太陽のような存在



−渋谷。君にとって、一番怖いと思うことはなんだい?−


「え?」

ある晴れた日の昼下がり。
突然、中学校の頃の同級生で大賢者の村田健−通称ムラケン−に問われた言葉に俺−澁谷有利原宿不利・・・−は、思わず間抜けな声を出してしまった。

だって、いきなりそんなこと言われても出てこないって!
そんな俺に構わず村田はにっこりと微笑むと再び同じ質問を口に乗せる。

「そんな難しく考える必要なんてないって。ただ、渋谷にとって、一番怖いと思うことってなんだろうな?って思っただけだからさ」

手をひらひらと振りながら言う村田を見ながらも俺は思考を巡らせた。

・・・俺が一番怖いと思うこと・・・

その瞬間、脳裏に浮かんだのは『あの時』のこと−。
土砂降りの雨、燃える教会、交わる剣が作り出す音。

そして・・・−『あの人』

俺を背中に庇いながら、敵と戦った俺の護衛で名付け親で保護者−ウェラー卿コンラート。

ダークブラウンの髪に銀の光彩を散りばめたような薄茶の瞳を持つその青年は、自らの左腕を失いながらも俺を守ってくれた。

でも、あの時−。

炎に消えたコンラッドを見た時、俺は心底『怖い』と思った。
だから−・・・

「・・・大切な人と一緒にいれなくなること、だと思う。」

俺の答えに村田は意味ありげに俺に視線を送る。

「大切な人・・・ねぇ?」

「な・・・なんだよ?」

「それはつまり、ウェラー卿と一緒にいることが出来なくなることってことだよね?」

「っ!?」

村田の言葉に俺は自らの頬がぼっと熱くなるのを感じた。

「なっ・・・何でそうなるんだよ?!俺にはコンラッドもヴォルフラムもグウェンダルもギュンターもグレタも、もちろん村田、お前だって『大切な人』なんだからな!」

「嬉しいけど、それでも渋谷。ウェラー卿は特別、だろ?」

その言葉に俺は詰まる。

・・・悔しいけど、その通りだから仕方ない・・・よな。

「・・・そうだよ。・・・コンラッドは、いつも俺の一番そばにいてくれる存在で、この世界では唯一の野球仲間だし、それでいて・・・俺の、こ、恋人だから。でも・・コンラッドは俺のためなら自分が傷つくことも厭わない。だから、俺は失いたくないんだ、コンラッドのこと。もう、俺のためにたった1人で前に出て戦う姿なんて見たくないから」

そうだ。
俺はあんただけが傷つくところなんてもう見たくない。
あんたと一緒にいたい。

もう、あんな思いしたくないんだよ・・・。

「・・・本当にウェラー卿が大切なんだね、渋谷」

村田の言葉に俺はいつの間にか涙目になった瞳をぐいっとぬぐって頷いた。

「でもね、渋谷。きっと彼も同じ気持ちなんだと思うよ?」

「え・・・?」

「ウェラー卿も、君が何より大切で君を失いたくない。君と一緒にいたいと願っている。・・・そうだろ、ウェラー卿?」

「え?」

村田のその言葉に驚くと同時に、『彼』が−。
ウェラー卿コンラートが柱の影から姿を現した。

「こ・・・コココ・・・コンラッド!?え、いつからそこにいたいんだよ!?」

「すみません、陛下。先ほどからいたんですが・・・少し声をかけづらい雰囲気だったので・・・。猊下も人が悪い。俺がここにいるっていつから気が付いていたんです?」

「ん〜・・・最初からかな」

苦笑を浮かべるコンラッドの問いにも村田はにっこりと笑顔で答えている。
でも、俺はそれどころじゃない!

「コ、コンラッド!!」

「はい、何ですか陛下?」

いつも通りの爽やかな笑みをたたえコンラッドは俺に向き直る。

「陛下って言うな、名付け親!!ってそうじゃなくて!どこから・・・どこから聞いてたんだよ!?」

「そうですね。『大切な人と一緒にいれなくこと』あたりからですね」

う・・・うわぁああああああ!!!!

さらりと笑顔で言われ、俺は顔から火が出るんじゃないかってくらい頬が−いや、顔全体が熱くなるのを感じ思わず頭を抱え込んだ。

「ユーリ、そんなに恥ずかしがらないで下さい。俺は凄く嬉しかったんですから」

コンラッドが俺の頬に触れながら声をかけてくる。

・・・っ・・・な、なんで頬なんですか、コンラッドさん!

恥ずかしさと相まって恨みがましげに相手を見上げる。

「ユーリ?」

「そ・・・そういうあんたはどう思ってるんだよ、俺のこと。俺だけ言うなんて不公平だろ?」

俺の視線に少しだけ首を傾げていたコンラッドは、俺の問いかけにすぐには答えず、俺の頬に添えたままの手でそっと頬を撫でわざと俺と視線を合わせるようにした。

「ユーリがいなければ俺の生きる意味はない。俺にとってユーリは、俺の命より大切な存在です。俺にとって貴方は『太陽』ですから」

銀の光彩を散りばめた薄茶の瞳がそっと細められる。
それだけで俺の心臓はうるさいくらいに鼓動を打ち始めた。

「ユーリ、顔真っ赤ですよ?」

そんな俺を見てくすくすと笑うコンラッド。

誰のせいだよ、誰の!!

・・・それに・・・

「あ・・・あんたにとって俺がどういう意味での『太陽』かは分からないけど・・・絶対的な存在で、っていう意味ならコンラッドだって俺にとっては『太陽』だよ」

「・・・え?」

俺のその言葉にコンラッドは驚いたようにその目を一瞬だけ見開いたが、すぐにいつも通りの笑みを浮かべ「ありがとうございます、ユーリ」と言ってくる。

・・・何かこんなに平然とされると言ったこっちの方が恥ずかしくなるんだけど。

「いやぁ、本当にラブラブだねぇ。渋谷、ウェラー卿?」

その声にこの場にいるのは俺たち2人だけではないことを思い出した。

「む、村田っ!」

「ほーんと、羨ましい限りだよ。ウェラー卿」

村田はそう言うとコンラッドを見て少しだけ意地の悪そうな笑みを浮かべている。

「いえいえ。そんなことないですよ」

・・・なんか気のせいかな。2人の周りに黒いオーラが流れているのは。

き、きのせいだよな、きっと!!!

無理矢理自分を納得させながらも俺はちらりと村田と向き合っているコンラッドに視線を送った。

・・・あれ?

その時、俺は微かな違和感に気が付いた。

コンラッド・・・少し顔、赤いよな?

そう、それは本当に僅かな変化。
彼をよく知る者でも気が付かないかもしれないくらいの。

「・・・コンラッド」

「何ですか?」

まさか熱でもあるんじゃないかと思ってコンラッドに声をかけると彼はすぐに俺へ振り返る。

「コンラッド、顔赤いんだけどまさか風邪とかじゃないよな?」

「っ!!」

俺の言葉に彼は自らの口元を隠すように手を添えてから、少しだけ困ったような笑みを浮かべた。

「・・・ユーリには敵いませんね、俺は」

「なんだよ、それ。あ、まさか本当に調子が悪いとか?それならゆっくり休んだ方が・・・」

俺は腕を伸ばしてコンラッドの額に触れた。

良かった、熱はなさそうだ。

「ユーリ、風邪は引いてませんから大丈夫です。」

コンラッドはそういうとそのまま俺の頬に軽く口付ける。

「っ!!コ、コンラッドっ・・・!?」

その行為だけで俺の頬はもうこれ以上ないくらい熱くなった。


「・・・そろそろ、午後の執務が始まります。もう戻らないとギュンターがまた大騒ぎしながら陛下のこと探し始めますよ?」

しかし、次のコンラッドのその言葉に俺はハッとして辺りを見回した。
そうだっ!早く行かないとまたあの優秀な(はずの)王佐は大騒ぎするだろう。

「あ、そうだよな。そろそろ戻らないとな」

「僕も、眞王廟に戻るよ。ウルリーケ達にドアの立て付けの修理を頼まれているからね」

「ドアの立て付けって・・・村田・・・」

「では俺も。このあと少し野暮用がありまして。陛下、あとでそちらに伺いますので」

俺たち2人の会話を聞きながら、コンラッドが笑みを称えたまま言ってくる。

「そっか。うん、分かった。じゃああとでな、コンラッド」



ユーリと猊下が去った後の回廊。
俺−ウェラー卿コンラート−は柱にもたれるようにして腕を組み、中庭に視線を向ける。

「本当に、ユーリには敵わないな」

先ほど彼に言った言葉を再び繰り返し呟くと俺は少しだけ熱くなった頬を冷ましていた。
まさかユーリにあんなことを言ってもらえるなんて思っていなかった。

『絶対的な存在で、っていう意味ならコンラッドだって俺にとっては『太陽』だよ』

−その言葉に俺は自分でも驚くぐらい嬉しいと感じていた。
・・・柄でもなく、頬が熱くなるのを感じてしまうほどに。

もし、俺の頬が赤かった理由を知ったら彼−ユーリはどんな顔をするだろうか。

そんなことを考えながら俺は真っ青に晴れた空を見上げる。

空にはまぶしい−彼のような太陽が光り輝いていた。




                                  


                       
                                                     Fin 




〜あとがき〜

・・・というわけで!(ぇ)

「流星雨の子守歌」3周年記念コンユssです!!
2007年8月17日まで、フリーssでした。

*フリー期間は終了しているため、現在はお持ち帰りできません*

月日が過ぎるのは早いもので、あっという間に「流星雨の子守歌」も3周年を迎えることが出来ました。
ここまで、頑張って来れたのはひとえにここに来てくださる皆様のおかげだと氷月は本当に思っております。

皆様、いつもありがとうございます。
そして、これからも「流星雨の子守歌」を管理人共々よろしくお願い致します!


07' 7.18 氷月 拝