幸運を

待ちに待った休日。チョコレートがあちらこちらで売られているけれど、私には関係ない・・・こともない。自分の分を買うから。
 ゴディバよりも、もっと濃厚なチョコレートが食べたくなって、ほんの少しだけ足を伸ばした。板チョコなのだけど、これがすっごい美味しい。もちろん、お店としてはこのまま食べるよりも今日の日の為に売ってる。
 今日は一年で一番、チョコレートが高く売れる時であり、一年で一番、日本男子の真価が問われる日。きっと胃の痛い思いをしてる男もいることだろう。そして、女の子はドキドキしながら・・・なんて人は少ない。そこらへん用意周到にして、下手な弾は撃たない子が多い。受け取ってもらえると分かってるからこそ用意するし渡すのだ。そんで、必ず倍返しになってもらえるように一ヶ月の期間、あれこれと画策するに違いない。結構、女の子も頑張るな。
 義理チョコなんていらないと思ってる私は、父にもましてや血縁関係もない人になんか渡したくない。通っているのが女子高で良かった。
「ただいま」
 お父さんは仕事で出張、お母さんは友達と一泊旅行に行ってるから、妹がいなければ誰もいない家なので、シンッとしてる。たぶん、彼氏の家にでも行ってるんだろう。もしかしたらお泊りかな。お母さんいたら目を尖らせて怒るだろうけど、こんな時でもなければ彼氏とゆっくり出来ないって、昨日散々愚痴ってたからいなくて良かった。
 友達も彼氏がいる子達は一緒にいるだろうから、今日はメールも電話もこない。昨日、合コンに誘われたけど断ったし。今日は家でのんびり本でも読みながらチョコレートと紅茶で一日ゆっくりした後は、お風呂で半身浴して、好きなテレビを見て寝よう。
 彼氏と別れてから一週間。イベントにあくせくしなくて良いのが、これほど楽だったなんて、なんて素敵なんだろう。もう暫くはいらないや。
家の電話がうるさく鳴ってるので、仕方なしに取った。着替えも済ませて、これからゆっくり堪能しようと思ってたのに、邪魔するなんて無粋な。
「もしもし・・・あっ、香坂? どうしたの? え? 聞き取れないんだけど・・・・・・うん、まあ。・・・ううん、一人だけど。・・・これから?」
 地元の子達は、ほとんどデートだと思ってたのに伏兵がいたか。どこから別れたなんて聞いたんだろうって思ったけど、たぶんお母さんが喋ったんだ。香坂の話だとあぶれた地元の子で鍋でもしようってなったらしい。正直、一人でいるほうが良いから断ろう。
「そう言わないでさ。俺らだけじゃ、鍋なんてどうやって良いか分からないし、女の子一人だけなんだよ。可哀相じゃん」
 いや、私の方が可哀相だから。まかない要員なんてなってられない。今日の為にお小遣いを節約してたんだから。チョコレートは鮮度が命、なはず。今日食べずしていつ食べる。使命感に燃えてる私としては、やはり断らせて頂こう。
「ごめんね。今日はちょっと無理かな。家をあけるわけにいかないし、それに、女の子が中途半端にいるよりは、紅一点の方が盛り上がると思うんだよね」
「えーっ! そりゃないよ〜・・・俺、もう他の連中にも来るって言っちゃったからさあー、お願い! お願いします!!」
 お調子者の香坂らしい。ちょっと腹が立つけど、仕方ないか。地元での繋がりもあるから、ここは顔を立ててあげないと、後々面倒そう。
「全く・・・しょうがないから、ちょっとだけね。最後まではいられないと思うから、適当に帰っても良いなら」
「マジッ!? マジで? ありがとうっっ!! やっぱ美恵は優しいなっ」
「現金すぎる。それで、メンバーって誰が来るの? 私が知らない人ばっかだったら、マジ気まずいんだけど」
 まさか香坂だけってない。それだったら、前言撤回させてもらおう。
「他に来るのはえっちゃんと壱くらいかな。後の三人は美恵の知らない野郎だよ。壱と同じ高校らしいから頭は良いんじゃね?」
「顔は?」
「ソクブツですね、姉さん」
「うっさい。頭が良いかなんてどうでも良い」
「カッコいいよ。二人はそうでもないけど、一人がめちゃくちゃ良いってえっちゃんが言ってたからさ。そう悪くはないんじゃない?」
 えっちゃんは優しい優しい男の子だ。優しすぎていつも二番手なのが惜しい。女を見る目がないからだと言ってるのに、少しも精進しないあたり、真剣に恋愛をする気があるのか不明。
「じゃあ、とりあえずは顔だけ見せてまずかったら帰ろうかな」
「ひどっ! 美恵の好みかどうかなんて、俺知らないし、それだけは勘弁な! っつうか、マジで帰るなよ?」
「冗談だよ、冗談。香坂にマジで取られたら冗談言う相手がいなくなるって。でも、珍しいね。香坂がこういうのに集まるの」
 調子良いけど面倒くさがりな香坂が、自分から私に電話してくるなんてありえない。しかも、私の携帯じゃなくて家電に。
「たまにはな。えっちゃんとは毎日会ってるけど、壱とは久しぶりだからさ。それに、今日空いてるなんて壱らしくねえじゃん? 面白そうだからよ」
 普段からしたら、やけに白々しく聞こえる。言い訳してるような口ぶりに、ちょっと考えた末、香坂が言い訳する理由に思い当たった。
「それで、女の子はどんな子なの? 可愛い?」
「あっ、うん。まあ。可愛い・・・かな。料理も出来るって言ってたから、他の奴と一緒に買出し行ってから合流するって。見た目と違って、意外と気を使ってくれるタイプの子でさ、今日も買出し行く前に俺にチョコくれたんだよ」
 ほぉ・・・それはまた、実に分かりやすい奴。香坂は『チョコくれたから俺に気があるかも』なんて思ってるに違いないし、女の子はみんなにあげてるのが瞼の裏にうっすら想像出来てしまう。単純すぎる友って悲しい。
 電話の向こうで、香坂は純情タイプの女の子を想像してるみたいだけど、私にはとっても計算高い子の印象だ。まあ、香坂狙いってわけじゃないので自由にやって欲しい。あんまり良くない子なら止めるけど、そうじゃない限りは応援するよ、香坂。
「何時集合? もう買出しに行ってるなら、急いだ方が良いのかな?」
「や、まだ充分時間はあるけど。買出しって言っても、今日はオールの予定だから、お菓子とかも一緒に買ってきてもらってるんだ」
「ん? オールなんて私出来ないよ?」
「あっ、女の子は別。鍋の予定じゃなかったんだよ、最初は。壱がその子、あっ、そうそう愛ちゃんって言うんだけど、愛ちゃんも一緒に遊びたいって言うから連れて来て、だったら鍋しようって話になったんだ。だから、鍋が終わったら一応は解散って事にして、男だけでオールになると思う」
 うーん、話を聞いてると香坂の先行きが心配になってくる。たぶん、愛ちゃんは思いっきり壱狙いだと思うんだよね。他の子って可能性もあるけど、香坂に分があるとは思えないな。
「じゃあ結局どうすればいいの?」
 電話の向こうでガヤガヤと聞こえてくる。どうやら買出し部隊が帰ってきたみたい。やっぱり出かける準備して、早々に行ったほうが良さそう。だって鍋にチョコとか言ってる。冗談だと分かっていても休日を潰して行くのに、肝心の鍋が不味いのは嫌だ。
「えっちゃん! 美恵がどうすれば良いってさ・・・えっ? ああ・・・分かった。じゃあ、そう言うからな」
「どうなった?」
「あっ、ごめん。すぐ来れる? 壱が鍋の準備始める前に紹介済ませた方が良いっていうからさ・・・うるさいよ、和」
 がやがやと向こうで和と呼ばれたんであろう男の声と壱とが何か言いあってる。えっちゃんと他二人が宥めてるんだろう雰囲気だ。
「じゃあ、急いで行くから。あっ、エプロンとか持っていく?」
「いいよ。俺の家だし、美恵のエプロン姿見てもな〜」
 言ってくれるじゃない。立場を分かってないな、こいつ。怒鳴ってやろうかと息を吸った瞬間、電話口の声が変わっていた。香坂が高速に声変わりしたのでなければ、相手は壱だ。いつ聞いても良い声。電話越しなのが惜しいけど、電話越しだから良い。
「美恵?」
 ほらほらバリトンなんて低くはないけど、落ち着いてる声って魅力あるよね。その女の子が惚れちゃうのも無理はない。
「壱? 久しぶり! これから向うから、ちょっと時間かかるんだよね。先に初めてて良いから」
「待ってるよ。ほとんど準備らしい準備もないから。悪いな、急に」
「いいって、いいって。それより来てる子達、壱の友達だって?」
「そう。愛ちゃんと由隆と晃佑、和弘。みんな気の良い奴ばっかだから。特に由隆とは気が合うだろうからさ、早く来いよ」
 はいはいとおざなりな返事で電話を切ってから、久しぶりにチャリを漕ぐ。すぐそこな距離なんだけど、着いた時には寒さで手が悴んでた。クリーム塗っておいて正解。この時期は、すぐガサガサになるんだからイヤになってくる。
「お待たせ!」
 玄関にいるだけでワイワイと声が漏れ聞こえてくるってどんだけだよ、と思って中に入ったら、愛ちゃんらしき女の子がこちらを見てお辞儀する。良い子だ。でも、次に顔を上げた時には微妙な空気を感じてしまった。ああ、やっぱり来るべきじゃなかったかも。
「あっ、久しぶり! 美恵、ちょっと痩せた?」
 開口一番セクハラだ。膝蹴り一発、えっちゃんの腹に決まった。顔合わせしてからって事だったので、まずは私の紹介。次に女の子の愛ちゃん、由隆、晃佑、和弘の順番で紹介してもらう。一番気が合うのは由隆かな。ちゃん付けお断りして、ついでにこっちも敬称略。
 愛ちゃんは可愛らしく、みんなを呼びやすいようにちゃん付けしたり、君付けしたり、でも壱だけは呼び捨て。思いっきり狙ってるんだなって感じで、応援したげたいが、香坂の気持ちを考えるとちょっと可愛そうかも。
「美恵、こっちの野菜はこれで良いのか?」
「うん、ありがとう」
 ざくざく切って終りなんだけど、何故か葉物が多いので嵩張る。もうちょっとバランスを考えて買えよと言いたくなる。体に良いけどさ。私の好きなこんにゃくとかそっち系はないのかよと。
「美味しそう!!」
 愛ちゃんが出来上がった鍋を前に満足そうに壱に笑いかけてる。香坂をちらっと見たけど、えっちゃんとこづきあっていて気が付いてない。この時点で負けたな、香坂・・・と思ってしまった。
 箸だの箸置きだの取り皿や薬味なんかをバタバタと揃えてるのは、何故か香坂でもえっちゃんでも壱でもなくて、和弘だった。そんで由隆と晃佑は和弘に言われるまま動いてる。私はさっさと席についてしまったけれど、嫌な顔せずに三人が動くので食べ始めるまでの間、壱と愛ちゃん、香坂とえっちゃんを遠巻きに眺めていた。
「よし! そんじゃあ、乾杯!!」
 香坂らしく、香坂なみな乾杯の音頭でみんなが食べ始める。愛ちゃんは壱の隣に、香坂は愛ちゃんの隣にちゃっかり座り、私はえっちゃんの隣が良かったのになんでか和弘と晃佑に挟まれてる。えっちゃんは由隆と喋っていて話しかける雰囲気じゃない。
「美恵って壱と付き合い長いの?」
「幼稚園からだから長いよ。でも、えっちゃんとはもっと前だけど」
「もっと前って?」
「産婦人科から一緒だったって」
「マジ!? すげっ」
 盛り上げようとしてる晃佑には悪いけど、うるさくて敵わない。由隆とえっちゃんは既にハイペース飲みへと変わっていて、愛ちゃんも酔っ払い始めてるみたい。確実に酔っ払いになりつつあって、ふりじゃないのが惜しい。
 壱がどんどん飲ませているからに違いないんだけど、こっちは晃佑と和弘に挟まれて助ける事もなく、愛ちゃんは潰れてしまった。その後を追うようにえっちゃんと由隆も寝てる。オールの予定じゃなかったっけ。
 壱がこちらに移動してきて、愛ちゃんはと見ると甲斐甲斐しく香坂が介抱していた。隣の部屋に寝かせておくらしい。
「美恵、もう食べないか?」
「あっ、うん。ごちそうさまでした」
 くすっと笑って和弘が皿を提げてくれる。撤収は晃佑と和弘、壱の三人がしてくれるらしい。楽だ。たまには良いなこういうの。
 あんまり香坂が戻ってこないから、様子を見に行ってみると爆睡してたんで、ここらへんで帰ろう。近くにいた和弘に声をかけると送っていくと言われた。でもチャリだし、近くだし。
「いいよ、和。俺が送っていくから」
 壱が珍しく言うからびっくりした。和弘に感化されたみたいでいい傾向だけど、生憎と私は一人で帰りたい。だってチョコが待ってるから。
「美恵の家ってこっから遠いのか?」
「ううん、そうでもない。チャリだし、すぐだよ。だから一人で」
「じゃあ、やっぱ俺が送ってくよ。壱は晃佑と待ってて。すぐ戻ってくるから。愛ちゃんいるからさ、晃佑だけじゃあちょっとなあ」
「けど、こいつの家知らないだろ?」
「大丈夫だって、二人とも」
「駄目。潔く送られてなさい」
 意外と過保護な和弘に押されるように香坂の家を後にして、壱が不満そうに見送ってくれた。絶対、後で何か言われそうだ。さっさと帰るにこしたことはない。でもチャリに乗っていけないから、結局は和弘に合わせて歩くことにする。走るからと言ってくれても、そこはね。
 そんなわけで、実はこっそり起きてたえっちゃんが渋い顔の壱にばれないよう玄関の奥にいた事を知らなかった。


BACKINDEXTOP