『サヤ・・・。サヤ・・・1つだけ約束して?』

『約束・・・・?』

『・・・−』


『約束』という名の花


淡い月光が眞魔国を照らしている。
そんな中、やっと自分の護るべき相手である赤茶の髪と同じく赤茶の凛々しい眉にオリーブ色の肌の少女−グレタを寝かしつけて中庭に面する廊下を歩いていた水月沙耶はふと足を止めた。
青い月光の下、中庭にある花壇の前に2つの人影を見つけたからだ。
その2つの人影は恋人同士のように体を密着させている。

「月の下でデートね・・・。なかなかロマンチックだけど・・・問題はあの2人がコンラッドユーリ陛下だってことよね」

沙耶はそう呟くと2人へと歩み寄っていった。


「綺麗な月ですね、陛下」

「・・・」

すでに皆が寝静まっているような時間。
俺−渋谷有利原宿不利・・・−の部屋に忍び込んできた俺の保護者兼護衛兼名付け親・・・そして恋人でもあるウェラー卿コンラートに誘われるままに中庭に出たのはいいんだけど・・・。
俺は魔鏡によって見せられた「過去」のことが頭によぎるばかりでどこかぼぅっとしていた。

「ユーリ・・・?」

「え・・・あ・・・ごめん、コンラッド」

そんな俺の様子を見てコンラッドが俺の顔をのぞき込んでくる。
彼の薄茶色に銀の光彩を散りばめた瞳が、ギュンター達に比べたら地味だけどそれでも十分格好いいコンラッドの顔がすぐ近くにある。
それだけで俺は頬がかぁあっと熱くなるのを感じる。
そのまま彼は俺の頬にそっと触れた。

「何か気になることでもあるんですか?」

「気になること・・っていうか・・」

コンラッドの瞳を見るのが少しだけ辛くて瞳をそらすとコンラッドは俺をぐいっと引き寄せ強引に口づける。

「ッ・・・ンん!」

唇を舌で割られそのまま口内に舌が滑り込んでくると体がぞくりと震えた。

瞳を閉じると浮かんでくるのは青い青い花・・・。

目の前にいる彼は20年前、ルッテンベルクの戦いで死にかけたと聞いている。

もし、もし・・・コンラッドが命を落としていたら・・俺は生まれていなかったのだろうか?
だよな、俺の魂を地球に持ってきたのはコンラッドだし・・。
いや、もしかしたらギュンターとかが・・・。
色々と考えが頭の中で浮かんでは消えうっすらと瞳を開けた。

でも・・。

俺はそっとコンラッドの頬に触れると優しく撫でた。

でも・・この人がいない世界なんて・・・。

あの雨の日のことを思い出し俺は微かにこわばらせる。
するとコンラッドは唇をそっと離し、俺を優しく抱きしめてくれた。

「コンラッド・・・」

「ユーリ・・・俺はもう2度と貴方のそばからいなくなったりしない。俺はいつでもユーリのそばにいる。ユーリを愛し、護ると誓う。だから・・・」

「コンラッド・・・ッ・・」

なんでコンラッドには分かってしまうんだろう。俺の考えてることが・・・。


「−−あの・・・」

その時、突如として後ろから声がして俺はばっと振り向いた。
そこには黒髪に群青色の瞳の少女−サヤさんがたっていた。

「師範・・・」

「こんばんわ、陛下。コンラッド。・・・2人の姿が見えたからさ。邪魔しちゃいけないとは思ったんだけど・・かなり目立っていたので・・」

「え・・っ!?目立って・・目立ってた!?俺たち!!」

そのサヤさんの言葉に俺は一気に頬を真っ赤に染める。
ってことはもしかしてもしかして・・サヤさんにキスシーンをみられ・・・っ・・

「ぎゃぁああああああ!!サヤさん、忘れて!!頼むからここで見たことは忘れて下さい!!」

「へ・・・陛下・・っ・・く・・くるし・・」

サヤさんの胸元を掴み前後に揺さぶるとサヤさんが俺の肩に手を置きながらいう。

「あ、ごめん!!」

慌てて手を離すと彼女は苦笑いをしながら頷いた。

「いいませんよ、誰にも。」

「ありがとう、サヤさんっ!」

「ところで師範はなんでこんな時間まで?」

さりげなく俺の肩を抱きながらコンラッドがいつも通りの爽やかな笑みを浮かべてサヤさんに尋ねた。

「うん。今やっとプリンセスが眠ってくれて・・自分の部屋に帰る途中だったんだ」

サヤさんとコンラッドの会話を聞きながら俺はふと花壇に目をやる。
そこにはもうすでに深夜だというのにまだ色々とりどりの花が・・・って・・あれ?色とりどりの花が咲いている中、俺はそこに咲いている真っ白な小さな花が目についた。
背は他の花より少し低いくらいだ。

「コンラッド」

「はい、ユーリ?」

「これはなんていう名前の花?すごい綺麗だよな」

そう言って俺はその白い花を指さすがコンラッドはその花を見て首をかしげる。

「・・・俺もその花ははじめてみます。こんな花、今まであったかな?」

「その花は『約束』っていうんです。」

「え・・・?」

サヤさんが『約束』という名の花にそっと触れた。

「普段は『麗しのヴォルフラム』や『内緒のグウェンダル』『大地立つコンラート』『ツェリの紅色吐息』などの花に負けて目立たないのですが・・この花はこういう月が綺麗な夜には一番映えるんですよ。」

「へぇ・・・。でも、他の花と比べると名前が随分違うよな・・。」

素朴な疑問を感じてサヤさんに尋ねるとサヤさんはどことなく遠いところを見るような瞳を俺たちに向ける。

「えぇ・・・。この『約束』は・・ツェリ様がはじめ私の名前を付けるつもりでいたようなんですが・・頼んでこの名前にしてもらったんです」

ざぁああああ・・・と風があたりにふいた。
彼女の瞳が一瞬闇のように濃くなった気がする。

「師範・・・。貴女にずっと聞きたいと思っていたことがあるんです・・・」

膝を折り、花を見つめているサヤさんにコンラッドが静かに尋ねた。

「えぇ・・・。いいわよ」

また風がふく。

「・・・師範は・・・ユーリの魂が・・・ジュリアのものだということを知っていたんですか?」

俺の肩を抱いているコンラッドの手に力が入った。
コンラッドの瞳はものすごく険しい色を映し出している。
いつのまにか雲が出てきたのか月が一瞬だけ空から消えた。
そんな中、サヤさんは小さく息を吐き出していた。

「・・・それは・・・大シマロンのテンカブ以前から・・ということで間違いない?コンラート」

サヤさんの瞳がすっとかげる。
知らず知らずのうちに、俺はコンラッドの腕を強く抱きしめていた。

「はい・・・。」

サヤさんは『約束』からそっと手を離してこちらへと振り返った。

「えぇ・・・。知ってたわ。」

「えっ!?」

その答えに俺は思わず声を上げてサヤさんを見つめる。
隣でコンラッドが息を飲む声が聞こえた。

「・・・20年前・・・あの大シマロンとの戦争中・・・。私はジュリアに『眞王廟に来て欲しい』と言われたの。コンラート、貴方がルッテンベルク使団として敵地へ出征したあとの話しよ・・。」

その言葉に俺はハッと眼を見開く。
今日、魔鏡によって見せられた過去の中にサヤさんも確かに存在していた。
コンラッド達を見送りにいくのに馬車を借りに行ったとき、俺とジュリアさんはサヤさんとすれ違ったのだ。
あの時、サヤさんは見たこともないほど辛そうな顔をしていてその瞳には涙が浮かんでいた。
そのことは俺の脳裏に強く焼き付いていた。
そしてその時、ジュリアさんが聞こえないほど小さな声で「サヤ・・・」と呼んだ声も。

「眞王廟へと行った私は、そこでジュリアから・・・ジュリアの魂が次代魔王のものになるということ・・・。そしてジュリアがそれを受け入れたことを聞いたわ・・・」

「サヤさん・・・」

「その時、私はジュリアとある『約束』をした。私はその約束を果たすために帰ってきたの。」

サヤさんは感情を映し出さない瞳で淡々と言葉を紡ぎ出している。
風は先ほどよりも強くふいている。

「約束・・・って?」

「それは秘密です。私とジュリアだけの」

サヤさんは悪戯微笑を浮かべながら肩につきそうな黒髪をふわっと掻き上げた。

「ユーリ陛下・・・。貴方が第27代魔王陛下で本当に良かったです。」

「それは・・・俺がジュリアさんの魂を持っているから?」

思ったままを尋ねるとサヤさんは小さく首を振り、手を伸ばすと俺の頬にそっと触れた。

「いいえ、違います。貴方とジュリアは・・例え同じ魂を持っていたとしても別人です。そうではなくて、貴方のように他人の痛みを思いやれる方が・・・誰かのために泣く事が出来る魔王陛下ならこの世界から争いはきっとなくなると思うから・・・。皆が笑って暮らせる世界をお作りになられることができると信じてるから。・・・だから私は『渋谷有利』陛下に私の持てる全ての力をお貸しすることを誓ったんです。」

そういうとサヤさんはにこりと微笑んだ。

「サヤさん・・・」

「ユーリ」

次にコンラッドが俺の肩を軽く叩く。

「コンラッド・・・」

「俺たちは皆、貴方のことを信じています。俺たちはどこまでもユーリについていきますよ」

コンラッドはそう言うと俺の顎に手をかけ軽く口づけをしてきた。

「ん・・・っ・・ありがと、サヤさん!コンラッド!」

サヤさんとコンラッドはいつも通りの笑みを浮かべると小さく頷いてくれた。

「・・・ユーリ、部屋に戻ろうか。もうだいぶ夜も更けてきたからそろそろ寝ないとまた明日ヴォルフラムに怒られてしまいますよ」

コンラッドが俺の耳元でそう囁いてくる。
だから、なんでいちいち耳元でっ!!
真っ赤に頬を染めながら耳を押さえてこくこく頷く俺を見てコンラッドはくすくす笑っている。

「では、師範。俺たちはこれで」

コンラッドが俺の肩を抱いたままサヤさんに話しかけた。

「うん、おやすみなさい。2人とも。また明日」


コツコツコツ・・・。
サヤさんと別れたあと、俺たちは黙って歩いていた。
コンラッドは俺の肩に腕を回して俺を抱き寄せて歩いてくれている。
そのぬくもりが嬉しくて俺はコンラッドの服をきゅっと掴んだ。

「ユーリ・・・1つお願いがあるんですけど・・・。」

不意にコンラッドが足を止めた。

「何?コンラッド?」

「今夜一緒に寝てくれませんか?今夜は・・ユーリといたくて・・」

顔を上げるとそこには俺の大好きな笑顔を浮かべたコンラッドが俺を見下ろしている。
俺はすぐに笑顔を浮かべながら頷いた。

「うん、いいよ。一緒に寝よう、コンラッド」

「・・・ありがとう、ユーリ」

コンラッドはそう言うと俺を強く抱きしめて唇を重ねた。


風がだいぶ強くなり雲が完全に月を隠してしまっている中庭の花壇の前。
沙耶はまだそこに立って空を見上げていた。

『皆が笑って過ごせるような世界の手助けを・・・次代魔王の手助けをしてあげて。そして・・・もう誰かが悲しまなくていいように皆を護って。サヤの大切だと感じている皆を必ず護って』

「本当、ジュリアらしい約束だよね。」

空を見上げたままサヤは小さく息を吐いた。

「・・・−約束は守るよ、ジュリア。もう誰の涙も見たくないから・・誰1人として失いたくないから。もうあんな思いを誰にもさせたくないから。・・・そして私ももうあんな思いしたくないから」

空に向かってサヤが話しかける度に風が木々を揺らしている。

やがてサヤもきびすを返すと花壇の前から立ち去っていった。

その姿を『約束』という名の花だけが見送っていた。





                          
                FIN

〜あとがき〜

マニメ第52話「大地立つコンラート」のあとの話しです!(ヲィ)はっきりいってかなりネタバレしています!えぇ、もう激しく!
サヤとジュリアの関係話しです(ぇ)話ですね。
ちなみに作中の『約束』のイメージはしろつめ草だったりします。しろつめ草の花言葉が「約束」なので・・・。

ではではここまで読んで頂きありがとうございましたv
感想などあれば聞かせて頂ければ嬉しいです!