「猊下。」

どこまでも続きそうな暗闇の中、1人でポツンと立っていた双黒の大賢者−村田健は聞き慣れたその声にいつの間にか閉じていた瞳をゆっくりと開けた。

「・・・ヨザック?」

無意識に名前を呼ぶと自分に向き合うようにしてグリエ・ヨザックが立っているのが見える。
あたりはただ、漆黒の闇だけが満ちていた。

「お久しぶりですね、猊下v」

語尾にハートマークを付けていることが手に取るように分かるようなヨザックの言い方に村田は久しぶりにくすりと笑みを見せる。
考えてみれば、彼自身ユーリが眞魔国へと旅だってからトラブル続きで笑顔を浮かべているような状況じゃなかった。

(でも、ヨザックがここにいるわけがない。だって、ここは地球で僕はさっきまでベッドの中にいたんだから。ってことは・・・。)

「これは夢、だよね?でも、会えて嬉しいよ。ヨザック」

「さっすが猊下、よくおわかりでv」

ヨザックがあの賢い獣の笑みを見せ、そのままそっと村田を自分の方へ引き寄せると優しく抱きしめた。

「ヨザック・・・?」

「夢なら・・猊下を抱きしめることにためらいとかなんて感じなくてすむんですけどねぇ・・・。」

村田の髪をさらさらと撫でながらヨザックはさらに村田を強く抱きしめる。

「現実では、立場が違いすぎてこんなこと簡単に出来ませんからねぇ」

ヨザックらしいその言葉に苦笑いしながらも村田もそっと手を伸ばすとヨザックのオレンジ色の髪をそっと撫でた。

「なかなか、難しい問題だよね。そうでなくても君は眞魔国にいない時の方が多いからさ」

「猊下こそ、今回は坊ちゃんと一緒にこちらへいらしてないじゃないですか。グリ江、寂しくて〜」

ヨザックが冗談のようにそういうが村田は微かに眉間に皺を寄せるだけだった。

「行きたいんだけど・・・色々、問題が発生しててね。でも、絶対そっちにいくから。渋谷の助けにならないといけないし」

村田がそこまで言ったときだった。
ヨザックは急に神妙な顔をして村田の顎を持ち上げた。

「え・・・?よ・・ヨザック?」

「夢の中でなら・・・猊下とキスしても怒られませんよね」

そのまま顔を近づけられると村田の頬はかぁっと微かだが赤く染まる。

「俺、猊下が好きですから」

コツンと額と額をぶつけるとヨザックはそう囁き相手の唇をそっとなぞる。

(・・・本気みたいだね・・・)

その言葉に観念したように村田は肩をすくめるとそのまま瞳をそっと閉じた。
やがてヨザックの唇が村田の唇と重なる。

「んっ・・・」

(『村田健』でキスするのって、初めてだな・・)

そんなことを考えながらヨザックの唇を受けていると唇はしばらくの間重なっただけでそっと離れていく。

「・・・」

村田はそっと瞳を開けると目の前の光景に呆然とした。

「・・・−ヨザック・・?」

先ほどまで目の前にいた人物がいなくなっているのだ。

そしてあたりにはただ闇が広がっているばかりだ。

「・・・まさか・・・」

未だに残っている唇の感触に唇に触れながら村田は微かに眉を寄せた。


「駄目ね。びくともしない」

聖砂国−石室。
足下に転がるミイラ達の無惨な死骸を踏みつけないようにしながらも先ほどユーリ達が消えていった壁を見つめて漆黒の髪に群青色の瞳を持つ少女−水月沙耶師範が壁に触れた。
その手に持っている剣はミイラの体液でべっとりと汚れている。

「−っくそっ・・・」

少し離れたところで俺−ウェラー卿コンラートは壁をがんと殴り呟いた。
その様子をみていた師範は小さく息をつくと俺の肩を軽く叩く。

「とりあえず落ちつきましょう。この入り口はそう簡単には開けそうにないし・・・早く陛下達に追いつかないとちょっと心配だしね」

確かに師範の言うとおりだ。
しかし・・今、彼が必要としているのは俺ではない。

「彼にはヨザックがついている・・・」

そんな気持ちから思わず本音を漏らすと師範に思い切り睨み付けられた。

「・・・そうかもしれないけど、サラレギーも一緒だし・・・決して安全ではないわよ」

コンラッドの顔が苦しそうにゆがむ。

「・・・一緒に行きたかったんでしょ?」

剣を鞘に戻しながら師範は俺に疑問をぶつける。

−・・図星だった。

それと同時に肩がぴくんと跳ねた。

「今までの貴方ならまっさきにユーリ陛下の元へ行っていたはずだからね。やっぱり、行かなかったのはユーリ陛下のあの言葉・・・?」

『あんたは今っ、どっちの立場でものを言ってるんだ!?』

そういった時のユーリの辛そうな顔はまだ記憶に新しい。

『俺の仲間なのか、それとも・・・・・・大シマロンの使者か』

・・・貴方の仲間だと答えられたらどんなに良かっただろう。例え、この瞬間だけでも貴方の味方だと・・。

俺が「陛下はどちらをお望みなんですか」と尋ねた時、彼は何も答えてはくれなかった。
いや、答えなんてもらえるわけがない。
俺はあの方の元を離れてしまったのだから・・・。

いつのまにか顔を俯かせていた俺を見て師範が小さく溜息をつく気配を感じた。

「・・・少なくても・・私は、貴方といる時の陛下は・・以前の陛下のように感じた。・・・あんな陛下久しぶりにみたわ。貴方が大シマロンにいってから、ちょっと心配だったから。」

そこまでいうと師範は俺の肩を思い切りバシンと叩く。

「陛下は貴方を見捨ててなんかいない。・・・じゃなきゃ『たまには陛下って呼んでもいいぞ?』って言葉は出てこないんじゃない?」

話ながらも師範はゆっくりと歩き始めた。

「とりあえず、ここにいてもしょうがないし・・・ヘイゼルなら入り口の開け方を知っているかもしれない。探しに行きましょう?」

「はい」

その時、俺は微かにサヤ師範が呟いた言葉が耳に届いた。

「コンラッド。・・・2度と還ってこないつもり?眞魔国に・・陛下の元に」

俺はその問いに返事をすることが出来ず、黙ったまま市場へとむかった。


「何故あんたが此処にいて、守るべき坊やがいないんだい?あんたはボディーガードだろう、ウェラー氏、まさかあの子だけ行かせたことなんてことはあるまいね?ミス・ミナヅキ、あんたもだよ」

やっと市場で会えたヘイゼル・グレイブスに早口の英語でそうまくしたてられつつも、まさか、ユーリとサラレギーが一緒にいるということ、コンラッドは今は護衛ではないということを言うわけにもいかず沙耶はただ顔を俯かせていた。

(頼りの綱はヨザックだけど・・ヨザックのことだから、よけいなトラブルを招いていなければいいけど・・・)

かなり失礼なことを沙耶が考えていると、隣でコンラッドが息をするのさえ辛そうに眉を顰め、首を振る。

「1人じゃない。俺などより余程頼りになる男がついている。しかし」

「そんな顔をするくらいなら、最初から他人に任せるんじゃないよ」

ぴしゃりと言い放ったヘイゼルの言葉に沙耶も思わず顔を上げた。
コンラッドはいっそう悲痛な面持ちになり、握りしめた拳を剣の柄に押しつける。
沙耶はこの顔には見覚えがあった。

聖砂国に入る前夜−。

眠っているユーリを前に何度も彼が「すまない」と謝り続けていた時の顔だ。
泣きたいのに泣けない−そんな顔だった。

「すぐにでも陛下のあとを追いたかったんですけど、あの入り口は私たち2人の力じゃびくともしなくて・・。ヘイゼル、お願い。教えて。今からでも陛下達に追いつける方法があるなら教えて欲しいの」

少し慌ててコンラッドのフォローをするように沙耶が話題を変えるとヘイゼルはしばらく腕組みをして聞いていたが、やがて近くにいた奴隷に声をかける。
その様子を見ながらも沙耶はコンラッドの肩に手を乗せた。

「・・・大丈夫。ユーリ陛下なら絶対大丈夫だから」

「師範・・・」

コンラッドに言うのではなくまるで自分に言い聞かせるように呟く沙耶にコンラッドは小さく頷いた。


「走って、そのまま。止まらないで」

背後に迫ってきた通路とほぼ同じサイズの丸い石から逃げる途中、隣で壁に近づこうとしているヨザックの言葉に俺は微かだけど・・・本当に微かだけど不安を感じた。
だからこそ、怪訝な顔をしていたらしい俺の頬に彼の左の掌が一瞬触れた。
そして、まるで彼らしくない、クリスマスの絵画みたいに笑った。


「あなたは走るんです、陛下」


だが、彼は足を止めた。


「ヨザっ・・・・」


ざぁあ・・・っという強い風があたりに一瞬だけふいた。
その風の音にユーリ達と合流するため先回りをしようとヘイゼルとコンラッドと話していた沙耶がばっと風がふいたあとをみつめる。
耳に心臓が移動したかのように心臓が高鳴っている。
不安が胸一杯に広がっていく。

「・・・ヨザ・・・?」

しかし、声を出したのはコンラッドの方だった。
彼も同じものを聞いたのかもしれない。

『あなたは走るんです、陛下』という言葉と・・・金属の折れる音と硬質な石同士がぶつかる鈍い音が・・。

そして陛下の『どうして・・・・っ!』という悲痛な声・・・。

不安で高鳴る胸を収めようとするように沙耶は無意識に胸元の服を爪をたて握りしめていた。

「・・・まさか・・嘘だよね・・?・・ヨザック・・?・・嘘だよねっ!!あいつが・・そんな簡単にっ・・・」

沙耶の悲痛な声が空へと響いていった。

                              

                          
                                              <Fin>

Premontion Of Sorrow

〜あとがき〜

「宝はマのつく土の中」ネタです。
そして珍しくヨザケンですよ、ヨザケン!!
私的にヘイゼルが好きです(ぇ)
ヨザック〜・・・お願いだから生きててくれ〜・・と願っています。

ではここまで読んでいただきありがとうございました。