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マシマロ

〜 筒井順慶 〜

収録作品

『筒井順慶』 『あらえっさっさ』 『晋金太郎』 『新宿祭り』


『 かべぬり 』

次男坊

へえ、あっしは壁塗りですが。読んで字のごとく、壁を塗るのが仕事でして、やれといわれれば一通りの壁は塗っちまいます。職業として言やあ左官屋ってことなんですがね、でもほら、近頃は壁を塗るったって妙ちくりんなもんばっか塗らされるし、日本家屋を建てようなんてのは物好きだけになっちまったから特に漆喰なんかはとんと塗る機会が減っちまってね、鏝を使うにしてもコツなんてあってないようなもんだ、はっきり言って職人と素人の仕事に大した違いがないくらいさ。そんで塗りの方に職人的な技術が必要なくなってくるとよ、あとはよ、簡単に言やあ営業やら事業拡大が大事になってくるわけだ。そんなこんなで競争が激化する中で、左官屋と言やあ壁塗りはもとより、コンクリートの打ち込みから始まって床のタイル貼りやら壁紙の調達、とまあ手広くやれる、むしろやらなかきゃならねえ仕事になっちまったってわけだ。あっしみたいに壁が塗れるってだけじゃ左官屋は名乗れないってね。あっしが未だに壁塗りを自称するのはそんなわけでして、まあ、ついた師匠が悪かったんだと思うよ、昔かたぎの人だったから、そりゃあ技術はピカ一だったけどな、だけど結果的に時代には置いてかれちまってわけさ。それでもその師匠のお墨付きだもんで、あっしも壁塗りにかけては超がつく一流でさあ、任せておくんな。

ほんじゃ本題といこうかね。なあに、時代が時代だからよ、何でも訴訟の今だからこそ事前の確認が大事ってね、へへ、あっしがどんな人物かってのをしっかり見極めてもらわないことにはなんにも始まらない。信用商売だからね、昔ながらの、へへ。とまあ塗りにかけては超一流、いったいそれがどの程度のものかってのを話して聞かせると、そうだな、外国にダビデ像って有名なのがあるね、あれなんかはそれと分からないように一回り大きくできるだろうね。奈良の大仏さんなら二回り。なあに、それだけ繊細な仕事もやれるってことだよ。なにも平らにするだけが壁塗りじゃない、どんな凸凹でも均等に塗りつける、均等に塗りつけりゃ凸凹の形は変わらないってね、これが技術よ。あん? あんまり驚かないね、かといって疑ってるわけじゃねえってか。あっしん所に来る人は、みんなそうだ。ヤバイ仕事さ。あっしも裏家業に手を染めることになろうとは夢にも思わなんだども、背に腹は変えられねえ、あっしにも生活がある。

女房? ああ、昔はいたな。餓鬼もいたよ。二人だ。娘と息子が一人ずつ、一姫二太郎三茄子ってね、よく言うだろ、こりゃ縁起がいいやってなもんで幸せだったはずなんだけどなあ……何の因果か茄子が生まれる前に三人とも埋めちまったっけ。あんたは女房かい? ああ妾の方か。ひひひ、表情変えずによく言うもんさ、この人殺し! ってね。ふうん、それで今どこにあるんだね。車。トランクか。なら早くしねえと匂いがつくぞ。

いや、それには及ばねえ。埋め込む場所はこっちで勝手に決めさせてもらうよ。悪いがね、これはルールだ。なに、あんたらが思いつく場所に埋めると色々問題があってね、早え話が罪の呵責さ、いや、あっしのじゃねえあんたらのだ、それに耐えられる人間はそうはいねえ、だからあんたらに所縁のある場所は選べねえんだよ、こっちまでお縄になったんじゃ仕方ねえからな、悪いが、これはルールだ。そうかい分かってくれたなら幸いだ。任しときな、想像もつかない所に塗りこんでやるから。ん、そう、人間ってのは腐るんだよ、臭いもするし、まわりの腐蝕を早めちまう、だからあっしは空気に触れさせないように塗る、真空パックってやつだ、漆喰なんかは通気性に優れててなかなか使えないんだがその点新たな建材が開発されるたびに、あっしの仕事は完璧に近づくのさ。技術の進歩が昔かたぎのあっしの仕事を支えるってんだから、皮肉な話だね。

ほんじゃ、案内してくんな。