護りたいと願う人

「・・・ユーリッ!!!」

−それが俺が意識を手放す前に聞こえた最後の声だった−

眞魔国血盟城−。
いつもは人の話し声などが響き渡っているがここ数日、シンと静まりかえっている。
いや、血盟城だけではなく、眞魔国全体が声をなくしてしまったかのように静まりかえっているのだ。

「はぁ・・」

そんな中、執務室へと溜息をつきながらも1人の少女−水月沙耶が入ってきた。
手には冷え切ってしまっているスープとパンが1人分乗っている。

「サヤ・・・。」

執務室の中にはグレタ、フォンビーレフェルト卿ヴォルフラム、フォンヴォルテール卿グウェンダル、フォンクライスト卿ギュンター、その義娘であるギーゼラ、双黒の大賢者−村田健、言賜巫女以上の力を持つとされている門崎裕哉、グリエ・ヨザックがそれぞれ疲れたような不安そうな表情を浮かべていた。
彼らはここ3日ろくに眠っていない。
いや、皆眠る余裕などないのだ。
なぜなら−・・・。

「サヤ、ユーリは・・!?コンラッドは大丈夫?」

グレタが泣きはらした瞳で沙耶に駆け寄ってくる。

「プリンセス・・。大丈夫ですよ。ユーリ陛下も、コンラッドも大丈夫ですから、心配しないでください・・・」

沙耶はグレタを安心させるようにその赤茶色の髪に触れた。


 −ことが起こったのは3日前−

その日、この国の王である渋谷有利と彼の護衛兼保護者兼名付け親・・・そして恋人でもあるウェラー卿コンラートは2人で中庭に面した廊下を歩いていた。

「ギュンター、怒ってるよなぁ、きっと。勉強抜け出してコンラッドと城下に出掛けちゃったし・・・」

「陛下が謝れば、ギュンターは許してくれますよ、きっと」

不安そうにしているユーリにいつも通りの爽やかな笑みを浮かべつつコンラッドがフォローする。

「そうかなぁ・・・って、陛下って呼ぶな、名付け親!」

「そうでした、ユーリ」

いつも通りのやり取り・・・のはずだった。

しかし、その日だけは違っていたのだ。

「ユーリッ!!」

いきなりコンラッドがユーリをドンッと突き飛ばしたのだ。

「うわっ!?こ、コンラッドッ!?」

その拍子にユーリが地面へとしりもちをつくがユーリに背を向けるようにして膝をついている彼を見てユーリが大声を上げた。

「コンラッド!?」

−コンラッドの左肩には血がにじんでいた−

「えっ・・・」
一拍おいてその傷から血が見る見る溢れ彼の軍服の色を変えていく。

「大丈夫、かすり傷ですから」

そういって自らの左肩を押さえるコンラッド。

「な、何があったんだよ!?」

思わず立ちあがりコンラッドへと駆け寄ろうとするユーリ。
たちあがって初めてコンラッドの前に1人の青年が立っていることに気がついた。
紺のローブにフードを深く被っているため顔は分からない。そ
してその手には剣が握られている。

「来ないで下さい!!」

ものすごい早さで剣を抜いたコンラッドが焦った声で叫ぶ。
しかし、一瞬コンラッドがユーリに気を取られた瞬間、コンラッドを傷つけた「者」は剣を構え直しコンラッドに斬りかかってきたのだ。

「コンラッドッ!!!」

ユーリはとっさにコンラッドの前に立ちはだかり、そして・・・−−

「・・・ユーリッ!!!」

コンラッドの悲痛な声が青空へと吸い込まれていった。
 

「陛下の命を狙い、コンラートを傷つけたあの『者』は、かなり手練れの暗殺者であることが分かりました。」

ギュンターが眉間に皺を寄せながら沙耶へと話しかける。
その言葉に沙耶も小さく頷いた。

「そうでしょうね、あの剣の扱いはかなりの手練れにしかできないものだったから。」

「その手練れを一瞬で斬ったのはサヤ、お前だろう。生かしておけばどこの手下の者かも分かったかもしれなかったのにな。」

グウェンダルのその言葉に今度は沙耶が眉間に皺を寄せグウェンダルを睨み付けた。

「・・・そんなの関係ないわ。どっちにしろあの暗殺者はユーリ陛下に刃を向けただけではなく、ユーリ陛下を傷つけた!それにコンラッドも・・・。どこの誰であろうと、私は斬ってたわよ、きっと。」

ガシャン!と音を立て沙耶は力一杯持っていたお盆を机へと置いた。
その拳は小さく震えている。

「渋谷は大丈夫だと思うよ。急所も外れてたし、手当も早かったしね。」

その雰囲気を少しでも和らげようとするかのように村田が口を開いた。

「はい。傷の治りも良好ですし。陛下はあとは意識さえ戻れば問題ないと思います。」

ギーゼラも少し慌ててそれに続いて言葉を紡ぐ。

「それを聞いて安心しましたよ。ただ、もう1つ問題がありますよねぇ、師範」

ヨザックが沙耶を見てそう話しかけると沙耶は再び深い溜息をついた。

「えぇ・・・。コンラッドのことね。この3日間一睡もしていないどころか食事にさえ手をつけない。このままじゃユーリ陛下が目を覚ます前にコンラッドが参っちゃうわよ・・。」

「本当に渋谷のことが大切なんだね、ウェラー卿は。」

「きっと、それだけじゃないと思いますよ?」

「コンラートはユーリの護衛だ。なのにユーリを守れず、ユーリに守られた。」

ヴォルフラムはそう呟くと視線を沙耶へと向ける。

「・・・えぇ。そのことがコンラッドにとってはかなり負い目になっているはずよ、それが心配ね」

沙耶が小さく息を吐きながら答えた。


『命に代えてもお守りすると約束したのに・・・−』

 シン、と静まりかえった室内。
俺−ウェラー卿コンラート−は天蓋付きのベッドの上で眠っている黒髪の少年に視線を落とした。
少し浅い呼吸を繰り返して眠っているユーリの瞳は固く閉じられその肩から胸にかけては真っ白な包帯が巻かれている。

「ユーリ・・・」

彼の手を取り小さく名前を呼ぶが彼が目を覚ますことはない。
そのまま手を伸ばすと彼の頬にそっと触れた。
いつもより少しだけ青白い頬。

−−−っ!

「守れなか・・・った」

口に出してそう呟くと一気にそれが現実となって胸を深く刺した。
守ると約束したはずだった。
俺の命に代えても守ると・・・。

なのに・・っ・・

「なんで俺を庇ったんですか、ユーリッ・・」

あの時−・・・
俺の前に立ちはだかったユーリの身体から血が吹き出したのを見たとき。
目の前が真っ暗になったのを覚えている。
夢なら覚めてくれと何度も祈った。

「ユーリ・・・」

そっとユーリの唇をなぞるとそのまま唇を重ねる。

「ユーリ・・っ・・俺をっ・・1人に・・しないでくれ・・っ・・。ユーリッ!」

唇を離すと耳元でそう囁き自分より小さなユーリの手をぎゅっと握りしめた。
すると・・・。

「コ・・・ラッド・・?」

ユーリの唇が微かに動く。

「・・・ユーリッ?」

再び彼の名前を呼ぶとユーリの瞼が微かに震え、やがてうっすらと瞳が開かれた。

「ユーリ・・・!」

「コンラッド・・?あれ・・俺、どうしたんだっけ?」

しばらくどことなくぼんやりしていたユーリの瞳が俺の真っ白な包帯が巻かれている左肩でとまる。

「コンラッドっ、その怪我!あ・・っ、あの廊下であった奴にやられたんだよな!あいつ、何者だったんだ?」

矢継ぎ早に質問をしながらユーリが上半身をがばっと起こした。

「ユーリッ!!」

慌ててユーリの肩を掴むと再びベッドへと押し倒す。

「うわっ!?コ、コンラッドっ!?」

「傷はまだ癒えていないんです。寝てたほうがいい。」

「傷・・・?」

「っ・・その・・肩の傷です」

少しだけ震える声で告げるとユーリは俺の手が置かれている肩に視線を落とした。

「あ、そっか、俺、あの時、コンラッドの前に飛び出して・・・。心配かけてごめん。でも、もう痛くないからさ、大丈夫だって!」

ユーリはそう言うと肩をぐるぐると回している。
その様子に心から安堵の溜息を漏らしそうになるが・・・。

「ユーリ・・・」

パンッ!!

室内に乾いた音が響いた。
左の頬が焼けるように痛い。

「コ・・・ラッド・・ッ?」

頬を押さえて、俺−渋谷有利原宿不利・・・−は、今、俺の頬を叩いたウェラー卿コンラートを驚いたように見上げていた。

「・・・何でですか・・?」

「え・・?」

俺の頬を叩いたままの体勢でコンラッドは顔を俯かせている。

「なんであの時、俺の前に出たんですか!?俺の命に代えても貴方をお守りすると、俺は貴方に約束した!あんなことをして・・・っ、一歩間違えれば、ユーリ、貴方が死んでいたかもしれないんだっ!!」

大声でそう怒鳴られ俺はびくっと体をすくませた。
コンラッドの薄茶色の瞳はかげっていて銀の光彩は見えない。

怒ってる・・・。

「ごめん、コンラッド!でも・・・っ・・」

いつの間にか俺自身俯かせていた顔を上げるとそのままコンラッドの広い胸に抱きしめられた。

「コンラッド・・っ・・」

息もできないほど強く抱きしめられ、微かに声をあげる。

「『でも』なんですか?・・・心臓が止まるかと思った。もうあんな危ないことはしないでくれ。」

耳元で低い声で囁かれ身体がびくんと震える。
怖い、怖いって、コンラッド!
でも・・・−。

コンラッドの左肩からじわりとにじみ出ている血を見たとき、俺は「あの日」のことを思い出していた。
降り続ける雨、教会−、炎・・・そして−。

『言ったはずだ、貴方になら手でも胸でも命でも差し上げると。大丈夫、俺は決して死なない。決して貴方を、1人には−−』

俺にそう言って左腕を失い、炎の中に消えていったコンラッド。
この人は、俺のために傷つくことを厭わない人だから・・・−。

俺は無意識にコンラッドの軍服をぎゅっと握りしめた。

「・・・ユーリ・・?」

「・・・俺は・・もうあんな思いするの嫌なんだ!あんたが俺をおいて・・どこかいっちゃいそうで・・っ・・。俺は・・っあんたが傷つくの見たくないんだよ!あんたは俺のためなら平気で無茶するからっ・・」

最後らへんは段々声が掠れてきてコンラッドの胸にしっかりと頭を埋める。
目の奥がジンっと熱い。

『コンラッドの弱点は・・ユーリ陛下、貴方ですよ?』

以前、サヤさんに言われた言葉がはっきりと思い出される。
サヤさん、だったら俺の弱点は・・コンラッドかもしれない。

「ユーリ・・」

しばらくするとコンラッドは小さく息を吐き先ほど叩いた俺の左頬をそっと撫でてきた。

「・・・心配しないで下さい。俺は、貴方を命に代えても守ると約束した。でも、もう1つ約束したでしょ?」

「・・え?」

その言葉にそっと顔を上げるとコンラッドはいつも通り爽やかな笑みを浮かべている。

「決して貴方を1人にはしないと。俺は貴方の傍にいるから。・・・貴方が俺の傍にいてくれるように」

「・・・−コンラッド・・・」

そのまま頬に手を添えられコンラッドの唇が重ねられる。

「んっ・・・」

「愛してます、ユーリ・・・。」

「・・・お、俺も・・愛・・っ・・してる」

至近距離で囁かれ、俺は頬が熱くなるのを感じながら小さな声でそう答えた。
その途端、コンラッドによけいに強く抱きしめられた。

 
「・・・どうやら大丈夫みたいだね。」

その同時刻、ユーリ達がいる部屋のドアに背を預けるようにして廊下では沙耶と村田が顔を見合わせていた。

「えぇ・・・。もう少ししたら、皆に声をかけて来ないといけないですね。ユーリ陛下が目を覚ましたこと、伝えないと」

どことなくホッとしたように沙耶が言うと村田もそれに同意するように頷いた。

「そうだね、それじゃあ行こうか。特にフォンクライスト卿は泣いて喜びそうだしね」

「・・・汁をまき散らす気はしますけどね」

乾いた笑いを浮かべながらも沙耶も村田とともに皆が待っている執務室へと歩いていった。

ユーリの寝室でしっかりと抱き合って眠っている2人を見て一騒動起こったのはそれから数時間後のことだった。

   
                                                    Fin
〜あとがき〜

「10000HIT記念リクエスト」小説です!
っていうか遅すくなりすぎて申し訳ありませんでした〜(泣)
リクエストは結華様で「コンユで切ない系」です。
せ・・・切ないか、これ?(ヲィ)

そしてリクエストして下さった結華様、ありがとうございました!
結華様のみ持ち帰りOKですv