傷の舐め合い


「留三郎、いるか?」

それはやけに湿度が高く暑苦しい夜のこと。
六年は組食満留三郎は自室の腰高障子を全開にした状態で書物を読んでいた。
そこに現れたのは友人の一人である六年い組立花仙蔵だ。

「仙蔵…」

ちなみに同室の善法寺伊作は部屋にはいない。

「良かった。まだ起きていたな、邪魔するぞ」

仙蔵はそれだけ言うと留三郎の返事を待たずに部屋の中に入る。

「あ、ああ。ところで…何か用か?」

自分のそばに腰を下ろした仙蔵に留三郎が書物を閉じ尋ねる。

仙蔵は確かに友人だが、二人きりになるのは珍しいことだ。

「いやなに。文次郎に部屋を追い出されてしまってな。お前のところに行こうと思ってな。伊作はいないんだろ?」

仙蔵の言葉に食満は首を傾げた。
逆ならともかく、仙蔵が文次郎に部屋を追い出された?
そんなことがあるのか?

それに…

「なぜ伊作が留守だと知ってるんだ?」

「それはな。伊作に頼まれたからさ」

「伊作に?」

「ああ。私が文次郎に言われたくらいで部屋を出るはずがないだろ?しかし伊作にあんな顔されて頼まれてわな…嫌とは言えなかったのさ」

イマイチ状況がつかめない。
つまり仙蔵に部屋を出ていってくれるように伊作が頼んだと言うことだろうか。

なぜそんなことをする必要がある?

というよりなぜ伊作がい組の長屋にいる?

「…あ」

無意識に顎に手を添え考えていた留三郎が小さく声を上げた。

もしかして…

「そういうことだ。どうやら久しぶりの逢瀬らしくてな」

留三郎の考えを肯定するように仙蔵が頷く。

仙蔵と同室である六年い組潮江文次郎と伊作は恋人同士だ。

二人きりになりたいために仙蔵に部屋を出ていくよう頼んだのだろう。

「それで、部屋を出ていき際に伊作が『は組の僕の部屋をつかってよ。あ、留もいると思うから』と言ってきてな。それで、お前と一杯やろうとこんなものを持ってきた」

そういうと仙蔵は腕を少し上げ二人分の盃と徳利を見せた。

「どうだ?飲まないか?」

「…そうだな。飲むか」

仙蔵の誘いに断る理由もない留三郎が乗ると仙蔵は盃と徳利を床に置き、立ち上がると入り口の腰高障子に手をかける。

「みつかるとまずいからな。さぁ、飲むか」

腰高障子を閉めると仙蔵は笑みを浮かべ留三郎を見遣った。



それから少しの間。
留三郎と仙蔵は二人だけの酒盛りを楽しんでいた。

普段あまり接点のない二人だが、話し始めると六年間共に過ごしている友だ。

話題は尽きない。

「…しかし伊作達も長屋の部屋で逢瀬を楽しむなといいたくなるな。まぁ言い出したのは文次郎だろうが」

やがて、もう何杯目か分からない酒を喉に流し込みながら留三郎が眉間に皺を寄せ呟いた。

「だが、この学園で邪魔が入らぬ場所といったら長屋ぐらいしかないだろう。町に行くのも大変だしな」

仙蔵は涼しい顔をして盃の中の酒をくっと飲み干す。

「それでもだ!大体伊作も伊作だ。あんな奴の誘いにほいほい乗って…」

その食満の言いぐさはまるで年頃の娘を心配する父親のようだ。

「まるで父親だな」

くすくすと笑っていいながら仙蔵は「その気持ちはわからんでもないけどな」と続ける。

「私も変な虫がつかないように大切に守ってきた伊作をあのギンギン男にかっさられた時は、いっそ文次郎を亡き者にしようと思ったくらいだ」

どこまでが本気でどこまでが冗談なのか分からない仙蔵の言い方に留三郎が苦笑を浮かべた。

「全く伊作は文次郎のどこがいいのだろうな」

「俺もそうは思う。思うが…」

留三郎はそこまでいうと盃の中の酒を見た。

「伊作が…あいつじゃなきゃ駄目だといったからな」

それは文次郎と伊作が付き合うことになった時、伊作が留三郎に対し言った言葉。

『確かに、あんないつも寝不足で目の下に隈作って、忍術のことしか頭にない忍者馬鹿、なんで好きになったのかなって思うよ。でも…僕は文次郎がいいから。文次郎じゃなきゃ駄目だから。』

そう言って幸せそうに微笑んだ伊作の顔を留三郎は忘れることが出来なかった。

「…伊作が言ったから、か。だからお前の伊作への思いを忘れることにしたというわけか?」

問われた言葉に食満は少しだけ目を瞠り相手を見る。

「な…」

「『何で知ってるのか?』か。お前の伊作への思いなどすぐに分かったぞ。伊作と話してる時のお前は分かりやすいからな。ちなみに私だけではなく、文次郎や長次も気が付いていたぞ。小平太もだ。気が付いていなかったのは伊作だけだろうな」

つらつらと言い放たれる仙蔵の言葉に留三郎はがくっと肩を落とした。

確かに自分は伊作に思いを寄せていた。

しかし、それは誰にも気づかれていないと思っていた。

まさか一番気が付いて欲しい奴以外全員に気づかれていたなんて…

軽くへこみそうな留三郎に構わず仙蔵が言葉を続ける。

「それで?お前、まだ伊作に未練はあるのか?」

「未練はない」

予想外なほどきっぱりと返ってきた答えに仙蔵は瞳をすいっと細めた。

「ほぅ?」

「確かに俺は伊作が好きだった。だが、それはもう過去のことだ。それに…俺があいつにいつまでも未練があるとあいつは苦しむだろう?」

確かに伊作のことだ。
留三郎が自分のことを好きだったと知れば思い苦しむだろう。

「それならこの思いは始めからなかった事にすればいい。伊作の苦しむ顔などみたくないからな」

あいつが笑っていられるなら、それでいい。

最後にそう呟き留三郎は手の中にある盃をくいっと煽った。
まるでこの話はこれで終りだ、といわんばかりに。

「なるほど…な」

仙蔵はそう呟くとずいっと相手に近付いた。

「では、私などどうだ?」

「…は?!」

突然の言葉に留三郎は大きく目を見開き、仙蔵を凝視する。

「なんだその顔は。私とて伊作に見劣りはしないはずだぞ。それに…お前と私ならいい傷の舐め合いになるだろう?」

「そう言う問題ではないと思うんだが。それに傷の…」

その後の言葉は声として発せられることはなかった。
留三郎の方に体を近づけた仙蔵がそのまま彼の口を吸ったのだ。

「ッ…!?」

咄嗟に引きはがそうとした腕をしっかりと押さえつけられ、抵抗を封じられる。
仙蔵の細い腕のどこにこんな力があるんだ、と真剣に考えてしまう。

「…ぅ…」

クチュッ…という濡れた音が部屋に響く。
両腕は仙蔵に掴まれびくとも動かない。

舌で口膣内を余すことなく探られ、留三郎の体にぞくんという刺激が走る。

「ッ…は…」

堪らずに吐息を漏らすと舌をより深く絡まされた。

「ッ…やめ…せんぞ」

何とか相手の名を呼ぶと仙蔵がやっと唇を離す。

「どうだ?これでも私では駄目か?」

涼しい顔をして飄々と言ってのける仙蔵に留三郎は完全に言葉を失った。
ただ、顔を赤く染め、相手から視線を逸らす。

その様子を見て仙蔵はふっと笑う。

「まぁ、少し考えてみてくれ。悪い話ではないからな」

お互いに−

そう締めくくると仙蔵は自らが先ほど閉めた膝高障子を開け、廊下へと一歩踏み出した。

「邪魔をしたな。その酒はやる、ゆっくり飲め」

そう言うと仙蔵は「ではまた明日」といって廊下を歩いていく。

しかし、今の留三郎にはそれに返す気力も仙蔵を見送る気力さえ残っていない。
ただ口を押さえ、真っ赤になった頬の熱が下がるのを待っているのが精一杯だった。



−生ぬるい風が吹き渡る廊下を歩きながら仙蔵は自らの唇をペロッと舐める。
その唇は心なしか甘い。
そのまま何かを考えるかのように人差し指を唇に添えた。

「思ったよりは、なかなか楽しめそうだな」

そう呟いた仙蔵の顔には人の悪そうな、それでいてどこか楽しそうな笑みが浮かんでいた。





                                        Fin




〜あとがき〜

やっ ちゃ った ーorz

ついに書いてしまいましたよ。
食満仙!

思った以上に楽しかったです(笑)

というか、これ食満仙というより食満仙食満のような…(汗)
仙蔵はぶっちゃけ襲い受けだと思います(ヲィ)

そして食満はそんな仙蔵に頭の上がらないヘタレ攻め。

何げに文伊←食満も含んでます。
文次郎も伊作も一切でてきていませんが。

ってか文次郎の扱いひどいな、仙蔵。

でも文次郎に対してはこれくらいの接し方をしてるといいなぁ、仙蔵(ぇ)

では、ここまで読んで頂きありがとうございました!


2008.5.13