飴 玉 (文伊の場合)


―飴をもらった。


それは今朝まで学園長先生のお使いで学園を離れていた食満留三郎が買ったものだった。
それを土産、と称して僕にくれたのだ。
自分で買ったんだから留が食べればいいじゃないか、と言ったら俺はもう食べたから。あとはお前にやる、と留らしい返事が返ってきた。

なら、と有りがたく貰って行儀は悪いけど、落とし紙の補充中。
口に飴を入れたまま移動していた。

コロ…と口の中で転がす度に甘い味が口一杯に広がり自然と顔が緩む。

「今日はいい日だなぁ…」

今日はまだ大きな不運もないし。

うん、今日はいい日だ。

自分でそう結論付けていると背後から声をかけられた。

「伊作」

その声に振り向くとそこには立花仙蔵が立っていた。

「仙蔵」

「伊作、今日はいいことがあったようだな」

「え?何で?」

一発で当てられて少し気恥ずかしくなり尋ねると仙蔵がいつも通りの笑みを浮かべる。

「分かるに決まってる。今日はいつも以上に顔が緩んでいるからな」

「え?」

そんなに緩んでた?と尋ねるとしっかり頷き返された。

「あ、じゃあ仙蔵にも良いことのお裾分け」

懐から飴を取りだし仙蔵に渡す。

「飴?」

「留から貰ったんだ、結構美味しいんだよ、この飴」

そう説明すると仙蔵の目元が少し緩んだ。

「なるほど。では有り難く頂いておこう。ところで、伊作。」

「ん?」

「その留三郎を探しているんだがどこにいるか知らないか?」

「留?留だったら多分長屋にいるんじゃないかな?」

留が学園に帰ってきたのは早朝だった。
授業に留はいなかったから、多分長屋で疲れて眠ってるんだよね。

「そうか、では行ってみるか。ありがとうな伊作」

僕のあげた飴を懐にいれると仙蔵は長屋の方へと足を向けた。

「ううん。じゃあまた後でね、仙蔵」

「ああ、また後で」



その後。
たまたますれ違った久々知や見かけた一年生に飴を渡しながら厠を回っていた。

「は〜…やっと次で最後だ」

だからその頃にはすでに補充用の落とし紙も、留から貰った飴も残り少なくなっていた。
その少なくなってきた飴を一個摘まむと包み紙を歩きながらかさっと開ける。
自分が舐めていた飴はすでに口の中で溶けてなくなっていた。

そのまま口に飴を入れる。
やっぱり美味しい。

それにこんなにたくさんもらったんだから今度留に何かお礼をした方がいいかもしれない。

「そうだ。前に一年は組のしんべヱ君に教えて貰った美味しいお団子屋さんのお団子でもあげようかな」

無意識に呟きながら広い校庭の端にある厠へと歩いていく。
この厠は普段ほとんど利用されることはない。
下手したらここに厠があるということすら知らない生徒もいるかもしれない。

人通りが全くないその道を歩いていると、不意に前方の木が不自然に揺れた。

「…?」

歩きながら木の上を見るとその木の中でも一際太い枝の上に見慣れた姿がある。

「文次?」

「伊作」

両腕を頭の後ろに置き、木の幹に背を預け枝に足を投げ出している潮江文次郎は下級生が見たら驚くほど穏やかな顔をしていた。
名を呼ぶと文次郎は僕の方を一瞥し、木から飛び降りると僕の前に着地する。

「こんなところで何を…。もしかして文次、寝てた?」

そう尋ねると文次郎が小さく「ああ」と頷いた。

「夕べ帳簿があわんくて徹夜で会計委員会会議だ。ところで何で俺が寝てたと分かった?」

「分かるよ。文次の顔をみたらさ」

にこりと笑いかけながら答えるが文次郎は腑に落ちないのか眉間に皺を寄せている。

だってしょうがないだろ?文次の顔を見たらそうなんじゃないかな、って思ったんだからさ。

「でも珍しいね、文次がこんなところで昼寝なんて。寝るなら長屋で寝ればいいのに」

「バカタレ。仙蔵の隣で昼寝なんてしてみろ、何されるか分からん」

心底嫌そうな顔をする文次郎に僕は苦笑するしかない。

「ところで…伊作、お前何か食ってるのか?」

お前から甘い香りがするんだが…と続ける文次郎に僕は「ああ」と呟き懐から飴の包みを取り出した。

「文次郎も一つ食べる?留からもらったんだけどさ。」

「留三郎から…?」

何か考えるように顎に手を添えた文次郎の眉間にははっきりと分かるほど皺が刻まれている。

「あの頃野郎まさかまだ…いや、しかし…」

「文次?飴いらないの?」

何やらぶつぶつと呟いている文次郎に尋ねるといきなり腕を掴まれ彼の方にぐいっと引き寄せられた。

「わっ!?ちょ…文次?!」

慌てて顔をあげると目の前に文次郎の顔がある。

「あ…」

「そんなに言うならもらってやる」

文次郎の唇がそう囁きそのまま口を吸われる。

「…ッ!」

咄嗟に瞳をぎゅっと閉じると僕の唇の微かな隙間に舌をねじ込まれた。

「ンン…ッ!」

文次の舌、熱いっ…!

好き勝手に口内を蹂躙され、やられっぱなしは堪えられないとばかりに文次郎の舌にカリッと歯を立てた。
すると文次郎が微かに笑った気配がして、舌を絡め取られる。

「…ンッ…ぅ…」

流し込まれる唾液が溜まり、こくっと喉を鳴らしそれを飲み込んだ。

ヤバ…立ってられない…!

無意識に文次郎の着物の裾をぎゅっと握りしめる。
その僕の様子を見て文次郎がようやく唇を離す。

「っ…いきなり、何するんだよ?!」

肩で大きく息をしながらキッと相手を睨み付ける。
空気が一気に肺に入ってきて、その息苦しさに瞳が微かに潤むのを感じた。

「何って、飴をもらっただけだろ?」

涼しい顔で答えた文次郎が舌を出すとそこには確かに先ほどまで僕が舐めていた飴があった。

「…あ!」

「結構美味いな、この飴」

にやりと意地悪そうな笑みを浮かべる文次郎に頬がかぁっと熱くなるのを感じた。
それと同時に恥ずかしさとこんなところで口を吸われた怒りが沸いてきた。

「なに考えてるんだよ、バカ文次!!」

「うおっ!」


―伊作の怒声とドゴッという音が辺りに響き、次の瞬間文次郎は地面に倒れこんだ。
伊作が背中に背負っていた数少なくなって来たとはいえ、充分大量の落とし紙が入った風呂敷を文次郎に投げつけ、それが見事文次郎の顔面に命中したのだ。

「自業自得だからな!」

肩を怒らせ、顔を真っ赤に染め、仁王立ちで文次郎を見下ろしてそう言い放つ伊作。


―その後、その姿を見かけてしまった生徒達により善法寺伊作最強説がまことしやかに囁かれたのは言う間でもない。


                          




                                                fin



〜あとがき〜

「飴玉」文伊Ver.です。
伊作と文次郎は喧嘩ップルだといい、と(ぇ)

しょっちゅう喧嘩しているから、下級生とかには「仲悪いんじゃないか」とさえ認識されている。
でも、友人達は二人が付き合っていることを知っている。
なかなか甘い雰囲気とかにはならないけどお互いにちゃんと思い合っている二人。

そして密かに文伊←食満を推してみました(ヲィ)

それでは、ここまで読んで頂きありがとうございました!


(作成日:2008 5.8 UPした日:2008 5.10)