「コンラッド!お帰り!」

ある暖かな日の午後。
任務によって城を離れていた俺−ウェラー卿コンラート−が城に戻ってきたとき、一番に駆け寄ってきたのは、この国の魔王であるユーリ陛下だった。

「ただいま戻りました、陛下」

余程急いで駆けてきたのかユーリはしばらく肩で息をしながらも俺に微笑みかける。

「そんなに急いで、どうしたんですか?」

何かあったのかという意味を込めて尋ねるとユーリは慌てたように首を振りながらも戸惑い出した。

「あ・・いや、ようがあったとか、そういうんじゃなくて・・、その・・」

「・・ユーリ?」

そっとユーリの頬に触れるとユーリの頬がかぁっと赤く染まる。

・・もしかして・・

「俺が帰ってくるの待っててくれたんですか?」

さぁ・・と心地よい風が吹いていく。

「・・そ、そうだよ・・悪いかよ」

油断していたら聞き逃してしまうほどの小さな声でユーリが囁いた。

・・本当に、この方は・・。

そんなユーリが心から愛おしくて俺はユーリの身体をぎゅっと抱きしめる。

「・・・コ、コンラッド!?」

「ありがとうございます、すごく嬉しいです。陛下」

「・・陛下って言うな・・」

「はい、ユーリ・・」

くすりと笑みを浮かべると俺は彼の額に口づけた。

「ユーリ」

そのままじゃれるように額から瞼、瞼から頬へと唇を移していくと彼は擽ったそうに笑い出す。

「・・・ユーリ」

その全てが愛おしくて笑っている彼の唇に自らの唇を重ねた。

−彼を愛している。何よりも大切な人だ。−

−・・・もう2度と離れないと誓ったのに・・・−


「・・・もう、ヴァン・ダー・ヴィーヤ島に着いた頃だよね、ギュンター達」

重い空気に包まれた執務室。
そんな空気の中、口を開いたのは黒髪に群青色の瞳を持つサヤ師範だった。
ここには、今双黒の魔王であるユーリはいない。

「そうですね、私の超々高速魔動艇ハヤオくんにかかればヴァン・ダー・ヴィーヤ島になどすぐ着くでしょう」

アニシナの言葉に師範は力無く微笑む。
眞王廟を中心に渦巻いている黒雲はどんどん広がっている。

「・・・ちょっと表の様子を見てくる。」

俺はそれだけ言うと執務室を後にした。
俺に出来ることは何もない・・・。
でも、諦めるわけには行かないんだ・・。

彼を失いたくないんだ。
彼は俺にとっての太陽だった。

もう2度と後悔したくなくてユーリと共に眞王廟へと向かったのに・・・。

・・俺は彼を守れなかった。

『陛下が魔王だからじゃない。俺がユーリを守りたいと心から思っているからだ』

・・・守りたかったんだ。彼を・・・。

『コ・・・ッンラッド・・』

最後に見た彼の顔が忘れられない。

ユーリ・・どうか無事で・・頼むから・・無事でいてくれ!

−頼むから・・俺から太陽を奪わないでくれ・・・−

拳を固めながら廊下を歩いているとさぁ・・・と風が吹いた。

心地よい風・・。

・・・それにつられるように顔を上げるとあの時、俺のキスにくすぐったそうに笑っていたユーリがいた。

『コンラッド、くすぐったいってば!』

「・・・ユー・・ッ!!」

しかし次の瞬間にはユーリの姿がかき消える。

・・・っ・・なぜ俺はあの時・・っ・・彼のそばを離れてしまったんだろう。

猊下がユーリを裏切るなんて思わなくて・・とっさのことに体が動かなかった。

『俺は・・コンラッドがいてくれた方がいい!・・俺の・・そばにいろよ・・』

「・・・っ・・」

−夢なら・・醒めてくれ−


「・・・師範。これって・・現実なんですよね」

執務室に残っていたヨザックが沙耶に声をかけた。

「・・・ヨザック・・・」

「・・・夢じゃないんですよね。猊下が裏切ったことも・・陛下が捕らわれたことも・・」

ヨザックは机に肘をつき手を組んでいて、その手に自らの口を押しつけている。

「・・・夢なら・・どんなによかったかしら。・・これが夢なら・・早く・・醒めて欲しい。でも・・これは夢じゃないから」

沙耶は執務室から呆然と窓の外を見ていた。

窓の外では拳を握りしめ微かだが肩を震わせているコンラッドの姿があった。

「・・猊下も・・。土壇場で・・そりゃあないでしょ・・。・・・なんで・・ですかね。」

『ごめん』

彼は苦しそうに呟いた後、ユーリを眞王の方へと押し出した。
それは紛れもない事実。

「・・・ヨザック・・」

ヨザックの声が微かに震えている。

沙耶はそれを見ると小さく溜息をつき、口を開いた。

「・・必ず取り戻す。太陽も・・そして月も・・暗闇から。・・必ず。」

−・・だからどうか・・それまで・・ご無事で・・−

「ユーリ・・・必ず救い出します。必ず。」

俺は祈るように願うように空を見上げた。


                              

                                                   Fin

悲しいほど平和な時間(とき)

〜あとがき〜

「暗闇の中で」ネタです。
書きたかったのは、今思い出すと『悲しくなるほど平和な時間』だったんですが・・(汗)

第1話とか今思い出すと切なすぎるほど平和だったなぁ・・と。
最終回はハッピーエンド希望です!えぇ、もちろん。

ここまで読んでいただきありがとうございましたv