オーザック | #1★2004.04/24(土)02:00 |
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凍てつく風が、頬を撫でた。 髪をふわりと持ち上げ、二、三回戯れては去っていく。 空は覆い尽くさんばかりの雪雲に覆われている。 山の奥では、遠吠えが木霊している。 この地に落ち着いてから、毎年変わらぬ、この山から見る冬の夜。 知らぬ間に溜め息が漏れる。 それが飽きと安堵のどちらによるものなのかは、彼にとってどちらでも構わないことであった。 **レジェンドofフェスティバル** <第一話> 〜義理と願いと導きと〜 山岳地帯特有の移ろいやすい天気のせいか、昼間の快晴は見る影もなく、その日の夜は静かに雪が舞い踊っていた。 聳える山の中腹部と呼べる地点には、ロアスタウンと呼ばれる小さな村がある。 その村の、拓けた広場の時計台の下には、あろう事か一人の少年が腰を下ろしていた。 ギルス=アスティアス。 もし少年に名を問い掛けたなら、彼はこう答えるだろう。 黄金色に輝く髪は腰に達するほど長く、また、頭部に着用した黒色の頭巾は、目まで覆うほどに大きな物だった。 彼がこの時計台の下に座って、夜更けまで山々を見渡すのはいつものことである。 理由は彼曰く、「この時計台から見わたす夜空は絶景」だからだそうだが、今日のような日に、村の人間が連れ戻しに来ないはずはなかった。 「ギルさん、風邪引きますよ…」 振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。 彼女は、名をセイア=ティライーレ。 肩を越えるほどの藍色で艶のある髪を下ろし、穏やかな瞳は真っ直ぐにギルを見据えている。 「それとも眠れないんですか…?」 セイアの口調が、僅かに控えめなものに変わった。それには理由があった。 「まあね。何といっても明日は、年に一度の祭り、レジェンド・フェスティバルの日なんやから」 軽い笑みを浮かべて返す。 そう。明日はこの町で、年に一度の祭りが行われる神聖な一日。 そしてギルは、その祭りの中で、とある重要な役割を担っているのである。 「でも、それなら尚更こんなところにいてはいけませんよ」 「解った、そならもう戻るわ。有り難さん」 セイアの尤もな意見に反論すべき言葉が見当たらなかったので、ギルはそのまま戻ることにした。 「ふぅ…、明日は天気が良さそうやな」 帰りの道中、ポツリと呟きが漏れる。 いつの間にか雪は止み、雲の切れ目からは月光が差し込んできていた。 * * * 翌日は朝から上天気で、前日僅かに積もっていた雪達は、昼頃には跡形もなく消え去った。 やがて日の落ちる頃、祭りの様子を一通り見て回ったギルは、予定通り長老宅へと足を運んだ。 「よくきてくれたな、ギル」 中へ入るなり、この村を取り仕切っている長老に声をかけられる。 普段は今年で七十五を向かえるにも関わらず溌剌としている長老なのだが、今日は何故か声音が重い。 「では、これから山頂へと向かってくれ。お前も知っての通り、そこに三つの大岩がある」 「あの、…規則的に穴が並んだ岩のことですか?」 以前山頂を訪れた時の記憶をたどってみる。 ギルの記憶の中では、そこには大きな岩が三つ並んでおり、その一つ一つに何か模様のような人為的な穴が空けられていた。 その岩の大きさと、規則的に空けられた穴から感じる妙な神秘さに見取れていた覚えがある。 「そう、それだ。その岩に空けられた穴、二十一つ全てに火を灯してきて欲しい。私がお前に頼みたいことは、それだけだ」 長老はそれだけ言って溜め息を付くと、窓の外へ目をやった。 「…それじゃ、行ってきますわい」 そう言ってギルが取っ手を握った時だ。 「お待ち下さい」 不意に後ろから呼び止められる。 てっきり家の中には長老と自分しか居ないと思っていたために少し面食らったが、声の主は直ぐに解った。 アミール=フェニスェラ。見事な赤紫色の髪を一重に、淑やかで物静かな雰囲気を放っている彼女は、この家で一人暮らしている長老の元で働く、言うならば世話係である。 「山頂までは距離があります。冷えてきましたし、外ももう御暗いでしょう。私が案内致します」 淑やかに手のひらを重ねるその仕草はさながら淑女を形にしたようなものである。 ギルとしてもこの申し出は有り難かったので、彼女の厚意に甘えることにした。 「おおきに、それじゃ宜しゅうお願いしますわ」 ギルはそう言って、取っ手を捻って玄関を出る。 「それでは長老様、行って参ります」 アミはギルに続いて外へ出ると、中の長老へ軽く一礼した。 そして彼等は、町を後にしたのであった。 |
オーザック | #2★2004.04/24(土)02:01 |
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<第二話> 〜禍々しき夜〜 夜の山道は危険である。 登山途中で足場を踏み外し、そのまま転落してしまう事態は珍しいことではない。 その意味で、アミが長老宅から持ってきたランタンは、安全面で非常に貢献していた。 と、同時にギルは、彼女の厚意への有り難みを、先の二倍、三倍にも強く感じざるを得なかった。 思い返しても見れば、彼女は律儀で、自分よりも他人を優先するという思いやりの深い少女だった。 それは、今宵が町の祭りにも加わらず、一人長老の世話に当たっていたところからも容易に想像が付くことである。 大した人物がいたものだ。と、そんなことを一人考えながらも、ギルはランタンの明かりを頼りに山頂へと足を進めていった。 出来る限り早く、出来る限り慎重に。 半時ほど掛けてようやく山頂にたどり着くと、そこには見上げるほどに大きな岩が三つ並んでいた。 その表面に空けられた特徴的な穴は、いずれも線対称に並べられている。 「さて、と」 ギルはそういって腰に手を回すと、ちょうど手の平に収まるほどの小さな玉、モンスターボールを取り出した。 「出て来い、サーナイト」 軽くそのボールを中に投げる。 と、次の瞬間ボールに光の亀裂が走り、中から淡い輝きに包まれて白衣のポケモンが姿を現した。 「おにび、頼むで。・・あぁ、あの大きな岩に空けられた、ちっちゃい穴ん中や」 ギルの指示を受けたサーナイトは、軽く頷くと指先に小さな火を灯し始めた。そして、踊るような華麗なステップで、大岩に空けられた穴の中へ次々と炎を盛っていく。 アミが、囁くような小さな声で話しかけてきたのはその時であった。 「あの…、ギルさん。長老様の事なんですけど…」 「ん?」 「何か、様子が変じゃありませんでしたか…?」 一瞬の沈黙。 あぁ、そうだったかな。と、思い返してみる。 そんなギルの微妙な表情の変化から肯定を感じ取ってか、アミは続けた。 「昨年の時もそうだったんです。急に落ち着かなくなって」 「この仕事がそない重要なもんには思えんけど。何かあるんかいなぁ」 出来るだけ素っ気無い言い方をしないようにと、注意を利かせながらギルは答えた。 彼女がロアスタウンの長老をどれ程慕っているのかは、村の人間誰しもが知ることである。 彼女が幼い頃、他界した両親に代わり世話をするという目的で、長老がアミを引き取ったのだ。 外見上はアミが長老の世話係。そして、長老はアミの目に見えぬ支えとなっている。 「本当に素晴らしい関係ですね」と、セイア以前に言った言葉を、ギルは改めて思い出したのであった。 故に、憶測とわかっていても、アミの思考は廻らざるを得なかった。 そして纏まらない考えと視線を巡らせている内に、山の麓が妙に明るくなってきたのを感じた。 「え…?」 続いて、パチパチ、パチパチと木々が焼ききられる音、それに伴う特有のキナ臭いにおい。 山火事である。それも、小規模なものではなく…、 「…ギルさん、村が!」 いち早く山頂から見下ろしたアミが叫ぶ。 ギルが駆け寄ったとき真っ先に目に飛び込んできたものは、ロアスタウンを取り囲み、炎上を続ける凄まじい炎だった。 炎は風に身を任せ、見る見るうちに村を侵食していく。 「な…」 あまりに唐突だったため絶句する。 しかし、すぐに我を取り戻し、アミに叫んだ。 「引き返すでアミさん!今日は風が強い、火が町全体を包む前に、早く!」 この言葉で、半分自我を失っていかけていたアミの瞳にも理性の光が戻る。 「解りました!ですが時間がありません。危険ですが、ポケモンを使って山を滑空しましょう」 「よし、出て来いボーマンダ!」 一括の元にボールから青き龍が姿を現す。 そしてボーマンダの背に乗る途中、ギルは視線をサーナイトへと向けた。 「サーナイト、お前はおにびを続けてくれ。…何か、嫌な予感がするんや」 サーナイトの理知に満ちた黒い瞳が了承を継げると、ギルは力強くボーマンダに命じた。 「よし、行け!」 ボーマンダは飛び上がると、赤い楕円を描く両翼で、文字通り滑り降りるかのごとく町へと向かって羽ばたいた。 * * * 木が低いうなり声を上げて倒れた。 これで何度目だろうか。 そんな思考が頭を過ぎったが、セイアは慌ててそれを振り払った。 考えたくも無かったのだ。 この煉獄を思わせる業火の中心が、自分たちの村であるということを。 そして、これが天災ではなく、突然現れた集団によって引き起こされた、人災であったということを――。 だが、 「いかなくては、いけませんね。彼等に…、せめてあのことだけでも伝えないと…」 そうしてセイアは歩き出した。 当ても無く、『彼等』を探すために。 と、セイアは突然、背後で何かが折れたような音を聞いた気がした。 機敏な動作で振り返ると、それが大木の死を意味していたことを知った。 だが、気付いたときにはもう手遅れだった。 支える力を失った大木は、その巨体を真っ直ぐにセイアの元へと横たえた――。 「!?」 大音響が、夜の山々へと木霊した。 |
オーザック | #3★2004.04/24(土)02:02 |
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<第三話> 〜燃えていたもの〜 セイアは驚愕のあまり目を閉じていた。 しかし、次の瞬間にはその驚愕が、形となってやってくることはなかった。 「ハ・・サム・?」 呆然としつつも、今し方自分を大木から守った、紅い蟲の名を口走る。 「いかにも。間に合って誠に良かった」 そういってハッサムは、焼け焦げた光景のある一点を促した。 順を追ってセイアの瞳が、二つの人影を認識する――。 果たしてそこには『彼等』がいた。 村を焼かれたショックと、セイアの無事を確認したことによる安堵が複雑に入り混じった表情を浮かべているアミール=フェニスェラと、 同じくセイアが外傷無く済んだことに対して胸を撫で下ろしているギルス=アスティアスである。 「みんなは?」 「大丈夫です、全員麓まで避難しました。…でも、」 セイアは此処で一度言葉を切ると、続けて一気に喋り出した。 「ギルさんとアミさんが出ていった後、黒装束で身を包んだ人たちが数人、現れたんです。大方祭りの見物人だろうということで、誰も彼等を疑うことはしませんでした。…ところが、その人たちは突然、村の四方から同時に村に火をつけたんです…。そして挙句には、長老様を…」 「長老様の身に、何かあったんですか…?」 愕然としてアミが呟く。 セイアは俯いた体勢で頷くと、山頂――ギル達が火を発見した場所――を指し示した。 「黒い装束を着込んだ、男の人の一人が言っていました。あそこへ向かうと」 ――なんてこった、一足違いかい…。 ギルはギリリと奥歯をかみ締めた。 「引き返しましょう。もしかしたら、サーナイトがその方々を引き止めているかも知れません」 アミが言う。無論、ギルとセイアが賛同しないわけは無かった。 「よし解った。もう一度頼むで、ボーマンダ!」 高らかとボールが宙を舞う。 そして次には、青き龍は再び、漆黒の夜空へと羽ばたいていた。 |
オーザック | #4★2004.04/24(土)02:02 |
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<第四話> 〜一筋の光〜 ギルたちが山頂に舞い戻ると、そこではサーナイトが、黒い布地で全身を纏った男達と戦っていた。 数は見た限りで4人。長老の姿も見えない。 ギルが上空でセイアに目配せすると、彼女は小さく一つ頷いた。 「グラエナ!シャドーボール!」 男の一人が高らかに叫ぶ。 それに呼応して、グラエナの口元から暗黒の球体が放たれた。 「くっ…」 辛うじて交わしたサーナイトだったが、次の瞬間着地でバランスを失い転倒する。 その様子は、ボーマンダに乗っているギル達の目からも正確に見て取れた。 「あ、あぶないです!」 「ちぃ、間に合えエアームド!」 一括と共にボールが開き、中から鋼鉄の鎧を纏った銀色の鳥が姿を現した。 「ドリルくちばし!」 命令を受けるや否や、エアームドは嘴を中心に旋回、グラエナの懐へ突っ込んだ。 そしてこの不意打ちをもろに受けたグラエナは、大岩の下まで吹き飛ばされてしまった。 「何者だ」 グラエナのトレーナーらしき男から声が飛んでくる。 「あんたらにそんなこと訊かれたくは無いな。長老さん出せ」 「そうか、どうやら町の奴等のようだな。…消せ」 男の一人がそう言うと、漆黒の空に2つのボールが舞い上がった。 そして中から出てきたのは、ピジョットと、ハブネーク。 サーナイトはギルの元へ駆け寄り、エアームドは相手との間合いを計った。 「エアームド、ドリルくちばし!」 再び嘴を中心に、エアームドの旋廻突進が繰り出された。 が、 「フフ、そう何度も同じ手は通用しない。ピジョット、はがねのつばさ!」 命令を受けたピジョットは、高質化させた己の翼を盾に、エアームドの攻撃を――弾き返した。 「なっ…!?」 「やれ。フェザーダンス」 間髪入れずにピジョットが次の技を繰り出す。 高質化された羽がエアームドに纏わり付き、幾重に渡る斬撃を生み出した。 「ぐはっ」 見慣れぬ技の組み合わせとその威力に視界が半回転する。 「く、エアームド、こうそくいどう!」 エアームドは辛うじてギルの声を聞き取ると、全身の力を抜いて滑空した。 そして瞬時に浮上してピジョットの背後を取ると、『回避不能』の必殺技、つばめがえしを浴びせる。 鋼に成りきっていない胴体にこの攻撃は有効打だったらしく、ピジョットはそのまま地面に向かって落下していった。 「ハブネーク、どくどくのキバ」 ピジョットとエアームドの空中戦が終わる頃、地上ではハブネークとサーナイトが対峙していた。 ハブネークが鋭いキバに猛毒を絡めて打ち出してくる。 それを難なく交わしたサーナイトは、相手の腹部めがけて両手を突き出した。 「サイコキネシス!」 指先から発せられた見えない力がハブネークを吹き飛ばした。 「がっ、くそ!」 ハブネークは起き上がり、鋭い眼光でサーナイトを睨み付けた。へびにらみである。 そして一瞬怯んだ隙を突いて迅速にサーナイトへ走り寄ると、長く、そして太い胴で締め上げた。 「う、うぁ…」 「まずい、10まんボルトやサーナイト!」 まきついた相手が電極の塊と化してしまえば、ハブネークも堪ったものではなかった。 全身を感電し、その体を地上に横たえる。 ギルの視界が移ったのは、次の瞬間だった。 一筋の光が、まるでギルを射抜くかのように突き抜けたのだ。 そして、一拍の後、足元に鈍い音が響く。 突然のことに、ギルはおろかセイアやアミでさえも、それがロアスタウンの長老であるということを認識するのに、数瞬はかかっていた。 |
オーザック | #5★2004.04/24(土)10:12 |
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<第五話> 〜伝説の守護神〜 「長老様っ!」 駆け寄るアミを尻目に、ギルは再び黒装束の男達と向き合っていた。 「…何のまねや?」 感情を押し殺して問いかける。 「用が無くなった。ただそれだけのことだ。今宵、奴等の復活祭となる…。」 「やめろ!」 男の薄笑いを劈くような声でさえぎったのは、ロアスタウンの長老であった。 その迫力に気圧されてその場の空気が一度は止まったが、 「もう、手遅れだな」 そう男が言い終えた瞬間。 答えるかのように、3つの大岩が爆発した。 その岩とはギルが今晩火を灯すようにと頼まれていた岩であり、その爆発は先ほどギルを射抜いた光と全く同じものを無数に伴って、その中から現れた謎の生命体三体の、何処とない神々しさを後押ししていた。 爆発した岩の中から、ゆっくりと、三体の生命体が姿を現したのである。 「…レジェンドフェスティバルとは、本来神々の封印を持続させるための儀式じゃった…」 突然大岩の中から現れた三体の生命体を見つめながら、長老はぼやいた。 「どういう…ことなのですか?」 呆然としている意識を少しでも現実へ引き戻そうと、セイアが訊ねる。 「大昔に人間達によって封印された守護神、『レジェンドガーディアンズ』。奴等の守護対象は主に『資源』でな。奴等が身を委ねたあの大岩には、ある特別な力が施されていたのだ」 「特別な力…ですか?」 そう。奴等の余りに強すぎる力の暴走を恐れた人間達は、【内側からは開くことの出来ない】特別な力を持つ封印石の中に彼等を閉じこめた。しかしその岩には力の需要があってな。一年に一度、あの斑点に熱を纏わねば力を失う。だから毎年、祭りと称して村のものをここから遠ざけていたんじゃ」 「ってことは、アレ等もポケモンなんですかぃ」 ギルは改めて、3匹を見据えた。 一匹は全身を鋼のような物が包み、一匹は透き通るような体から強大な冷気を放ち、一匹は重々しげで屈強な大岩を身に纏っている。 「【レジェンドスチーラー】、【レジェンドロッカー】、【レジェンドアイシスト】。固有名詞を持ち、ボールを投げれば中に納まる、奴等も例外なきポケモンじゃよ」 「…なら取り敢えず、再び封印するには戦闘で勝利するのが先決でしょうね」 ギルが腰のモンスターボールに手を掛ける。 「勝てれば…な」 見渡せば、先程の黒布を纏った男達は、この時既に姿を消していたのであった。 |
オーザック | #6★2004.04/24(土)02:05 |
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<第六話> 〜夜の太陽〜 「行け、ハッサム!」 ギルは飛び出すと、ボールの中から再びハッサムを繰り出した。 「飛べ!つるぎのまい!」 ハッサムが宙に舞い上がり、回転を加え、砂埃を巻き上げ暴風を引き起こして落下してくる。 ―――ハッサムは既に、攻撃の狙いを定めていた。 「メタルクロー!」 一括すると共にハッサムが空中で反転、 両手の大きな鋏を振りかざし、守護神の内の一匹―レジアイス―に突っ込んだ。 太刀筋が空を切って唸ると同時に爆音が轟き、風は流れを妨げられて乱気流となる。 辛うじて直撃を免れたレジアイスだったが、ハッサムは既に次の攻撃の態勢に移っていた。 両腕の大バサミから直径二十センチ程の球体が無数に現れ、ハッサムの周りを取り巻く。そして、 「今や!めざめるパワー!」 この一声により無数の球体は一斉にレジアイスに襲いかかった。 再び大地を揺るがすほどの衝撃。 しかし。 めざめるパワーを打ち終えたハッサムだったが、突然背後から凍り付くような気配を感じた。無論、レジアイスだ。 「くっ、何故…!?」 とっさに身を翻す…事さえ許されず、零距離からのれいとうビームを全身に浴びる。 「ぐぁぁっ」 ハッサムの視界が動転した。 が、鋼タイプを所有しているためか、辛うじて瀕死は免れたらしい。 肩で息をしながらも立ち上がり、直も戦闘体制を保っている。 「(…速い。こうなると流石に荷が重いな)よし、お前も行けエーフィ!」 戦況不利と見てギルは更にもう一匹繰り出した。 エーフィはボールから飛び出すや、かげぶんしんで無数の分身をつくり出し、レジアイスを囲み込んだ。 「相手の攻撃を錯乱する…、衰弱したハッサムへの巧みなフォローですね」 アミが僅かに微笑する。 「エーフィ、サイコキネシス!」 無数のエーフィの額が、一度に輝く。 「いけぇっ!」 掛け声と同時に念波がレジアイスを吹き飛ばした。 そしてその巨体の落下が、大音響と共に地鳴りを引き起こし、そこから砂埃が巻き起こった。 「まずは一体か…。」 動かなくなったレジアイスを脇目に、ギルが呟く。そして…、 「こっちもやられたな」 移した視線の先には、麻痺を起こして喘いでいるエーフィが居た。 濛々と立ち込める砂埃が収まったとき、エーフィも、重傷を負い、尚かつ麻痺を受けていたのである。 「あの短時間で、相手は”ロックオン”からの”でんじほう”を放ったようです。…続闘は避けた方が良いですね」 「あぁ」 ギルは軽く頷くと、「ごくろうさん」とエーフィをボールの中へ戻す。 「大変なのはこれからですね。私も戦いましょう。アブソル!」 アミはそういうと、アブソルを繰り出した。 「でんこうせっか」 アブソルは姿を現すや否や、一直線にレジロックに突攻。 見事なまでに美しい弧の角を振りかざし、相手を真っ向から斬りつけた。 ギィン、と辺りに鈍い音が響く。 が、この攻撃が効いた様子はなかった。 レジロックはアブソルに向き直り、重々しい両腕を地面に叩き付ける。 それに伴って大地が激しく揺れだした。 ――じしんだな。 と感じ取ったアブソルは空かさず上空へ飛び上がり回避、そしてハッサムも続く。 宙に舞い上がった二匹は、上空で空気の固まりをつくり始め、そしてそれ等を合わせて、レジロックに向けて打ち出した。かまいたちである。 突風が吹き荒れ、風圧が鋭い牙の如くレジロックの体を切り裂く。 ――押し切れる! アブソルは更に風力を上げ一気に畳み掛けようとした。 その時だった。 アブソルの目の前にいたレジロックが、突然凄まじい光を帯びだしたのは。 いや、レジロックだけではなかった。 レジスチル、そして倒れたはずのレジアイスまでもが、一斉に輝き出したのである。 「な…!?」 その神々しい光に気圧され、アブソルが一瞬怯む。 と、同時に同じく異変を感じたセイアはキュウコンを繰り出し、迅速にでんこうせっかを放たせた。 しかし、キュウコンの攻撃が到達する僅かに手前で、守護神達は小さく身を震わせると、溜め込んでいた全ての光を放出した。 凄まじい光が一瞬にして辺りを支配し、皆が一斉に、反射的に目を瞑る。 そして視界が白一色に染まりつつある中、三つの気配が遠ざかっていくのを僅かに感じたのであった。 |
オーザック | #7★2004.04/24(土)02:06 |
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<第七話> 〜淡い日差しのリコレクション〜 「これが、俺等を町から旅立たせる原因をつくった、一夜の出来事や」 朝の日差しが和らげに注ぎ込む、とある町の小さな喫茶店。 ギルはそう呟くと、カウンターに肘を付き大きく一つ伸びをした。 あの日の出来事から1ヶ月。 彼は、今自分が語ったその後に何が起こったのかは知らない。 視界が戻った頃には、奴等の姿はもうそこには無かったのだから。 「なるほどな、伝説の守護神達と相見えることが出来たってわけか」 カウンターの向かいの男…この店の主人が、ルークを片手にそう呟く。 この店はギル達が町を出た日に訪れた喫茶店で、此処の店長は今では彼等のチェス仲間でもある。 「で。良いのか?そいつらをそのまま野放しにして置いて」 同時にパチン、と心地良い音が響き渡った。ギルが思わず小さく唸る。 「…勿論、奴等はもう一度封印するために追っかける。それは長老さんからの使命でもあるしな」 「町を襲った、黒布の人達の事も気になりますしね」 不意に割り込む聞きなれた声音。 声を聞いて振り返ってみると、いつの間にか後ろにセイアが立っていた。店の入り口にはアミの姿も見える。 「ギルさん、そろそろ参りましょうか」 アミがそう言うと、セイアはギルの手中からビショップをとって盤面に打ち付けた。 「「なっ…」」 2色の声色が重なる。セイアがそれを見てにっこり 「もう決まりですね?」 と、店長の顔をのぞき込んだ。店長は思わず苦笑う。 「参ったねこりゃ」 窓の向こうで虚しく、細波の翻る音がした。 5分後には、ギル達は店長に挨拶を交わして店を出ていた。 今は海沿いに面した道を歩いているが、やがてはなだらかな平地に出る。 そこを少し歩けば、次の町だ。 爽やかな日差しが、海面を反射して煌びやかに輝いている。 ―命が生まれ、出合い、馳せて、伝説が生まれる― ―伝説と、それを追うものが遭遇したとき、そこに新たな伝説が生まれる― **レジェンドofフェスティバル【解放編】<完>** |
オーザック | #8★2004.04/24(土)02:07 |
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<第八話> 〜ストレンジ・リーグ〜 何時まで経っても暑気が抜けそうにない,夏の終わりの昼下がり。 穏やかな空気を妨げて,事を持ち出してきたのはセイアだった。 「ストレンジ・リーグ?」 ギルの問い掛けに,セイアは一枚の広告を差し出した。 そこには,近々行われるポケモンリーグの,日時と場所,そして大まかなルールが告知されている。 日時は1週間後。場所は一行の次の目的地でもある,ユーラスシティという森に囲まれた町。 大会ルールに目を通していくと,ある不可解な行が目に留まった。 「…3人1組のサバイバル形式?」 思わず声に出る。 セイアは,待ってましたと言わんばかりに補足説明を入れた。 「この大会は,全国のポケモントレーナーの団結力と適応力を試すためのものでもあるそうです」 セイアはそう言った後,笑みを浮かべながらギルの顔をのぞき込んだ。 団結力と適応力。自称ながら彼女の得意分野である。 ギルは墓穴を掘ってしまったと,内心舌打ちする。 いや寧ろ,3人1組と出てきた時点でこの少女の思惑は掴めていた。 元々祭り騒ぎが好きで,今年地元で行われるはずだった伝説祭が潰されたのだ。 こんなイベントを黙って見過ごすはずがない。 ギルは視線をアミに向け,「どうする?」と表情で問い掛けた。 ギル本人も祭り事は嫌いでは無いのだが, ポケモンリーグなどの規模の大きな大会には面倒臭そうだという先入観があった。 大会沙汰には余り関心をもっていない。 アミは暫し考え込む仕草を見せていたが,やがて顔を上げた。 微笑みながら,ジェスチャーで参加希望の意思表示をしている。 ギルはやれやれ,と肩をすくめながら,内心「偶には生き抜きも必要かな」と思考を切り替えることにした。 大会規定ルールの中には,他にも以下の事が記されていた。 ・競技期間は一週間だということ ・食料は本部にて用意されること ・ポケモンは一人に付き3匹まで所持可能と言うこと ・ポケモンへのアイテム投与は,”げんきのかけら”,”げんきのかたまり”以外なら自由だと言うこと ・競技場はユーラスシティ全域を使って行われること ・トレーナーへの直接攻撃は認められないこと ・チーム3人の手持ちのポケモン全てが瀕死となった時,失格が決定すること ・終了時刻に,ポケモンの体力の合計が最も残っていたチームが優勝すること ・優勝チームには賞金が与えられること こんなものに参加するくらいなら…と思わせるようなルールである。 が,セイアの出場希望は已然として変わらなかったので, 翌日ギル達はユーラスシティ大会本部へ参加希望書を提出した後,フレンドリィショップに寄っていくことにした。 |
オーザック | #9★2004.04/24(土)02:07 |
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<第九話> 〜出会い〜 暑い空気が充満する外に比べて,冷房のかかった店内の涼しさと言ったら無かった。 店の入り口が天国と地獄の境界線を隔てているかのような,そんな感じだ。 店内には,一行の他に6人の少年少女達が居た。 メールにモンスターボール,スプレーに技マシンと,商品が所狭しと並ぶ中, 薬類のコーナーだけがややスペースに空きがある。 取り敢えず”かいふくのくすり”を購入しようと,ギルが商品に手を伸ばした時だった。 一瞬,かいふくのくすりとは違った何かが自分と触れ合うのを感じた。 「―と,スマンスマン」 反射的に手を離す。 どうやら隣にいる少年も同じものを買おうと手してを伸ばし,ギルの手とぶつかったようだ。 「いや…,俺の方こそ済まなかった」 ぶっきらぼうな仕草の内に丁寧さの隠った応答が返ってくる。 「そうか,あんたもストレンジ・リーグの参加者だな?」 その少年が訊いてくる。ショップに入ってから,一直線に薬売り場までやって来たのを見て悟ったのだろう。 「あー,その言い方をするってことは君もやな?」 ギルは微笑を浮かべてそう返した内心で,薬の売れ行きから自分が予想していたより参加者が多いことに気が付く。 「ああ,俺は大会出場者のヤタピってモンだ。宜敷」 ヤタピと名乗ったその少年は,改めて見据えるとなかなか良い面構えをしている。 身長はギルより少し下でアミと同じくらい。髪は白く逆立ち,瞳の色は紅い。 「自分はギル。んで,あっちに居るのが同じチームのセイアとアミ」 「呼びました?」 名前を挙げた途端,それまでの経緯を見守っていた二人が近寄ってきた。 ギルはヤタピのことを紹介するとその場を離れ,一通り必要な品を籠に収め始める。 ギルの買い物が済む頃にはセイアとアミの二人はヤタピ, そしてその仲間である店内にいた他の5人達と打ち解けていた。 当然の事ながら,ギルもヤタピから一通りの紹介を受ける。 青みがかった,海の如く綺麗な長い髪を持ち,額には黄金色のゴーグルを当てている少年がチイラ。 大地を思わせる程たくましい体つきをした短髪の少年リュガは,身長もギルと同じくらい高かった。 下ろした髪と,空のように綺麗に透き通った瞳が印象的だった,カムラと名乗る気の強そうな少女。 ズアと呼ばれたこの少年は何処か独特の雰囲気を持っていたが礼儀正しく,服装にも手入れが行き届いていた。 髪を一重に結んだ少女はラムと名乗った。雪を象徴させるような白い肌には,一点の汚れも見受けられなかった。 この6人は,チイラ・リュガ・カムラとヤタピ・ズア・ラムの2手に分かれて大会に出場するらしい。 参加の動機は,ある男を追いかけた末に,其奴がこの大会に出場するという事を知ったから。 他にも色々話していたが,時計が12時を回ったのを目にしたギル達は, 昼食のために6人と別れてフレンドリイショップを出ていった。 店内に静けさが戻る。 「あのラムっつー子,何処かであったような…。何か毎日見てきたような感じの子やったなぁ」 唐突にギルの口調を真似てヤタピが口を開いた。 途端,ラムの瞳が大きく見開かれる。 「これが,あのギルって奴が店内から立ち去るときに思ったこと。…気付かれかけてるぜ?」 5人の瞳に僅かな変化が現れた。 ヤタピは黙ってこう付け加える。 「それと,彼奴等は半年ほど前に『奴等』との接触があったようだった」 今度こそ,彼等の表情に微かならぬ変化が見受けられた。 暫しの沈黙が場を支配する。 「それなら彼等を,私達の仲間に向かい入れることが出来るかしら」 カムラが一人呟いた。 それを聞いたチイラが,薄笑いを浮かべて返す。 「どうだろうな,実力の程もまだ拝見して無いんだし」 「言ったところで信じてもらえるかすら,定かではありません」 と言ったのはラム。 「でも…何時か彼等には,話すべき時が来るのかも知れませんね」 一人考え込んでいたズアは,閉めるように静かにそう述べた。 |
オーザック | #10★2004.04/24(土)02:08 |
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<第十話> 〜根拠のない事実〜 人は生きている限り、何かしらの疑問にぶつかることだろう。 それを解明すべく、人は日夜努力を重ねていく。 そしてそこから新たなる疑問が生まれる。 こうして謎は、更に深まっていくのである。 未知への第一歩は大会前日。 明日へ備えて、ホテルの自室で持ち物の最終確認を行っているときに訪れた。 薬と着替えをバッグに詰め,木の実も出来るだけ持っていこうということで机の上に並べたときだ。 ギルはふと,山積みになっている木の実の中から一つを取り出して眺め始めた。 「どうかしましたか?」 アミが声をかける。 するとギルは,自分の手中に収まっている一つの小さな木の実を差し出した。 それは,”ラムのみ”であった。 「なぁ。何処と無くやけどコレ…,この間合ったあの子に似てへん?」 囁く。あの子というのが,誰のことかは言うまでも無い。 少しはっとしたような動作を見せるが,アミもセイアも,神妙な顔で一つ頷く。 人と木の実。其れ等が似ているなど,有り得るはずのない事だった。 が,実が放つ雰囲気やオーラ,そして其れ等がつくり出す独特の空間が彼女と瓜二つであると言うことは, 直感でありながらも確信を持てる,彼等だけの『根拠のない事実』である。 「どういうことなのでしょう?」 と、アミが呟いた瞬間だった。 「やはり気付いてたのね」 不意に窓の外からの声。驚いて目をやると,其処にはヤタピ達6人が居た。 が,次の瞬間ギル達は有ることに気が付き,更に驚くことになる。 ―此処は5階やぞ・・?! ベランダも無ければ周囲に木も存在しない孤立した窓の外に,一同は立っていた。いや,浮かんでいた。 「君等は一体…?」 何とか声にする事が出来た疑問を投げかけるギル。普通に考えても見れば,あり得ない光景である。 「知りたいか?」 チイラが囁く。一同は頷いた。 「が,俺達とてそう易々と教えられるような事ではない。…一つ条件がある」 「何でしょう?」 セイアが真っ先に問う。 すると、隣にいたヤタピが人差し指を真っ直ぐに、ギルへ向けて突き出した。 「お前が俺に勝てたなら,教えてやるよ…」 |
オーザック | #11★2004.04/24(土)02:09 |
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<第十一話> 〜太陽狐と闇の竜〜 案内されるがままにギル達がやってきたのは、ホテル近くの森林地帯だった。 「使用ポケモンは1体。それで良いな?」 対峙したヤタピが問う。ギルは黙って頷いた。 「エーフィ、頼むで」 「行け、ダース!」 ボールが開き、中から光に包まれて2匹のポケモンが現れる。 ギルが繰り出したのはエーフィ。 一方でヤタピが宙に放ったボールは、亀裂が走ったと同時に目映く輝いた。 『色違い』の変種がボールから放たれ、現れるときにのみ起こる、特別な反応である。 そして光に包まれて出てきたのは、ダースと名付けられた黒いリザードンだった。 「ほぅ、なかなか上等なもの持っとるやないか」 ギルは僅かに笑いを浮かべ、エーフィに目配せをした。 それに応じて、エーフィは飛び出すと、”でんこうせっか”で一気に間合いを縮める。 そしてダースの懐に一撃を食らわせ、一瞬浮いた相手の体を”サイケこうせん”で吹き飛ばした。 「やるねぇ」 ヒュゥッ、とチイラが口笛を吹いて呟く。 が、ダースは空中で踏みとどまり、体勢を整えてからエーフィに向かって強烈な”だいもんじ”を放つ。 それを回避したエーフィだが、その隙を突いてダースは”りゅうのまい”からの”きりさく”で突っ込んできた。 間一髪で致命傷を避けたエーフィの頬から、鮮血が滴り落ちる。 ダースは再度方向転換をすると、今度は凄まじい勢いでエーフィに掴みかかり、上空へ飛び上がった後”ちきゅうなげ”で岩盤に叩き付けた。 「どうした、これで終わりか?」 「アホ言え、ここからや…」 ギルが呟くと同時に、瓦礫の中からエーフィが飛び出した。 ”あさのひざし”を全身に浴びて体力を回復したエーフィは、再びダースに突っ込む。 が、そのスピードは先程の比ではなかった。 再び”でんこうせっか”を浴びたダースは、先刻よりも高く宙を舞った。そして追い打ちを掛けるかの如く、数多の”スピードスター”が無防備のダースを襲う。 エーフィはこの時既に、”じこあんじ”を使っていたのである。 黒き龍はうなり声と共に地に落とされ、其処から起きあがることは出来なかった。 「…御見事」 沈黙の果て、真っ先に口を開いたのはズアだった。 後方で、ヤタピとリュガが頷く様も見える。 そして穏やかな微笑を浮かべたラムが3人に歩み寄ってきた。 「では、簡潔にですがお話しいたしましょうか」 そうして彼女は、静かに口を開いたのだった。 |
オーザック | #12★2004.04/24(土)02:09 |
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<第十二話> 〜木の実の精霊〜 その日の夜は、大会を明日に控えているというのに全く眠れなかった。 ギルは窓の桟に寄りかかり、昼間、彼等から聞かされた話を思い出していた。 * * * 「結論から言えば、お察しの通り、私達は木の実。いえ、木の実の力を司る精霊と言った方が適当でしょうか」 ラムはそう言うと、手の平を差し出す。 すると、何処から現れたのか、そこには一つのラムのみが収まっていた。 「私達は、体内を血の代わりに流れる『生命エネルギー』と呼ばれるものを分散することで、それぞれの木の実を作る事が出来ます。逆に、木の実を吸収することにより、生命エネルギーを高めることも」 言い終えると、手の平のラムのみが彼女に吸収されていく。 「また私達は、その実に宿り、その実が司る力を自由に扱うことが出来ます」 その時セイアは何かを言いかけようとしたのだが、口を開きかけた矢先に閉じてしまった。 するとヤタピが、その様子から、セイアの瞳をのぞき込んでこう言った。 「木の実の宿る力を扱える…だから俺は、今セイアの思っていることが解る。…何故俺達がこの大会に出るのか、だろ?」 セイアの瞳が大きく揺らいだ。ヤタピはそれに微笑して付け加える。 「前にも言ったように、俺達はある男を追っている。こんな事を教えるのは、半年前にあんた等がそいつに遭遇しているからだ」 それを聞いて、ギル達の目蓋にロアスタウンを襲った黒布の男達の姿が過ぎった。 「まさか…」 呟きに合わせてリュガが頷く。 「そのまさかだ」 * * * その後の会話は、主にロアスタウンを襲撃した黒組織のことで持ち切りだった。 彼等がギル達に、全てを洗いざらい話してくれた御陰で、彼等のことも、ロアスタウンを襲った謎の黒集団の実態も大分掴めてきた。 ラムのみを見たの時の直感があったギル達は、彼等の話を聞いても大して戸惑うことなく受け入れることが出来た。 それよりも驚いたのは、彼等がロアスタウンを襲った黒組織を追っているという事実である。 黒集団の組織名は『クロネス』。 ポケモン密売が中心の裏組織で、また、その裏では伝説と称されるポケモンの捕獲を試みているという。 その組織がこの大会に乗り込んできたと言うことは…。 ヤタピは、そこまで述べて言葉を切ったのだった。 と、その時。一人考え込んでいたギルは、自室のドアを軽くノックする音に気が付いた。 「済みません、こんな夜更けに」 月光を浴びて青白く光る部屋の中で、来訪者――セイア――は静かに腰を下ろした。 そのまま数瞬の余白が流れる中、柱にかかった時計は、一秒ごとの正確な時間を刻んでいく。 「…どうしたん?」 思い詰めた表情のまま何も言わないセイアに、ギルは自分の方から切り出した。 「あ、ごめんなさい。いざ話そうと思うと、順序が解らなくなってしまって」 「順序は構わないよ。どうせ考えとるのは同じ事やろうし」 「…そうですよね」 罰の悪そうに苦笑を漏らすセイアとは対比的に、ギルは安堵の息を吐いた。 「では、率直にお訊ねしたいと思います。明日からの大会の最中に、クロネスに遭遇したとき、ギルさんはどのような行動を取るつもりでいるのですか?」 「追っかける…かな」 語尾が上がる。 「解き放たれた守護神達の後を追うには、一番の近道やないか。あいつ等を捕まえて、情報を聞き出して。そう巧くいくとは思えへんけど、大方の目星はつくやろ?」 ギルの言うことの目的がはっきりしていたためか、セイアも多少はほぐれた表情になってきた。 「そう言えば、アミさんは何か言うとった?」 「はい、ギルさんと似たり寄ったりのことを。やっぱり、それが一番のようですね」 セイアはこの時、密かな嘘を付いていた。アミがセイアとの話し合いの末に託した結論は、 「ギルさんと話し合って、もしまとまったのであれば、それを今後の方針にしてください」だったのである。 が、そんなことをギルは知る由もなく、 「そうか、なら良いな。今日はもう寝よ。明日からは大会や、暫くはまともな寝床がないかもしれん」 一つあくびをすると、セイアを自室の方へと促した。 以前クロネスの一味がロアスタウンを襲ったのは、守護神を捕獲するための行動だろうとギルは推測をたててみた。が、しかし。彼等は捕獲をせぬまま、守護神の出現と同時に姿を眩ました。 このことは、ギルの推測を根本から覆すことになる。 また、セイアがまだ少し浮かない顔をしていたのは、『木の実の力を司る精霊』達がクロネスを追っているという話が、頭から抜け切れていなかったからだということは容易に想像が付いた。 『ある男』とやらが組織の人物であることに間違いはなさそうだが、その人物と彼等の間に一体何があったのか。 彼等の言い方からは、男に何かしらの因縁があるようにとれたが、それは果たして一個人に対してのものなのか、など。 だがこれらのことは、今いくら考えたところで、謎は深まるばかりであった。 |
オーザック | #13★2004.04/24(土)02:11 |
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<第十三話> 〜虚空の先に見つけたもの〜 そのころのアミは、昼間訪れたホテルの近くの森林地帯で一人、座り込んでいた。 とは言っても考えることはギル達と同じ。 そして、行き着く先もまた然りであった。 「ふぅ…」 知らぬ間に出た溜め息を、通り風が絡め取ってふわりと運んだ。 「らしくないですね、溜め息なんて…」 囁く様に一人、小さく呟く。その時だった。 突然背後の草むらがガサッと音をたてて揺れ始めた。 その不規則さは風のそよぎでは無かった。 先から自分を監視するように潜んでいた、明らかに人為的な『音』である。 「!?」 驚いて、草陰に向かってアブソルを放つ。 が、アブソルはその少し手前まで走ると、何か気圧される様に止まってしまった。 ――いかく…、ですか。 「へぇ、驚いた。こんな夜中に一人で出歩いてることもだけど、お嬢様みたいなナリして結構やるんだ」 その声はやはり草陰の中から聞こえた。 そして、数瞬置いて闇の中から一人の少年が現れる。 「あなたは…?」 アミは一瞬目を見開いた。 薄く緑掛かった長い髪。邪気に染まった目。薄い笑みをかたどった口。 そして、闇に溶け込むような黒い装束を着込んでおり、その右腕にはアミの予想通りいかくのとくせいを誇る蟲…アメモースが留まっていた。 「ふふ、驚かせて悪かったね。別に今君を、どうこうしようってわけじゃ無いんだけど」 「…何か、御用ですか?」 アミの体は、自然に二、三歩後じさりをしていた。 単なる警戒心からの行動だけではなく、この、突然目の前に現れた少年の発する、得体の知れぬ威圧感がアミにそうさせたのである。 「そんなに警戒しないでほしいな」 おどけた口調と絶えない笑みを浮かべ、その少年が歩み寄ってくる。 「取り敢えず、僕も明日の大会に出ようと思ってね。強いて言うならそのための挨拶ってところかな」 「そう、ですか」 「明日からの大会、面白そうだよね…。本当に、楽しみだよ」 そういった後に架空を見上げ、彼は再び言葉を紡いだ。 「とにかく、君も早く戻った方が良いよ。…誰もがボクみたいに、温和な精確なわけじゃないんだからね」 そういうと、闇の中へ踵を返す。 そして、その足音が完全に聞こえなくなった後で、アミは再び小さな溜息をついた。 「どうやら予想以上に、動揺が表に出ていたみたいですね…」 先程彼がそうしたように、虚空を見上げて呟く。 忘れてしまいたかった、村を奪った黒組織の存在。 しかし、それと同時に切実に願っていた守護神達の再眠。 葛藤が覚悟と言う名の石畳を拒み続ける間にも、 運命は、刻一刻と彼女に迫っていたのか、 もしくは彼女自身が、運命に向かって歩みを続けていたのか、 いずれにせよ、一度抜き放たれた刀が再び鞘に納まるのは、 すべてのことが、終わってからであった。 |
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