頷いた。
「ああ。お前が眠るまでこうしてるから・・・さっさと寝ろ」
「・・・うん・・・」
昌浩の眦から再び涙が一筋だけ零れ落ちる。
「・・・おやすみ」と呟いて瞳を閉じた昌浩はすぐに眠りへと落ちて行った。
「・・・ッ・・・」
昌浩の手は紅蓮の指を握ったままだ。
そのぬくもりは13年前と変わらない。
それを感じながらも紅蓮は顔を俯かせた。
その顎のラインにそって、一筋の滴が流れたのは気のせいだっただろうか。
真実は群青色の空に上り始めた月だけが知っている。
Fin
〜あとがき〜
紅昌ss第2弾です!!
いや、やはりこれはどうしても書きたかったんです!
いち紅昌LOVEの身としては!(ぐっ)
紅蓮と昌浩が恋人同士になるのなら、天狐編の最初ぐらいだと氷月的には思っています(ヲィ)
いや、思いはもっと前から持ってますよ!?
というか、これ、告白って言うのかな・・・(汗)
うぅ、そのうちちゃんと「好き」と言わせてあげたいです(汗)
ではでは、相変わらずの拙い文章ですが、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました!