「ユーリ陛下?何してるんですか、そんなところで」

眞魔国−血盟城。

真っ青な青空が広がり、暖かな日差しは確かに春が近づいていることを教えている。
そんな気持ちのいい天気の午後。

俺−渋谷有利原宿不利−は、中庭の茂みに隠れていた。

「さ・・・サヤさん」

その茂みを廊下から一目見ただけで俺が隠れているのが分かるなんてさすがサヤさんだよなぁ。
そんなことを考えながら俺は茂みからがさりと立ち上がる。

「あはは・・・」

「どうかしたんですか?今は確かギュンターと勉強の時間のはずじゃ・・?」

手にたくさんの書類を持ってきょとんと首を傾げるサヤさん。
そう、確かに今の時間はギュンターと勉強する予定だったんだけど・・。

「もしかして・・逃げてきたんですか?」

「う、うん・・・。実は・・」

その後が言いにくくてごにょごにょと答えるとサヤさんがくすくすと笑いかけてきた。

「さすがの陛下もフォンクライスト卿には敵わないみたいですね。まぁ・・最近のギュンターはいつにもまして・・汁が・・」

そこまでいうとサヤさんが小さくため息をつく。
ギュンターのことで悩んでいるのはギーゼラだけじゃないらしい。

お疲れさま・・。と思わず心の中で呟いてしまう。

「でも、陛下。さすがにそこだとすぐにみつかりますよ?ギュンターだって一応軍人なんですから」

「う・・た、確かにそうかも。でも・・城内に隠れてもギュンターにはすぐばれちゃうからさぁ」

一応、王佐だし・・・。と呟く俺を見てサヤさんは何かを思い出すように城の廊下の先を見つめた。

すべてにおいて「一応」をつけられるギュンターって一体・・。

「いえ、ギュンターが知らない部屋。ありますよ?」

「え・・・?」

にこりと悪戯微笑を浮かべながら話すサヤさんに俺はきょとんとして首を傾げた。

「・・ギュンターが・・っていうより、その部屋の存在は血盟城に住んでいる者たちでもほとんど知らないと思いますけど」

「そ、そんな部屋、あるの?」

そんな部屋があるなんてこと今まで一度も・・ってほとんどの人が知らないんじゃ教えてもらえないのも当たり前だよな。

「どうします、陛下?その部屋行きますか?少なくてもギュンターと・・ヴォルフラムもその部屋のことは知らない。それは私が保証しますよ」

そういってサヤさんはふわっと吹いてくる風にその群青色の瞳を細める。

その時だ、遠くの方から「陛下〜〜〜〜!!!」「ユーリ!どこにいる!!」という2つの声が聞こえてきた。

「や・・やばっ・・ギュンター・・それにヴォルフラムまで・・。さ、サヤさん!早くその部屋の行き方教えてください!この通り!」

パンッと手を合わせてお願いするとサヤさんはくすくすと笑いながら廊下を指さした。

「この廊下の突き当たりを右に折れてください。すると階段があるから、その階段を・・」


「えっと・・階段があるからその階段をずっと登って・・」

あの後、サヤさんと別れた俺は、教えられた通りに道を進んでいた。
石で作られた螺旋状になっているその階段は窓が作られていないため石の隙間から微かに漏れる光だけが頼りだった。

「はぁ・・は・・さすがにきつい・・どこまで続いてるんだよ、この階段」

螺旋状の階段は先が見えないほどずっと上の方まで続いている。
確かサヤさんはこの階段を上りきったところにその部屋があるって言ってたけど・・。
この部屋が見つからないっていう理由がわかる気がする。

こんな階段、登り切った方がすごいよな・・。

階段を上り続けているとやがて大きな木の扉を見つけた。
階段はここで終わっている。
ってことは・・。

「ここがサヤさんが言ってた部屋だよな・・・?」

扉の隙間からは太陽の光が漏れている。

「・・・」

こくっと喉を鳴らしながらそっとドアノブに手を掛け、ドアを開けた。
 

その部屋は小さな作りだった。
俺の地球の部屋くらいの大きさの部屋の中にベッドと机と椅子。
そして小さな本棚だけがおいてある。

ドアを開けて向かいの壁には大きな窓があり、なぜか開いている窓から心地よい風が肌を撫でていく。

雰囲気的にはすごい高いところのような気がするけど・・。

「なんか、秘密基地って感じだよな・・。静かだし・・」

辺りを見回しながらそう呟き窓の桟に手を置き、外の様子を見る。
この部屋はどうやら俺の部屋や執務室がある棟とは違う棟のようだけど・・。
まさか迎賓館じゃないよなぁ・・。

小さな不安を抱きつつも窓から身を乗り出すようにすると心地よい風がいくつも通りすぎていく。

気持ちいいかも・・。

「でも、ここいい部屋だよな・・。ヴォルフラム達は知らないって言ってたけど・・コンラッドは知ってるのかな?」

今度、コンラッドと一緒にこの部屋こようかな。

あれ・・・?そういえば俺、今日朝からコンラッドの姿を見ていないような・・。
任務だったりしたらグウェンダルが言うはずだけど、何もいってなかったし・・・。

「出かけてるのかな・・コンラッド」

無意識にそう呟くといきなり後ろからぎゅっと抱きしめられた。

え・・って、ってか抱きしめられた!?誰にだよ!?

「だ・・っ・・」

「呼びましたか?ユーリ?」

え・・こ、この声って・・。

思わず叫ぼうとした俺の耳元で聞き覚えのある声がささやく。
その声に俺は腹に回されている腕を見た。

・・・カーキー色の軍服・・。

ってことは・・。

「コ・・コンラッド?」

「はい」

肩越しに後ろを振り返るとそこには俺の護衛兼保護者兼名付け親・・・そして恋人でもあるウェラー卿コンラートがいつも通り爽やかに微笑んで立っていた。

「あ・・あんた何でここに!?ってかいつからいたんだよ!?」

「やだなぁ、陛下。ずっといましたよ、ベッドに。陛下は・・っと、ユーリは何でこの部屋に?」

コンラッドがいたことに全然気がつかなかったことも悔しいけど、ここには俺たち2人しかいないのに「陛下」って呼ぶなよな!という思いを込めてコンラッドを見つめると彼は慌てて言葉を訂正する。

「サヤさんに教えてもらったんだよ。・・ギュンターもヴォルフラムも知らない部屋だからって。」

そういうとコンラッドは俺をよけいにぎゅっと抱きしめた。
背中にコンラッドの体温や心音が伝わってくる。

「なるほど・・。確かにギュンター達は知らないだろうな。この部屋は俺専用の『執務室』なんです」

「・・・え?」

その言葉にコンラッドの腕の中で体の向きを変えた。

執務室って・・コンラッドっていつも仕事は自分の部屋でしてるよな。
あんな立派な机があるんだし・・。

コンラッドがそこで仕事をしている姿はよく見るし・・。

きょとんとしている俺を見てコンラッドはくすくすと笑っていた。

「まぁ、執務室というより、秘密基地ですけどね。・・・自室だと人の出入りが激しくて・・。考え事しながらやりたいときなんかはこの部屋を使っているんです。ここだと静かですから。ユーリが魔王としてくる前まではよくこの部屋にいましたね。いろいろありましたし。」

そっか、少し前までコンラッドとヴォルフラムの間には結構深い溝があったよな・・。
今はそんなの全然感じないけどさ。

「ここはサヤが用意してくれた部屋なんです。俺は、この部屋でよく貴方のことを考えていました」

「・・・え?お、俺のこと?」

「はい。成長した貴方はどんな風だろうか、とか。貴方に再会する日を心待ちにしていましたからね」

コンラッドはそういうと俺の頬にそっとふれた。

「そして、今、ユーリはここにいる」

「コンラッド・・・」

「貴方にはこの部屋のこと、そのうち話すつもりでした。まさか先に見つけられるなんて思ってなかったですけどね」

コンラッドの顔が段々近づいてきて、俺の額とコンラッドの額がこつんとぶつかる。

「コンラッド・・・」

「・・目を閉じて。ユーリ・・」

「う、うん・・」

言われたとおりに瞳を閉じるとコンラッドの唇が重なった。
強く抱きしめられてなぜか泣きそうになる。
温かくて優しい腕の中、俺の中がコンラッドで満たされていく感じ。

「愛してます、ユーリ。ずっと・・ずっと一緒にいよう。」

「うん・・。ずっと一緒にいよう。一緒に生きていこう?コンラッド」

「はい。」

そっとコンラッドの広い背中に腕を回すと体を密着させた。
そのままじゃれるように何度もキスを繰り返す。
窓からは暖かい風が入ってくる。

春が来るのはもうすぐだ。

                               

                       
                                                Fin

Uneventful Day
 
〜Secret Room〜

〜あとがき〜

少しずつ春めいてきたっていうことでほのぼのコンユです。
ほのぼの書くの久しぶりだなぁ・・・。

これがいつぐらいの時代考証なのかっていうのは読む人によって違うと思います。
ユーリがまだ眞魔国に来たばかりの時の話なのか。
それとも、少しだけ未来の話なのか。
どのように感じたかなど感想などいただければ嬉しいです(ヲィ)

ここまで読んでいただきありがとうございましたv