大きなお屋敷の小さな客人

◇愛すべき人々 Case2◇

おっ! 久しぶりだな。元気にしてたか? そうかそうか。そりゃ、良かった。アンも元気にしてるよ。それにしても、今度はまたどうしたってんだ? ああ、あの子か。元気にしてるのか?
 そうか。便りの一つもよこさねえもんだから、奥様も気になさっておいででな。そりゃあ、毎日のように口にされるってなもんだ。え? そんなことねえよ。本当さ。
 おう、俺もだいぶ、あの子とは仲良くなったもんだからな。なに、孫を見てるようなもんだ。うちのガキ共はあんな上品じゃねえけどよ!
 え? なんだ、知らないのか。あの子は・・・それより、お前よ。前から言おうと思ってたんだが、そのボスってのは止めろ。エトで良いってんだろ? お前は部下でもなんでもねえんだから。そう呼ばれると仕事が気になって仕方ねえんだ。ああ、あの馬鹿どもなんぞ、休んでる時ぐらい忘れてえもんさ。
 そうだ! そうだ! あの子の事だ。全く、最初に見たときはどこの田舎ネズミかと思ったよ。別にボロを着てるってわけじゃねえんだがな。綺麗にしてもらったら、それなりにはなったがなあ。
 そういうんじゃねえよ。なんていうかな、躾の良いガキってんでも無かったからな。貴族連中のガキなら、そういう雰囲気があるだろ? 分からねえか? なっ、そうだろ。まあ、後で俺らとそう違わねえって聞いて納得したけどな。
 おう、おかしな話だろ? けどよ、なんていうか・・・・・・
 ああ、そうだ! そんな感じだよ。野良って言葉がぴったりだ。旦那様には随分と懐いているようだったが、人慣れしてねえのはすぐに分かった。他の連中も分かってたんだろ。あのビルも珍しく優しくしてやってたしな。
 芋? ああ、あれか。ギエイを大量に抱えてネズミそのものだったからな、覚えてるさ。珍しく誰も付けねえで、あんなとこに来たんだ。そういや、ちょこちょこアン達の目をごまかして厨房に来てたな。別に旦那様に一つ言えば自由にやれるのにそうしねえ。変だと思って聞いてみたら、
『その方が楽しいから』
ってよ。ありゃあ、外に出て好きなように動くのが性分だ。見た目は全然違うのになあ。
 ああ、全くだ。じゃじゃ馬だとかお転婆だとかってえのは、ここのお嬢様方で慣れてるが、あれは別種な気がしてならねえ。見ている限りじゃあ、運動神経がいいわけじゃねえからなあ。
 そう笑うなって。あの子が来た日の夕餉に、俺がちょっとばかし手の込んだ料理にしたのを聞いてるか? そうさ。好き嫌いがあるかと思ってな。ここらの奴でも癖があって嫌いな食材を出してみたら、これがまた美味そうに食ってやがる。
 意地悪じゃねえつってんだろ! ったく、口の減らねえ奴だな。好き嫌いを早めに知っておけば食材を無駄にしなくて済むからだよ。なに、思い出せねえか? しょうがねえな。黒パンに生の香草煮、雄羊肉とシイの実添え、ビエイにパソリだ。
 黒パンは固いからな、ダートから来た奴はあんま好きじゃねえ。それに向こうじゃあ、パンは白いもんだからよ。見た目からして食わねえわな。雄羊の肉もそうだ。匂いばっかで固いから、牛になれた奴はまず食わないもんさ。ビエイは甘いから嫌いな奴は少ないが、同じ甘味があってもパソリは青臭い匂いが独特で嫌いな奴が多いんだ。
 だろ? なのに、ダートから来たわりには好き嫌い言わねえで、ってよりも、なんでも美味そうに食ってた。
 まあな。俺の腕が良いのは当たり前だろ! そんでも、ヤニス様は香草煮が食えねえし、ササ様はパソリが嫌いなんだよ。
 それがって、お前な。いいか? あの子の言ってることを俺は信じちゃいねえ。
 そうじゃねえ、そうじゃねえよ。けどな、わけありの奴は本当のことは言わねえもんさ。悪い子じゃねえのは俺にだって解ってる。ただ無条件に信用して良いタイプの奴じゃねえってだけだ。そうそう目くじら立てるもんじゃあねえ。それが人間ってもんだ。
 俺か? 俺は・・・・・・そうだな、信じちゃいるさ。矛盾するけどよ、あの子ならしょうがねえ、そう思えるってわけだ。なんたって、俺の料理を美味そうに食ってたからな!
 べ、別にかまわねえだろ。料理人ってえのはそういうもんなんだよ。それより、あの子でもう一つ気になったことがあってな。けったいな食べ方をするんだ。スープとパンを出したら、スープにひたして食べてな。
 まあ、それは良いんだ。固いパンだったからな。あんまり貧乏だったら腹をふくらませんのにそうやって食うんだ。だから、まあ、苦労してきたんだろうと思ったわけだ、俺は。
 そう急かすなよ。それがよお、食べ方がきれいってのは変だろ? 変なんだよ! 貧乏な奴ってのは、こうガツガツ食べるもんだ、解るか? どうしても、手にしてる以上に食おうとする。気が急いてるのが分かろうもんだが、あの子にはそれがねえ。
 だからよ。ちぐはぐでおかしいだろ? 底辺の食い方と金持ちの食い方が一緒になってる奴なんてよ。そんで、俺は考えたわけだ。これは面白い奴にちげえねえってよ。
 なんか文句あんのか? あ? おお、それでよ、これは色んなもん出したらどうすんのかと思って見てみた。楽しみなんてそうそうねえからな、俺にとっちゃ久しぶりのおもちゃだ。慣れ親しんだ家の味って奴があるせいか、そうそう実験・・・いや、試作なんてのは出来ねえもんだからな。若い連中の勉強にもなる。
 いつもそれなりに美味そうに食うんだが、アンに偵察させてどうも特別好きな物があるらしいことが分かったんだよ。それが、旦那さまそっくりだ! ヴァンの奴は
『旦那様は直感を大事にされる、野性的な一面もお持ちな素晴らしい方です』
とかなんとか言ってたけどな、上品に言ったとこで、ありゃ鼻がきいたんだな。てめえと同じ匂いがしたんだろうよ。って、内緒にしておけよ、ヴァンの奴に知れたらまたうるせえからな。
 そうだな、いろいろあるが・・・・・・猫舌で熱いものがわずかに苦手だな。熱々のスープを飲む時なんざ、お喋りを楽しんでるように見せかけて止まるらしい。気がついたアンもすげえけどよ。それから、脂っこいものより淡泊な味が好きだったな。
 ああ、それでな。いつかギエイを持ってきたことがあったろ、厨房に。あん時はビルの奴がちょっかい出したくてしょうがなかったが、あれから若い連中がヴァンの目を盗んでちょくちょく相手してたみてえだな。あの子も気張らないで付き合えるのが嬉しかったんだろうよ。
 ビルマか? あいつは郷里に妹がいるからな。気になったんだろ。話してるのを何度か聞いたが、完全に兄貴扱いだ。色っぽさのかけらもねえ。ビルの奴も尽く話がしっちゃかめっちゃかになるもんだから、もう諦めただろ。
 ・・・あいつはどうしようもねえな。若い奴らの中には、あんまいい気のしてねえ連中もいるけどな。男の嫉妬ほどみっともねえもんはねえ。あの嬢ちゃんも分かってる風で、そういう奴らの前でおくびにも出さねえよ。ササお嬢様に告げ口すりゃ、一発でやめさせられるのになあ。
 ああ。ああ、分かってる。そういう子じゃねえな。そう怒るなよ。あの子がベールを被った時に思ったもんさ、こいつ馬鹿なんじゃねえかって。
 本当に短気だな、お前。悪口じゃねえだろ。顔を隠すのはいいけどよ、あんな格好してりゃ、ここの坊っちゃん達が余計に興味持つのは分かるだろ。心配してりゃあ、ヤルノ様までしっかり興味持たれてよ。ステン様、や、当主様だって腹ん中じゃ、知りたくてしょうがねえって感じだったしな。あれでいい年なんだから知ったらひっくり返ってるな。
 女に年なんか聞けるか! そんな事が奥様に知られてみろ、このお屋敷から追ん出される。母ちゃんにばれされたら、たまったもんじゃねえ。
 うるせえっ! いいか!? 女に逆らって無事でいられるのは、よっぽどの馬鹿か女が手加減してくれてるかのどっちかだ。嵐に巻き込まれたくなけりゃ、じっとさざ波になるのを待つしかねえ。女が出来りゃ分かる。
 同じようなもんだろ。結婚もしねえで、好いた腫れたもねえってもんよ。おうよ。惚れこんだ女が出来たら、一途になるのが男ってもんだ。浮気なんて恐ろし・・・・・・なんでも。どっからこんな話になったんだ?
 そうそう。そうだった。年を聞いたことはないが、アンよりは上だろうな。やっぱり。落ち着き方が違う。ヤルノ様あたりと近いんじゃねえか? そうだろ?
 知らねえなら聞くなよ。えっ? 知ってる? 当主様よりも上? そんな事ねえだろ? 本当か!? そりゃあ、若く見える! アンよりも下だって言っても誰も驚かないだろうに。
 褒めてんだろっ! 上げ足を取るな。見た目もそうだが、何より発言がな。それでも若いことに変りはねえからな。言動じゃねえよ。雰囲気っていうか、女っぽさっていうのが・・・いや、何でもない。そうだ! 奥様なんざ、いつにも増して張り切ってらっしゃったからな。
 あの子を部屋に連れていったのは奥様なんだが、部屋を見たとたんに大層喜んでたらしくてな。奥様が言うには、
『うっとりと夢見る目つきだった』
そうだ。あそこの部屋の家具から調度品は全部、奥様が若い頃にあつらえたもんだからイッロ様には古臭いって言われたもんらしい。男にはよくわからないが、女の眼には流行遅れの古い部屋なんだとよ。その証拠に、お嬢様方も言葉にはしなくとも目をそらしておいでだった。気持ちはわからんでもないがな。
 いや、お嬢様方はお優しい方たちだ。うちの娘に言わせりゃ、アンティークになりかけの中古調度品は恥ずかしいんだとよ。はっきり言いやがって何様だってんだよな? 友達を部屋に呼べないってひでぇこと言ってたな。それに比べりゃ、さすがお嬢様方だ。品があって結構なことじゃねえか。
 食事ってのは、育ちが全部出ちまうから俺らは旦那様らと一緒に食卓につくことはしねえんだ。だけど、なんのかんのと理由をつけてはアンと一緒に召し上がろうとなさるって、アンが相談にきたことがあったけどよ。平たく言や、それだけ庶民的。もっと言えば、やっぱり俺らと一緒の人間だってことなんだろうな。
 当主様ってどっちだ? ああ、イッロ様か。もう当主はステン様になったんだから、お前もいい加減慣れないとな。慣れてるって感じじゃねえだろ? 分かった、分かった。そういうことにしといてやる。
 厨房の連中は空元気だな。アンもヴァンも元気そうにしてるが、しこたま裏で寂しがってるって話だしよ。あの子がいなくなってから、ふとした時に名前があがるのがなあ。面白い子だったから、楽しみが減ったていうのもあるけどよ。なに、ぺちゃくちゃ喋るだけの子供とはわけが違ってな。いるだけで楽しい気分になれたのよ。
 そうだなあ。これからの時期は庭師の腕の見せ所だって言ってたのに、結局はヨリとも会わずじまいでもったいない事したもんだ。あんだけ偏屈でなけりゃあな。
 イッロ様がお屋敷を離れることはそうそうないだろうが、ステン様ならこれからもちょくちょく王都に行くだろうし、そうすりゃ、このお屋敷にも戻ってくるだろうな・・・
 いいじゃねえか、それぐらい。あっちの方が色々楽しいだろうが住むにはここも負けたもんじゃねえ。俺も退職したら、この近くに居でも構えようかと思ってるんだ。ダートも王都も、俺の年には刺激が強すぎるからな。
 まだまだ先の話だ。今の若い連中が一人前になるまではな。
 おいおい。けど、そうだな。あと十年は現役でいなけりゃ、どうしようもねえだろ。お前も知ってるだろうが、俺のとこに集まる連中はほとんどが訳ありの癖のある奴ばっかりだ。
 そうだ。あいつらを一人前にして、他のとこにやってもさすがと言われるだけの腕に育ててやらねえとな。何、頭は悪いが腕の覚えは早い連中だ。ビルマなんかはそこそこ育った中堅どこって感じだから、教える側に回したいんだがな。あの調子良い性格さえ治せばよ、すぐにでも使えるんだがな。
 そうはいくか。どんだけ腕が良くたって、統率出来なけりゃ上には立たせられねえ。ビルも分かってるさ。
 まあ、代替わりなんてのは先の先の話だ。俺だってまだまだ若い奴に譲ってやるほど丸くなるつもりもねえしな!
 うるせえってんだ。ったく、まあお前だってあの子がまた帰ってくると思ってるんだろ?
 ああ、なかなかな。おう、そいじゃあな。あんま寄り道ばっかしてんじゃねえぞ。
 
 fin

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