『 顔 』

顔

顔

これがあなたのデスマスクですと手渡されたとき、ぼくはそれほど驚かなかった。
笑っていれば万事快調というのは普段から気をつけていることだし、ぼくはそのことを厭味な考えだなんておもわない。
だけど、デスマスクの裏面をたしかめたとき、ぼくの脳裏によぎったのは彼の顔だった。

彼は屈託なく笑う男だった。
それだけじゃない、彼の中には様々な感情が雑然と、だけどひととおりそろえられていたんだ。
くだらない冗談にお追従笑いをつくったのはぼく。もっと面白いことを言えと上司を侮辱したのは彼。
たまたま次の仕事が彼にまわったのを、そのせいだ、なんて考えるぼくは卑屈だろうか。
怒ったり笑ったり、いそがしい男だった。
彼の近くでは、いろんな議論がわきおこった。ぼくの近くでは、いろんな議論が収束した。
ぼくはまわりが穏やかであるほうが何かと過ごしやすかったんだ。

顔

顔

デスマスクの裏側で、ぼくの顔が笑っている。ぼくが世界を笑っている。ぼくの世界を笑っている。
横側から見ると、それは顔であるような、ないような。
どこか遠くを見ている横顔は、それがぼくである必要性を感じさせなかった。

「おい、商人。なんで生きた人間のデスマスクが取れるんだよ。汚い商売しやがるな」とぼくは言った。
すると商人は舌なめずりをして
「そう思うなら、そいつを砕いてみるといい。いや、なに、それができたらあんたは生きてるってことさ」
と生意気を言った。高い金を取っておいて随分なことを言うやつだった。
商人の本心はどちらを願っているのか、ぼくには分かるような気がした。

顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔

部屋に飾ったデスマスクはなかなか便利な代物だった。
なにしろ、邪魔でしかたなかった鏡やガラス製品のいっさいを、処分することができたんだから。
自分の顔が見たくなれば、ぼくはいつでもデスマスクを手にとった。
三面鏡でも無理だった、裏側を見ることさえできるのだ。 死ぬまで変わらない正しいぼくの顔が、ぼくの部屋には飾られている。

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