ぴくの〜ほかんこ

物語

【ぴくし〜のーと】 【ほかんこいちらん】 【みんなの感想】

連載[1150] 交錯の街

零樹 #1☆2008.02/09(土)22:37
Prologue


“Town”。


『タウン』……『街』。

いつのころからか、この世界は、そう呼ばれていた。
とはいっても、世界全体が大都会という訳ではない。

碧い海と蒼い空にかこまれた、少し小さめの大陸。
山も川も、砂漠も草原も、そして街も、ある。人間の住まう世界と、なんら変わらない、そんなところ。


違っていることは唯一つ。
そこには、ポケモンだけしかすんでいないということ。


なぜこの世界が、“Town”と呼ばれるようになったのか。その理由は定かではないし、探ろうとする者もほとんどいない。
ただいつの頃からか、そう呼ばれていた。
そのことだけが、世界のなかに存在する。


今日も世界の住人たちは、あるべき場所で、自らの生活を送る。

ある者は海の、川の底で。ある者は山、森の奥で。
ある者は火口、洞窟の中で。ある者は砂漠、草原の上で。
そしてあるものは……街の中で。


全ての場には営みが有り、今日も彼等は混沌の中で調和する。

全ての場を吹き抜ける風のもと、今日も彼らは交錯する。


世界の片隅、高い山と広い海に囲まれた、そこそこ大きな赤煉瓦の街。

今日も人々がすれ違うこの街で。


物語は始まりの鐘を鳴らす。
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零樹 #2★2008.07/12(土)00:13
そこは、もともとは何かの雑居ビルだったのだろうか。
かつては客で賑わっていたであろうその建物は、今では見る影も無く荒れていた。
壁全体を覆っていたはずのタイルは所々ごっそり剥がれ落ち、窓ガラスもそのほとんどが割れている。
“廃墟”。
誰かが作り、誰かが使用し、誰かが捨てた。
そんな場所は、どこに行っても存在する。
忘れ去られ、ひっそりと眠りについた場所。ただただ冷たい静寂だけが、そこを支配する。
その建物も、そういった場所なのだろう。静かで硬い雰囲気が、建物の内側を満たしていた。

つい、先刻までは。


      ――Story1  はじまり――


「ね、ねえ…リュイ?」
若干上ずった声に名を呼ばれ、ぱちくりと瞬きをした。
小柄な身体は青や水色の短い羽毛に覆われ、嘴と足だけが明るい黄色をしている。翼のついた腕は、空を飛ぶ為ではなく、水中を素早く泳ぐ為の物。体を動かすたび、首周りに結んだリボンがふわふわと揺れる。
「なに?」
「何か…僕達、すごーくまずい状況なんじゃ…ないかな?」
“リュイ”と呼ばれたポッチャマは、ほうっとひとつ溜息をついた。
「そうかもね」と呟いて、声をかけてきた相手を見る。
細く長い鼻先に、きゅっと瞑られた目。淡い黄色と黒緑の身体で、背に浮き出た赤い模様からは、時折ぽっぽっと炎が見え隠れしていた。
名を“ソア”という。種族としての総称は、ヒノアラシ。
「でもさ、受けちゃった依頼なんだから。いまさら取り消せないよ」
「で、でもっ…!」
小刻みに震えているソアを尻目に、リュイはもう一度、小さな溜息をついた。
「それにさぁ」
周囲を見回し、かくりと肩を落す。
「こんな情況じゃぁ、とてもじゃないけど逃げられないって」
リュイが半ば諦めているのも当然。ふたりの後ろには、壊れかけた丸窓が一つ。そして前には、明らかにガラの悪いポケモン達。口元に下卑た笑いを浮かべる彼ら、おそらく人間で言えば不良、あるいはチンピラといった類の者達だろう。この集団のリーダーだろうか。首に派手な鎖を下げたゴーリキーが、にやりと笑いながら呟く。
「やっと追い詰めたぜ…チョロチョロしやがって」
「…このままいたら確実にボコボコにされて終了だよね」
侮蔑を含んだ言葉を、リュイは見向きもせずにさらりと流した。相手が話しているのが聞こえていないかのように、ソアに話しかけるのをやめない。
「しっかし、こんなガキが俺たちに歯向かおうなんてなぁ」
「身の程知らずにも程があるんじゃねえの?」
「そこから飛び降りるわけにもいかないよね。地上4階、下手したら死んじゃうかもだし」
「まあ、素直に謝って金でも出せば、許す気が無いわけでもねぇけどな」
「だよな、さっさと大人しく出せばなぁ」
「うわ―やだな―、夢と希望に満ち溢れた十四歳で人(?)生終わるなんて」
いやらしく笑いながら脅しをかけるチンピラ集団と、それらを一切合財無視してさらさらと話を続けるリュイ。そんな意味のないやり取りをしながら、時間だけが過ぎていく。

――五分後。

「どっちにしてもやだな―、負けるのも怪我するのも」
「おいテメェ、聞いてんのか」
先に耐えられなくなったのは、チンピラ集団のほうだった。
相変わらず話しているリュイの腕を掴み、ぐいっと顔をこちらに向けさせる。
「ん」
リュイは一瞬だけ嫌そうに顔を顰め…その視線がふと、一点で止まった。
自分の腕を掴んでいるゴーリキーの首。そこから下げた金色の鎖の先。
――ちょうど掌に収まるほどの、緋い宝石が。
おそらく、鎖とは別に、後からつけたものだろう。炎のような緋色は、少し黒ずんだ金色に、全くと言っていいほど合っていなかった。
後ろにいたソアも気が付いたらしい。細い目を一瞬だけ開き、はっとしたように顔を向ける。
恐れの消えた琥珀色の瞳。それを見つめて一つ頷いたリュイは、ぽつりと一つ呟いた。
「まあどっちみち、こんなのに負けるつもりも無いけれど」
小さく、けれどもよく通る声で。
ゴーリキー達は、一瞬何を言われたのか分かっていないようだった。
数秒の間思考し…見る見るうちに顔が赤くなる。
けなされた。
「テメェこの野郎!馬鹿にしやがって!!」
一番早く手を出したのは、リュイを押さえていたゴーリキーだった。腕を押さえられ、動けずにいるリュイに向かって、勢いよく拳を振り下ろす。が、次の瞬間。
「火炎放射っ!!」
計り知れないほどの熱を持った朱色の火炎が、ゴーリキーめがけて一直線に伸びてくる。ゴーリキーは慌てて両腕を引っ込め、リュイは素早く後ろに跳び退った。
「大丈夫!?平気?」
声を上げ、ソアがぱたぱたと駆け寄ってくる。その背には、先ほどまで無かった大きな炎。先ほどの火炎放射も、彼が放った物だ。
こくりと一つ頷いて、リュイはゆっくりと前を見つめた。じりじりと間合いをつめる不良集団。みなその目に、怒りの炎を宿している。たんっと宙返りして窓枠に立ったリュイは、無邪気にソアに問いかけた。
「…このまま何もしないで叩きのめされるのと、戦って目的達成するの、どっちがいい?」
ソアはむっとした表情で頷いた。そんなもの、後者のほうが絶対良いに決まってる。
言わずとも意思は通じたらしい。にこっと明るく笑ったリュイは、ふうっと息を吐き出した。少し力の入った蒼い瞳が、迫り来る集団を見据える。
「そっちが先に仕掛けてきたんだから、ね?」
その声が引き金となったのか。集団が大声を上げて襲い掛かってくる。雄たけびと足音による大音声の中、リュイとソアの声が、高らかに響き渡った。
「渦潮!」
「火炎車!」
何匹ものポケモンたちの間で、目も眩むほどに鮮烈な蒼と緋が、膨らみ、渦を巻いた。
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零樹 #3★2008.07/12(土)00:15
え―と…
とりあえず言おう、言っとこう。
今のこの街には、廃墟が多い。
わざわざ“今の”と付けた理由は、いたって単純。ほんの少し前まではほとんど無かったから。
数年前、国全体に到来した大不況。経営難で多くの店が潰れて、跡地を処分する為のお金も無く。

そんなわけで、廃墟が多いこの街には、ときどき酔狂な者達がいたりする。
廃墟に住み着いたり、そこを拠点として活動したり。
なかには廃墟を店にして、仕事をはじめる者達までいる。
法律がどうこう言わないにしろ、本当に酔狂だと思うのだけれど。
いや、ぐだぐだ言うのはよそう。
なんせ、そんな酔狂な者達の一辺だ。この物語の主人公、核となっていく者たちも。


      ――Story2  “店”――


「え―と、4月9日、“フィス商店街裏道で盗られた炎の石。側面に亀裂、上部に穴が空いている”…依頼品は、確かにこれで合ってますか?」
ヒノアラシのソアが、契約の書かれたメモと共に、数日前、チンピラたちから奪った宝石を見せる。
小さな手で石を手に取ったロコンの少女は、何度かそれをひっくり返した後、ぱあっと顔を輝かせた。
「はい!たしかにこれ、わたしのです」
「了解しました。代金はさっきもらってるし…ここにスタンプ、お願いします」
足元の箱からスタンプ台を出し、メモ用紙の余白を示す。再び「はい!」と、元気よく頷いた少女は、スタンプ台に前足を乗っけてインクをつけると、その足をメモ用紙の余白にぽんと押し付けた。白地にくっきりと、小さな足型が残される。
にっこり笑ってメモ用紙を仕舞ったソアは、少女にぺこっと頭を下げた。
「はい、以上で契約完了です。ご苦労様でした」
「あ、はい。“何でも屋”さん、本当にありがとうございます!主(あるじ)さんにも、よろしくいっておいてください」
同じようにぺこりと礼をした少女が、くるりと踵を返して扉から出て行く。
「ありがとうございました―」と言いながら、再び頭を下げたソアは、ややおいて体を起こすと、ひょいと座っていた椅子から飛び降りた。

小さなホテルのロビーのような、一室。机のわきにはいくつもの荷物が積み上げられ、今にも崩れそうに揺れている。元はきれいなクリーム色だったであろう絨毯は薄汚れた灰色になり、各所に置いてあるソファも穴だらけ。
窓ガラスは所々割れているのをテープで補修してあり、重厚な造りの木のドアも、その表面が色褪せている。

ここは“廃墟”だ。

いや、もっと正確に言うのなら、“廃墟だった”というのが正確か。
数年前に引き受けた依頼の報酬として、“何でも屋”の主ことリュイが、依頼人から譲り受けたホテル跡。
先の大不況で廃業になったのを、ほとんど修繕もせずにそのまま使っているため、内部は少し、(いやかなり)荒れている。
しかし、とりあえず埃や砂はほとんど落ちていないし、一応快適?な生活はできる。完全な廃墟とは違い、住人たちの営みがあるのは確かだ。

「リュイ起きてる?収入きたよ!」
机の後ろにあったドアを開け、多分いないだろうとは思いつつも、中に向かって声を上げる。
壁に中途半端な状態で立てかけられた柱時計は、現在午後5時41分を指していて、そろそろ世界が夜の領域に入ることを示していた。
薄暗くなったロビーに明かりを灯し、机の後ろにあったドアを開け、くぐる。
案の定というかなんと言うか、その部屋にリュイの姿は無い。
代わりのように、部屋の真ん中にぽつんと座っていた青と白のふわふわしたポケモンが、くるりと振り向いて声を出した。
「リュイさんなら、寝てますよ――」
藍色の丸い体に、一際目立つ大きな三つの白い綿毛。ビーズのように小さな目は赤く、どこと無くふわふわした雰囲気を身に纏っている。
わたくさポケモン、ワタッコ。
「先のお仕事が結構疲れたみたいで、結構前に部屋に――」
ことんと体全体を傾けて、やわらかくふんわりと微笑む。
やけに間延びした言葉遣いをする彼女、仲間内では“クゥイ”と呼ばれていたりする。
「あ、うん。ありがとクゥイ」
「どういたしまして―。あ、そういえばですね、ソアさん――」
そこまで言って、クゥイは一度言葉を切った。赤い瞳がくるりと一瞬、今までとは違うきらめきを見せる。
「そう遠くないうちに、結構おっきな依頼が舞い込むるかもしれませんので―。そのおつもりでお願いします――」
「え、依頼?なんの?」
「リュイさんに訊けばとりあえずは―。それじゃ、夕飯作ってきますんで――」
「え―っと…は、はい?」
言葉の意味がよく分かっていないソアを尻目に、クゥイはひょいとジャンプする。そしてそのまま、室内を漂いながら出て行ってしまった。
あとに残されたソアは、なにがなんだかよく分からない。
「えぇっと…まあとりあえず、いいかな?」
何をするかは、依頼がきてから考えればいいだろう。
受けるも受けないも、こちらしだいなのだし。
とりあえず結論をだして、ソアは考えるのをやめにした。部屋の隅のドアを開け、階段を上る。


この、“そう遠くないうちに舞い込む結構大きな依頼”が、後々起こる厄介な出来事の発端になるわけなのだ、が。
それはまだ、もう少し先の話。今の段階ではまだ誰もが、知るはずも無いことだった。


そして、当然、知るすべも――。
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[1150]

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