炎色反応 第四章・19
主人とその腕の中の奴隷を見つめ、ディアルはため息をつきながら言う。
「お前たちにとって、これがいいのかどうかは分からん。だがオルバンが離さないと言い、お前がそれを是とするならこうするしかあるまい」
諦めの言葉を吐いて、彼は精悍な顔立ちに奇妙に優しい笑みを浮かべた。
「ティス。オレが知る限り、お前はオルバンの相手の中で一番美しく淫らで無力だ。だが…………それが、いいのかもしれないな」
言うなり、彼は踵を返しかける。
それを見たオルバンがこう言った。
「ご執心の指輪はどうする?」
「水の長に頼み、死んだ水の魔法使いの石を分けてもらう他あるまい」
あまり言いたくなさそうな台詞だったがディアルはこう続けた。
「………オレも、レイネにも非があったことは認める。ティスの意思確認もせず、いきなりお前たちに襲いかかったんだからな。他人の石じゃ能力は落ちるが……仕方あるまい」
そこまで言って、彼は何か決意したような顔になった。
「その代わり当分オレが、あいつの側に付く。あいつが嫌がってもオレを嫌っても、側にいて守ろう」
「やっぱりお前、レイネに惚れてるんじゃないか」
オルバンのからかいに、彼はまたあの奇妙に優しい笑みを浮かべた。
「…………かもな」
言って、ディアルは今度こそ背を向ける。
その背に向かってオルバンが片手を突き出した。
あっ、と短い息を吐いたティスの目に青い光が空中に弧を描くのが映る。
「正直な話、水鏡がなければお前をだませたか分からない」
去りゆくその背に水の指輪を放り投げたオルバンが言うのが聞こえた。
「不動のディアル、お前はオレが認める数少ない野郎だ。だがお前に勝つのに、あの青臭い銀髪の手を借りたかと思うと胸糞悪い」
その青臭い銀髪の指輪を受け止めた格好で振り返っているディアルに、オルバンはにいと笑った。
「返してやるよ。それを持って帰って、さっさと口説いて押し倒せ」
とっさに指輪は受け止めたものの、かなり驚いている様子のディアルの口の端が持ち上がる。
くっと喉を鳴らし、さもおかしそうな顔をした彼はなぜかティスの方を見ながら言った。
「ではオレも、お前たちに一つ贈り物をしよう」
ディアルはきちんと二人の方を向き、そっと水の石を背中に結わえた袋の中に差し入れながら言った。
「ティス、オレは魔法使いの四つの属性の内三つの属性までさっき話したな」
「……は、はい」
オルバンの視線までこちらに向かってくるのを感じながら、ティスはびくびくと答えた。
「最後の一つ、風の魔法使いは火と水の中間。人間に表立って乱暴をしたりはしないが、逆らう者には容赦がない」
風の魔法使い。
今までティスが見たことのない魔法使い。
「そして、地水火風の魔法使いの中で一番強いのは風だ」
いまだその能力の全てを見せているとは思えないディアルが言うと、ひどく重く聞こえる言葉だった。
「なんだかんだ言っても、この世界で一番数が多いのは人間。魔法使いがどう能力を誇示して威張ったところで、本気であっちに徒党を組まれればまずいことになる。風は近年、人間の王族に取り入り裏側から人間社会を……ゆくゆくは魔法使いたちをも支配することを狙っている」
ディアルの目が、今度はティスを背後から抱いた青年に向けられる。
「オルバン、お前が人目をはばからず暴れていることが噂になりつつある。風はお前を排除することで、自分たちが人間たちに友好的であることを宣伝するつもりだ」
「……ほう?」
ゆっくりと、時間をかけてオルバンはそう言った。
気配で彼の心情を察し、恐ろしさに顔を上げて確認することが出来ないティスが勇気を振り絞れば悲鳴を上げたかもしれない。
こちらもまだ全ての能力を出し切ったとは思えぬ最強の火の魔法使いの口元には、血も凍るような残忍な笑みが浮かんでいたのだ。
さすがのディアルも一瞬表情を引きつらせたが、すぐに何食わぬ顔に戻ってこう続けた。
「風のグラウス。聞いたことはあるな。最も恐ろしい風の魔法使い。あいつがお前を探している。気を付けろ」
「ご忠告痛み入るよ、ディアル。相変わらずお前はいい奴だ」
くつくつとオルバンは肩を揺らす。
「面倒な役目をわざわざかって出たのは、それをオレに教えるためでもあったんだろう。だが、せっかくの気遣いを無為にして悪いがオレは今の生き方を変える気はない」
笑うのをやめ、彼はまっすぐにディアルを見て言った。
媚びを知らぬ支配者の金の目が、夜の闇の中で傲慢に光っている。
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