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マシマロ

〜 メタモルフォセス群島 〜

収録作品

『毟りあい』 『五郎八航空』 『走る取的』 『喪失の日』 『定年職』『平行世界』
『母親さがし』 『老境のターザン』 『こちら一の谷』 『特別室』 『メタモルフォセス群島』


『 オリ人 ドウ人 』

次男坊

朝、目を覚ますと一匹の毒虫になっていたので、とりあえず「助けてください」と叫んだ。起き掛けに大声を出すのはあまり心臓によくないらしく、息が切れた。ぜえぜえと肩で息をしながら呼吸を整えていると、突然、隣室から雄たけびが聞こえてきた。
「アラララーーイ」

早朝に騒いだことを怒っているらしかったが、具体的に何を言っているのかは分からない。どこの国の人だっただろうか。隣人のそんな情報も知らぬとは、いやはや冷め切った世の中である。
「アラララーーイ」隣人はまた雄たけびをあげた。叫ぶばかりでこちらに攻め込んでくるつもりはないようだ。根はいい人なのかもしれない。

それならばこちらから謝罪に行こうと思い玄関まで来たものの、虫だからドアが開けられなかった。おれは絶望した。低所得者にはドアひとつ開けさせない社会に絶望した。

が、ふと気付くと、おれはアパートの廊下に出ていた。不思議なこともあるもんだと一瞬戸惑ったが、何のことはない、虫だからドアの下の隙間から歩いて出られたのだ。虫でよかった、すきま風が吹きすさぶ安アパートでよかった、低所得者万歳。低所得者は蟹ビームが出せるというが、おれはまだ出せない。
「ハローワークで聞いてみよう」

おれはいてもたってもいられず欄干によじ登ると、空も飛べるはずと意気込んでそこから飛び降りた。飛び降りて、後悔した。どうやら俺は成虫じゃなかったらしい。羽根を持たないあわれな毒虫は風に煽られ宙を舞った。こんなことなら鏡を見てから出てくればよかった。走馬灯のように景色が回転した。実際の走馬灯が見えないのは、振り返る価値のある思い出がないからだ、そう思うと涙が出そうになったが、虫だからそれさえも出なかった。

だが死ねなかった。体重が軽かったのが幸いしたらしい。いや、よかったのかどうか。ともかく医者に行かなくてはいけない。少なからずの衝撃を受け、どこが節なのかもわからないからだの節々に、身をよじるたびに激痛がはしった。
「イシャはどこだ!」おれは叫んだ。今日はなんだか叫んでばかりいる。

そういえばイシャは隣町にあった。おれはからだに鞭打って歩き出した。

国境の長いトンネルは本当にいやになるほど長く、抜けるのに大変な時間を食ってしまった。季節は変わり、久し振りに見た空は曇天で、あたりは一面雪景色だった。地面を這うことしかできないおれはすぐに凍えそうになり、こんなときはマッチだと思いジグザグに歩いてはみたもののひとりきり、寒さはますます募るばかりだった。思い出は募らないのに、こんなのってないじゃないか。

キミが思い出になるまえに も一度笑ってみせて