手は抜かない

◇In case of DepartGirl Cap2◇

そういきこんでアレクに顔を向けたのがまずかった。
「あっ、ようやっとこっちを見てくれた。さっきから声をかけても無視なんだもの。ヨリはお魚好きでしょ。ほら、口開けて?」
 お前は鬼か悪魔か堕天使か。その笑顔を引っ込めろ。ええい、近づくんじゃない。頭が沸騰してきそうだ。いや、もうしてる。なんで飲んでもいない人間が酔っ払ってるんだ。利佳子さん、笑ってないで止めてくれ。おい、こら田崎、お前も呆れた顔なんぞしてないで何か言え。
「他人の手ずから食事を取るのはハシタナイので遠慮します。辞退します。自分で食えるわ、バカ」
 ああ、まずい。出来るだけ丁重丁寧に断ろうと思ったのに、真実を隠せ無い真っ正直者め。あたしにしては珍しくも泣きそうになっちゃったもんだから、鋼鉄の仮面もお疲れなのか、そうなのか。
「ヨリが美味しそうに食べてる姿って、本当可愛いよね。いつまでも見ていたくなるな」
 だめだ。目の前のピンクい生き物には必死の攻撃も通じて無い。利佳子がからかいから苦笑に変わった笑顔になってる。
「アレク、本当に夜理の事好きなのね。こんだけ避けられてるんだから、諦めちゃったら? アレクならよりどりみどりでしょうに」
「そうそう。こんなキスされたってだけでオロオロするようなお子さまのどこが良いんだか」
 ぶっ
「夜理、汚い。って、あんたそれだけで逃げ帰ってきたの?私はてっきり」
 り・・利佳子さん、利佳子さん、あんたはあたしの味方じゃなかったのか。いや、アウェイでしたね、そう言えば。でも、ひどい言われようじゃないですか。
「あの時のヨリ、小鳥みたいで可愛かった。いつも可愛いけど、それ以上だった。ね、またしてもいい?」
「いいわけあるか!!」
 あ、叫んだら一気に酒が回ってきた。一応、食べながら飲んでいたつもりなのに。酒に弱いわけじゃないのに。今日に限って酔いが早いのは幸か不幸か。利佳子も早々と酔っ払ってきてるみたいだ。利佳子の場合は、残業続きで睡眠が十分に取れなかったのも原因だろうけど。
「ちょっ・・・りっちゃん、これ度数高すぎ。明日、遅番だからって無茶するなよ」
 利佳子は量よりも質なタイプだから、ガバガバ飲まない代わりに度数が高いのにいくんだよね。量は飲まないから記憶があるんだろうけど、さすがに今日のつまみラインナップだとキツイのは控えた方が良い。
「えへっ。せっかく湊に会えたんだから、泊めてよね」
「全く・・・しょうがないな。今回だけなら」
 いつの間にか、利佳子と相川君がピンクになってる。利佳子が人目をはばからずにいちゃつくのも珍しい。
 なんて思ってたら、相川君がお冷を頼んでいる隙にしっかりとアレクを見てふふんっと勝ち誇った顔をしてらっしゃる。うん、対角線上にいるからばっちり見えたよ、利佳子。ありがとう、仇をとってくれて。アレクの顔から表情が消えて、田崎がアレクの肩をバンバン叩いた。笑いながら。
「利佳子さんの報復はいつも予想外だな」
 そりゃあたしの姐さんだからね。田崎の大笑いに、事情がのめない相川君がぼそっと、酔っ払いどもめと呟いているのが聞こえる。それから田崎の恋愛話や、利佳子とあたしの学生の時の旅行話なんかで盛り上がっていった。
 車で来ているのはアレクだけで、あたしも良い具合に酔い始めてる。そろそろヤバイな。あたしの酔っ払い具合は眠気が強くなってくるのが目安になってる。
 ぼんやりとしだした思考の向こう側で笑ってるアレクが何を考えてるかなんて想像だにしていなかった。
「アレク、今日車だよな。こんな時間になっちゃってるし、あの様子だと利佳子さんは相川先輩と一緒に帰るみたいだし、丁度いいから夜理さん送ってけば?」
 グダグダと時間が過ぎ始めた頃を見計らってお開きの声をかけたら、田崎がそんな事を言い出した。
「や、あたしは一人で帰れますよ」
「分かった。ちゃんと送っていくから安心して?」
 最初は田崎に、最後はあたしに向けて力強く彼は言い切った。不安だ、その笑顔。懸命に断りの文句を考えてる間に、二人はこそこそと何か喋ってる。
「アレク、狼になるんだったら家に入ってからにしろよ」
「分かってる。ケンじゃないんだから焦ったりしない」
「あのな、俺に余裕がなくなるのはあいつ絡みだけだ。まあ、アレクはそれも無いだろうけどさ。それにしたって夜理さんは晩熟なんだからさ。アレクに合わせてたら、そのうちパンクしちゃうんだろうな」
 目前でコソコソされた挙句に、ちらっとこちらを見てくる不届き者たちをおいて、あたしは店を出て帰路を辿る。利佳子と相川君は、勘定を済ませたら早々に帰ってしまっていた。
「ヨリ! 送るって行ったよね」
 ぐっと肩を掴まれて、フラっとした体がアレクに引き寄せられる。そんなに飲んだつもりはなかったんだけど、やっぱり今日は酔いが早いみたいだ。
「一人で帰れます。それより、駐車場はこっちじゃないでしょ?」
 店の駐車場は反対側のはず。
「車はこの先のパーキングエリアに停めてある。ケンにも頼まれてるし、夜に一人で女の子を帰すなんて危ないから」
 アレクは言うと、しぶしぶ頷いたあたしの手を取ると駐車場まで歩き出す。振りほどけるくらいに軽いものなのに、今は酔っ払ってるせいで何もが億劫なのだ。きっと、断じて流されているわけではないはず。
 ポツポツとした会話の後、車に乗り込んだ助手席に座るように促して、運転席に乗り込んだアレクの横顔がはっとするほど彫刻めいている。
「寝て良いよ。ヨリの寝顔も見て見たいから」
 ああ、傍から見ているだけなら良い顔なのに! 軽すぎる言動さえなければ良い奴なのに! どうして上手くいかないんだろう。自然と眉間にシワが寄る。まだシワシワになる年には早いが、将来の不安の目は今にかかってるってのに。
「や、大丈夫。起きてます。ちょっとの眠気もばっちり大丈夫です。早め安全運転でお願いします」
 自分でもおかしな事を言ってると思ったけど、深く考えずに言ってしまっていった。有言実行をモットーにいつもなら、この言葉も守るつもりでいたんだけど。不束者のあたしはばっちり大丈夫じゃなかった。コクコクと船を漕いでいたのも束の間、絶え間なく襲ってくる睡魔にあっさりと自分を明け渡していた。
 気がついたのは車が停まって、あたしの肩を誰かが揺り動かした時だった。誰かってアレクしかいないけども。
「ヨリ、起きて。着いたよ」
「・・・っん・・・・ああ、ありが・・あれ?」
 着いた。着いたと言ったはずなんだ、アレクは。なのに見知った景色じゃないのはどうして。あたしのアパートはもうちょいボロイはず。しかも、大層な門なんてついてなかったはず。もっと言えば、ちょっと薄暗いイメージがつく小道に入った所だ。
「着いたよ、ボクの家」
 にっこり王子スマイルがお似合いだね。って、違う。そうぢゃない。
「誰が・・・誰がお前ん家に送れと言った!!」
 ガシッと肩を掴んでグラグラゆすってやったというに、このバカはアホの子みたいに笑うばかりだ。ええい、腹の立つ。
「ヨリの家がどこかなんてボクは知らない。起こして聞くのも可愛そうだったし、明日も仕事があるならボクの家に招待するのが一番かなと思って。あ、心配しないで。部屋が客間も合わせて幾つか余ってるから、ボクの兄妹達も自由に友達を泊まらせてるんだ。機会があったら紹介するよ」
「けど、急だから家の方々がびっくりするでしょう?アレクの家からならあたしの家まで、それほど距離があるわけでもないし歩いて帰れる。それにお酒飲んでるわけだし、気が引けるから」
 暗にこのまま帰せと主張してみるんだけど、酔いが抜け切らないせいか上手い断り文句が出てこない。あたしのうろたえっぷりは、頭がすでにお花畑と化してるアレクには好都合のようだ。
「ボクが友達を連れてくることは滅多にないから、みんな喜んでくれてる。それに歩いて帰れるってどれくらい歩くつもり? 言っておくけど、もう部屋の準備もしてもらってるんだから、ここで帰るって言われたらボクの面子が潰れるんだけどな」
 矢継ぎ早に言って、そのまま車を出て回りこんだと思ったら、助手席からあたしを引っ張り出した。まだシートベルトしてるから。
 カチャッと外して引っ張られそうになるのをかわして外に出る。それほど車に乗ってから時間が経ってないはずなのに、もう何時間も過ぎたような気がする。寝てたせいか。
「・・・悪いけど、部屋、借りるね」
 不承不承だけども野宿とかは趣味じゃない。そりゃ、旅先でなら味わいもあるだろうけど、ご近所でやらかす気にはなれない。それに、せっかく暖かい布団があるっていうなら使ってあげるべきだろう、そうだろう。
「ヨリの部屋が準備出来るまでこっちで待ってて」
 なんだなんの準備だ。人を押し込んでアレクは珈琲をいれに行ったらしい。アレクの部屋だと言う部屋でこじんまりとしてる・・・つもりだったが無理だ。
 あたしはこそこそと部屋の探索を開始した。人のものはあたしのもの。酔っ払いだと言えば許される。だってアレクだし、日本だし。
 がさこそと探し回って、でも他人様の部屋だから、あんまり散らかすのもよろしくないよね。本棚や机なんてのはありきたりすぎるから、ここはやっぱりベッドだろう。きっと下には何かあるに違いない。あっ、なんか落ちてる。つか、隠してある。
 写真だ写真。誰かな〜・・・っておい。これ。
「・・・ナニコレ。あのバカ!!」
「バカはひどいよ?」
「ぅわっ」
 いきなり声をかけるなんて暴挙は許されませんよ。許しちゃいませんよ。とっちめてやろうと振り返ったら、アレクがものすごい顔で笑顔だ。や、利佳子の笑顔も怖い時があるがアレクもアレですね。本当、顔が良いってのは時として暴力になりうるな。
「ボクの部屋で何してるのかな?」
「うん。いや、まあ・・・えっと・・・その、ね?」
 怒ってるわけではないと思う。だが、非常に気まずいのはなんでだ!?
「ベッドに入りたいなら、そう言ってくれれば良かったのに。ヨリならいつだって大歓迎だよ」
 確かにベッドに入りたい、というか布団に入りたいと思ってましたとも。でも、何故かこの時は『うん、そうだね』と言うわけにいかないような気がした。とりあえずは良い湯気と香りを飛ばしてる珈琲を飲むべきだ。あたしらにはリラックスが必要だと思うんだ、アレク。
「こ、こ、珈琲、アリガトウ。やーやっぱり酔い冷ましには珈琲だよね」
 ジリジリとベッドから離れて珈琲のあるソファとテーブルに近づこうとしたんだけど。
「珈琲は後で良いから、何してたの?」
 やけにしつこいな。まあ家捜しされたんだからそういうもんか。答えづらい質問だけど珈琲のお預けはさすがに堪える。なんたって今のあたしは酔っ払い。そりゃ酔いは冷めてきてるけど、だからこそ珈琲で落ち着きたい。んで、そのまま泊まる予定の部屋に案内してほしい。眠気がひどいんだ、車の中で多少は寝たけども。
「ええっとですね」
「うん」
「ちょっと、興味本位でいろいろ見てました」
「いろいろ? いろいろって何?」
「やー、何と言われても目的はなく、何か面白いものはないかなー・・・なんて・・・あははっはっ」
 目的なんてあったら怖いじゃないか。不審者だ。十分、今も不審者の範囲なのは分かってる。が、あえて言おう。そんな変態じゃない、犯罪者でもない。
「それで、見つかった?」
 にじり寄ってきてる気がする。間隔が狭まってますよね。顔近づいてますしね。逃げろと本能が言ってくるんですけど、逃げられない。体が小刻みに震えそうだ。
「見つかってない? なら、教えてあげようか? ヨリが探してたオモシロイもの、どこにあるか」
 いえ、いいです結構です十分です。ブンブンと勢いよく振ってしまった頭がカラカラと音がする。齢二十の域を超えてもこうした事は初めて。初めてなんだな。すごいな、あたし初体験か。
 非現実的で、たぶん他人からは逃避と言われる思考に迷い込んでみたんだけど上手くいかなかった。どうした、あたし。いつものどっぷりな想像力は。
 ひっ・・・い、今っ耳に何か!!
「何考えてるの?」
 張り付いた笑顔が怖いよ、兄さん。父ちゃん助けて。夜理はピンチです。
 
 ...to be contenue

  ◇BACKTOPEVTOP◇ ◇NEXT