リオン | #1☆2004.10/05(火)02:09 |
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プロローグ 闇の奥底 少女は立っていた。 何もない、真っ暗な空間。どこまでも広がる、そこは…闇。 空気は冷たく、少女以外に誰もいる気配がない。 何故、自分がここにいるのかもわからず、不安げに少女があたりを見回すと、突然声が降ってきた。 『…やっと、来れたね……。』 男か女かはわからない。けれど、優しくてあたたかい声だった。まるでこの冷たい闇の中を導いてくれる、ひとすじの光のようで。 少女は驚いて上を向くが、何も見えない。声がまた降ってくる。 『でも…まだ時間が必要みたいだね。』 誰? と訊こうとするが、声が出ない。 しかし声は、それに答えるように、また降ってきた。 『…時がくれば、きっとわかるよ。』 すると突然、少女の目の前に大きな光が現れた。少女と同じくらいの大きさで、人のような形をしている。 降ってきた声と同じ声がその光から聞こえた。 『…君なら、きっとわかる。』 光が一瞬、微笑んだかのように見えた。 訳がわからなかったが少女もつられて、にこりと微笑む。それを見て安心したかのように、光が手を少女の前にさしだした。そして少女がその手に触れようと、自分の手を伸ばした瞬間だった。 がくっ、と少女の膝がおれる。足下を見ると、地面が液体のようなものになっていた。すでに足首までが闇の地に飲みこまれている。必死の抵抗もむなしく、ずぶずぶと少女は沈んでいく。 目の前の光に手を伸ばすが…届かない。手を出されたその光は、ぴくりとも動かず少女が沈んでいく様子を、ただじっと見つめているだけ。 『まだ、ここには長くいられないみたい…また会おうね、ユキ。』 ユキ、と呼ばれたその少女は驚いて…もがいていた腕を止め、その光を見上げる。もう体の半分は沈んでいたが。 どうして自分の名前を、と訊きたかったが声が出ないのはわかっている。わかっているのだが、どうしても声に出そうとしてしまう。 ユキの質問には答えず光が言った。 『大丈夫、そこを通れば無事に帰れるんだ。少し苦しいかもしれないけど…。』 その言葉を聞き終わるか終わらないかのうちに、ユキの体は全て闇に沈んだ。 ユキは自分の意識が遠くなるのを感じた。 |
リオン | #2★2004.10/08(金)20:13 |
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第1話 信頼できる仲間と共に 『…おいっ、ユキ!ユキ!』 まぶしい朝日がさしこむ部屋で、1匹のキュウコンがベッドに飛び乗り、主人であるユキを起こす。 まだ眠たそうな目をこすりながらユキは体を起こした。 「ん…あぁ。おはよう、フレイ。」 フレイと呼ばれたキュウコンは、主人が起きたのを確認すると、ひょいとベッドから降りる。そしてユキを見上げて言った。 『おはよう、ユキ。…どうした?顔色が悪いぞ。』 心配そうにユキの顔を覗き込む。 「え、なんでもないよ。大丈夫!」 『それなら良いんだが…。』 まだ心配そうな顔をしているフレイに向かってユキはふんわりと微笑み、ぽんと手をフレイの頭におく。 「心配してくれるんだね、ありがとう。」 するとフレイは安堵の表情を浮かべ、部屋から出て行った。 器用に9本の尾で閉じられた部屋のドアを見て、ユキはつぶやく。 「あれは夢だったのかな…?」 頭が少しくらくらした。あの夢のせいなのだろうか。 そして思い返してみる。何もない暗闇の世界、そこで聞いた不思議な声、目の前に現れた光、突然そこの床が抜けて自分は沈んでしまった事…初めて見る夢だ。こんな夢、今まで見た事がない。 「それに…。」とユキは思い返してみる、あの光が言っていた事を。 「あの光は私を知っていた…私もあの光を知っていたようなことを言ってたし。また会おうとも言っていた…。」 考えれば考えるほど訳がわからなくなってくる。なんでもない夢のはずなのに、どうしても気になってくる。ユキは少しの間、頭を抱えていたがすぐにやめて、頬をぱんと叩いてベッドから立ち上がった。 その表情はさっきまでとは違い、とても晴れやかだ。どうやらあの夢の事は吹っ切れたらしい。 「さてと、私も行こうかな。」 そう、あれは夢だったのだ。気にすることなんてない、今日もやる事がたくさんあるんだ、とユキは部屋を出て行く。 バタンとドアが閉まり、部屋は静寂に包まれた。 ここはカントー地方のマサラタウン。自然に囲まれたこの町で、ユキは一人暮らしをしている。正確には、ユキにとって信頼できる仲間であり大切な友達…ポケモンと一緒に暮らしているのだ。 キッチンのテーブルにつき、ユキは朝食を食べながらパソコンにむかっている。そこで一言。 「残念、今日は1つも依頼がきてないよ。」 そう言うと、少し離れたところでふせっているフレイに振り向いた。 『仕方ないだろ、そういう日もあるさ。…ところで今日の予定は忘れてないだろうな?』 「もちろん。これ食べたらすぐ行くつもりだよ。」 この生活を始めてもう2年。家にいない事は珍しい事ではなくなった。最近は、むしろ家にいる事の方が珍しい。 すぐに朝食を食べ終えると、ユキはフレイをボールに戻した。そして腰につける。テーブルに置いてあった残りの5個のボールも、手際よく腰につける。 「…これでよし。ポケナビも持ったし、バッグの中身も大丈夫。それじゃ…。」 玄関の扉を開けて外に出る。くるりと向き返って。 「行ってきます!」 ユキは自分の家を背にして、勢いよく駆け出した。その速さはかなりのもの。もしかしたら一流アスリートにだってなれるかもしれない。 その彼女が向かうのは、1番道路を抜けたらすぐのトキワシティ。 ユキは走りながらバッグから何かの紙を取り出して読む。 「今日の仕事はどんな内容だったっけ…えっと、町の食べ物を盗むイタズラ者の捕獲、か。結構簡単そうな仕事みたいだけど…気を抜いちゃいけないよね、みんな?」 腰につけた6つのボールに目をやる。中にいるポケモン達は皆、にこりと頷いた。 「よし、今日も頑張るぞー!!」 太陽が少し高くなりはじめていた。 |
リオン | #3☆2004.10/13(水)00:01 |
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第2話 イタズラ者と友達 あのペースで走り続けたからだろうか、ユキは10分もかからずにトキワシティに到着した。汗一つかかず、息を切らしている様子もない。余裕の表情である。 「まずは依頼人に会わないとね。」 先ほど出した紙に描いてある地図を頼りに、町を歩く。すぐに、目的の広場に出た。この昼間にしては珍しく、いるのは30歳くらいの男一人だけ。 ユキはすぐにその男に気付き、手にしている紙と見比べる。 「場所も特徴も合っているみたいだし、あの人で間違いない、か。」 さっきまでの好奇心溢れた余裕の表情はどこへやら。今あるのは真剣で鋭い表情…いわゆる仕事の顔だ。 つかつかとその男に歩み寄る。向こうもどうやら気付いたようで、近付いて声をかける。 「こんにちは、お嬢さん。」 「こんにちは。えっと、あなたは…?」 念のため、一応確認してみる。 「ああ、私の名前はタクミ。ここで人を待っているんだけど…もしかして君のこと?たのめばどんな仕事でも請け負ってくれるという。」 やはり依頼人で間違いないようだ。二人は簡単な挨拶をして、握手を交わした。 「じゃあ早速だけど仕事の話にしよう。最近、この町では食べ物を盗まれる被害が相次いでいるんだ。店先に出してある食べ物が特に狙われている。」 「そのようですね。手紙にも書いてありましたけど。」 「犯人はわかってるんだ。だけど、どうやっても捕まらなくてね…そこでその犯人、イタズラ者を捕まえてほしいと思って、私が代表で君に頼んだわけだ。」 「お話はわかりました。では早速そのイタズラ者を…。」 ガシャン! と大きな音が、少し離れた路地から聞こえた。見ると音の元らしき果物屋から何か小さな影が飛び出してきた。すぐに、あとから店主らしき人が出てきて叫ぶ。 「こらー!待ちやがれー!」 追いかけるが、小さな影のほうが断然早い。あっという間に店主と影の距離は引き離された。 その光景を見て、タクミはため息をつきながら言った。 「言ってるそばからこれだよ。あれさ、食べ物盗みの犯人ってのは。」 毎日こんな調子でさ、お手上げだよ、と続ける。 その小さな影から視線をそらさずにユキは答えた。 「…ピカチュウ、ですか。」 それを聞いてタクミは少し驚いたようだ。 「へぇ、あんな距離でわかるの?」 「目は良い方なので。2.0は下らないと思います…あ、こっちに来ますね。」 小さな影…ピカチュウは、二人しかいない広場の方へかけてくる。口には戦利品のリンゴがくわえられていた。 ユキは一歩前に出て、腰につけたボールの一つを取ると、まだ遠い位置にいるピカチュウに向かってかまえた。 「ちょっと離れていて下さいね、危ないですから。」 「わかった。よろしく頼むよ。」 ピカチュウもユキを見つけると、頬に電気をため始めた。 「イタズラもそこまでだよ。行けっ、キアラ!」 ボールを投げて出てきたのは、ブラッキー。すでに戦闘態勢になり、ピカチュウに向かっていく。 「『でんこうせっか』!!」 キアラは目にも止まらぬ速さで走り、ピカチュウに攻撃する。その衝撃でピカチュウがくわえていたリンゴが宙に飛んだ。 『ピカッ!?』 慌てて取ろうとするが、先にユキに奪われてしまう。すると、すぐに別の方向へダッシュした。 「逃がさないよ…キアラ、『くろいまなざし』!」 キアラはこくりと頷き、ピカチュウを凝視する。その目元がギラリと光った瞬間、ピカチュウの動きが止まった。 「よし、その調子で『だましうち』!」 キアラの姿が消えたかと思うと、そのままピカチュウにクリーンヒット。 間髪入れずにユキがモンスターボールを投げようとした、その時…。 「痛っ!」 何かが頭に当たって、足下に落ちた。 「…これはオレンの実?なんでこんな所に…。」 振り返って見ると、小さな路地に、小さな影がさっと消えたところだった。 「まぁ、いっか。それじゃ、気を取りなおして…。」 今度こそモンスターボールを投げると、ピカチュウは吸い込まれるようにボールに入った。それを拾い上げて。 「ふぅ、捕獲成功。キアラもお疲れ様、戻れ。」 キアラもボールに収め、腰につけると、タクミの方へ向きなおる。 「これで依頼された仕事は終わりです。報酬は所定の口座へお願いします。では、私はこれで…。」 すたすたと歩いて行こうとするユキをタクミが急いで止めた。 「あっ、ちょっと待ってくれ!」 「何でしょう?」 「やっぱり報酬だけじゃ、お礼のしようがないよ。うちに寄って、昼飯でも食べていかないかい?小さいけど娘もいるんだ。」 「え…?いや、でも悪いですし…。」 「気にすることないって!じゃあ行こう。」 渋るユキを、タクミは意気揚々と引っ張っていく。 これは何を言っても無駄だな、と感じたユキは、まぁこれも悪くはないか、と思いタクミの家に行くことにした。 「おかえりなさいっ、パパ!」 タクミの家に入るなり、女の子がタクミに飛びついた。この子が娘のようだ。 タクミも嬉しそうに娘を抱き上げる。 「ただいま、リーナ。」 その光景を少し羨ましそうにユキは見ていた。しかし、どことなく寂しそうな表情でもある。 目線が高くなった女の子…リーナはすぐにユキに気が付いた。 「こんにちはっ、おねえちゃん!」 屈託のない無邪気な笑顔で話しかけられると、どうしてこちらも笑顔になるのだろう、と不思議に思いながらユキも笑顔でかえす。 「こんにちは、リーナちゃん。」 すると、リーナの肩からひょこりとエイパムが顔を出した。 長い尻尾をユキに出してきた…エイパムの挨拶なのだろうか。 「エーちゃんも、あいさつしたいんだって。いい?」 「もちろん。こんにちは。」 出された尻尾を軽く握る。リーナも嬉しそうだ。 「ねぇ、おねえちゃん。あたしのへや、いかない?いいよね、パパ?」 「ん…?ああ、良いけど、ユキさんは良いのかい?」 「私は構いませんよ。じゃあ行こうか。」 リーナの部屋。部屋は2階にあって、窓から外を見るとトキワシティが一望できた。 「早速だけど訊いていいかな?」 リーナと同じくらいの目線になって、ユキが切り出した。 「なに?おねえちゃん。」 「このピカチュウ…さっき捕まえたんだけど、リーナちゃんのお友達?」 ボールの開閉スイッチを押し、ピカチュウを出した。ピカチュウは出るなり、リーナに駆け寄って飛びついた。 「あ…チーちゃん!おねえちゃん、どうやってこのこを?」 リーナは目を丸くしている。エイパム…エーちゃんもピカチュウに近付いて、仲良さそうにしている。 「やっぱりそうか…。このピカチュウ、リーナちゃんの友達だったんだ。」 悲しそうにリーナは、こくんと頷いた。 「そうなの。けっこうまえからあそびにきてたんだ、エーちゃんがちょっと、おさんぽにいったときに、ともだちになったらしくて。それから、あたしのところにもきてくれるようになったんだ。でもイタズラずきで、みんなをこまらせているから、パパもいえにいれてくれないとおもったの。だからだれにもいえなくて…ごめんなさい。」 リーナの目から冷たいものが流れ、ピカチュウの頭に落ちた。それに気付いたピカチュウも悲しそうな目でリーナを見上げた。 「そこまで反省してるなら…いいかな。このピカチュウはリーナちゃんに譲るよ。」 「え、いいの?」 「もちろんイタズラは止めさせないとダメだよ。それにお父さんにもちゃんと説明できるよね?」 「うん!ありがとう、おねえちゃん!」 再び笑顔になったリーナの顔を見て、ユキは安心した。大丈夫、この子ならやれると。 「…さて、ちょっとお行儀悪いけど、私帰るね。お父さんには急用ができたって、言っておいてくれる?」 窓に近付いて、全開にする。風はなかったが、とても良い気持ちだ。 「どうやって…?あ、そうだ!おねえちゃん、トキワのもりには、いっちゃダメだよ。」 何かを思い出したように、リーナは続ける。 「ことばはわからなかったけど、このあいだチーちゃんがおしえてくれたの。このごろトキワのもりに、おかしな、くろいふくをきたひとがいるんだって。そのひとたち、いじわるだから、ちかづかないようにしてるって。」 それを聞いて、ユキは少し悩んだように口元に手をあてる。 「…わかった。教えてくれてありがとう、リーナちゃん。」 そう言うなり、ユキは窓から飛び降りた。リーナが驚いて下を見ると、灰色の大きな翼があった。それはそのまま上昇して窓辺近くまでくる。足に主人の肩をしっかりとつかんだプテラと主人…ユキだった。イタズラでもしたかのような、笑みを浮かべている。 「びっくりした?じゃあね、リーナちゃん!」 「うん、バイバイ!おねえちゃん!」 ユキとプテラは更に上昇して飛び去っていった。リーナ達は、その姿が見えなくなるまで手を振り続けていた。 トキワシティを出発したユキは、プテラで飛びながらリーナが話していたトキワの森に向かっていた。 「黒い服ってことは…やっぱりロケット団、だよね。一体、トキワの森で何をするつもりなんだろう…。」 森が見えてきた。プテラはだんだんと降下していく。 トキワの森で何が起ころうとしているのだろう。それにロケット団…妙な胸騒ぎを感じつつ、ユキは近付いてくる森を見つめていた。 |
リオン | #4★2004.10/18(月)03:52 |
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第3話 森での遭遇 トキワの森…それは天然の迷路で、迷う人が後を絶たないことで有名な森である。昼間でも高い樹木のおかげで、太陽の光はほとんど入らず薄暗い。その上、虫ポケモンの宝庫なので、気味が悪いといえばそうかもしれない。 そんな森に今日もまた、迷子になった少年がいた…。 「おっかしいなぁ…こっちだと思ったんだけど。なぁ、リンス?」 少年は、必死に地面のにおいを嗅いで、行く道を探しているグラエナに問いかける。 そのグラエナ…リンスは顔を上げると、違うという感じに首を横に振った。 『ダメ、こっちも違うみたい。完璧に迷ったね、これは。』 少年は、そうか、と短く答えると来た道とはまた違う方向へ歩き出す。 『ちょっとー、そんなに当てずっぽうに歩いてていいの?さっきからそればっかり。』 不安げにリンスは訊ねてみるが、返ってきた答えは明るかった。 「大丈夫だって!俺の勘はよく当たるんだ!」 自信満々の顔でそう答えると、少年はまた歩き出す。その自信はどこから来るのだろう、リンスは深くため息をつくと、少年の後を追った。 『まったく…その言葉、今日で7回目なんだけど…。』 その頃。ユキはちょうどトキワの森の入口に着いたところで。 プテラから離れ、その頭を軽く撫でながら。 「ありがとう、リート。続いて空からの探索、お願いね。」 『オッケー!』 そして、かん高い声で一つ鳴くと、空高く飛び上がった。 「よし、行くよ!フレイ!」 フレイを出し、ユキは走り出した。その横をぴったりとフレイがつく。 辺りを警戒しながら、どんどん進んでいく。ある程度、奥に進んだところでフレイが止まった。何かを聞き取るように、耳をぴくぴくさせている。 「どうしたの?」 『…誰かいる。』 「ロケット団?」 『わからない。でも、この先に誰かがいるのは確かだ。』 「それじゃあ、こっそり相手の様子を見てみよう。」 そう言うと、ゆっくりを歩き出す。ただでさえ静かな森、音を立てないように慎重に…。 人影が見えてきた。暗くてはっきりとは見えないが、一人のようだ。 近くの草のかたまりに身を隠し、様子をうかがう。 「暗くてよく見えないね。」人影に目を凝らしつつ、出来る限り小さな声で、フレイに言う。 『ああ。…!?』 突然、人影の足元から何かが飛び出してきて、フレイに襲いかかった! その何かの威圧的な目つきと唸り声で、フレイの動きが一瞬鈍る…威嚇だ。 「…ポケモン!」 ユキがその何かを見て、叫ぶ。 そして、その何かは動きが止まったその瞬間をすかさず、フレイに噛み付いた。 『くっ…。』 その攻撃で怯みそうになるが、ユキが指示を出す。 「『ほのおのうず』!」 体勢を立て直して、フレイは目の前にいるその何かに向かって、『ほのおのうず』を放った。炎は一気に相手を包み込み、激しく燃え上がる。そこから出られずにとまどう影はやがて倒れた。すると、包み込んでいた炎も消える。 その光景を見ていた人影が、急いで倒れた黒い影に駆け寄る。ここにきてやっと、人影の正体は少年だとわかった。しかもさっきからずっと迷っていた少年だ。 「リンス!!大丈夫か!?」必死に体を揺らして意識を確かめる。 「…ちょっと、やりすぎたかな。」 そう呟いたユキは、少年に近付く。フレイも後から続いた。 倒れた黒い影…リンスは何とか起き上がったが、足元もおぼつかないし何より全身黒焦げだ。元々、黒い体ではあるのだが。 「ごめん、やりすぎたみたい…。」 本当にすまなさそうな顔をしてユキは謝った。この少年のこの様子からすると、ロケット団ではないことはわかる。 不意に少年は立ち上がり、ユキの胸ぐらをつかんだ。その表情は怒りに満ちている。 「やっぱり、お前もあいつらの仲間だな!」 「何の事? 今、私にはつるんでいる仲間なんていないし。それに…。」 ユキは少年の腕をつかむと、軽々と投げ飛ばした。…合気道だろうか? 突然の出来事で呆然と大の字に寝ている少年を見下ろし、何食わぬ顔をしている。 「不意打ちを仕掛けてきたのはそっち。文句はなしだよ。…まぁ。」 自分の脇にいるフレイの頭にぽんと手を置く。 「私のフレイがやりすぎたのは認めるよ。指示した私も私だしね。」 そして少年に背を向け、再び奥に向かって歩き出す、が何かを思い出したように足を止めて振り返った。 「そういえばさっき、“あいつらの仲間”って言ったよね?何か見たの?」 いきなり訊ねられて、少年は驚いて起き上がる。そしてリンスを戻すと、頷いた。 「ああ、見たさ。この森で、黒い服を着た怪しげな集団をな。ニビの博物館を襲う、って話しているのを聞いたから後を追いかけたんだけど、途中で見失ったんだ。」 「…本当にそう言ってたの?」落ち着いて確認してみる。 「本当さ。でも、歩き回っているうちに迷って…。」 最後の方は聞かずにユキは無言でフレイを戻し、指を口にあて空に向かって指笛を吹いた。 「何をする気だ…?」 少年が不思議そうに空を見上げると、すごい勢いで何かが舞い降りてきて、ユキの肩にとまった。リートだ。 「ありがとう、少年。それじゃ…。」 「ちょ、ちょっと待ってくれよ!俺も連れて行ってくれ!」 真剣な眼差しで、少年はユキを見つめた。あまりに唐突だったので、ユキも驚いて目をしばしばさせる。 「あいつらを止めに行くんだろ?俺も、ここまで聞いといて無関係じゃないしな、戦力にはなると思うぜ?それに…。」 そこで少年は少し困ったように、頭をかいた。 「それに…?」気になったユキが先を促す。 「出口がわからない。」 真面目な顔でそう答えられるとユキは、はぁーっ、と深いため息をついた。 「わかった、ついて来なよ。空は飛べるよね?」 もちろん、と少年は答えると、ボールからオオスバメを放った。オオスバメは伸びをするかのように軽く一旋回すると、少年の両肩をつかんだ。 「セイルって言うんだ。わんぱくな奴だけど、羽音を立てずに飛べる。」 主人に自分の長所を言われ、嬉しそうなセイルは少し胸を張る。 「へぇ、すごいじゃない…って、今は急がないと!行くよ、少年!」感心したのもつかの間、ユキの声に合わせて2匹は飛び立った。森を抜けて真っ直ぐの所にある、ニビシティを目指して。 飛びながら、少年がユキに話し掛ける。 「なぁ、さっきから思ってたんだけど、その“少年”っていう呼び方やめてくれないか?見た感じ、君と俺って同い年くらいだろ?それに俺には、コウヤって名前があるんだ。」 「じゃあ、コウヤって呼ぶよ。私の事も、ユキでいいからさ。」 「わかった。よろしくな、ユキ!」そう言って、手をさし出すコウヤ。 「こちらこそ。よろしく、コウヤ!」さし出された手に、握手ではなくハイタッチで答えるユキ。パン、と軽快な音が響いた。 やがて、トキワの森の出口も近付き、2人は遠くに夕暮れのニビシティを見つけた。 心なしか飛ぶスピードも速まる。 果たして2人はロケット団の計画を止められるのだろうか?そして、ロケット団の目的とは? |
リオン | #5★2004.12/16(木)03:26 |
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第4話 VSロケット団 前編 沈みかけた太陽がニビシティを夕焼け色に染める。 そんな美しい景色の上を滑るようにして飛び、町の端で止まる2つの影… ユキとコウヤだ。 「着いたよ。ここがニビ科学博物館。」 真下にある大きな建物を指さして、ユキが言った。 「へぇ、これが…?」 「そう。近くのお月見山で発掘された化石や珍しい月の石の展示、それらの研究も行われているんだ。さぁ、周囲には誰もいないみたいだし、降りるよ。」 そのままユキは博物館のそばの地面にきれいに着地した。 上空に残されたコウヤも慌てて、降りる。 そして、ユキは博物館の脇の垣根に向かって歩き出した。 「お、おいっ。入口はこっちじゃ…?」 「正面から入ったら相手に気付かれやすいよ。裏に関係者専用の出入口があるから、そこから入ろう。」 「…それもそうだな。」 垣根をくぐり抜けると、目の前には灰色で指紋を読み取る機械のついた、いかにも最新鋭といった感じの頑丈そうな扉。 「開くかな…?」少し不安そうな声でユキが呟いて、その扉に近付くと。 「無理だろ。」即答のコウヤ。 「大体、こういうタイプの扉ってのは、関係者以外は開けられないようになってるはずだ。それともあれか?強行突破するつもりか?」 いぶかしげな目線を送ったコウヤを、ユキは不機嫌そうににらみつけた。 「そんなこと、仕事でもしないよ。それに、多分大丈夫。私も関係者だから。」 「…は?」 ユキの口から出た唐突なその言葉に、コウヤは思わず間抜けな返事をしてしまう。口も開いてふさがらない。 面倒臭そうにユキは続ける。 「話せば長くなる。準備は良いね?開けるよ。」 指紋センサーにユキが手を触れると、ピーッと高い電子音が鳴った。画面には“OK”の表示。直後、鍵のはずれる音がした。 「本当に開いた…。」 「それじゃ、行くよ。」 ふぅ、と安心したため息をついた後、ユキが言った。 コウヤは静かにうなずく。 センサーについた赤いボタンを押すと、扉が開いた…。 博物館の中は照明が何もついておらず、もともと薄暗いのが余計暗く感じられる。 周りにある物がやっと確認できる程度だ。 「静かだな…。」部屋をざっと見回してコウヤがつぶやく。 「そうだね、人の気配がまったくない。」 2人がゆっくりと歩き出すと、すぐに足元に何かが当たる。 しかし、2人の足元だけではなかった。はっきりとは見えないが部屋全体にいろいろ 落ちている。 「これじゃ歩きづらいな…。それなら、頼むぜ。『フラッシュ』だ!」 コウヤがボールを放ると、出てきたのはサーナイトだった。出てきた瞬間、全身を輝かせ、辺りに光を放つ。すると、2人の周囲が明るくなった。 「サーナイトか…。初めて見たよ。」 「ああ、ショウって名前なんだ。」 自己紹介されると、サーナイト…ショウは軽くお辞儀をした。とても礼儀正しい。 「じゃ、私も…。出番だよ、アークス!」 ユキの一声で、腰につけたボールから勢いよくデンリュウが飛び出した。尻尾の玉を光らせ、部屋の一部までだった光を全体に広げる。 「これでかなり明るくなったでしょ?この子はアークス。よろしくね。」 無邪気に飛び跳ねながら、笑顔でアークスも挨拶をした。 「あぁ、よろしく。にしてもなんだ、この部屋の荒れ様は?」 明るくなった部屋を見て、コウヤが呆れた口調で言った。 確かに、資料の紙やら本やらファイルやらが部屋中に散らばっている。 「何かを探したんだね。さっきも言ったけど、ここは化石などの研究もしているんだ、ロケット団が欲しがる物があっても不思議じゃない。」 きょろきょろと部屋を観察してユキが言う。そして散らばった物たちを避けて、奥の階段に向かった。 「2階へ行こう。誰かいるかもしれない。」そう言って、ゆっくりと階段を上り始める。 「そうだな。」コウヤも階段の方へ歩き出した。ショウもそれについて行く。 その時だった。 『わっ!!』部屋に響くよく通った大きな声。その直後。 『うわぁっ!!』 ショウが叫んだ。驚いてコウヤが勢いよく振り向くと刹那、ショウに飛びつかれた。 「な、どうしたんだ!?」 『う、後ろから、い、いきなり…ア、ア、アークスが…。』コウヤにしがみつきながら、ショウは何度もどもりながら答えた。異常なまでにがたがたと震えながら。 一方、当の原因と思われるアークスは、少し悪びれた感じに舌を出して頭をかいて謝る。 『ごめーん…そんなにびっくりするとは思わなかったんだ。』 「こんな時に何やってるの?まったく、アークスは…。」ため息をつくユキ。 「ごめん、私からも謝るよ。大丈夫、ショウ?」 抱きつかれて、身動きできないコウヤは必死でショウをなだめながら答えた。 「多分…すぐ元に戻る。こいつは驚かされるのが大の苦手なんだ。特に背後からのは。ちょっと肩に手を置いただけで、びくっとなる。小さい頃にトラウマになるようなことがあったらしいんだ…ほら、いい加減離れてくれ、ショウ。」 少しは落ち着いた様子で、すっとコウヤから離れる。しかしアークスを見るとすぐに隠れ、恐ろしいものでも見るかのように、そっとのぞく。 「あーあ…完全に危険視されたね。どうすんの?」 『これから頑張るよ、うん!』 ショウに危険人物と認識されたのに、アークスは意外にも楽しそうな声で答えた。 『ユッキー、早く上行こうよ!コウちゃんもショウちゃんも!』 階段を既に数段上って、アークスが振り返る。その表情は笑顔だ。 「まったく…。とんだ時間を食っちゃったよ。」 やれやれ、ともつぶやいて、ユキも階段を上り始めた。 未だにショウにつかまれたままのコウヤも、アークスが呼んだ名前に苦笑しながら上った。 |
リオン | #6★2004.12/16(木)23:48 |
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第5話 VSロケット団 後編 「…どうだ、ショウ?何か嫌な感じとかするか?」 2階への階段を上りながらコウヤが訊いた。 『悪い感情はしないよ…わかるのは誰かが悲しい思いをしてる、ってことだけ。』 「もしかしたら、研究員がいるのかも。」 ショウの答えを聞いてユキは階段を上る足を速めた。 ちょうど上りきったところへ誰かが走り寄ってきた。 「ユキさぁ〜ん!」 「え?もしかして、その声は…。」 聞き覚えのある声に驚いて、ユキは駆け寄ってきた人の顔をまじまじと見る。 その人はユキより年上といった感じで、大分大人びた雰囲気の女性。研究員らしく長い白衣も着ている。 「…シオリさん!?」 「そうですよ〜。“秘密のコハク”の発掘をユキさんに手伝ってもらったシオリです!覚えていてくれて良かったです。」 「おい、この人ユキの知り合いなのか?」 話についていけないコウヤはユキに呟く。 「そうだけど?まぁ詳しくは長いから省略。」 「それじゃ、わからねーよ!」ユキに突っ込むが普通に無視されて話は進んでいく。 「そうだ、あのコハクからよみがえったプテラ…リートは元気ですか?」 「もちろん元気…って今はその話じゃなくて。何があったの一体!?」 すると、突然シオリの顔が何かを思い出したかのように暗くなった。 「そうなんですよ〜!お昼過ぎにちょっと調べものがあってここに来たら、こんなにめちゃくちゃになってたんですよ。それで、よく見たらアレがなくなってるんです〜!」 シオリの顔はもう泣き顔に近い。しかも少し混乱しているようだ。ユキは何とかなだめて話を続けさせる。 「…アレって、何がなくなっていたの?」 「アレですよ〜、アレ!ここ数年のお月見山の発掘調査資料とお月見山の内部地図です!あぁ〜どうしよう!せっかくここまで調べたのに…。」 「何だって!?それってシオリさんが何年もかかって調べたものじゃない。」 「そうですよ〜。あれがないと研究が進められないんです。それを考えたら頭が混乱して…ずっとここにいて…そうしたらセキュリティ装置が反応して、入ってくるのがユキさんだとわかって待ってたんですよ〜。」 ここにきてやっと話についてきたコウヤが口を開く。 「なら、話は早い。俺達がその資料とやらを盗んだロケット団から、取り戻しに行けば良いじゃないか。」 「え…?」驚いてコウヤを見るシオリ。 「そうね、それが一番良い方法だと思う。」 「だけど問題は、ロケット団がどこにいるか、だ。」 「それなら大丈夫。あいつらはお月見山にいるはずだよ。思い出してみて、コウヤが森で見かけた団員の人数は大勢だったんでしょ?そんなに人手が要るってことは…。」 「…お月見山で発掘作業をするつもりか。」と、コウヤ。 しかし、そのやり取りを見ていたシオリの発言がその場を凍らせた。 「ちょ、ちょっと待ってください!今、資料と地図を盗んだのは「ロケット団」と言いましたよね?ロケット団は10年前に解散したはずじゃなかったんですか!?」 「…どういう事だ?」コウヤはちらりとユキの方を見る。 「…。」 ユキは下を向いたまま黙っていた。 「…ロケット団の活動が再び見られるようになったのは、大体1年前からね。」 お月見山へ続く3番道路を走りながら、ユキが説明する。 ロケット団とは、10年前まで、カントーとジョウト地方を中心に活動していたポケモン秘密結社である。その活動はポケモンの強奪、密輸密売、などで有名で随分と稼ぎ出していたようである。 そのロケット団が突然解散したのが10年前。勇気ある少年達のおかげだったらしい。 ボスこそ見つけられなかったものの、その他の幹部や下っ端等は全員捕まり、ロケット団は完全に壊滅した…はずだった。 「目的はわからない。でも確かなのは、ただ一人捕まらなかったボスが人を集めて再びロケット団を結成しようとしている事。そうなったらまた傷つくポケモン達、傷つく人達が増えてしまう。私は絶対にあいつらを許せない。」 「そうだな。絶対止めてやろうぜ、奴らを。」 「もちろん!あ、あれが洞窟の入口だよ。やっぱり黒い服を着た人が見張りをしてる。」 日も沈み暗くなってきたお月見山のふもと。その入口にはあたりを警戒している2人の男がいる。 「どうする?バトルするのか?」小声でユキに尋ねる。 「ここで音を出したら中にいる仲間に気付かれるよ。ちょっと見てて…。」 そう言うとユキは近くにあった手頃な石をつかみ、見張りの男達の向こうへ投げた。それを3回ほど。 見張りの男達は石の落ちる音がした方に目をやり、その方向へ歩いていった。入口はがら空きになった。 「今だよ、入ろう。」 「あ、あぁ。」 足音がしないように慎重に歩いて、二人は洞窟の中へ入っていった。 「あんなのでひっかかる見張りもすごいけど、お前もすごいな…どこで習ったんだ?」 暗闇のお月見山内部をショウの最小限のフラッシュで進んでいく。中はまったく人気がなく、時々ズバットやイシツブテが通り過ぎていくだけだ。 「それにお前、道わかってるのか?さっきから止まらずに歩いてるけどさ。」 「当然。1年前はここで作業してたんだから、地図くらいは頭の中に入ってるよ。」 「でも、1年の間に変わるってことも…。」心配げに訊ねるコウヤ。 「そんなに大幅に変わることなんてないよ、1年の間にさ。地殻変動とかがあったら別だけど。怖いの?」 「ち、違うよ。俺、方向音痴なんだ…どうした、ショウ?」 不意にコウヤの袖を引っ張り、ショウは立ち止まった。真っ直ぐ前を見つめて、言う。 『この先に人がいるみたい。それもたくさん。それにこの感情…とても嫌な感じ。ロケット団に間違いないよ。』 「さすがね。そう、このすぐ先が最深部。つまり発掘現場。コウヤ、ショウを戻して。明かりがついてると、見つかるよ。」 「わかった。サンキュ、ショウ。戻ってくれ。」 「見つけた、あの指揮してる男が資料を持ってる。」 「本当だ。じゃあ、あいつを倒せば…。」 岩陰に隠れながら、ロケット団の様子を見る。しかし、発掘作業をしているのはほんの数人で、残りは何かを探すかのようにうろうろ、きょろきょろしている。 「よく目を凝らして探せ!このあたりにいることは確かなんだからな!」 資料を持ったリーダー格の男が叫ぶ。その声に従うように下っ端達は一斉に動きを速くする。 「どうやら狙いは化石や月の石じゃないようね…。何を探しているんだろう?」 「知るか。早く資料取り戻そうぜ。」 「それもそうだね。行けっ、リート!」 真上にボールを投げ、リートが出てきた。随分張り切っている。 「天井の方へ行って、思いきりぶちかましてちょうだいね。」 こくりと頷くと気付かれないように上昇した。そして口を大きく開けると、息を大きく吸い込み、一気に吐き出した。それは目には見えない音波となり、ロケット団に降り注ぐ。 「『ちょうおんぱ』か。」納得したようにコウヤが、言った。 突然の奇襲に、ロケット団は驚いて応戦しようとする、が混乱してボールを出すことが出来ない。何とかできたのは指揮をしていたあの男だけだった。 「くそっ、誰だか知らないが俺達の邪魔をしようなんて、100年早いぜ。ゴルバット!マタドガス!天井のあいつに『ヘドロばくだん』だ!」 『ゴルッ!』 『マタッ!』 2匹同時に攻撃してくるが、リートはすんなりとかわしていく。 「1対2なんて、せこいよな。カイ、『でんこうせっか』!」 ゴルバットとマタドガスに向かって、コウヤがボールを投げる。その勢いで出てきたのはジュカイン。目にも止まらぬ速さで2匹に突っ込んだ。 『ゴルッ!?』 『マタッ!?』 「とどめだよ、リート!『つばさでうつ』!」 天井からの急降下でリートは2匹いっぺんに『つばさでうつ』をかました。 ゴルバットとマタドガスは倒れた! 「さぁ、盗んだ資料と地図を返して!」 あくまで岩陰で姿が見えないように、ユキは叫んだ。 「畜生!探していたブツは見つからねーし、ついでに見つけた化石も月の石も小せーし、邪魔はされるし散々だ!こんなもの返してやるよ!覚えていやがれ!!」 そう言うと男は持っていたものを投げ捨て、さっさと逃げて行った。 下っ端達も後を追うように逃げて行く。 「大した事なかったね。ほとんど下っ端の集まりだったみたいだし?」 「そうだな。それじゃ俺たちも帰ろうぜ。」 誰もいなくなった跡に残された資料らを拾い上げ、ユキ達もニビへ戻って行った…。 次の日の朝。3番道路にて。 「良かったな、シオリさん。とても喜んでいたな。」 「そりゃあね、大切な研究資料が戻ってきたんだから。それに新種の化石も見つかって、さらに研究が進むとも言ってたね。」 「ロケット団が見つけた化石か。まぁ、良かったんじゃないか。ユキも小さいけど月の石がもらえたしな。」 「でも、もらって良かったのかな…前回の依頼の時も、化石からよみがえったリートを譲ってくれたし…。」 手にある月の石を見つめて、呟く。 「ま、良いんじゃないか?シオリさんも「月の石はまだたくさんあるからいい」って言ってくれたし。そのうち使う機会があるだろ。」 「そうだね、それじゃシオリさんのお言葉に甘えて、この月の石はもらおう。」 ユキは満面の笑顔で月の石をバッグに入れた。そして急に冷たい顔でコウヤに問いかける。 「…で?なんでコウヤは私についてくるの?」 「もちろん!ユキについていくためだろ。依頼とか仕事とか興味あるし、俺にも手伝わさせてくれよ。なぁ、いいだろ?」 だんだん早歩きになっていくユキに、頑張って追いつきながらコウヤがせまる。 「一人より二人の方がはかどるよ、きっと。それに俺、ポケモンバトルならそこそこいけると思う。」 「しつこいよ。私は一人で仕事してるんだから、それでいいの。ポケモンバトルが強いって事は認めるけど、一緒に仕事する気はないから。…だから、ついてくるなぁー!!」 ユキの叫びが3番道路中に響き渡ったのは、言うまでもない。 |
リオン | #7★2005.01/08(土)04:05 |
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第6話 尋問 「どこまでついて来る気?」 と、突然足を止め、コウヤに向きなおるユキ。 その表情からして、とても苛立っている様だ。 「もうお月見山ぬけたんだけど?」 なるほど、ここはお月見山の西側、4番道路。なだらかな丘陵地で少し向こうにはハナダシティが見える。 「別に。ユキが俺を認めてくれるまでどこまでもついて行くよ。」 そう言うとコウヤは、にっと笑った。 この様子だと本当に地の果てまでついて来る気だ、と悟ったユキは深くため息をつく。 「じゃあ、質問。コウヤ、歳は?」 それを聞いて、コウヤの目が輝いた。あまりの輝きようにユキは一歩、後退く。 「仲間にしてくれるのか!?」 「質問の答え次第だよ。嘘偽り無く、正直に答えること。いい?」 「…わかった。歳は17歳だ。」 「じゃあ、次。出身地は?」 「ホウエン地方、コトキタウン。」 「やっぱり…次。カントーには何故来たの?」 まるで警察の尋問のようにどんどん質問が繰り出される。 緊迫した空気が流れる中、コウヤは答えていく。 「行った事がなかったから。それであちこち周るついでにジムも挑戦しようと思ったんだけど、早速トキワの森で迷って…今に至る。」 「じゃあ、バッジはまだ1つも?」 「持ってない。クチバの船乗りに、ニビから挑戦するのがセオリーだ、とか言われてさ。地図もなくて、大変だったぜ?ディグダの穴ぬけるのは。」 一瞬、時が止まる。 「ディグダの穴は1本道のはずだけど?まさかあれで迷ったの?」 呆れ顔でユキが訊ねる。 「だから行っただろ、俺は方向音痴なんだ。たとえ地図があっても、1本道であろうとも迷える自信はある。」 さほど自慢できる事ではないのに、コウヤは自信ありげにきっぱりと言い切った。 「わかった。それじゃ、最後の質問。手持ちは?…あぁ、聞くより見る方が早いね。ちょっと失礼。 ユキはコウヤの後ろにまわると、腰のベルトについたボールを取った。 「うわっ!?何するんだ!ってそれ、モンスターボール…。」 コウヤの制止も聞かず、ボールからポケモンが放たれた。その数全部で5匹。 いきなりボールから出されて驚いていたコウヤのポケモン達だったが、特に暴れる様子もなく、不思議そうにユキを見つめる。 その1匹1匹をじっくりと見、そして触れていく。 「へぇ…グラエナにジュカイン、オオスバメ、サーナイト、バクフーンか。みんなよく育てられてる。バクフーンの名前は?」 「あ、あぁレッカだよ。他のはわかるのか?」 「うん。バトルで呼んでたの聞いてるし。 当然のように答えるユキ。 いつの間にかコウヤのポケモン達もユキに懐いている様だ。ユキに撫でられてどのポケモンもとても嬉しそうにしている。 セイルはもうユキの肩に乗っていた。 「すごいな…あいつ。」 驚くべきその様子を見て、コウヤが呟いた。 「手持ちの中で特に警戒心が強いカイが、もうあんなに懐くなんてさ。」 ここでふと何かを思い出し、ユキに尋ねる。 「なぁ、結局仲間にしてくれるのか?」 言われて少し悩んだような顔になる。しばらくの沈黙が続く。 そして…。 「いいよ。ただし、仕事上は助手ってことで。文句は?」 「ない!やったぜ、これからよろしくな。ユキ!」 ユキの許しを得て、コウヤは大はしゃぎ。 自分のポケモンに抱きついてみたり、ガッツポーズをしてみたり。 「そんなに嬉しかったのか…?」 唖然とコウヤの興奮振りを見ていたユキだったが、次第に苦笑が混じった表情になる。 「そうだね、私も全員顔見せしておかないと。」 静かに腰のボールを取り、全て放つ。 するとユキの周りに6匹のポケモンが現れた。突然の事だったので、コウヤは驚いて振り向いた。サーナイトのショウはさらに驚いた様で、近くにいたジュカインのカイに飛びついた。 「これがユキの手持ちなのか?」 「そう。キュウコンのフレイ、プテラのリート、ブラッキーのキアラと…ほら起きて。」 キアラの横でかなり眠そうにうずくまっているポケモン―ラグラージを軽く叩く。それでやっと起きても、目はまだとろんとしている。 「ごめん、やる時はやる子なんだけど…ラグラージのディルね。それにデンリュウのアークス。そして…。」 ユキは後ろに立っている大きなポケモンを見上げる。 「カイリューのスコール。よろしくね。」 「あぁ、よろしくな。」 トキワの森の上空と同じように2人はハイタッチをした。 ポケモン同士も仲良く混ざり合っている…ただ1組を除いて。 その1組というのが、フレイとリンス。 リンスが威嚇をするがフレイの方はまったくの無視。それが更にリンスの気に障るらしい。どう見ても一方的にリンスの方が、フレイに突っ掛かっているように見える。 「ったく、リンスの奴…何してるんだ?」 呆れた顔で喧嘩の様子を見ているコウヤだったが、止める気はないようだ。 と言うより、止めても聞かないことをコウヤはよく知っている。だから止めない。 「まぁ、いいでしょ。よし、じゃあ早速仕事!行こう。」 「初仕事か、楽しみだな!」 今日も、天気は快晴。お月見山から流れてくる心地好い風はなだらかな丘をすべり、ハナダシティへ向かう2人の背を押していった。 |
リオン | #8★2005.01/31(月)03:35 |
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第7話 あつい水辺の街 何事もなく2人はハナダシティに入り、依頼人との待ち合わせの場所へ向かった。 人通りの多い中心地を抜け、街の北へ歩いて行く。 ちょうど細い路地に入った時のことだ。 「なぁ、まだ着かないのか? その依頼人との待ち合わせ場所って所に。」 ひたすら歩き続けることに疲れたのか、コウヤは助手になって早々音をあげた。 「まだ。相手の指定してきた場所は街の北…24番道路へ続く所なんだ。こんなんで文句言うようなら、クビにするよ。」 冷めた顔で言い放つと、ユキは再び歩き出す。コウヤも慌てて後につく。 「わかったよ、頼むからクビにしないでくれ。ちゃんと歩くからさ。」 「当然。さぁ、急ぐよ。時間に遅れたら大変…っ!」 突然ユキが立ち止まる。何故か、とても苦い顔をして頭をおさえている。 「どうした? 頭が痛いのか?」 心配そうに駆け寄るコウヤを、ユキは手で制した。 「大丈夫、何でもない…。」 まだ少し痛みの余韻が残るが、頭痛は治りかけていた。どうやら一瞬の激痛がきただけのようだ。 しかし、ユキには何か引っかかるものがあった。 この感じは前と同じ…あの暗闇の夢の直後と似ている。そして何かが近づいてくるような、そうでないような…。 うつむいたまま考えていると、コウヤが今度は顔を覗き込む。 「本当に大丈夫か? こんな調子で仕事をやれるのか?」 「…大丈夫だって、もう治ったからさ。行くよ。」 「あ、あぁ…。」 そしてまたユキは歩き出した。その様子に戸惑うコウヤだったが、待ってくれよと言わんばかりに後を追いかける。 その様子を建物の上からただじっと見つめる影があった。その数2つ。 1人がもう1人に楽しそうに話し掛ける。 「また来たぜ、そこそこ腕の立ちそうなトレーナーが2人。」 「そのようだな。まったく、上手くいきすぎて休む暇も無い…。」 話し掛けられたもう1人は少し不機嫌そうに答えた。 「それだけ俺達の計画が素晴らしいって事だ。その分、見返りもあるさ」 「だと良いのだが。それでは、そろそろ我等も行くとしよう。いつもの通り。」 「そうだな。」 そう言うと、音もなく2つの影は消えた。 そしてハナダシティの北、24番道路との境。 ここで、1人の青年が剣を振りまわしている…いや、振りまわすと言うより攻撃していると言った方が正しいのかもしれない。 現にその青年は自分の手持ちであろうバシャーモと手合わせをしている。 人通りも少ないので思い切ってできる、といったところか。 そんな一寸も手を抜かないような激しい手合わせを、脇ではキュウコンがはらはらとした表情で見守る。 「…あの人なのか、今回の依頼人は?」 ポケモンとの猛攻ぶりを唖然としながら見て、コウヤはユキに尋ねた。 「そのようね。名前はグラン。ホウエン地方ポケモンリーグ優勝経験があるほどの、実力を持った人物だよ。ここにはあの人達しかいないし、教えられた特徴とも一致するし、間違いないね。」 ポケナビのメール画面と片刃の光剣を振りまわす青年を見比べながら、ユキは答えた。 「とりあえず、声かけないと。」 未だに続く猛攻の最中に恐れた様子もなく、近付いて行く。 それに気付いたのか、1人と1匹の動きがぴたりと止まる。 「こんにちは。あなたはグランさんですよね?」 「そうだよ。君が“何でも屋”のユキって子だね? 話に聞いていた通り、長い銀髪、紫の眼だからすぐにわかったよ。」 そう言いながら、持っていた光剣をどこかへ消した。その不思議さ溢れる光景にも動ぜずにユキは続ける。 「あの人が言ったんですね…?」 どこか意味深な発言をする。わかっているかのようにグランは笑顔で答える。 「そうだよ。この間、武者修行の旅の途中で会った時にいろいろ話をしたんだ。とても元気そうだったよ。」 「そうですか。それでは改めて自己紹介を。私が“何でも屋”のユキです。そして隣にいるのが、助手のコウヤです。」 「どうも、こんにちは。」 微妙に緊張した顔でコウヤは軽く頭を下げた。 「ボクはグラン。それとバシャーモとキュウコンだ。」 2匹は2人に向かって軽く会釈すると、仲が良いのか楽しそうに話し合いはじめた。 「キュウコンがバシャーモと離れたくないとか言うから、キュウコンのトレーナーに無理言って預かっているんだ。もちろん、修行の旅の間だけだけどね。」 苦笑するグラン。 「なるほどな…。」 そして妙に納得したような顔でうなずくコウヤ。 「では早速、仕事にかかりたいと思います。」 真剣な顔つきでグランに言うユキ。グランも真剣な顔つきでうなずいた。 「よろしく頼むよ。さぁ、一緒に桟橋を渡ってもらおう!」 足取りも軽くグランは24番道路へ向かって歩き出した。 仕事内容をはっきりと言われていないコウヤは、またまた混乱している。 「え? 何? 仕事って桟橋を渡る事なのか? おい、ちょっと待ってくれよ!!」 |
リオン | #9☆2005.03/28(月)03:18 |
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第8話 Cross The GoldenBall Bridge! ハナダシティから24番道路へ続く桟橋、それがゴールデンボールブリッジだ。 その数は2本あり、南北に真っ直ぐに伸びていて、遮る物は何もないほどすっきりとした桟橋である。 そこで今行われていると言うのが…。 「マルチバトル5連戦、ですか。」 グランからいろいろ説明を受けて、なるほどとコウヤは頷いた。 「そう。2人で桟橋を通り、そこに待ち受けるトレーナーとのマルチバトルを5戦勝ち抜いた者には豪華商品プレゼント!っていう、イベントなんだ。」 楽しげにグランは続ける。 「でも、ボクは一人で修行の旅の途中だから、出ようと思っても無理だったんだ。ルールは2人で、だからね。そこで話に聞いた“何でも屋”に頼む事にしたんだ。」 「そうだったんですか。それじゃ、頑張って下さいね!俺、隣で見てますから。」 グランに向かって明るくコウヤは言う。しかし、そのグランは不思議そうに首をかしげた。その様子を少し笑いをかみ殺したような表情でユキが言った。 「何言ってるの、コウヤ。君も出るんだよ。」 「えー!?俺が出るのかよ!」 「当然。助手なんだからその辺の事もやってもらうよ。」 ユキは勝ち誇ったかのように、コウヤの前に立つ。そして、グランに向き直って。 「こんな助手だけど、よろしくお願いします。それじゃ、頑張ってね!」 「ああ。それじゃ、行こうか。えっと、コウヤだっけ。よろしく頼むよ。」 これからバトルができるとわかってなのか、グランは意気揚々とコウヤの腕を引っ張って行った。コウヤはグランにされるがままについていく。 ユキは、それはもう何かを企んでいるかのような笑顔で手を振っている。 しかし、2人が桟橋を渡り始めると、その表情はすぐに厳しいものへと変わった。 そして2人が行った桟橋とは違う、もう片方の桟橋へ歩いていった。 「頼むよ、2人とも…。」 桟橋を渡り始めて数メートル。グランとコウヤは第1戦目のトレーナー達を見つけた。 虫取り少年と短パン小僧のコンビのようだ。 「「オレ達が最初の相手だ!用意はいいな!」」 「もちろん!」 「さあ、いつでも来い!」 「やる気十分だな。それならこっちは…行けっ、スピアー!」 「行けっ、ニョロゾ!」 虫取り少年はスピアー、短パン小僧はニョロゾを繰り出した。 「それなら…行けっ、ピカチュウ!」 グランのボールから出てきたのは、ピカチュウ。既に頬に電気を貯めて、気合十分。 「俺は…頼むぞ!レッカ!」 出てくるなり首の周りから炎を噴き出させたバクフーン。コウヤのレッカだ。 「先手必勝だぜ!スピアー、ピカチュウに『ダブルニードル』!」 「ニョロゾ、バクフーンに『みずでっぽう』だ!」 『スピッ。』 『ニョロー!』 素早い動きで、スピアーはピカチュウに攻撃。しかし、ピカチュウはさらに素早い動きでスピアーの針をかわした。 「何!?」 「ボクのピカチュウは素早いからね、これくらいの攻撃は『こうそくいどう』でかわさせてもらうよ。」 一方、レッカは正面から『みずでっぽう』を受けてしまった。 「へっ、効果は抜群だぜ!」 「だけど、こいつにはそれくらいで十分さ!」 立ち上がり、更に首周りの炎の勢いを高めるレッカ。 「レッカは立ち上がれば立ち上がるほど、更に燃え上がるんだ。さぁ、反撃しようぜ!ニョロゾに『かえんほうしゃ』!」 「ピカチュウ!スピアーに『10万ボルト』だ!」 相手の2匹は避けられず、クリーンヒット。 スピアーとニョロゾは倒れた! 「そ、そんな…一発で…。」 「くっ、仕方ない。ここは通してやる!2戦目は、こうはいかないからな!」 悔しがる少年2人を横目に、グランとコウヤは更に桟橋を進んでいった。 「ナイスでした、グランさん。さすがですね。」 「コウヤ、君も良かったよ。バクフーン、なかなか鍛えられているね。」 「ありがとうございます!」 「この調子であと4戦、頑張ろう!」 「はい!」 その後2人は順調に勝ち進み、あと残るは1戦。最後の5戦目だけとなった。 「順調に進んでいってるみたいね、あの二人は。」 もう片方の桟橋から、2人の様子を観察しているユキ。満足そうにうなずくと、厳しい目つきで、5戦目の相手に目をやり、そしてその後ろ数メートル先に立っている男に目をやった。 「やっぱり、間違いないか。情報提供感謝します…グランさん。」 ぽつり呟いて、ユキはまた歩き出した。そして歩きながらまた呟く。 「私は私のやるべき仕事をする。」 ユキの瞳は紫色だが、この時は更に濃い、深い紫色に見えたのは気のせいなのだろうか…? そして、最後の5戦目のバトルが始まろうとしていた。 |
リオン | #10★2005.07/06(水)00:51 |
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第9話 最後の第5戦目 「やっと来たね。待ちくたびれたよ。」 「あなた達の実力なら必ず来ると思っていたわ。」 グランとコウヤの前に立ちはだかる2人の少女。十三、四歳くらいだろうか。 双子のように顔はそっくりで似たような服装をしているが、髪型が違う。1人が短め、もう1人が長め。 「って事はお前達を倒せば終わりか。」 晴れ渡った空の下、24番道路ゴールデンブリッジ。4人が対峙する。 「そういうこと。面倒な説明はいらないね。」 「簡単に5連勝はさせないわよ。さぁ、勝負よ!」 髪の長い方の女の声を合図に4人は一斉にボールを投げた。 静かだった周りの水面が少し波立つ。 「最後はお前だ、バシャーモ!」 「行けっ、リンス!」 場に出たのはバシャーモ、グラエナのリンス、そしてヨマワルとイトマル。 「えっ、5戦目なのに…。」 相手の出してきたポケモンに驚いて、コウヤは声を漏らす。 確かにスピアーやニョロゾらに比べると、頼り無く見えるが…。 「気をつけた方が良い。相手が何でも、油断は禁物だ。」 グランが警告する。 「そうですね。」 「おいおい、今までの奴らと一緒にしてくれるなよ。」 「そうそう、その少年の言う通り、油断は禁物だよ。」 そう言うと、2人して微笑する。この顔といい、言う言葉のタイミングといい、本当に双子で間違いないだろう。 どう見ても年下の少女に“少年”呼ばわりされたグラン…心境は複雑だ。 「まぁ、いいか。それではこっちからいくぞ!バシャーモ、ヨマワルに『炎のパンチ』だ!」 バシャーモは速い動きでヨマワルに向かう。リンスもそれに続いて、走り出す。 「イトマルに『かみつく』!」 炎をまとった拳と鋭い牙が容赦なく2匹に襲い掛かる。 「やはり素早いわね…それなら、イトマル!グラエナに『いとをはく』!」 しかし、軽い身のこなしでリンスは迫ってくる糸をかわした。 「『あやしいひかり』!」 不意に短い髪の少女が叫んだ。 ヨマワルから白い閃光が放たれる。その光の標的は…バシャーモ。 目が眩んだバシャーモは混乱してしまう。立ってはいるが、視線が定まっていない。 「しまった…バシャーモ!『かえんほうしゃ』だ!」 しかし、混乱しているバシャーモはグランの指示が聞こえず、自身を攻撃する。 その様子を見たリンスはコウヤへ目配せをした。コウヤは小さく頷く。 「よそ見してるんじゃないよ!」 「次の攻撃、いくよ!」 指示を受けたヨマワルとイトマルは、リンスに向かってくる! 相手に向き直ったリンスがヨマワルとイトマルを挑戦的な目つきで見据えると、2匹は何かに引き止められたかのように動かなくなった。挑発だ。 「よし…リンス、ヨマワルに『かみつく』だ!」 鋭い牙の攻撃を受けると、ヨマワルは力尽き、地に落ちた。 「くっ、なんて事…。」悔しそうに短髪の少女は、ヨマワルをボールに戻す。 直後、混乱が解けたバシャーモが、赤い蹴り…ブレイズキックをイトマルにきめた。 その勢いで飛ばされたイトマルは地面に衝突し、そのまま倒れた。 「負けた…私達が…。」長髪の少女は呆然としながら、ボールにイトマルを戻す。 「これで、5連勝だな。賞品は?」 一戦を終えたリンスの首筋を撫でながらコウヤが尋ねる。 「仕方ない、負けは負けだね。」 「そうね。賞品はこの先…橋を渡りきった所にいる男が持っているわ。」 長髪の少女が指さした先、橋の終わりに目をやる。確かに誰か人影が見える。 「わかった。ありがとう。また勝負できるといいな。」 そう言うとコウヤはグランと共に、橋の終わりに向けて歩いていった。 「そうだな、また近いうちに戦えるさ。」既に小さくなったコウヤとグランの影を見、満足げに微笑んだ短髪の少女が傍らの長髪の少女に振り返る。 長髪の彼女はただ黙って頷く。その顔は楽しそうで、しかしどこか冷たかった。 少女の言う通り、橋の渡りきった所にいた黒い男に賞品の金の玉をもらった、コウヤとグラン。 行こうとすると、不意に男に止められる。 「ちょっと、お兄さん方。そう、お急ぎなさるなって。」 にこにこと軽やかな足取りで2人の前に回りこむ。 「一体、何の用だ?」鬱陶しげにグランが男を見据える。 「バトルに強いお二人さんだから、お話ししますね。実は私、とある団体の勧誘をやっておりまして。しかし団体と言っても、まだできたばかりで人手不足。今、私どもの仲間になれば活躍の場も多く、昇進も楽、となれば当然給料も良いわけです。どうです、お二人さん。見込みのあるあなた達にとって、悪い話ではないと思いますよ?」 ここまで一気にまくし立てても、男は息一つ切らさず微笑んでいたのだが、一瞬、表情が苦痛に歪むと、そのままくずおれた。 …倒れた後に立っていたのは、ユキ。 「一つ。言い忘れている事があるんじゃない?」無表情な視線を、足元の黒い塊とも見える男に向ける。 「その団体はポケモンを悪事に使う、10年前に解散したはずのロケット団だ、ってね。」 コウヤは驚いて声も出ない。グランは冷静に黙って、男を見下ろしている。 「…ご名答。」 突然の真上からの声。 3人が一斉に見上げると、下で倒れている男と同じ、黒い服で全身をまとった長身の男が宙に立っていた。 |
リオン | #11★2005.07/06(水)00:52 |
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第10話 黒い影 両脇にいる2匹のゲンガーの特性、浮遊のおかげだろう。何も無いはずの空中を男は静かに立っている。 警戒して、素早く3人はカイ、ギャラドス、フレイをくりだした。 「おっと、戦う気はない。最近、我等の事を嗅ぎ回っている奴がいると報告を受けたが、お前達がそうか。どうして我等の素性を知る事ができたのか…これで、それにも理由が付くな。」 ふむ、と一人で納得した男は次に、まったく動く気配の無い仲間を見下ろした。 ぱちん、と指を鳴らすと、片方のゲンガーが消え、倒れている男の黒い影が膨れ上がり、そのまま男を呑み込む。 その場からいなくなったかと思うと、彼は再び現れたゲンガーに背負われていた。 やはり動く様子のない男を、やれやれといった感じでゲンガーの主人は軽く溜め息をつく。 「まったく…同期でしかも人手不足でなかったら、ここで始末しておくところだ。」 これらの事を一瞬でやってのけた男はそのまま、何事も無かったかのように、真下の3人に微笑む。 「面倒な事は嫌いだが、なかなか楽しませてくれた。今後も我等を追うのなら、またいずれ何処かで会う事もあろう。特に、そこの銀髪の彼女。」 指名された当人はきっと男を睨みつけ、言った。 「次に会うのはきっと牢獄だね。私はロケット団を完全に潰す。」 「くくく…そうだな、そうなるように全力で努めてくれ。我等も全力で相手をしよう。…面倒な事は嫌いなんだがな。」 苦笑しながら言い終えると、男は何も無い足元から現れた黒い影に呑まれ、消えた。 「ありがとう、いろいろあったけど楽しかったよ。」 ロケット団が去って、少しした後。そろそろ別の場所へ行くというグランは、ユキに報酬として金の玉を手渡した。 「どうも。それでは、お気を付けて。」軽く頭を下げ、ユキが言った。 「そっちもね。いろいろ大変だろうけど、君達なら大丈夫だよ。」言うと、フーディンをボールから出す。 「今度はお互い手合わせをしたいね、コウヤ。それじゃあ。フーディン、頼む。」 グランの一声に頷いたフーディンは、自分と主人をテレポートした。 1人と1匹の姿が段々と薄くなる。 「俺もグランさんと勝負するの楽しみにしてます。お元気で!」 笑顔でコウヤが答えた直後、グランの姿は完全に消えた。 残った2人はしばらくその場を見つめた後、その足で道の先…25番道路へ歩いていく。 さっきまで不穏な空気が漂っていたその場所は、今は爽やかな風に吹かれ、明るかった。 それから、“マルチバトル、5連勝したら豪華賞品プレゼント”というイベントはなくなったのは言うまでも無く。 25番道路へ向かう途中。水辺を通り抜けた心地良い風が吹き抜ける。 「そうそう、コウヤが貰った分の金の玉も私が貰っておくよ。」 何かを思い出したように切り出したユキは手に、2つの金の玉を握っている。 さっきまでバッグに入れたおいたはずのコウヤの金の玉。 「何で、ユキが貰うんだよ。しかもいつ盗ったんだ!?」 バッグを確認するが、やはり見つからない。 焦るその様子を面白そうに眺めるユキはこう続ける。 「コウヤは私の助手でしょ?だったらその報酬は私の物。元々あの仕事は私に来た仕事だったわけだし。」にやりと微笑むと、手の中の物を自分のバッグに入れる。「そのうち、給料も出るかもしれないから、その時にでも渡すよ、多分。」 反論できないコウヤはがっくりと肩を落とし、反対にユキは足取りも軽く、次の依頼人のもとへと歩いていった。 |
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