仇をなす者 止める者
【1】
−最近、町では「辻斬り」が多発している−
「辻斬り?」
忍術学園教師用長屋山田伝蔵・土井半助の部屋。
久方ぶりに忍術学園にやってきて挨拶もそこそこにそう切り出してきた伝蔵の息子でありフリーの忍者でもある山田利吉の言葉に山田伝蔵と土井半助は顔を見合わせた。
「最近町で辻斬りが多発している話は私も聞いています。幸いまだ死者は出ていませんが、襲われた者は皆重傷だと聞いています。確か手口は人通りのない道でいきなり斬りかかれ、襲われた本人でさえ辻斬りの姿を見ていないと」
半助の言葉に頷き伝蔵が口を開いた。
「よほどの腕前であることだけは間違いないだろう。しかし、それだけでお前が来るとは思えんが…」
横目で自分を見遣りながら話す父親に利吉は軽く肩をすくめ再び話を続ける。
「えぇ。実はとある人からの依頼で少し関わることになったのですが。先日、被害者の一人と話す事が出来まして。そこで少し気になる話を聞いたので」
「気になる話?」
「はい」
−すでに牛の刻を回った時間帯。
その『男』は肩から腹へと真っ白い包帯が幾重にも巻かれた痛々しい姿で布団へと寝かされていた。
青白いを通り越して紙のように白くなっている顔からは血液が多く失われている事が分かる。
ふと、『男』は瞳を開けるとゆっくりと視線を巡らせた。
自分が寝かされている部屋と障子を一枚はさんだ向こう側。
−何者が立っている。
それをしっかりと把握出来たのは彼の長年の勘によるものであることは言うまでもない。
「…何者だ…?」
『男』の固い声音の問い掛けに障子の向こうの気配が動くのが分かる。
しかしその気配の持ち主から返答はなく、辺りが沈黙に包まれた。
こちらの様子をうかがっているような気配に『男』は怪我人とは到底思えぬような勢いで上半身を起こし、自らの懐から何かを取り出し、障子に向かって打った。
しかし。
それ−手裏剣は外にいる何者かに避けられ、庭にある木にでも刺さったのか小さな乾いた音を立てただけだ。
「−さすがですね、そのお怪我でも手裏剣を打ってこられるとは」
しばらくの静寂の後、まだ年若い、だが落ち着いた声が『男』へと話しかけてきた。
「…−同業者か」
『男』からの言葉に障子の向こうにいた何者か−利吉は小さく頷き、二・三尋ねたいことがあると続けた。
『男』からの返答はない。
「昨日、貴方を襲った辻斬についてなんですが」
今、負傷し寝かせられている『男』は利吉と同じくフリーの忍者「だった」者だ。
元は優秀な忍びだったが家庭を持った事で忍びの世界から足を洗ったのだ。
−男が現役の忍びだとしたら、彼の優秀さを邪魔に思い、どこぞの城が暗殺者を放った、という可能性も考えられるが忍びを引退して随分経っているこの時に『男』が襲われる理由が分からなかった。
(それに…−)
「今回の辻斬りで被害に遭っているのは前線を遠のいた忍者や…俺のように忍者を辞めたものばかりらしいな」
利吉が考えていた事に被せるようにそれまで沈黙を守っていた『男』が口を開いた。
「ええ。」
「しかも襲われた者達はあの世界ではそこそこ名の知れた者達だったな。」
「はい」
「それが何故、辻斬りに為すすべもなくやられさらにその姿を誰も見ていないか、という事をお前は知りたいのだな」
利吉がそれに答えることはない。
だがその沈黙が何よりの肯定だ。
『男』はふぅ…と大きく息を付くと視線を障子から天井へと移しゆっくりと言葉を続けた。
「…何故姿を見ていないのか…そんな事は簡単だ。『見ていない』んじゃない。『見ていたが話せなかった』んだ。我らが忍者だということは世間に知られてはまずいからな。」
『男』のその言葉に利吉は小さく瞠目した。
その言葉が意味する事、それはつまり…−
「あの辻斬りは、どこぞのならず者や侍ではない。−間違いなく忍びの者だ。しかも相当腕が立つ、な」
利吉が小さく息を飲むのが気配で分かり『男』は少しだけ口端を引き上げた。
目を閉じればあの時自分を襲った辻斬りの姿を容易に思い浮かべることが出来る。
残念ながら顔をはっきり見ることは出来なかったが、辻斬りが身に纏っていたものが忍び装束だということは認識していた。
その時、ふと『男』はある言葉を思い出した。
それは辻斬が自分にその太刀をふるう直前にたった一言だけ発した言葉。
「…そう言えば、あの辻斬、妙なことを言っていたな」
「妙なこと?」
利吉の尋ねる声に小さく頷く事で返すと『男』はその言葉を紡いだ。
「お前は『忍術学園』の関係者か?…確かそう言っていた」
+++
と言うわけで。
お久しぶりです!
実に2年7ヶ月ぶりという更新の遅さっぷり…orz
す、すみませんorzorz
今回の長編はもともと某所にうpしたものをサイトでうpし直したものです。
ぼちぼちやっていきたいと思いますので、よろしくお願いします!
作成日:2011.8.13、update:2011.8.16